株式会社南産業
Japan
物流サービス
生活創造サービス事業
環境事業
教育事業
保険事業
スポーツ施設運営
グリーン&フラワー事業
生損保代理店
不動産管理事業
ホテル事業
〒525-0032 滋賀県草津市大路3丁目5番64号
南 新介
50,000,000 円
11 人
653 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
ホテルボストンプラザ草津
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
恵那峡高原開発株式会社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
株式会社忍者の里 甲南
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group

40 件
日付概要
1960年 南グループの創業は、昭和35年、日本旅行会(現:株式会社日本旅行)の傍系会社として南産業株式会社が創立された時より始まります。当時の日本旅行は、営業所総数178箇所・総販売高49億円を誇り、成長著しい発展期を迎えていました。南産業株式会社設立内容は、観葉植物の栽培・販売並びに賃貸業、造園業、事務用品並びに旅行用品の販売業等、資本金僅か200万円の規模で、南グループの現「ミナミフラワーガーデン」の業務を担う会社として発足しました。
1960-12-10 昭和35年12月10日(1960年12月10日)に設立
1963年 日本観光事業株式会社が昭和33年に設立され、八丈島や小松ビーチのリゾート開発を手掛けていました。
1963年 南産業株式会社は昭和38年に「三雲ドライブイン」や「草津ドライブイン」を営業開始させて、東京への交通要所に大型トイレを併設した施設をいち早く開設し、地域の活性化に寄与しました。
1963年 日本旅行の新たな取組みとして、ゴルフ産業を担う「日本観光開発株式会社」が昭和40年12月に甲賀カントリー倶楽部の開発目的で創立され、翌年には「九州観光興業株式会社」が黒川温泉や湯布院温泉の開発を目的として創立されました。
1966年 昭和41年に資本金を4億円に増強し、そのうちの半分2億円を国鉄より出資を受け、昭和41年に日本旅行の経営は南家より国鉄に移行しました。
1966-10-16 高松宮殿下同妃殿下のご臨席を賜り、甲賀カントリー倶楽部の開場式を挙行し、10月21日にゴルフ場営業開始となりました。
1967年 昭和41年に本社を草津から大阪へ移転させ、翌年の昭和43年には名称を「日本旅行会」から「株式会社日本旅行」に変更しました。
1968年 昭和43年に高速道路事業に進出し、菩提寺パーキングエリア(上・下)の売店営業受託開始、昭和44年には草津パーキングエリア(上・下)の売店営業受託を開始し、同年に高速道路売店での販売用弁当食品工場を開業しました。
1968年 昭和44年には、名神高速道路売店商品卸部門(現:南産業株式会社)を商事部として開設し、その後には日本ハイウェイサプライ株式会社が開設されました。
1971年 昭和46年に甲賀カントリー倶楽部に隣接して「甲賀ファミリーランド」を営業開始し、宿泊施設の「南渓荘」をゴルフ場横に開設しました。同年、「スエヒロ近江店」を営業開始し、徳島の阿南にゴルフ場を開設するために用地取得に乗り出し、昭和53年に阿南カントリークラブを9ホールで営業開始、翌年に18ホールに拡張しました。
1976年06月 昭和50年6月に「天草プリンスホテル」を開業しました。
1979年10月 昭和54年10月には、念願の阿南カントリークラブがオープンします。
1980年06月 昭和55年6月に湯布院温泉ホテルを売却。
1981年 昭和54年2月、名神高速の菩提寺パーキングエリアと草津パーキングエリアの売店営業受託権を道路施設協会に返還し、同年11月に南新太郎が死去、南新一が社長に就任しました。
1981年 この年より、南グループは大きな転換期を迎え、事業の見直しと経営基盤の強化を図るため、核となる事業への集中と不振事業からの撤退を進めました。
1982年 昭和57年には不振が続いた草津ドライブインを閉鎖して、跡地に「スエヒロ草津店」を営業開始します。
1983年06月 昭和58年6月には、南産業株式会社が日本観光開発株式会社を吸収合併して、本社を正式に「日本観光開発株式会社」とし、資本金を5千万円に増資しました。
1983年11月 同年11月には黒川温泉ホテルと九州斧陰牧場を売却し、九州地区では天草プリンスホテルに経営を集中させることとなりました。
1984年03月 昭和59年3月、名神高速養老サービスエリア上り線の受託営業を開始し、南グループの核となる事業に成長します。
1984年10月 同年10月に弁当製造の食品工場を南産業株式会社へ譲渡、翌年に高速道路の商品卸部門を南産業株式会社へ譲渡することとなり、南産業株式会社は現在の高速道路を核とする商事会社へと移行していきます。
1986年 昭和61年には、甲賀カントリー倶楽部の20周年を迎えるとともに、甲賀ファミリーランドを閉園し、同年10月に20周年記念事業を挙行することで、甲賀カントリー倶楽部の経営に集中させることとなりました。
1987年07月 昭和62年7月に「ブックスみくも」の営業開始、平成8年6月には店名を「三雲の郷」に変更しました。
1996年08月 平成8年8月に「ミナミ草津ゴルフガーデン」を営業開始させて、南グループのゴルフ部門で大きな転換を迎えます。
1997年 隣接した「ミナミ草津バッティングドーム」を翌年に営業開始して、スポーツ分野での充実を図りました。
2004年 平成16年には「スエヒロ近江店」を賃貸に、翌年にはうどんコーナーや売店も賃貸へと全てを賃貸へ移行しました。
2004年03月 平成16年3月M&Aにより、イトマンスイミングスクールを運営する「株式会社いずみ21」の経営を譲受、南グループのスポーツ事業を飛躍的に拡大させる起点となりました。
2004年07月 平成16年7月に、甲賀市と第3セクター「株式会社忍者の里甲南」を設立。新名神高速の甲南パーキングエリア(上・下)を管理する会社に出資することとなり、平成20年には同パーキングエリアの売店運営権を獲得することになります。
2005年03月 平成17年3月には、「高速道路料理開発研究会」において、養老サービスエリアの「奥美濃古地鶏炊き込み御膳」が見事グランプリを獲得し表彰されました。
2005年12月 平成17年12月に、財団法人ハイウェイ交流センターより優秀サービスエリアの表彰を受けることとなりました。
2006年04月 同年4月に「十二坊温泉ゆらら」の指定管理業務を開始、施設内レストラン「和亭ぜんすい」を引き受けて営業開始します。
2006年05月 平成18年5月、𠮷武新社長が就任。
2006年08月 同年8月には、老朽化していた南産業(株)の流通センターを渋川の新センターに移転し、流通コストの削減と効率化を図りました。その跡地に、「キリン堂」賃貸開始、翌年の平成19年には野洲川グラウンドゴルフ場営業開始、「株式会社いずみ21」の大津イトマンスポーツクラブを移転新築して営業開始。守山の「スポーツクラブガイム」を新築移転します。
2006年11月 同年11月にオープンしたショッピングセンター「フォレオ大津一里山」に「近江三昧 一里山店」を出店。レストラン事業の拡大を図りました。
2008年07月 平成20年7月、恵那高原開発株式会社の支援企業として名乗りを上げ更生手続きを開始。
2008年12月 平成20年12月には、南新一郎常務が注力した養老サービスエリアの大改装工事が1年がかりで竣工し、リニューアルオープンに至ります。
2008年12月 これらは、南グループにとって高速道路事業を拡大させる大きな起点となりました。
2008年12月 南新一郎常務は逝去されました。
2009年08月 翌年8月には更生計画を終結させて南グループの傘下企業となり、恵那峡カントリークラブと恵那峡サービスエリア上り線の2事業所が南グループに加わりました。
2010年03月 恵那峡カントリークラブに併設していた練習場を改修して「まきがねゴルフガーデン」としてリニューアルオープンしました。
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