株式会社シマブンコーポレーション
SHIMABUN Corporation 別名
1949-08-09
Japan
鉄リサイクル事業
鋼材事業
生産事業
エンジニアリング事業
サービス事業
IoT事業
鉄鋼製品の製造・販売
厚板・薄板の製造・販売
工場管理・運営
営業企画・マーケティング
サーキュレーション事業
工事営業
ソリューション事業
IoT事業推進
資材販売
見守りサービス
ラベル販売
産業廃棄物処分業
産業廃棄物収集運搬業
特定金属くず買受業
建設業
〒657-0845 神戸市灘区岩屋中町4丁目2番7号
木谷 謙介
65,500,000
1,300 人
1,300 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
RK YANGON STEEL CO., LTD.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
シマブンオフィスサポート
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
シマブンスチールパートナーズ
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
シマブンテック株式会社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
株式会社ベンソニック
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group

251 件
日付概要
1909年 1909年(明治42年)島田商店創業。島田文一郎(初代)が神戸製鋼所に出入りするようになり、払い下げ品の売買を開始。その後、島田商店と称した。
1909年 島田商店創業
1909年10月 1909年10月 : 島田商店として創業
1909年10月 島田商店として創業
1916年 1916年(大正5年)鉄屑の集荷を開始。1914年(大正3年)に第一次世界大戦が勃発すると日本の造船業は戦争特需に沸くが、材料となる鉄鋼が大幅に不足した。島田商店は西日本各地より鉄屑を集荷し、神戸製鋼所への納入を行った。
1916年 鉄屑の集荷を開始
1926年 神戸製鋼所の作業請負を開始
1926年10月 1926年(大正15年)10月に神戸製鋼所の第1線材工場が完成。同時に島田商店は同工場におけるミスロール矯正作業の請負を開始した。
1933年 1933年(昭和8年)合名会社島文商店を設立。島田文一郎(2代目)が個人商店であった島田商店を合名会社島文商店に改組。
1933年 合名会社島文商店を設立
1933年04月 1933年4月 : 合名会社島文商店に改組
1933年04月 合名会社島文商店に改組
1944年 島文工業合名会社に社名変更
1944年04月 1944年(昭和19年)4月に島文工業合名会社への社名変更と定款目的変更を行った。
1949年 島文工業株式会社を設立
1949年08月 1949年8月 : 島文工業株式会社設立
1949年08月 島文工業株式会社設立
1949-08-09 1949年(昭和24年)8月9日に島田五三郎が現在の法人格である島文工業株式会社を設立。
1951年03月 1951年(昭和26年)3月に現本社土地の大半にあたる1,800坪の土地を取得した。倒産した鉄工所が所有していた同地には、事務所と工場建屋、プレス機械が残っており、当時の本社の西に所在したため「西倉庫」と呼ばれた。
1951年03月 西倉庫(現本社土地)を取得
1953年06月 1953年(昭和28年)6月に神戸製鋼所高砂工場(現高砂製作所)の開所に合わせて高砂出張所を開設。工場内のガス処理切断を受注した。
1953年06月 高砂出張所を開設
1954年11月 1954年(昭和29年)11月に姫路市で鉄屑業を営んでいる事業者より借地権と建物を購入し、姫路出張所を開設した。
1954年11月 姫路出張所を開設
1955年03月 1955年(昭和30年)3月に尼崎製鐵呉製鋼所(後の神戸製鋼所呉工場)に隣接する倉庫の一室に呉出張所を開設し、構内作業請負と鉄屑営業を開始した。
1955年03月 呉出張所を開設
1955年04月 1955年(昭和30年)4月に尼崎製鋼所の構内作業請負を開始した。
1955年04月 尼崎出張所を開設
1955年09月 当社は鋼材市況の活況に刺激を受け、鋼板や丸棒などの一般鋼材の売買を開始した。鉄屑では長い経験と実績を持っていたが、鋼材販売は初の商売であり、軌道に乗るまでにはしばらく時間を要した。
1956年 鋼材の取り扱いを開始
1956年09月 1956年(昭和31年)9月に当社は鋼板や丸棒などの一般鋼材の売買を開始した。
1959年 1959年(昭和34年)当社は「島文工業株式会社」として法人設立10周年を迎えた。設立当初は従業員87名、売上高480万円だった当社も、10年後には従業員1,200名以上、売上高年間18億円という規模に成長していた。
1959年 当社は「島文工業株式会社」として法人設立10周年を迎えた。設立当初は従業員87名、売上高480万円だった当社も、10年後には従業員1,200名以上、売上高年間18億円という規模に成長していた。
1959年01月 神戸製鋼所初の銑鋼一貫工場である灘浜工場(現神戸線条工場)が操業を始めると、急激な増産に対応するため、脇浜工場でのビレット疵取り作業を受注。
1960年 当社の製缶事業は鉄道車両用エアータンクやガードケーブル用支柱の製造請負からスタートした。
1960年09月 1960年(昭和35年)9月に灘浜工場での請負作業も開始した。
1960年09月 灘浜工場での請負作業も開始した。
1961年11月 1961年(昭和36年)11月に高砂市曽根町に製缶工場として曽根工場を建設。
1961年11月 高砂市曽根町に製缶工場として曽根工場を建設。2,000坪の敷地に320坪の工場1棟、鉄筋コンクリート2階建ての事務所と、当社が一から建設した初めての本格的な工場であった。
1962年05月 1962年(昭和37年)5月に工具専門工場として神戸製鋼所大久保西工場(現三菱マテリアル明石製作所)が開設すると、当社はドリルの矯正作業の請負を開始した。
1962年05月 当社はドリルの矯正作業の請負を開始。
1963年01月 1963年1月 : 丸島工業(株)を子会社化
1963年01月 丸島工業(株)を子会社化
1963年05月 尼崎製鐵堺製作所(現日本製鉄瀬戸内製鉄所阪神地区(堺))内に事務所を開設。薄板製品の梱包作業を開始した。
1963年08月 事業所を開設し、本格進出を行った。
1965年03月 1965年3月 : (有)明石工業所設立
1965年03月 本事業は有限会社明石工業所として分社化され、現在はシマブンテック株式会社となっている。
1965年03月 (有)明石工業所設立
1966年 神戸市東部第2工区に1,100坪の土地(現神戸工場中ヤード)を取得すると、西倉庫(現本社所在地)にあった鉄屑のプレス工場の移転を決定した。
1967年05月 新工場は5月に着工し、同年9月に完成。プレス機をはじめとした機械設備は当時の新機種を導入し、生産性は飛躍的に向上した。
1967年05月 新本社社屋(旧島文ビル)の建設は5月に着工。昭和42年7月豪雨による2ヶ月の工期遅延を経て、同年12月に竣工した。12月20日には創業55周年記念とともに披露宴が行われている。
1967-07-09 昭和42年7月豪雨は、本社事務所は1メートル以上も冠水。
1967年09月 新工場は9月に完成。
1967年12月 新本社社屋は12月に竣工した。
1967-12-20 12月20日には創業55周年記念とともに披露宴が行われている。
1968年01月 1968年1月 : (株)島文製作所設立
1968年01月 製缶業の主力工場であった曽根工場を分離独立させ、株式会社島文製作所(現シマブンエンジニアリング株式会社)を設立した。
1968年01月 加古川支店を開設。
1968年01月 (株)島文製作所設立
1968年04月 鋼塊のスカーフィング作業や製品の疵取り作業を開始した。
1968年11月 事務所を加古川市尾上町池田に移転した。
1968年12月 大型工場(スチールセンター)を建設し、厚板工場から発生する端材の再加工を開始した。
1969年03月 1969年3月竣工の独身寮「岩屋寮」が本社地区にあった。
1970年03月 加古川支店から北西に数100メートルの場所に2,300坪の土地を取得し、野積みのヤードとした。これが現在の養田工場の始まりであった。
1970年06月 加古川社宅第1棟が加古川市野口町古大内に完成した。
1970年07月 六甲社宅第1棟が神戸市北区有野町唐櫃に完成した。
1971年 兵庫県青年洋上大学に従業員を派遣
1972年01月 加古川スチールセンターB・C棟を建設
1972年10月 1972年10月 : (有)丸島金属工業所を子会社化
1972年10月 ボウリング場「灘ダイヤモンドボウル」をオープン
1972年10月 (有)丸島金属工業所を子会社化
1974年10月 1974年(昭和49年)10月に当社が経営権を取得した。
1974年10月 当社が経営権を取得した1974年10月
1974年12月 ボウリング場「灘ダイヤモンドボウル」を撤退
1975年04月 1975年4月 : 島文不動産(株)設立
1975年04月 九州出張所を開設
1975年04月 島文不動産(株)設立
1975年05月 島文第2ビルの完成
1976年07月 九州工場の開設
1976年10月 新在家工場の開設
1976年12月 1976年(昭和51年)12月、加古川スチールセンター(現池田工場)の事務所棟が完成した。新事務所は建坪210坪・鉄筋3階建てで、1階に営業部門、2階に作業部門が入り、3階は会議室として使われた。また、事務所棟と同時にD棟も竣工した。
1976年12月 加古川スチールセンター事務所棟の完成
1977年02月 1977年(昭和52年)2月、加古川スチールセンター(現池田工場)のE・F棟が竣工した。建屋面積はA~F棟合わせて7,400m2となり、クレーン、シャー、プレス、レベラーなどの多数の機械が配置されて、鋼材加工を行った。
1977年02月 加古川スチールセンターE・F棟を建設
1977年08月 1977年(昭和52年)8月、御影工場の北西に数百メートル行ったところにある御影物揚場に御影第2ヤードを開設した(後の御影西ヤード、現ベンソニック所在地)。第2ヤードは南面に水深5メートル・長さ100メートルの岸壁を有し、1,500トン積みの船舶までが着岸可能で、物流コストの低減に大きな効果をもたらすことになった。
1977年08月 御影第2ヤードの開設
1977年10月 1977年(昭和52年)10月、本社地区にあった成品工場の跡地に9階建て・延べ床面積5,600m2のオフィスビル「島文第3ビル」が完成した。高さ38メートルのこのビルは、当時神戸市灘区で最も高いビルだった。
1977年10月 1977年10月、本社地区にあった成品工場の跡地に9階建て・延べ床面積5,600m2のオフィスビル「島文第3ビル」が完成した。
1977年12月 1977年(昭和52年)12月より操業を開始した。場所は現在の呉工場より西側にあった。広さは400坪で、水深4メートル・長さ30メートル(300トン積み船舶接岸可能)の岸壁を備えていた。
1977年12月 1977年12月より呉支店(旧呉工場)の操業を開始した。
1978年03月 1978年(昭和53年)3月、前年に竣工した島文第3ビルの最上階の9階にフランス料理店「オーベックファン(Au Bec Fin)」を開店した。同店はインテリア設計を丹下健三氏と沖種郎氏が行った。
1978年03月 1978年3月、前年に竣工した島文第3ビルの最上階の9階にフランス料理店「オーベックファン(Au Bec Fin)」を開店した。
1978年10月 1978年(昭和53年)10月には更なる合理化策として、当時最高クラスの750トンギロチンシャーを設置。大型機械による大量処理の時代が到来した。
1978年10月 御影第2ヤードに750トンギロチンシャーを設置
1979年10月 1979年(昭和54年)10月、加古川市野口町長砂にあった鋼材問屋の倉庫を購入した。「野口工場」となった同工場は敷地面積8,200m2・建屋面積4,200m2で、材料置場とその切断作業場となった。
1979年10月 1979年10月 : 神南ハード工業(株)を完全子会社化
1979年10月 1979年10月、加古川市野口町長砂にあった鋼材問屋の倉庫を購入し、「野口工場」として材料置場と切断作業場を設置した。
1979年10月 神南ハード工業(株)を完全子会社化
1980年04月 1980年(昭和55年)4月、神戸製鋼所加古川製鉄所で摩耗品の補修をする肉盛溶接事業を行っていた、神南ハード工業株式会社の全株式を取得し子会社化した。
1980年04月 1980年4月、神戸製鋼所加古川製鉄所で摩耗品の補修をする肉盛溶接事業を行っていた、神南ハード工業株式会社の全株式を取得し子会社化した。
1980年06月 1980年(昭和55年)6月、子会社化した神南ハード工業の尾上の敷地内に工場を建設。曽根工場では建設機械の各種フレーム類を、尾上工場では油圧ショベルのバケット類と製鉄設備を製造するようになり、分業体制が確立した。
1980年06月 1980年6月、子会社化した神南ハード工業の尾上の敷地内に工場を建設した。
1980年10月 1980年(昭和55年)10月に竣工した。外壁タイルの色調や窓の形を島文第3ビルと揃え、同ビルと各階を渡り廊下で接続する「島文第3ビル別館」として、1980年(昭和55年)10月に竣工した。
1980年10月 1980年10月に「島文第3ビル別館」が竣工した。
1980年12月 1980年(昭和55年)12月、神戸市東灘区御影浜町の鋼材センターの土地(現神戸工場土地)を購入し、直ちにヤードとして使用することとなった。この新しいヤードを「東ヤード」とし、従来の第1ヤードを「中ヤード」、第2ヤードを「西ヤード」と称するようになった。
1980年12月 1980年12月、神戸市東灘区御影浜町の鋼材センターの土地(現神戸工場土地)を購入し、直ちにヤードとして使用することとなった。
1982年03月 1982年(昭和57年)3月、加古郡播磨町新島に神南ハード工業の播磨工場を建設した。新工場は明るいクリームカラーの建物で、広さは1,400m2であった。内部には旋盤などを置き、機械加工と検査などを行った。
1982年03月 1982年3月、加古郡播磨町新島に神南ハード工業の播磨工場を建設した。
1982年11月 1982年(昭和57年)11月に完成した(現神戸工場)。ヤードの東寄りには幅・奥行きとも50メートルの、当社の工場カラーであるコバルトブルーの工場が建ち、その南寄りに業界有数の1,250トンのギロチンシャー(富士車輌製)が設置された。この新工場は1,500トン級の外航船が接岸可能な専用岸壁を持つ一方、切断能力1,250トンという国内最大級のギロチンシャーを設置した最新鋭の工場として、注目されることとなった。
1982年11月 1982年11月に「御影新工場(現神戸工場)」が完成した。
1983年08月 1983年(昭和58年)8月に完成した。購入後は老朽化していた建物の撤去や、御影東ヤードと同様の1,250トンギロチンシャーの設置、事務所棟の建設などの整備が行われ、1983年(昭和58年)8月に完成した。
1983年08月 1983年8月に呉工場の移転・拡張が完成した。
1984年01月 1984年(昭和59年)1月には神戸製鉄所の尼崎工場となっていた。
1984年 1984年に当社営業部門の年間取扱量は日本で初めて100万トンの大台を突破した。
1984年 1984年に尼崎支店を閉鎖した。
1984年01月 神戸製鉄所の尼崎工場となっていた。
1984年09月 1984年(昭和59年)9月末をもって、当社の構内作業の請負業務も終了した。
1984年09月 当社の構内作業の請負業務も終了した。
1984年12月 神戸製鋼所脇浜地区においても合理化は推進され、古い工場は次々と休止されていた。スカーフィングやチッピング、研磨といった請負作業を担当していた当社の神戸作業部脇浜作業課も1984年12月をもって廃止されることとなった。
1984年12月 神戸作業部脇浜作業課も廃止された。
1985年 ランスとは製鉄所の溶銑・溶鋼処理の際、溶銑輸送炉および転炉の中に挿入し撹拌する、耐火物を付けた大きな金属棒のことで、ランスから注入されるガスにより、溶銑は不純物の除去、溶鋼は高品質化を図ることが出来る。当社は神戸製鋼所より委託を受け、加古川工場池田ヤード(現池田工場)D棟において、ランス製造を行うこととなった。
1985年 ランスの製造請負を開始。
1989年 年産2万8,000トンをピークに
1989年04月 1989年(平成元年)4月、関係会社である島文不動産の社名を「アイランドフューチャーコーポレーション株式会社」へ変更した。この社名には、島(Island)文の未来(Future)を担うという意気が込められていた。
1989年04月 1989年4月 : 島文不動産(株)を : アイランドフューチャーコーポレーション(株)に社名変更
1989年04月 島文不動産の社名を「アイランドフューチャーコーポレーション株式会社」へ変更した。
1989年04月 島文不動産(株)を : アイランドフューチャーコーポレーション(株)に社名変更
1989年07月 1989年(平成元年)7月に六甲アイランド工場が完成。当時はまだ六甲アイランドに他企業の工場は完成しておらず、当社が一番乗りとなった。
1989年07月 六甲アイランド工場が完成。
1990年01月 1990年(平成2年)1月より「島文工業株式会社」は「株式会社島文」に、「株式会社島文製作所」は「シマブンエンジニアリング株式会社」に、「株式会社明石工業所」は「シマブンテック株式会社」に、「株式会社丸島金属工業所」は「シマブンメタル株式会社」にそれぞれ社名変更された。
1990年01月 1990年1月 : 島文工業(株)を(株)島文に : (株)島文製作所をシマブンエンジニアリング(株)に : (有)明石工業所をシマブンテック(株)に : (有)丸島金属工業所をシマブンメタル(株)に各々社名変更
1990年01月 島文工業株式会社は「株式会社島文」に社名変更された。
1990年01月 株式会社島文製作所は「シマブンエンジニアリング株式会社」に社名変更された。
1990年01月 株式会社明石工業所は「シマブンテック株式会社」に社名変更された。
1990年01月 株式会社丸島金属工業所は「シマブンメタル株式会社」に社名変更された。
1990年01月 島文工業(株)を(株)島文に : (株)島文製作所をシマブンエンジニアリング(株)に : (有)明石工業所をシマブンテック(株)に : (有)丸島金属工業所をシマブンメタル(株)に各々社名変更
1990年03月 1990年(平成2年)3月には業容拡大を目指して硬化肉盛溶接事業を展開している神南ハード工業を吸収合併。播磨工場とした。
1990年03月 1990年3月 : 神南ハード工業(株)をシマブンエンジニアリング(株)に合併
1990年03月 神南ハード工業を吸収合併し、播磨工場とした。
1990年03月 神南ハード工業(株)をシマブンエンジニアリング(株)に合併
1990年06月 1990年(平成2年)6月に完成した工場は2,800m2の建屋で、工場内には25トンと15トンの天井クレーンをそれぞれ1基と厚板専用シャー1基を設置。製品在庫能力は6,200トンが可能となった。
1990年06月 養田工場建屋が完成。
1990年10月 1990年(平成2年)10月、健康食品の製造会社として、株式会社ベンソニックを設立した。
1990年10月 1990年10月 : (株)ベンソニック設立
1990年10月 株式会社ベンソニックを設立した。
1990年10月 (株)ベンソニック設立
1992年01月 1992年(平成4年)1月、神戸市灘区岩屋中町にあった丸島工業の寮の跡に、賃貸用オフィスとして、島文第5ビルが完成した。しかし時代はバブル崩壊の時期でもあり、テナント探しに苦戦することになった。
1992年01月 島文第5ビルが完成した。
1994年 年産1万2,000トンにまで減少
1995年01月 1995年1月 : 阪神・淡路大震災により、本社ビル、島文第二ビル、島文第三ビル別館全壊、その他神戸地区各工場被災
1995年 この本社社屋は1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災による被害を被るまで、変わりゆく本社地区の景観を見続けることになる。
1995年01月 本社地区の解体。
1995年01月 阪神・淡路大震災により、本社ビル、島文第二ビル、島文第三ビル別館全壊、その他神戸地区各工場被災
1995-01-17 1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源地とするマグニチュード7.2の激震が神戸の街を襲った。死者・行方不明者は6,438人、全壊家屋は10万棟以上という甚大な被害をもたらしたこの地震において、シマブングループも未曾有の被害を受けることとなった。
1995-01-17 阪神・淡路大震災で全壊するまでの20年間、この建物は第2の人生を貸ビルとして全うすることになった。
1995-01-17 阪神・淡路大震災が発生した。
1995-02-01 2月1日からは解体工事が開始。
1995-02-01 2月1日からは解体工事が開始
1995年03月 3月末には島文第3ビルを残した全てのビルが撤去された。
1995-03-28 3月末には島文第3ビルを残した全てのビルが撤去された
1995年04月 1995年(平成7年)4月に舞鶴自動車道西紀サービスエリア上り線での営業を開始した。
1995年04月 1995年4月に舞鶴自動車道西紀サービスエリア上り線での営業を開始
1995-04-02 神戸製鉄所の高炉は震災から2ヶ月半後の4月2日に再稼働を果たした。
1995-04-02 神戸製鉄所の高炉は震災から2ヶ月半後の4月2日に再稼働を果たした
1995-04-28 第3ビルの補修工事は4月末までに完了した
1995年06月 1995年(平成7年)6月、シマブンメタルの歴史の幕は下ろされた。
1995年06月 1995年6月、シマブンメタルの歴史の幕は下ろされた
1995年12月 1995年(平成7年)12月に加古川シマブンビルが完成した。
1995年12月 1995年12月 : 加古川シマブンビル完成
1995年12月 1995年12月に加古川シマブンビルが完成した
1995年12月 加古川シマブンビル完成
1996年06月 建材部は廃止。
1998年01月 1998年(平成10年)1月、古大内の2号棟と3号棟を解体した跡地に新しい独身寮が建設された。
1998年01月 1998年1月に加古川独身寮が建設された
1998年03月 1998年(平成10年)3月、播磨工場内に事務所が完成すると、総務部と技術部が移転。本社所在地も尾上工場から播磨工場に変更した。
1998年03月 1998年3月に播磨工場内に事務所が完成し、総務部と技術部が移転
1998年04月 1998年(平成10年)4月に全ての移管が完了し、同6月に売却された。
1998年04月 1998年4月に全ての移管が完了
1998年06月 1998年6月に売却された
1998年09月 六甲アイランド工場は閉鎖された。
1999年04月 1999年(平成11年)4月、当社は神戸製鋼所加古川製鉄所の冷延コイル梱包を専門に行う会社「エスビーパッケージ株式会社」を設立した。
1999年04月 1999年4月 : エスビーパッケージ(株)設立
1999年04月 当社は神戸製鋼所加古川製鉄所の冷延コイル梱包を専門に行う会社「エスビーパッケージ株式会社」を設立した。これにより約120名の従業員が当社グループに加わることになった。
1999年04月 エスビーパッケージ(株)設立
1999年06月 1999年6月に阪神高速3号神戸線京橋パーキングエリアの営業を開始
1999年08月 1999年8月 : シマブンメタル(株)を合併
1999年08月 シマブンメタル(株)を合併
1999年10月 1999年10月 : アイランドフューチャーコーポレーション(株)をイフコープ(株)(2016年6月解散)に社名変更 : 新たにアイランドフューチャーコーポレーション(株)設立
1999年10月 1999年10月にイフコープ株式会社とアイランドフューチャーコーポレーションに分割
1999年10月 アイランドフューチャーコーポレーション(株)をイフコープ(株)(2016年6月解散)に社名変更 : 新たにアイランドフューチャーコーポレーション(株)設立
2001年10月 2001年(平成13年)10月、新本社ビルの起工式が旧本社跡地で行われた。
2001年10月 新本社ビルの起工式が旧本社跡地で行われた。阪神・淡路大震災から6年が経過しており、本社ビルの建設は当社の悲願となっていた。
2001年11月 2001年(平成13年)11月に、工場は現状のまま売却した。
2001年11月 九州工場は現状のまま売却した。
2002年02月 2002年(平成14年)2月、残った九州営業室は、福岡県北九州市小倉北区のKMMビル別館に移転した。
2002年02月 残った九州営業室は、福岡県北九州市小倉北区のKMMビル別館に移転した。
2003年04月 2003年(平成15年)4月、シマブンエンジニアリングは厚生労働大臣の指定を受け、クレーン等性能検査代行業務を行うこととなった。
2003年04月 シマブンエンジニアリングは厚生労働大臣の指定を受け、クレーン等性能検査代行業務を行うこととなった。
2003年07月 2003年(平成15年)7月、念願の新本社ビルが竣工した。
2003年07月 2003年7月に新本社ビルが完成・竣工
2003年07月 念願の新本社ビルが竣工した。地上16階地下1階建て、延べ床面積7,500m²。
2003-08-01 2003年(平成15年)8月1日をもって、「株式会社シマブンコーポレーション」に変更された。
2003-08-01 株式会社シマブンコーポレーションに社名変更された。
2003年09月 2003年(平成15年)9月、営業事業部原料部姫路営業室および姫路工場を廃止し、加古川営業室を設置した。
2003年09月 島文第3ビルの取り壊しが行われ、商業棟と駐車場棟の建設が始まった。
2003年09月 営業事業部原料部姫路営業室および姫路工場を廃止し、加古川営業室を設置した。姫路工場は解体され、その土地は貸主に返却された。
2003年10月 エレベータ、デリックおよびゴンドラの性能検査代行機関としての指定を受けた。
2003年12月 2003年12月 : 新本社ビル完成 : (株)島文を(株)シマブンコーポレーションに社名変更
2003年12月 新本社ビル完成 : (株)島文を(株)シマブンコーポレーションに社名変更
2004年04月 2004年(平成16年)4月、念願であった東京営業室を東京都中央区日本橋に開設した。
2004年04月 東京営業室を東京都中央区日本橋に開設した。主な業務は、スクラップ原料の取扱と解体工事であった。
2004年05月 シマブンエンジニアリングはバケットを製造する海外現地法人として「杭州島文機械有限公司」を中華人民共和国浙江省杭州市に設立した。
2004年11月 2004年11月 : 新本社ビル隣に商業棟(BB Plaza)完成
2004年11月 オフィスタワー北側に商業棟ならびに駐車場棟が完成し、新本社ビルとしてグランドオープンを果たした。
2004年11月 新本社ビル隣に商業棟(BB Plaza)完成
2005年10月 本社ビル東側にBBプラザ別館がオープンした。
2008年04月 2008年4月に独身寮が現在の形となった
2009年07月 2009年7月 : BBプラザ美術館開館
2009年07月 BBプラザ美術館開館
2010年04月 2010年4月 : 東京支社開設
2010年04月 東京支社開設
2011年07月 2011年7月 : シマブンシステムサービス(株)設立
2011年07月 シマブンシステムサービス(株)設立
2012年04月 2012年4月 : (株)宮地サルベージを完全子会社化
2012年04月 (株)宮地サルベージを完全子会社化
2015年 小倉工場を開設
2015年10月 2015年10月、福岡県北九州市で九州地方の鉄鋼メーカー向けの金属ラベル等の製造を行う土庵工業所より事業譲渡を受け、同社の本社工場を生産事業部神戸事業所小倉工場とした
2015年11月 2015年(平成27年)11月、加古郡播磨町新島のシマブンエンジニアリング本社工場(播磨工場)北西に播磨第二工場が完成した。
2015年11月 2015年11月、加古郡播磨町新島のシマブンエンジニアリング本社工場(播磨工場)北西に播磨第二工場が完成した
2018年09月 2018年9月 : シマブンシステムサービス(株)を : シマブンオフィスサポート(株)に社名変更
2018年09月 シマブンシステムサービス(株)を : シマブンオフィスサポート(株)に社名変更
2018年12月 2018年(平成30年)12月、当社は経済産業省より「地域未来牽引企業」に選定された。
2018年12月 2018年12月、当社は経済産業省より「地域未来牽引企業」に選定された
2019年03月 2019(平成31年)3月に開催された「地域未来牽引企業サミットin新潟」において、世耕経済産業大臣(当時)より認定証の授与を受けた。
2019年03月 2019年3月に開催された「地域未来牽引企業サミットin新潟」において、世耕経済産業大臣(当時)より認定証の授与を受けた
2019-10-01 2019年(令和元年)10月1日、当社が創業110周年を迎えた同日に、両社を合併して「シマブンスチールパートナーズ株式会社」に社名変更。
2019年10月 2019年(令和元年)10月、本社ビル4階のシマブンホールにおいて創業110周年記念式典・祝賀会が行われた。
2019年10月 2019年10月 : 丸島工業(株)とエスビーパッケージ(株)を合併し、シマブンスチールパートナーズ(株)に社名変更
2019-10-01 2019年10月1日、当社が創業110周年を迎えた同日に、両社を合併して「シマブンスチールパートナーズ株式会社」に社名変更
2019年10月 2019年10月、本社ビル4階のシマブンホールにおいて創業110周年記念式典・祝賀会が行われた
2019年10月 丸島工業(株)とエスビーパッケージ(株)を合併し、シマブンスチールパートナーズ(株)に社名変更
2020年06月 2020年(令和2年)6月、シマブン見守りシステム「DecoBull(デコブル)」の一般提供を開始した。
2020年06月 2020年6月、シマブン見守りシステム「DecoBull(デコブル)」の一般提供を開始した
2021年12月 2021年(令和3年)12月、2010年5月より入居していた八重洲ダイビル(東京都中央区京橋)の建て替え工事に伴い、鉃鋼ビルディング(東京都千代田区丸の内)へ移転。同居していた製鋼原料部東京営業室およびシマブンクレーン検査㈱もともに移転の運びとなった。
2021年12月 2021年12月 : 東京支社を鉃鋼ビルディングに移設
2021年12月 2021年12月、2010年5月より入居していた八重洲ダイビル(東京都中央区京橋)の建て替え工事に伴い、鉃鋼ビルディング(東京都千代田区丸の内)へ移転
2021年12月 東京支社を鉃鋼ビルディングに移設
2022年06月 2022年6月 : (株)アール・ケイを子会社化
2022年06月 (株)アール・ケイを子会社化
2024年09月 2024年9月 : 新鋼商事(有)を完全子会社化
2024年09月 新鋼商事(有)を完全子会社化
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1140001003508
商号又は名称株式会社シマブンコーポレーション
フリガナシマブンコーポレーション
英語名
法人種別301
住所〒657-0845 兵庫県神戸市灘区岩屋中町4丁目2番7号
郵便番号6570845
都道府県コード28
市区町村コード102
国外所在地
国内所在地(都道府県)英語
国内所在地(市区町村等)英語
国外所在地(英語)
法人番号指定年月日2015-10-05
更新年月日2018-05-15
変更年月日2015-10-05
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
承継先法人番号
変更事由の詳細
最新履歴1
検索対象除外0
処理区分01
訂正区分1
商号又は名称イメージID
国内所在地イメージID
一連番号4462829
出典:国税庁法人番号公表サイト 基本3情報
1140001003508
法人番号1140001003508
商号又は名称株式会社シマブンコーポレーション
商号又は名称(カナ)シマブンコーポレーション
商号又は名称(英字)
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
登記住所兵庫県神戸市灘区岩屋中町4丁目2番7号
郵便番号6570845
都道府県兵庫県
都道府県コード28
市区町村(郡)神戸市灘区
市区町村コード102
番地以下岩屋中町4丁目2番7号
組織種別301
処理区分01
訂正区分1
状態
代表者名称代表取締役 木谷 謙介
資本金
従業員数1200
企業規模詳細(男性)
企業規模詳細(女性)
事業概要
WebサイトURL
創業年
事業種目E:製造業
設立年月日1949-08-09
全省庁統一資格-資格等級A|A||A
全省庁統一資格-営業品目104|105|106|204|205|206|209|402
更新年月日2018-05-15
キー情報1140001003508
出典:Gビズインフォ(経済産業省)
2026-08-15 21:24 (Model: ggml-org/gpt-oss-20b )
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