| 1921年 |
木内組として一般土木建築請負業を創業 |
| 1921年 |
木内組を創業する |
| 1921年 |
幼少時代 母 みな 明治22年万吉との間に藤定を授かったが、藤定が5歳の時に病死。父 万吉 栄村の指導的な役割にあり、藤定が12歳の時、工事中に死亡。 |
| 1924年 |
横田岩崎平太郎邸 |
| 1925年 |
安西尾崎邸 |
| 1926年 |
安東岩崎邸 |
| 1927年 |
教職員組合住宅10棟 |
| 1928年 |
ヘリヤ商会茶工場(第1・第2工場・事務所) |
| 1929年 |
弥勒宮崎通之助邸 |
| 1930年 |
三吉野旅館、河村様本宅 |
| 1931年 |
BA商会茶工場 |
| 1932年 |
宮崎清水倉庫、天野回漕店倉庫、鞍智邸、杉山洋裁学院 |
| 1933年 |
大坪田園住宅20棟、鶴岡旅館 |
| 1935年 |
静岡バラ園文化住宅30棟 |
| 1936年 |
藤枝明治製菓工場 |
| 1937年 |
理化学研究所電化工場 |
| 1941年 |
台湾理化学研究所 |
| 1942年 |
日本茶業組合倉庫 |
| 1944年 |
企業整備により静清建築工業株式会社を設立 |
| 1944年 |
静清建築工業株式会社を設立、初代社長に就任 |
| 1944年 |
静清建築工業株式会社 設立 |
| 1944年 |
幼少時代の続き |
| 1949年 |
RC造 静岡県営住宅 |
| 1950年 |
商号変更、静清建設株式会社とする |
| 1950年 |
静清建設株式会社に社名変更 |
| 1955年 |
商号変更、木内建設株式会社とする |
| 1955年 |
木内建設株式会社に社名変更 |
| 1955年 |
木内建設株式会社として、初めて作製された衣服は“法被”であった。濃い藍色のしっかりした生地で、表の襟には「木内建設株式会社」、背にはロゴマーク「」を白字であしらったデザインが施されている。用途としては、大きな物件や特別な物件の上棟式など祝いの席で着用していたと思われる。 |
| 1957年 |
東京営業所開設 |
| 1957年 |
生コンクリート並びにコンクリート製品の製造販売開始 |
| 1963年 |
道路舗装工事施工を開始 |
| 1963年 |
社内報『きづき』創刊、社訓制定「工夫・親切・感謝」 |
| 1964年 |
東京オリンピック開催、舗装技術の基盤を作るためロードローラーやフィニッシャーを導入 |
| 1965年 |
本社ビル建設に伴い本社を現在地に移す(旧住所 静岡市東町26番地) |
| 1965年 |
本社を国吉田に新築移転 |
| 1966年 |
東京営業所を東京支店に昇格 |
| 1966年 |
藤枝工場プラント開設 |
| 1967年 |
RC大型工事を手掛ける |
| 1967年 |
静岡刑務所 |
| 1968年 |
プレキャストコンクリート製品製造工場完成(藤枝市)操業開始 |
| 1970年 |
戸建 木内PCハウス 販売開始 災害に強く、快適、しかも低価格。静岡市内にモデルハウスを建て販売を開始 |
| 1971年 |
沼津営業所新設 |
| 1971年 |
勲六等単光旭日章を受章し逝去 |
| 1971年 |
朝霧ボウル |
| 1972年 |
ニクソンショック |
| 1973年 |
冬の時代を乗り越える |
| 1973年 |
冬の時代を乗り越える オイルショックで冷え込む建設業界PC工法をはじめとする創意工夫で苦境を克服した 木内武司社長 就任 都営住宅46H-1001(中央本町四丁目) |
| 1975年 |
浜松営業所開設 |
| 1975年 |
静清中央卸売市場施設整備事業舗装工事 |
| 1976年 |
掛川営業所開設 |
| 1976年 |
働く装いの軌跡と未来3 |
| 1976年 |
1976年ごろ、木内建設にとって初めてのオリジナルユニフォーム( 作業着) が誕生した。ラインナップは長袖シャツ・半袖シャツ・上着・ジャンバー・ズボンで、すべて薄茶色で統一されたデザインである。胸元には社名とロゴマーク「」がオレンジ色の糸で刺繍されている。このユニフォームを着用していた期間は16 年ほどと短いが、静岡県内外の大型物件に携わるなど木内建設が大きく成長した時期と重なる。 |
| 1977年 |
厚木市立萩野小学校 |
| 1978年 |
木内武司 静岡県建設業協会 副会長に就任 市民文化会館 |
| 1979年 |
創立35周年 ライブアピタ |
| 1980年 |
静岡県警察本部庁舎及び中央警察署庁舎 |
| 1981年 |
名古屋営業所開設 |
| 1983年 |
神奈川支店開設 |
| 1985年 |
プラザ合意 日本はバブル期へ コンホーム1万戸販売達成 CAD導入 那賀川ゴルフクラブ 浜岡コースクラブハウス |
| 1988年 |
御殿場営業所開設 |
| 1988年 |
木内コンホームCM放映 PC工法「木内コンホーム」の知名度アップに貢献 |
| 1989年 |
バブル崩壊からの再生 |
| 1989年 |
バブル崩壊からの再生 日本経済を揺るがしたバブル崩壊 グループ会社、協力業者が連携し、新技術へ挑戦を続けた |
| 1990年 |
沼津営業所を沼津支店に昇格 |
| 1990年 |
木内藤男 社長就任 平成元年度 二級河川巴川(大谷川放水路工区) 特定河川工事第2工区 |
| 1992年 |
浜松営業所を浜松支店に昇格 |
| 1992年 |
働く装いの軌跡と未来4 静岡市立看護専門学校 |
| 1992年 |
1992 年にユニフォームはフルモデルチェンジした。このユニフォームを着用した期間は32年と長く、社員のみならず、現場の職人さんたちにも、木内建設といえばこのユニフォームというイメージがついたと思われる。 |
| 1993年 |
資本金を10億7,000万円に増資 |
| 1994年 |
名古屋営業所を名古屋支店に昇格 |
| 1994年 |
木内建設記念奨学金 創設 改善提案表彰 開始 木内武司 勲五等瑞宝章 受章 会社設立50周年記念式典 日本平ホテル 初の制震構造 テレビ静岡メディアシティビル 榛原町庁舎 ホテルラヴィエ川良 |
| 1995年 |
Windows95発売 パソコンが普及しインターネット社会が始まる。写真もフィルムからデジタルの時代に |
| 1998年 |
ISO9001認証取得 |
| 1998年 |
ISO9001取得 木内武司 勲五等瑞宝章 受章 社訓「信頼・努力・創造」 焼津市消防防災センター訓練施設 |
| 1999年 |
藤枝営業所開設 |
| 1999年 |
浜岡営業所開設 |
| 2000年 |
静岡雙葉学園校舎 |
| 2001年 |
IS014001認証取得 |
| 2001年 |
ISO14001 取得 パラマウントヘッド |
| 2003年 |
富士市吉原事故 安全管理室 設置 |
| 2004年 |
浜岡営業所を御前崎営業所に改名 |
| 2004年 |
第一次中期経営計画スタート |
| 2005年 |
高強度コンクリート 国土交通大臣認定 |
| 2007年 |
静岡駅北口駅前広場 |
| 2008年 |
静岡駅北口駅前広場大屋根 |
| 2010年 |
焼津営業所開設 |
| 2011年 |
木内藤男社長 黄綬褒章受章 三菱地所レジデンス株式会社 優良施工会社表彰 受賞 連続受賞 中部横断自動車道 吉原ジャンクション 北工事 春華堂グループ厚生施設 |
| 2012年 |
中部横断自動車道 吉原ジャンクション 北工事 春華堂グループ厚生施設 USS-R 名古屋会場 |
| 2013年 |
USS-R 名古屋会場 |
| 2015年 |
BIM導入 施主への3Dプレゼン資料作成を目的に導入 コアレックス信栄本社工場 |
| 2016年 |
富士宮市立学校給食センター |
| 2017年 |
磐田営業所開設 |
| 2017年 |
優良職長認定制度 導入 若手技能者の育成と魏の伝承を目的に優秀な職長を認定 |
| 2018年 |
由比大押道路 東部地区整備工事 プラウド大倉山サウスコート |
| 2019年 |
ザ・パークハウス東陽町翠賓閣 聖隷クリストファー小学校 特別養護老人ホーム守山愛の里 |
| 2020年 |
本店を静岡本店に改名、東京支店を東京本店に改名 |
| 2020年 |
木内藤男社長 旭日小綬章受章 木内藤丈 社長就任 免震ゴム交換技術 支持装置 及び 支持ユニット特許取得 |
| 2021年 |
創業100周年を迎える 本社新社屋完成 |
| 2021年 |
次の100年へ |
| 2021年 |
おかげさまで2021年に100周年を迎えることができました |
| 2021年 |
創業100周年 令和2年度 富士海岸蒲原工区離岸堤工事 裾野市長泉町新火葬施設 |
| 2022年 |
次の100年へ |
| 2024年11月 |
2024年11月に全面リニューアルした。リニューアルのきっかけは、従業員がより心地よく、快適に働くためのアイデアを募集する社内イベント『KIUCHI-JIKAN DESIGN CONTEST』で「スタイル変革・ブランディング・モチベーションアップ」を目的に提案されたユニフォーム一新案が特別賞を受賞したことから始まった。リニューアルに際しては、施工部門を中心にプロジェクトチームを立ち上げ、従業員アンケートより見えてきた現行の課題・改善点を克服し、より快適で働きやすく、従業員のニーズに合った機能等を盛り込んだ複数のデザイン案を作成し、従業員投票により新しいデザインを最終決定した。プロジェクト立ち上げより約1年、時代に合ったデザイン、より快適で機能性に優れたオリジナルユニフォームが完成した。 |