| 1887-05-05 |
東京綿商社として東京府下鐘ヶ淵に創立(5月6日)→創立記念日とする |
| 1889年 |
紡績工場操業開始 |
| 1893年 |
社名を鐘淵紡績(株)に改称 |
| 1894年 |
「鐘」マークを商標登録 |
| 1903年 |
従業員の声を聞く制度「注意函」の実地・日本最古の社内報「鐘紡の汽笛」発刊 |
| 1905年 |
鐘紡共済組合を設置(現在の健保組合)・兵庫工場に織機工場完成(織布部門進出) |
| 1908年 |
外資借入に成功(民間企業としてわが国初)・京都に絹糸工場操業開始(絹糸部門進出) |
| 1919年 |
上海に工場新設 |
| 1921年 |
製糸(生糸)開始 |
| 1923年 |
兵庫に「鐘紡無料診療所」を新設、一般に開放(現在の神戸百年記念病院) |
| 1928年 |
南米での事業化に向け、南米拓殖(株)創立 |
| 1930年 |
労働争議が起こる・昭和5年に行われた繊維産業史上に残る本格的ストライキ |
| 1931年 |
鐘紡サービス(株)設立 |
| 1934年 |
毛紡績、化繊、麻紡績業に進出・鐘紡武藤理化学研究所を開設 |
| 1936年 |
鐘紡絹石鹸発売 |
| 1938年 |
鐘淵実業(株)設立 |
| 1939年 |
日本初の合成繊維「カネビヤン」(ビニロン)製法発明 |
| 1945年 |
戦災により内外の事業場の大半をそう失・本部を兵庫支店により淀川支店へ移転 |
| 1946年 |
戦後の昭和21年に全鐘紡野球部が復活、25年初優勝を飾る |
| 1947年 |
3S(スピード、サービス、セービング)運動提唱、新しく社章、社旗、社歌を制定 |
| 1949年 |
工場内の精紡機糸つぎ作業にローラースケートを導入 |
| 1955年 |
南米ブラジルに進出、サンパウロに鐘紡ブラジル有限会社を設立 |
| 1957年 |
鐘紡技術学校を高砂工場内に創設 |
| 1958年 |
総合研究所設立 |
| 1987年 |
創立百周年を迎える |
| 1989年 |
化粧品本部から独立。カネボウホームプロダクツ本部となる |
| 1990年 |
芸術化産業宣言
鐘紡記念病院が完成
明治40年に兵庫工場を付属診療所として開設、昭和22年から一般に開放。平成2年、高度な医療設備を完備した「鐘紡記念病院」誕生 |
| 1992年 |
化粧品マーケティング戦略
マーケティングルネッサンスを発表
化粧品販売会社を11販社、90支社体制に再編
「テスティモ」落ちない口紅発売。大ヒットを遂げる |
| 1995年 |
本部を大阪から東京都港区に移転 |
| 1996年 |
陸上競技が全日本実業団駅伝で18年ぶりの優勝
ポリエステル短繊維の綿売り事業から撤退
(工場跡地に樹脂新会社設立)
繊維素材事業を分社化 |
| 1997年 |
「ランバン」の婦人服を導入 |
| 1999年 |
医薬品新薬事業を日本オルガノン社に営業譲渡
化成品事業を(株)アイオンに営業譲渡 |
| 2000年 |
情報システム事業を当社が出資する合弁会社に営業譲渡
株式市場における所属業種が繊維製品から化学に変更 |
| 2001年 |
カネボウ株式会社に社名変更
「The Lifestyle Company」を宣言 |
| 2002年 |
白髪染め「シンプロ ワンタッチヘアカラー」が「世界パッケージコンテスト」において、最も優れたパッケージに贈られる「会長賞」を受賞 |
| 2003年 |
アクリル事業を撤収 |
| 2004年 |
カネボウビューティケア研究所を設立
化粧品事業を営業譲渡 (株)カネボウ化粧品が発足
事業再生計画の策定と(株)産業再生機構による支援決定
委員会等設置会社へ移行
減資、株式併合、第三者割当増資の実施 |
| 2005年 |
漢方エキス顆粒剤のコーティングに日本で初めて成功
高度な製剤技術を採用した「コッコアポ」
新素材事業を営業譲渡
東京証券取引所・大阪証券取引所における当社株式が上場廃止
天然繊維・合繊事業を営業譲渡 |
| 2006年 |
(株)産業再生機構による支援を終了し、新スポンサーとしてアドバンテッジパートナーズ有限責任事業組合、株式会社MKSパートナーズ、ユニゾン・キャピタル株式会社が決定。スタッフ部門、ホームプロダクツ・薬品・食品事業が分離独立し、それぞれカネボウ・トリニティ・ホールディングス(株)、カネボウホームプロダクツ(株)、カネボウ製薬(株)、カネボウフーズ(株)として運営を開始 |