| 1909年 |
1909年(明治42年)島田商店創業。島田文一郎(初代)が神戸製鋼所に出入りするようになり、払い下げ品の売買を開始。その後、島田商店と称した。 |
| 1909年10月 |
1909年10月 : 島田商店として創業 |
| 1916年 |
1916年(大正5年)鉄屑の集荷を開始。1914年(大正3年)に第一次世界大戦が勃発すると日本の造船業は戦争特需に沸くが、材料となる鉄鋼が大幅に不足した。島田商店は西日本各地より鉄屑を集荷し、神戸製鋼所への納入を行った。 |
| 1926年10月 |
1926年(大正15年)10月に神戸製鋼所の第1線材工場が完成。同時に島田商店は同工場におけるミスロール矯正作業の請負を開始した。 |
| 1933年 |
1933年(昭和8年)合名会社島文商店を設立。島田文一郎(2代目)が個人商店であった島田商店を合名会社島文商店に改組。 |
| 1933年04月 |
1933年4月 : 合名会社島文商店に改組 |
| 1944年04月 |
1944年(昭和19年)4月に島文工業合名会社への社名変更と定款目的変更を行った。 |
| 1949年08月 |
1949年8月 : 島文工業株式会社設立 |
| 1949-08-09 |
1949年(昭和24年)8月9日に島田五三郎が現在の法人格である島文工業株式会社を設立。 |
| 1951年03月 |
1951年(昭和26年)3月に現本社土地の大半にあたる1,800坪の土地を取得した。倒産した鉄工所が所有していた同地には、事務所と工場建屋、プレス機械が残っており、当時の本社の西に所在したため「西倉庫」と呼ばれた。 |
| 1953年06月 |
1953年(昭和28年)6月に神戸製鋼所高砂工場(現高砂製作所)の開所に合わせて高砂出張所を開設。工場内のガス処理切断を受注した。 |
| 1954年11月 |
1954年(昭和29年)11月に姫路市で鉄屑業を営んでいる事業者より借地権と建物を購入し、姫路出張所を開設した。 |
| 1955年03月 |
1955年(昭和30年)3月に尼崎製鐵呉製鋼所(後の神戸製鋼所呉工場)に隣接する倉庫の一室に呉出張所を開設し、構内作業請負と鉄屑営業を開始した。 |
| 1955年04月 |
1955年(昭和30年)4月に尼崎製鋼所の構内作業請負を開始した。 |
| 1956年09月 |
1956年(昭和31年)9月に当社は鋼板や丸棒などの一般鋼材の売買を開始した。 |
| 1959年 |
1959年(昭和34年)当社は「島文工業株式会社」として法人設立10周年を迎えた。設立当初は従業員87名、売上高480万円だった当社も、10年後には従業員1,200名以上、売上高年間18億円という規模に成長していた。 |
| 1960年09月 |
1960年(昭和35年)9月に灘浜工場での請負作業も開始した。 |
| 1961年11月 |
1961年(昭和36年)11月に高砂市曽根町に製缶工場として曽根工場を建設。 |
| 1962年05月 |
1962年(昭和37年)5月に工具専門工場として神戸製鋼所大久保西工場(現三菱マテリアル明石製作所)が開設すると、当社はドリルの矯正作業の請負を開始した。 |
| 1963年01月 |
1963年1月 : 丸島工業(株)を子会社化 |
| 1965年03月 |
1965年3月 : (有)明石工業所設立 |
| 1968年01月 |
1968年1月 : (株)島文製作所設立 |
| 1972年10月 |
1972年10月 : (有)丸島金属工業所を子会社化 |
| 1974年10月 |
1974年(昭和49年)10月に当社が経営権を取得した。 |
| 1975年04月 |
1975年4月 : 島文不動産(株)設立 |
| 1976年12月 |
1976年(昭和51年)12月、加古川スチールセンター(現池田工場)の事務所棟が完成した。新事務所は建坪210坪・鉄筋3階建てで、1階に営業部門、2階に作業部門が入り、3階は会議室として使われた。また、事務所棟と同時にD棟も竣工した。 |
| 1977年02月 |
1977年(昭和52年)2月、加古川スチールセンター(現池田工場)のE・F棟が竣工した。建屋面積はA~F棟合わせて7,400m2となり、クレーン、シャー、プレス、レベラーなどの多数の機械が配置されて、鋼材加工を行った。 |
| 1977年08月 |
1977年(昭和52年)8月、御影工場の北西に数百メートル行ったところにある御影物揚場に御影第2ヤードを開設した(後の御影西ヤード、現ベンソニック所在地)。第2ヤードは南面に水深5メートル・長さ100メートルの岸壁を有し、1,500トン積みの船舶までが着岸可能で、物流コストの低減に大きな効果をもたらすことになった。 |
| 1977年10月 |
1977年(昭和52年)10月、本社地区にあった成品工場の跡地に9階建て・延べ床面積5,600m2のオフィスビル「島文第3ビル」が完成した。高さ38メートルのこのビルは、当時神戸市灘区で最も高いビルだった。 |
| 1977年12月 |
1977年(昭和52年)12月より操業を開始した。場所は現在の呉工場より西側にあった。広さは400坪で、水深4メートル・長さ30メートル(300トン積み船舶接岸可能)の岸壁を備えていた。 |
| 1978年03月 |
1978年(昭和53年)3月、前年に竣工した島文第3ビルの最上階の9階にフランス料理店「オーベックファン(Au Bec Fin)」を開店した。同店はインテリア設計を丹下健三氏と沖種郎氏が行った。 |
| 1978年10月 |
1978年(昭和53年)10月には更なる合理化策として、当時最高クラスの750トンギロチンシャーを設置。大型機械による大量処理の時代が到来した。 |
| 1979年10月 |
1979年(昭和54年)10月、加古川市野口町長砂にあった鋼材問屋の倉庫を購入した。「野口工場」となった同工場は敷地面積8,200m2・建屋面積4,200m2で、材料置場とその切断作業場となった。 |
| 1979年10月 |
1979年10月 : 神南ハード工業(株)を完全子会社化 |
| 1980年04月 |
1980年(昭和55年)4月、神戸製鋼所加古川製鉄所で摩耗品の補修をする肉盛溶接事業を行っていた、神南ハード工業株式会社の全株式を取得し子会社化した。 |
| 1980年06月 |
1980年(昭和55年)6月、子会社化した神南ハード工業の尾上の敷地内に工場を建設。曽根工場では建設機械の各種フレーム類を、尾上工場では油圧ショベルのバケット類と製鉄設備を製造するようになり、分業体制が確立した。 |
| 1980年10月 |
1980年(昭和55年)10月に竣工した。外壁タイルの色調や窓の形を島文第3ビルと揃え、同ビルと各階を渡り廊下で接続する「島文第3ビル別館」として、1980年(昭和55年)10月に竣工した。 |
| 1980年12月 |
1980年(昭和55年)12月、神戸市東灘区御影浜町の鋼材センターの土地(現神戸工場土地)を購入し、直ちにヤードとして使用することとなった。この新しいヤードを「東ヤード」とし、従来の第1ヤードを「中ヤード」、第2ヤードを「西ヤード」と称するようになった。 |
| 1982年03月 |
1982年(昭和57年)3月、加古郡播磨町新島に神南ハード工業の播磨工場を建設した。新工場は明るいクリームカラーの建物で、広さは1,400m2であった。内部には旋盤などを置き、機械加工と検査などを行った。 |
| 1982年11月 |
1982年(昭和57年)11月に完成した(現神戸工場)。ヤードの東寄りには幅・奥行きとも50メートルの、当社の工場カラーであるコバルトブルーの工場が建ち、その南寄りに業界有数の1,250トンのギロチンシャー(富士車輌製)が設置された。この新工場は1,500トン級の外航船が接岸可能な専用岸壁を持つ一方、切断能力1,250トンという国内最大級のギロチンシャーを設置した最新鋭の工場として、注目されることとなった。 |
| 1983年08月 |
1983年(昭和58年)8月に完成した。購入後は老朽化していた建物の撤去や、御影東ヤードと同様の1,250トンギロチンシャーの設置、事務所棟の建設などの整備が行われ、1983年(昭和58年)8月に完成した。 |
| 1984年01月 |
1984年(昭和59年)1月には神戸製鉄所の尼崎工場となっていた。 |
| 1984年09月 |
1984年(昭和59年)9月末をもって、当社の構内作業の請負業務も終了した。 |
| 1984年12月 |
神戸製鋼所脇浜地区においても合理化は推進され、古い工場は次々と休止されていた。スカーフィングやチッピング、研磨といった請負作業を担当していた当社の神戸作業部脇浜作業課も1984年12月をもって廃止されることとなった。 |
| 1985年 |
ランスとは製鉄所の溶銑・溶鋼処理の際、溶銑輸送炉および転炉の中に挿入し撹拌する、耐火物を付けた大きな金属棒のことで、ランスから注入されるガスにより、溶銑は不純物の除去、溶鋼は高品質化を図ることが出来る。当社は神戸製鋼所より委託を受け、加古川工場池田ヤード(現池田工場)D棟において、ランス製造を行うこととなった。 |
| 1989年04月 |
1989年(平成元年)4月、関係会社である島文不動産の社名を「アイランドフューチャーコーポレーション株式会社」へ変更した。この社名には、島(Island)文の未来(Future)を担うという意気が込められていた。 |
| 1989年04月 |
1989年4月 : 島文不動産(株)を : アイランドフューチャーコーポレーション(株)に社名変更 |
| 1989年07月 |
1989年(平成元年)7月に六甲アイランド工場が完成。当時はまだ六甲アイランドに他企業の工場は完成しておらず、当社が一番乗りとなった。 |
| 1990年01月 |
1990年(平成2年)1月より「島文工業株式会社」は「株式会社島文」に、「株式会社島文製作所」は「シマブンエンジニアリング株式会社」に、「株式会社明石工業所」は「シマブンテック株式会社」に、「株式会社丸島金属工業所」は「シマブンメタル株式会社」にそれぞれ社名変更された。 |
| 1990年01月 |
1990年1月 : 島文工業(株)を(株)島文に : (株)島文製作所をシマブンエンジニアリング(株)に : (有)明石工業所をシマブンテック(株)に : (有)丸島金属工業所をシマブンメタル(株)に各々社名変更 |
| 1990年03月 |
1990年(平成2年)3月には業容拡大を目指して硬化肉盛溶接事業を展開している神南ハード工業を吸収合併。播磨工場とした。 |
| 1990年03月 |
1990年3月 : 神南ハード工業(株)をシマブンエンジニアリング(株)に合併 |
| 1990年06月 |
1990年(平成2年)6月に完成した工場は2,800m2の建屋で、工場内には25トンと15トンの天井クレーンをそれぞれ1基と厚板専用シャー1基を設置。製品在庫能力は6,200トンが可能となった。 |
| 1990年10月 |
1990年(平成2年)10月、健康食品の製造会社として、株式会社ベンソニックを設立した。 |
| 1990年10月 |
1990年10月 : (株)ベンソニック設立 |
| 1992年01月 |
1992年(平成4年)1月、神戸市灘区岩屋中町にあった丸島工業の寮の跡に、賃貸用オフィスとして、島文第5ビルが完成した。しかし時代はバブル崩壊の時期でもあり、テナント探しに苦戦することになった。 |
| 1995年01月 |
1995年1月 : 阪神・淡路大震災により、本社ビル、島文第二ビル、島文第三ビル別館全壊、その他神戸地区各工場被災 |
| 1995-01-17 |
1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源地とするマグニチュード7.2の激震が神戸の街を襲った。死者・行方不明者は6,438人、全壊家屋は10万棟以上という甚大な被害をもたらしたこの地震において、シマブングループも未曾有の被害を受けることとなった。 |
| 1995-02-01 |
2月1日からは解体工事が開始。 |
| 1995年03月 |
3月末には島文第3ビルを残した全てのビルが撤去された。 |
| 1995年04月 |
1995年(平成7年)4月に舞鶴自動車道西紀サービスエリア上り線での営業を開始した。 |
| 1995-04-02 |
神戸製鉄所の高炉は震災から2ヶ月半後の4月2日に再稼働を果たした。 |
| 1995年06月 |
1995年(平成7年)6月、シマブンメタルの歴史の幕は下ろされた。 |
| 1995年12月 |
1995年(平成7年)12月に加古川シマブンビルが完成した。 |
| 1995年12月 |
1995年12月 : 加古川シマブンビル完成 |
| 1998年01月 |
1998年(平成10年)1月、古大内の2号棟と3号棟を解体した跡地に新しい独身寮が建設された。 |
| 1998年03月 |
1998年(平成10年)3月、播磨工場内に事務所が完成すると、総務部と技術部が移転。本社所在地も尾上工場から播磨工場に変更した。 |
| 1998年04月 |
1998年(平成10年)4月に全ての移管が完了し、同6月に売却された。 |
| 1999年04月 |
1999年(平成11年)4月、当社は神戸製鋼所加古川製鉄所の冷延コイル梱包を専門に行う会社「エスビーパッケージ株式会社」を設立した。 |
| 1999年04月 |
1999年4月 : エスビーパッケージ(株)設立 |
| 1999年08月 |
1999年8月 : シマブンメタル(株)を合併 |
| 1999年10月 |
1999年10月 : アイランドフューチャーコーポレーション(株)をイフコープ(株)(2016年6月解散)に社名変更 : 新たにアイランドフューチャーコーポレーション(株)設立 |
| 2001年10月 |
2001年(平成13年)10月、新本社ビルの起工式が旧本社跡地で行われた。 |
| 2001年11月 |
2001年(平成13年)11月に、工場は現状のまま売却した。 |
| 2002年02月 |
2002年(平成14年)2月、残った九州営業室は、福岡県北九州市小倉北区のKMMビル別館に移転した。 |
| 2003年04月 |
2003年(平成15年)4月、シマブンエンジニアリングは厚生労働大臣の指定を受け、クレーン等性能検査代行業務を行うこととなった。 |
| 2003年07月 |
2003年(平成15年)7月、念願の新本社ビルが竣工した。 |
| 2003-08-01 |
2003年(平成15年)8月1日をもって、「株式会社シマブンコーポレーション」に変更された。 |
| 2003年09月 |
2003年(平成15年)9月、営業事業部原料部姫路営業室および姫路工場を廃止し、加古川営業室を設置した。 |
| 2003年12月 |
2003年12月 : 新本社ビル完成 : (株)島文を(株)シマブンコーポレーションに社名変更 |
| 2004年04月 |
2004年(平成16年)4月、念願であった東京営業室を東京都中央区日本橋に開設した。 |
| 2004年11月 |
2004年11月 : 新本社ビル隣に商業棟(BB Plaza)完成 |
| 2009年07月 |
2009年7月 : BBプラザ美術館開館 |
| 2010年04月 |
2010年4月 : 東京支社開設 |
| 2011年07月 |
2011年7月 : シマブンシステムサービス(株)設立 |
| 2012年04月 |
2012年4月 : (株)宮地サルベージを完全子会社化 |
| 2015年11月 |
2015年(平成27年)11月、加古郡播磨町新島のシマブンエンジニアリング本社工場(播磨工場)北西に播磨第二工場が完成した。 |
| 2018年09月 |
2018年9月 : シマブンシステムサービス(株)を : シマブンオフィスサポート(株)に社名変更 |
| 2018年12月 |
2018年(平成30年)12月、当社は経済産業省より「地域未来牽引企業」に選定された。 |
| 2019年03月 |
2019(平成31年)3月に開催された「地域未来牽引企業サミットin新潟」において、世耕経済産業大臣(当時)より認定証の授与を受けた。 |
| 2019-10-01 |
2019年(令和元年)10月1日、当社が創業110周年を迎えた同日に、両社を合併して「シマブンスチールパートナーズ株式会社」に社名変更。 |
| 2019年10月 |
2019年(令和元年)10月、本社ビル4階のシマブンホールにおいて創業110周年記念式典・祝賀会が行われた。 |
| 2019年10月 |
2019年10月 : 丸島工業(株)とエスビーパッケージ(株)を合併し、シマブンスチールパートナーズ(株)に社名変更 |
| 2020年06月 |
2020年(令和2年)6月、シマブン見守りシステム「DecoBull(デコブル)」の一般提供を開始した。 |
| 2021年12月 |
2021年(令和3年)12月、2010年5月より入居していた八重洲ダイビル(東京都中央区京橋)の建て替え工事に伴い、鉃鋼ビルディング(東京都千代田区丸の内)へ移転。同居していた製鋼原料部東京営業室およびシマブンクレーン検査㈱もともに移転の運びとなった。 |
| 2021年12月 |
2021年12月 : 東京支社を鉃鋼ビルディングに移設 |
| 2022年06月 |
2022年6月 : (株)アール・ケイを子会社化 |
| 2024年09月 |
2024年9月 : 新鋼商事(有)を完全子会社化 |