令和8年熊本地震へのお見舞い ↗
日本放射線腫瘍学会は、7月28日に熊本県熊本地方で発生した令和8年熊本地震の被災者にお見舞いを表し、亡くなられた方々を悼むとともに、被災地域の早期復旧・復興を祈念しています。
日本レントゲン学会として発足し,第1回学術大会が開かれたのは1923年4月4日,東京である。
社団法人日本医学放射線学会設立
国際放射線医学会(ISR)の第1回学術大会(ICR)がロンドンで開催された。
第1回学術大会が開かれたのは1941年4月5日~7日,京都であった。
1941. 4. 5~7
日本医学放射線学会(日医放)が正式に文部省に登録される。放射線診断、治療、核医学、基礎放射線生物、物理学の学会として成長。
1950年アイソトープの医学利用が始まったことから,更に核医学を加えた学会に発展したのである。
日医放が社団法人として正式に文部省に登録して承認されたのは1950年3月6日で,今から57年前である。
1950. 3. 6
深部治療用X線装置(大塚の癌研に納入された)
初めて治療に用いられたテレコバルト装置(東芝RIT-1形、100Ci)
集光照射法を発表
CTやMRIなどの技術革新により、日医放の学術大会は診断関係の発表が主流となり、治療は隅に追いやられる傾向が出る。
ISRの理事会で国際放射線腫瘍学会(ISRO)の創設が承認された。
梅垣洋一郎が日医放の理事会で放射線治療委員会の設立を提案するも承認されず。
梅垣洋一郎が日医放の理事会で、放射線治療委員会の設立を提案した。
1980. 4. 5
梅垣、尾内能夫、松田忠義らが中心となり放射線治療システム研究会を立ち上げて活動を開始。
尾内能夫,松田忠義,竹中栄一が放射線治療システム研究会設立準備会を立ち上げた。
1982. 11. 1
放射線治療システム研究会設立総会が東京大学病院内科講堂で開催された。
放射線治療システム研究会の設立総会が東大病院内科講堂で開かれ,梅垣洋一郎,重松康,松田忠義が記念講演を行った。
1983. 3. 12
1984年にメーカーの研修施設のたった一つの会場で治療システム研究会が始まった。
1984. 5. 23
放射線治療を欧米並みに発展させるため、放射線治療システム研究会を母体とした学会設立を京都で話し合う。
放射線腫瘍学委員会設立が日医放の理事会で承認された。
1985. 4. 2
北川俊夫,橋本省三,柄川順,恒元博,阿部光幸が京都で会合した。
1985. 10. 20
放射線腫瘍学会設立準備会を立ち上げ、阿部光幸が委員長に選出される。
放射線腫瘍学会設立準備会が設立され,阿部光幸が委員長に選出された。
1986. 6. 3
放射線治療システム研究会の幹事会で,放射線腫瘍学会の設立母体になることが決まり。
1986. 11. 18
放射線腫瘍学会設立の趣旨説明のため、阿部らが日医放の理事会に出向くも議論は紛糾。
JASTROが概念され、設立された。
阿部,北川,橋本,柄川,恒元の5名が日医放の理事会に出向いて放射線腫瘍学会設立の趣旨説明を行い,賛同を求めた。
1987. 1. 27
東京で第1回日本放射線腫瘍学会設立準備会を開催。
1987. 2. 12
JASTRO が昭和 63 年に発足
日本放射線腫瘍学会(JASTRO)の発会式を東京で行い、設立。
JASTROが設立され、東京で発会式が執り行われた。
日本放射線腫瘍学会(JASTRO)が設立
Japanese Society for Therapeutic Radiology and Oncology (JASTRO) was founded in February 11, 1988 as a result of enormous and tireless efforts by many radiation oncologists.
同学会の発会式を行った。
日本放射線腫瘍学会が誕生した。
第1回学術大会を開催。
JASTRO第1回学術大会が開催され、会員数943名、大会参加者約500名、発表演題数85題だった。
1989年には治療システム研究会が発展的に改称され第1回日本放射線腫瘍学会となった。
第1回JASTRO学術大会が東京女子医科大学弥生講堂で開催された。
第1回日本放射線腫瘍学会学術大会(1月14~15日)が 田崎瑛生大会長のもと東京で開催
第1回学術大会が開催された。
JASTRO会誌が発行され、後に英文誌『Journal of Radiation Research』に衣替えされた。
ハンブルグで開かれたISRO理事会で阿部が会長に選出された。
全国の放射線治療新患数は約63,000人だった。
1990年8月、Hamburg 市で開催されていた国際 がん会議(15th International Cancer Congress)に出席していた時のことである。粒子線治療のシンポジウムに参加し、討議に加わりながら、基礎体力を強くすることが、日本の放射線治療の課題であることを実感した。
1990年 第3回学術大会 会長挨拶 ASTRO派遣特別講演(Dr. Stanley Order) 第3回学術大会看板 学会を手伝ってくれた伊沢さんと共に 会期:1990年10月24日〜 26日 会場:東京・日本教育会館 所属:国立がんセンター病院 放射線治療部長
1991年 第4回学術大会 会期:1991年9月17日〜19日 会場:千葉・幕張メッセ 所属:放射線医学総合研究所 病院部
1992年 第5回学術大会 会期:1992年10月21日〜23日 会場:仙台・戦災復興記念館
日本放射線腫瘍学会(JASTRO)の創立。
1993年 第6回学術大会
梅垣賞は、1993年に国際放射線腫瘍学会の会長をされた阿部光幸先生からいただいた寄付金を原資に1995年に設置された。
国際放射線腫瘍学会学術大会(ICRO'93)が京都で開催された。
1994年秋,伊津野格、橋本省三、山下孝、土器屋卓志らが集まり、放射線治療の面白さを知ってもらうための医学生・研修医のための放射線治療セミナーの発足を議論
第1回医学学生のための放射線治療セミナーが松本市で開催された。
梅垣賞が設置され、学会誌に掲載された放射線腫瘍学に関する優秀な学術論文を顕彰する制度が始まった。
第1回医学生のための放射線治療セミナー in 信州が松本市で開催される
1996年 第9回学術大会
第 10 回日本放射線腫瘍学会は、1997 年に香川厚生年金会館で開催した。
1998年度は梅垣賞の受賞者なし。
第 11 回日本放射線腫瘍学会学術大会を平成 10 年 11 月 20 日から 22 日まで前橋市民文化会館において開催させて いただいた。
1998年 第11回学術大会
日本放射線腫瘍学会(JASTRO)は認定医制度を制定した。
2000 年頃からはホームページや、メーリングリスト(Jastro-gram)を活用して、情報提供につとめてきた
2000年頃からIMRT, SRT, IGRT, 4DRTと高精度放射線治療が導入され、社会的認知度が高まり会員数が増加した。
IMRT、粒子線治療などの高精度放射線治療が実現し、放射線治療は飛躍的に進歩した。
2002年度は梅垣賞の受賞者なし。
2002年 第15回学術大会
厚生労働省は日本専門医制度評価・認定機構を立ち上げ、専門医制度の統一化を図ることに着手した。
放射線治療計画ガイドライン 2004 表紙
阿部賞はJASTROの発足に合わせて2004年に設立された。
2005年 第18回学術大会
放射線腫瘍医増加対策のためのアドホック委員会が設立された。
医療安全委員会は 2005 年度から医療事故防止委員会を引き継ぐ形で設置された。
放射線治療セミナー参加者222名を対象に追跡調査が行われ、放射線治療医になった者は26名(15.7%)、放射線治療・診断兼任医が5名(3.0%)と報告される
2005 年(平成 17 年)10 月に会長に就任した際、 JASTRO 発足時の理事・評議員 85 名中、現役 でいたものは 8 名余で、会長就任は私を持って 終了となり、完全な世代交代の時期であった。
第18代 会長(2005/2006)のころ –for Comprehensive Radiation Oncology– 会長 土器屋 卓志 会期:2005年11月24日〜 26日 会場:埼玉・川越プリンスホテル 所属:埼玉医科大学 放射線腫瘍科
放射線治療医の育成のために、セミナー参加者に治療計画の実地指導を行うtutor制度が導入された。
がん対策基本法が制定され、2007年に施行された。
2006年度は梅垣賞の受賞者なし。
次世代放射線治療医の育成・研修を考える企画集団“NExT”が組織される
第 18 回学術大会は 2006 年 10 月に埼玉 県川越市で開催した。
第 19 回学術大会は、私が会長として 2006 年 11 月 23 〜 25 日に仙台の国際センタ−にて開催させ ていただいた。
放射線腫瘍学講座を有する大学は13大学だった。
全国の18拠点大学に「がんプロフェッショナル養成プラン」が開始された。
第20回学術大会では、会員数3,195名、発表演題数505題、学会参加者1,819名と、急成長した。
本大会で議論された放射線腫瘍医や医学物理士 などの育成については、2007 年 4 月に施行となっ たがん対策基本法において、放射線腫瘍医また 医学物理士の育成が盛り込まれた。
第13回放射線治療セミナーが開催され、一般参加、学生、研修医、講師、スタッフを合わせて298名が参加し、盛会となる
放射線腫瘍医を増やすために放射線腫瘍学講座の分離の依頼状を全国医学部長、病院長あてに送付した。
平成 20 年度か ら日本放射線腫瘍学会(JASTRO)の編集委員長に就任
放射線治療計画ガイドライン 2008 表紙
阿部賞は2008年度に受賞者なし。
任意団体から一般社団法人日本放射線腫瘍学会へ法人格を取得。
設立総会を行い、役員を選任、直ちに認定申請を行い、一般社団法人(平岡眞寛理事長)となった。
2009 年の京都で開催された 第 22 回大会
日本放射線腫瘍学会誌と日本放射線影響学会の学会誌であるJRRの統合が実現した。
学会誌の統合と国際出版の開始により、学会の国際的な発展が進んだ。
阿部賞は2009年度に受賞者なし。
第22回学術大会が終了した。
平成 21 年 6 月から予定通り開始され
第22回学術大会が京都・国立京都国際会館で開催された。
放射線治療新患数は216,000人に増加した。
放射線腫瘍学講座の創設が進められ、全国の30大学に設置された。
2010年度から夏季セミナーを開始した。
研究調査委員会が学術委員会に名称を変更し、学術活動を支援・推進した。
2010 年からはがん放射線 治療推進委員会の担当となり、夏期セミナーから独立したリクルートに主眼を置いたセミナーとなった
平成 22 年 1 月にJournal of Radiation Research(JRR)誌を同機関誌に移行
平成 22 年 1 月のJRR 51 号から合同誌として発行
本委 員会で各種がん診療ガイドラインをレビューしたが、ガイドラインに放射線治療の項目が含まれているにもかかわらず、執筆者や委員に放射線腫瘍医がいないガイドラインもある。
委員長は菱川良夫先生・高井良尋先生がお務めになられ、2010年度からは伊丹純が委員長を務めている。
平成22年に改正された放射線障害防止法。
第24回大会では学会会員数3,481名、大会参加者2,350名、一般演題数618題、機器展示45社に成長した。
放射線治療専門医の認定試験が実施され、約950名の放射線治療専門医が誕生した。
放射線治療の臨床的有用性に応じた健保収載の改定が行われた。
アドホック委員会が現在の「がん放射線治療推進委員会」に改称された。
平成 23 年ごろには合同 JRR 誌の発行も軌道に乗り
学術委員会は2011年度から学術支援の方向性を高め、国際標準化に関する研究を開始した。
学術委員会の名称を学会員の研究課題支援と国際発信を目的とした『学術委員会』に変更し、「粒子線治療」や「4次元放射線治療」の国際標準化を目指す研究を申請し、3年間の研究委託を受けた。
学術委員会は、学会員の研究成果を世界に発信し、国際標準化を推進するための基盤を作り上げている。
2011 年 3 月11 日、東北を中心に巨大地震が発 生し、想像を絶する大津波は 2 万人に及ぶ人命 を奪い、さらに本大会のシンポジウムで予見した かのような福島第一原子力発電所の大事故へと 発展した。海抜 13.8 mにある仙台近郊に存在 する女川原子力発電所はかろうじて津波の被害 を免れることができたが、果たして備えは十分で あったのかと考えると背筋が寒くなる思いである。 本学会においても継続した取り組みが必要である と考えられる。
平成 23 年 11 月 18 日、 第 24 回 JASTRO 大会
設立25周年を迎え、記念事業として記念誌の出版と記念式典を実施。
放射線腫瘍学講座を有する大学は20大学に増加した。
平成 24 年からは専従看護師の配置が実現したこ とで、関係者の努力がまずは報われたと言える。
平成24年度の学術大会は、日本放射線腫瘍学会が設立されて25年を経過した記念大会であった。
放射線治療・物理学セミナーと放射線生物学セミナーを開始した。
学会誌の刊行をOxford University Pressが担当し、国際学術誌としての発展が期待された。
公益法人認定が達成され、法的・社会的に信頼を受ける運営が可能となった。
「がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン」が継続された。
平成 24 年からはオックスフォード大学出版社に編集出版の全面委託に移行
学術委員会は、国際標準化や学術成果の国際発信を推進している。
平成24年2月1日に当学会が公益社団法人化し、定款の改定を行った。
公益性が高い法人として認定され、公益社団法人日本放射線腫瘍学会となる。
公益社団法人に昇格した(JRSも同日)。
京都での第2回分子追跡放射線治療国際会議に際し、IEC 62Cの「粒子線治療」working groupの会合を日本主催で開催した。
事務局をメディカルサプライジャパンから学会の学術フォーラムに移転した。
第1回放射線治療専門医試験がJASTROの手で実施され、新たに51名の放射線治療専門医が誕生した。
放射線治療専門医制度の新制度が平成21年度から始動し、平成26年度から放射線治療専門医試験が開始された。
放射線治療専門医は計926名となった。
放射線治療専門医の移行期として、JASTRO認定医またはJRS放射線専門医(治療)いずれの研修単位も適用して受験資格を与え、認定を行った。
放射線治療専門医の更新についても平成29年度までJASTRO認定医またはJRS放射線専門医(治療)の資格で更新できることになった。
平成24年4月の法施行。
日本放射線腫瘍学会は、7月28日に熊本県熊本地方で発生した令和8年熊本地震の被災者にお見舞いを表し、亡くなられた方々を悼むとともに、被災地域の早期復旧・復興を祈念しています。
公益社団法人 日本放射線腫瘍学会は、選挙公示を行いました。代議員選挙の立候補は4月20日から5月18日、投票は5月29日から6月22日までWeb選挙システムで実施されます。正会員は会員専用ページにログインし、選挙情報メニューから手続きを行うことができます。IDやパスワードが不明な場合は、専用ページの忘れた方リンクから手続きを行ってください。
JASTRO会員限定ページで教育講演シラバス集の紙冊子体を希望者に発送する手続きがクレジットカード決済で行われる。申込締切は10月16日16時。送付手数料は1冊670円。発送は11月中旬を目途にレターパックで行われる。
厚生労働科学研究の一環として、集約化と均てん化のバランスなど「あるべき放射線治療の提供体制」について、患者と医療者双方の意識を調べるアンケートへの協力を呼びかけています。対象はがん治療を受けた方とそのご家族、放射線治療に携わる医療者で、回答は無記名、所要時間は約15分です。参加は自由意思で、アンケートの収集期間は研究機関の長の許可日から2025年9月30日までです。
第37回学術大会の教育講演シラバスをPDF版でJASTRO会員専用ページに掲載しました。紙冊子体の配布は、委託業者へ発送用レターパック到着済みの方のみで、11月11日までに到着した分は既に発送済みです。
本実証実験は、常勤医が1名のみの施設でも遠隔支援や医師以外の治療計画補助者を活用し、IMRT治療計画が臨床的に問題なく実施できるかを検証するものです。一般公募Web説明会は2024年11月13日18:00~に開催され、参加希望者は特設サイトのフォームから申し込みが可能です。厚生労働省の指導下で進められ、将来的には診療報酬上の施設基準見直しに寄与する可能性があります。
厚労科研大西班が実施した、2023年にがん等に罹患し放射線治療を受けた患者を対象としたアンケートの結果が、公益社団法人日本放射線腫瘍学会のウェブサイトに掲載されることが通知された。結果の解釈や今後の方針については掲載されず、ただデータのみが公開される。調査は、放射線治療の現状と患者視点を把握し、都道府県を越えた治療の均等化を目指すために行われた。
公益社団法人 日本放射線腫瘍学会は、2024年3月7日に選挙公示を行いました。代議員選挙の立候補は4月11日から4月25日、投票は5月21日から6月12日までWeb選挙システムで実施されます。正会員は会員専用ページから選挙情報へアクセスできます。
公益社団法人日本放射線腫瘍学会は、令和6年能登半島地震で亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げ、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。現在、放射線治療の実施が困難な医療機関の把握を行うため、事務局への連絡をお願いしています。連絡はメール件名に「令和6年能登半島地震被害による放射線治療体制につきまして」と記載し、詳細をお知らせください。
医療関係者へ、デュルバルマブ(イミフィンジ)の用法・用量が変更されたことを通知し、適正使用を促す。新規用量は1回1,500 mgを4週間間隔で60分以上点滴静注し、投与期間は12カ月までとする。体重30 kg以下の患者は1回20 mg/kgを投与する。