| 1914年 |
科学技術出版のオーム社創業(創業者は廣田精一) |
| 1924年 |
ラジオ実験放送を開始(NHKは1925年実験放送を開始) |
| 1925年 |
手島透が生まれる。 |
| 1928年 |
丹羽保次郎博士が写真伝送(現在のファックス)に成功、実演教室で日本初のテレビ公開実験を行う。京都で行われた昭和天皇即位の礼の写真が「NE式写真電送装置」によって京都から東京へ電送され、日本初のファックス通信の成功。 |
| 1928年 |
槇文彦が生まれる。 |
| 1940年 |
1940年本学の前身である電機学校電気本科卒業後、逓信省勤務を経て、樫尾製作所に参加。電気式リレー計算機の発明・商品化に成功し、他の3兄弟とともに、カシオ計算機株式会社を設立。 |
| 1941年 |
ズハールがインドネシア大学に奉職。 |
| 1946年 |
神山治貴が生まれる。 |
| 1948年 |
電機学園高等学校開学(現・東京電機大学高等学校) |
| 1949年 |
東京電機大学開設、工学部第一部設置、初代学長・丹羽保次郎博士の「技術は人なり」を教育・研究理念に。建学の精神は「実学尊重」 |
| 1949年 |
手島透が本学前身の電機工業専門学校電気通信科を卒業後、スタンレー電気株式会社に入社。 |
| 1950年 |
東京電機大学短期大学開設(夜間) |
| 1958年 |
大学院開設(日本初の夜間大学院) |
| 1962年 |
第2代学長阪本捷房が日本ME学会(現・日本生体医工学会)を創立 |
| 1966年 |
ズハールがインドネシア共和国国家イノベーション委員会委員長。 |
| 1966年 |
神山治貴が本学工学部電気工学科を卒業。 |
| 1977年 |
理工学部開設(鳩山キャンパス) |
| 1984年 |
藍綬褒章を受章。 |
| 1985年 |
神山治貴が台湾の中原大学に奉職。 |
| 1987年 |
フランス国立高等精密機械工学大学院大学(ENSMM)に奉職。2009年1月より学長。 |
| 1990年 |
千葉ニュータウンキャンパス開設 |
| 1992年 |
小金井キャンパス開設し高等学校移転 |
| 1996年 |
東京電機大学中学校開校 |
| 2000年 |
東京電機大学TLO(技術移転機関)が承認される |
| 2000年 |
米国家電協会の生涯業績賞を受賞。 |
| 2001年 |
情報環境学部を千葉ニュータウンキャンパスに開設 |
| 2003年 |
文部科学省「21世紀COEプログラム」に選定、同「特色ある大学教育支援プログラム」に選定 |
| 2004年 |
情報環境学部が文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に選定 |
| 2005年 |
情報環境学部が文部科学省「特色ある大学教育支援プログラム」に選定 |
| 2006年 |
大学院先端科学技術研究科を開設 |
| 2007年 |
学校法人東京電機大学は創立100周年を迎える。未来科学部開設、全学的改編を実施 |
| 2008年 |
情報環境学部が文部科学省「質の高い大学教育推進プログラム」に選定 |
| 2008年 |
学園創立100周年記念事業募金へのカシオ計算機株式会社の多大な協力を讃え、東京千住キャンパス1号館2階にカシオホールを開設。 |
| 2008年 |
ズハールがインドネシア政府より旭日重光章を受章。 |
| 2009年 |
学生支援センターが文部科学省「大学教育・学生支援推進事業」に選定 |
| 2010年 |
(財)大学基準協会による大学基準適合認定 |
| 2011年 |
ベルナール・クルタンがフランス国立高等精密機械工学大学院大学の学長に就任。 |
| 2012年 |
文部科学省「大学生の就業力育成支援事業」に選定 |
| 2012年 |
東京千住キャンパス開設 |
| 2012年 |
文部科学省「産業界のニーズの対応した教育改善・充実体制整備事業」に選定 |
| 2012年 |
槇文彦が株式会社槇総合計画事務所を設立。 |
| 2013年 |
手島透が2013年に死去。 |
| 2014年 |
文部科学省「大学教育再生加速プログラム(AP)」に選定 |
| 2015年 |
大学院未来科学研究科に履修証明プログラム国際化サイバーセキュリティ学特別コース(CySec)開講 |
| 2015年 |
学園創立110周年。理工学部開設40周年 |
| 2015年 |
中原大学のSamuel K. C. Changが学長に就任。 |
| 2017年 |
文部科学省「平成29年度私立大学研究ブランディング事業」に、本学の事業「グローバルIoT時代におけるセキュアかつ高度な生体医工学拠点の形成」が採択 |
| 2018年 |
情報環境学部・情報環境学研究科が東京千住キャンパスへ移転 |