三洋電機
1947-01-01
Japan
自転車用発電ランプ
プラスチック製ラジオ
噴流式洗濯機
二次電池
ニッケル水素電池
リチウムイオン電池
太陽電池
携帯電話
テレビ
洗濯機
冷蔵庫
家電製品
テレビ製造
二次電池製造
家電製造
大阪府守口市
佐野精一郎
20,000,000
9,299 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 親会社
Sanyo manufacturing Corporation
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
米ウォーイック
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
中国ハイアール
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
業務提携
Sanyo Electric Inc
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
ウォルマート
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
ウォーイック社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
サンヨー・マニュファクチャリング・コーポレーション
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
シアーズ
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
ワールプール
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
三洋丸紅株式会社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
東京三洋電機
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主

48 件
日付概要
1910年 1910年創業
1947年01月 井植歳男氏が大阪府守口市で三洋電機製作所を創業
1947年02月 北條工場を新設
1950年04月 1950年4月に資本金2,000万円の三洋電機を設立
1950年04月 三洋電機を設立
1951年 1951年には国内初のプラスチック製ラジオ
1951年 ラジオの生産開始(国内初のプラスチックラジオ)
1953年 1953年には各社が避けた噴流式洗濯機へ広げている
1953年08月 噴流式洗濯機の製造を開始
1954年04月 1954年4月に大阪証券取引所へ上場
1954年04月 大阪証券取引所に株式上場
1958年 ストライキが発生・労使関係が悪化
1960年11月 三洋電機を設立
1964年08月 国内の地方に生産拠点
1965年05月 カラーテレビへの量産投資
1969年06月 三洋丸紅を設立
1969年07月 創業者の井植歳男氏が逝去・井植家による同族経営を持続
1971年11月 円高ドル安で業績悪化
1972年04月 三洋電子を設立
1976年09月 1976年9月、米ウォーイックを買収
1976年09月 米ウォーイック社の買収とサンヨー・マニュファクチャリングによる北米現地生産
1982年02月 フィリップス社の英国テレビ工場を取得
1986年12月 二次電池への傾斜投資と、創業家の退場を経て吸収合併に至る終焉期 : 1986年12月 : 井植薫 : 東京三洋電機を吸収合併
1990年 1990年には二次電池へ傾斜して投資し
1990年 Sanyo manufacturing Corporationを設立(TVの北米現地生産)
1990年 1990年前後、三洋電機が井植敏社長のもとで、充電して繰り返し使える二次電池(蓄電池)を最有望の成長分野と見定め、全社の設備投資の約2割を電池事業へ集中させる傾斜投資に踏み切った経営判断。主力のニッカド電池に続き次世代のニッケル水素電池でも量産体制を整え、1992年には電池が全社営業利益の大半を支える大黒柱に育った。
1992年 社内分社制度を導入(新規事業の立案)
1996年07月 新潟三洋電機で半導体量産
1996年12月 鳥取三洋電機で液晶パネル量産
1998年06月 デジタルカメラに本格参入
2002年01月 2002年1月には中国ハイアールと資本提携
2002年 二次電池に傾斜投資を開始
2002年01月 2002年1月、三洋電機が中国最大手のハイアールと資本・業務提携を結んだ経営判断である。低価格の家電で消耗戦を続けるのではなく、中国大手と手を組んで部品供給やOEMという\"大市場\"を取りに行き、自ら普及品市場を譲り渡す賭けであった。
2003年03月 ハイアール社と提携
2003年03月 最終赤字に転落
2005年12月 2005年12月に3,000億円の第三者割当増資を受けた
2005年12月 最終赤字に転落
2005年12月 2005年4月にジャーナリストの野中ともよ氏を会長兼CEOに起用して再建に着手した三洋電機が、財務の急速な悪化を受け、同年12月にゴールドマン・サックス・大和証券SMBC・三井住友銀行の3社から3,000億円の第三者割当増資を受け入れた経営判断である。継続企業の前提への疑義注記は避けられなかった。
2006年03月 2006年3月期の有価証券報告書には継続企業の前提に関する疑義が付いた
2006年03月 財務状況が悪化・疑義注記を記載
2008年 2008年には携帯電話事業を京セラへ譲渡
2008年04月 第三者割当増資
2008年04月 携帯電話事業を京セラに譲渡
2009年12月 2009年12月にパナソニックの公開買付を受け入れ
2011-03-28 2011年3月29日に上場廃止
2011-04-01 2011年4月1日の株式交換で完全子会社となった
2011年04月 携帯電話事業を京セラに譲渡
2011年04月 2009年12月、経営再建の見通しが立たない三洋電機がパナソニックの株式公開買付を受け入れて連結子会社となり、2011年4月に株式交換で完全子会社化された経営判断である。1947年に松下電器の分家として創業した独立系総合家電メーカーが、64年の歴史を閉じて松下(パナソニック)の一部へ回帰した。
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2026-09-08 22:57 (Model: gpt-oss-20b(99) )
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