| 1877年 |
岩倉使節団の随員として欧米の道路を見てきた由利公正は、アスファルト舗装の将来性を痛感し、日本のアスファルト舗装第一号となる「神田昌平橋」の橋面舗装を実現させた。 |
| 1907年 |
アスファルト事業を展開する日本初の株式会社「中外アスファルト(株)」が発足した。 |
| 1921年 |
「中外アスファルト(株)」を合併した「宝田石油(株)」と「日本石油(株)」が大合併し、舗装事業は「日本石油(株) 道路部」に引き継がれた。 |
| 1923年 |
関東大震災により東京の都市改造が進み、昭和通り、靖国通り、京浜国道などの幅広の都市道路が作られた。 |
| 1924年 |
明治神宮外苑道路に初めて舗装されたワービット工法の舗装が土木学会の「土木遺産」に選奨された。 |
| 1934年 |
日本鋪道(株)(資本金100万円、従業員123名)が誕生し、舗装事業を展開した。 |
| 1934年02月 |
株式会社NIPPOは1934年2月、日本石油株式会社(現 ENEOS株式会社)道路部と浅野物産株式会社道路部の事業を継承し、日本石油株式会社道路部の従業員ならびに両社道路部の機械装置類の一切を引継ぎ、資本金100万円をもって設立された。 |
| 1936年 |
全12社で「日本舗装同業会」が設立された。 |
| 1940年07月 |
直系子会社として新京(現在の長春)に満州鋪道株式会社を新設した。 |
| 1941年 |
日本は太平洋戦争に突入した。 |
| 1942年10月 |
京城、台北、北京にそれぞれ支店を設け営業してきた。 |
| 1945年 |
終戦により上記在外資産を喪失し、国内を営業区域として再出発した。 |
| 1945年 |
終戦により、日本の道路事情は劣悪となった。 |
| 1945年 |
戦後、資材が乏しい中、荒廃した道路の修復が始まった。 |
| 1945年 |
昭和23年に建設省が誕生し、国土復興のための道路整備が本格化した。 |
| 1945年 |
日本道路建設業協会が設立される。 |
| 1947年 |
日本道路協会が設立される。 |
| 1948年 |
建設省が誕生する。 |
| 1949年 |
日本鋪道(株)が東京証券取引所に上場。 |
| 1949年10月 |
建設業法により建設大臣登録を受けた。 |
| 1949年12月 |
東京証券取引所に株式を上場した。 |
| 1950年 |
日本道路協会が「アスファルト舗装要綱」など技術基準類を発刊。 |
| 1953年 |
日本鋪道(株)が自社開発のアスファルトスプレッダを用いて「千歳弾丸道路」の施工を完了。 |
| 1954年 |
第一次道路整備五カ年計画がスタート。 |
| 1955年 |
高度成長期に突入し、自動車台数が150万台を突破。 |
| 1956年 |
アメリカのワトキンス調査団が日本の道路を酷評し、高速道路建設の気運が高まる。 |
| 1957年 |
日本で初めての高速道路となる名神高速道路の建設が始まる。 |
| 1961年 |
京都市山科の試験工区の舗装工事を完了。 |
| 1961年03月 |
三協機械建設株式会社(現 日鋪建設株式会社)に資本参入した。 |
| 1964年 |
東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催される。 |
| 1965年 |
名神高速道路全通。自動車テストコースの舗装工事や高速周回路の完成。 |
| 1968年08月 |
決算期を年1回(3月)に変更した。 |
| 1969年 |
日本初の保存型アスファルト合材「レミファルト」を販売開始し、離島工事、仮復旧工事、庭先舗装に供給し始めた。 |
| 1969年03月 |
アスファルト合材販売事業に進出した。 |
| 1970年 |
全国のアスファルト合材工場で合材販売を本格化した。 |
| 1973年 |
オイルショックにより日本の社会経済は安定的に成長を続ける。 |
| 1973年 |
東名高速道路全通。翌年、大阪では日本万博博覧会(EXPO’70)が開催される。 |
| 1973年 |
日本鋪道(株)は大きな二本の施策を打ち出す。一つはアスファルト舗装材の再生利用、もう一つは産業廃材のリサイクル利用や低品質材料の安定処理利用を実用化。 |
| 1973年 |
資本金は増資により33億円となる。合材工場は全国54工場となる(現在150工場)。道路工事は堅調に推移する。 |
| 1973年09月 |
建設業法改正により建設大臣許可を受けた。 |
| 1977年04月 |
リサイクリングアスファルトプラント開発、千葉市にて第1号機稼働開始。 |
| 1977年07月 |
インドネシア政府より中部ジャワ道路改良工事を受注し、海外事業に進出した。 |
| 1977年07月 |
長谷川体育施設株式会社に資本参入した。 |
| 1979年 |
オイルショックにより省資源・省エネルギーの時代を迎える。 |
| 1979年 |
陸上競技場の走路工事に参入。耐久性に優れる「レズライト」を施工し、全国の陸上競技場を施工。 |
| 1980年 |
日本の自動車生産台数は1,000万台で世界一となる。 |
| 1980年05月 |
スポーツ関連事業に進出した。 |
| 1985年06月 |
開発事業ならびに石油製品販売事業等に進出した。 |
| 1986年04月 |
建築事業に進出した。 |
| 1987年 |
国鉄分割民営化し、JRが発足する。 |
| 1988年 |
青函トンネル、瀬戸大橋が全通した。 |
| 1989年 |
昭和の時代は終わり平成元年となる。 |
| 1999年01月 |
琴海土地開発株式会社を吸収合併した。 |
| 2001年04月 |
土壌・地下水浄化事業へ進出した。 |
| 2003年 |
社名を(株)NIPPOコーポレーションに変更。 |
| 2003年03月 |
大日本土木株式会社に資本参入した。 |
| 2003年10月 |
商号を株式会社NIPPOコーポレーションに変更した。 |
| 2003年10月 |
新日石エンジニアリング株式会社の工事・エンジニアリング部門を吸収分割した。 |
| 2004年12月 |
本社部門で環境ISO(ISO14001)の認証を取得した。 |
| 2009年07月 |
商号を株式会社NIPPOに変更した。 |
| 2011年 |
2011年(平成23年)、世界道路協会主催の「最優秀技術革新賞」を日本で初めて受賞し、「技術のNIPPO」の名を世界中に轟かせました。 |
| 2011-03-11 |
東日本大震災では、いち早く道路の復旧に取り組んだ他、新入社員によるボランティア活動の実施、地震に強い舗装工法「HRB工法」の確立など、復興支援と安全な国土の構築に向けてまい進しています。 |
| 2012年04月 |
プラントエンジニアリング事業をJXエンジニアリング株式会社(現 レイズネクスト株式会社)に吸収分割した。 |
| 2018年06月 |
本社新社屋落成した。 |