China
印刷インキの製造・販売
有機顔料の製造・販売
合成樹脂の製造・販売
印刷インク製造
顔料製造
化学品製造
〒103-8233 東京都中央区日本橋3-7-20 ディーアイシービル
会社名
Group
親会社
子会社
得意先
仕入先
業務提携
銀行等
株主等
YD Plastics Co., Ltd.
得意先
21 件
| 日付 | 概要 |
| 1908年 |
1908(明治41)年
- DICの前身「川村インキ製造所」の創業
- 日露戦争後、人々の生活は近代化に向かい、大衆文化・消費文化が大いに発展しました。美術雑誌の活発な刊行や絵葉書ブームのほか、化粧品や食品などの包装パッケージの需要拡大など、文化の活性化は印刷需要と密接につながり、印刷業も急伸の兆しを見せていました。こうしたことから、創業者・川村喜十郎は印刷インキ分野での起業を決意し、「川村インキ製造所」を誕生させました。
- 東京市本所(現墨田区)の工場には、ガスエンジンで動く8×12インチの小型ロール3台を設置。従業員は3人で、そのほかに販売専門の外交員を委嘱していました。需要の多かった木版、石版、活版用の白、藍、黄、赤といったインキから製造を開始。原料の顔料、ワニスを購入し、練肉して製品にしました。売れ行きは好調で、当社は先ずは順調な滑り出しを見せました. |
| 1910年 |
1910(明治43)年 地方需要の開拓 |
| 1912年 |
1912(明治45)年 商号を川村喜十郎商店に変更 |
| 1915年 |
1915(大正4)年
- 無機顔料の製造に成功
- 国内に導入されたばかりのオフセット印刷に着目
- 従来の方式に比べてより高品位な印刷が可能なオフセット印刷が日本に伝えられたのは、1908年のこととされています。1914年3月には、本格的な営業印刷も開始されました。当社は、このオフセット印刷が近い将来広く普及すると予測し、ほかの業者に先駆けてオフセット印刷用インキの研究に取りかかりました。
- 当時オフセットインキに関する文献や資料はほとんどなく、開発には多くの苦労が伴いましたが、オフセット印刷に最適なインキの粘度や、顔料の粒径、ワニスと顔料との親和力の強さなど、試行錯誤を繰り返しながら懸命に開発。1915年、ついに当社はオフセットインキの製造に成功しました. |
| 1919年 |
1919(大正8)年 海外への進出を開始(中国・漢口で代理店契約) |
| 1925年 |
1925(大正14)年
- 有機顔料の自給生産を開始、化学会社としての一歩を踏み出す
- 色調が美しく、使いやすい印刷インキを安定的に生産するためには、高品質の国産有機顔料が不可欠でした。第一次世界大戦時に起こった色素の枯渇と価格暴騰を機に、国から合成化学に対して助成が行われていましたが、それは主に繊維用染料の研究・製造に向けられ、有機顔料まで回って来ることはありませんでした。そこで、当社は有機顔料の自給に乗り出しました。
- 当社は、すでに無機系顔料や一部のモノアゾ系有機顔料の開発に成功しており、その技術力を用いて、有機顔料の自給生産に向けた研究開発を開始しました。試行錯誤の末、ベータ・ナフトールなどの石炭タール系の中間物に化学操作を加えることで、レーキレッドDなどの有機顔料を製造する方法を確立。1925年、ついに有機顔料の本格生産を開始したのです. |
| 1931年 |
1931(昭和6)年 インドネシアに進出 |
| 1936年 |
1936(昭和11)年 ワニスの製造を開始 |
| 1937年 |
1937(昭和12)年 法人組織となし、商号を大日本インキ製造株式会社として設立 |
| 1939年 |
1939(昭和14)年 北京出張所を開設 |
| 1940年 |
1940(昭和15)年
- 厳しい材料統制により、独自の水性グラビアインキを開発
- グラビアインキでは、溶剤として安価な航空機用ガソリン類が使用されていましたが、戦渦の中にあった当時の日本では揮発油の統制が厳しく、代用品としての水性インキの開発が急務となりました。
- 各社がその研究・開発に取り組む中、当社は、カゼインを苛性ソーダなどのアルカリに溶解したものに、アルコールやアラビアゴムなどの糊料を加えることで、独自の水性グラビアインキを完成させました。
- 内閣情報局が発行する週刊グラフ誌「写真週報」の指定インキとして採用されたこの水性グラビアインキは、揮発油の統制が解除され、溶剤型グラビアインキが再登場するまでの約10年にわたって広く使用されました. |
| 1950年 |
1950(昭和25)年 東京証券取引所に上場 |
| 1952年 |
1952(昭和27)年
- 合成樹脂技術の発展を目指し、外資合弁会社を設立
- 1952年2月、当社とReichhold Chemicals Incorporated社の合弁による「日本ライヒホールド化学工業株式会社(以下、JRC)」を設立しました。
- 合成樹脂の用途は印刷インキや塗料にとどまらず、接着剤、建材、紙加工、強化プラスチック、繊維加工など多岐にわたっていたことから、JRCの設立は当社にとって非常に大きな価値を持つことになりました。
- JRCは化学会社として国内2例目の外資合弁となりました。これは、当社がいかに世の中の動きを先取りし、絶好のタイミングで合弁を進めたかを指し示すものといえます. |
| 1954年 |
1954(昭和29)年 米 Sun Chemical社との技術提携契約を締結 |
| 1957年 |
1957(昭和32)年
- 合成樹脂製品の急速な進展に向けて、原料から最終製品までの一貫生産体制を構築
- 当社にとって合成樹脂事業はインキ、化成品と肩を並べる、重要な柱となったことから、さらなる事業の拡大と需要の開拓が図られました。そこで当社は、新たにプラスチック成形・加工分野へ参入し、原料から最終製品に至る一貫生産体制の構築を目指すことにしました。化粧品容器やヘルメットなどの成形・加工に実績を持つ中堅メーカーと提携し、後に当社の系列下に加えました。
- 当社はこれを端緒として、建材、パイプなどの押出成型品、各種運搬用資材などの射出成形品、さらにはポリタンクなどの中空成形品といったプラスチック成形品への展開を図り、その後のプラスチック、建材事業展開の源流としたのです. |
| 1958年 |
1958(昭和33)年 戦後初の海外拠点として香港出張所を開設 |
| 1959年 |
1959(昭和34)年 樹脂着色剤、改質剤の生産を本格化 |
| 1962年 |
1962(昭和37)年
- JRCを吸収合併、商号を大日本インキ化学工業株式会社に変更
- オーストラリアのインキ製造会社へ技術供与 |
| 1965年 |
1965(昭和40)年 シンガポールに駐在員事務所を設置 |
| 1966年 |
1966(昭和41)年 ニューヨークに駐在員事務所を設置 |
| 1968年 |
1968(昭和43)年
- 印刷の指標となる、DICカラーガイドの販売を開始
- 当社は、かねてより印刷会社へのサービスとして、338色の印刷見本を無償配布していました。その後、色見本としての機能が打ち合わせなどで有効であることが認められ、1968年7月にオフセットインキによる特色サンプル641色と配合表をセットにした、本格的な色見本帳「DICカラーガイド」を完成させ、販売を開始しました. |
2026-05-27 11:19 (Model: ggml-org/gpt-oss-20b )