| 1914年 |
大正3年(1914)、第1次世界大戦の勃発とともにドイツの染料が輸入されなくなると、染料価格は暴騰し、市場はにわかに活況を呈しました。 |
| 1915年 |
大正4年(1915)に合成染料の国産第1号が開発されました。 |
| 1918年 |
大正7年(1918)に戦争が終結すると、株価暴落に端を発する戦後恐慌が起こり、染料市場も未曾有の危機に直面しました。 |
| 1923年 |
大正12年(1923)「大阪合同株式会社」が設立されました。 |
| 1923-01-20 |
1923年(大正12年)1月20日 設立 |
| 1924年 |
関東大震災で東京出張所が焼失するなど波乱のスタートでしたが、翌13年には震災後の苦境を乗り切るために、強固な企業体質とネットワークづくりに注力。 |
| 1934年 |
昭和9年(1934)に室戸台風により生産施設に多大なダメージを受けました。 |
| 1937年 |
昭和12年(1937)に関西日仏学館新館(京都)に建設資金を寄付した功績により、フランス政府から勲章を授与されています。 |
| 1950年 |
昭和25年(1950)に勃発した朝鮮戦争で、日本経済とともに化学品工業も復興へと加速し、取扱商品は飛躍的に増大しました。 |
| 1954年 |
昭和29年(1954)に井村健次郎が社長現役のまま逝去しました。 |
| 1961年 |
昭和36年(1961)には年商100億円を計上し、10年間で約10倍もの伸長ぶりを見せました。 |
| 1963年 |
創立40周年に当たる昭和38年(1963)を“利益なき繁栄”のなかで迎えました。 |
| 1975年 |
昭和50年(1975)にはトンネル不況にあって、全社組織の変更を行うなど逆風に耐え得る企業体質の強化に努めました。 |
| 1979年 |
昭和54年(1979)に年商1000億円を突破しました。 |
| 1980年 |
昭和55年(1980)からは、3大プロジェクト(株式上場・本社ビル建設・子会社育成)の推進と改革をスタートしました。 |
| 1982年 |
昭和57年(1982)にはグループのコントロールタワーである現本社が完成しました。 |
| 1983年 |
昭和58年(1983)に対米貿易拡大を目的に現地法人を設立しました。 |
| 1990年 |
平成2年(1990)には新経営理念を策定し、技術開発型の製販一体化学専門商社をめざす路線を明確にしました。 |
| 1991年 |
平成3年(1991)に社名を「オー・ジー株式会社」に改称しました。 |
| 2000年 |
2000年以降になると、社運をかけて「開発本部」を設置しました。 |
| 2012年 |
2012年には、11年後の創立100周年に向けた長期経営計画「VISION2023」をスタートしました。 |
| 2013年 |
長年営業活動拠点として機能していたインド駐在員事務所を2013年に現地法人化し |
| 2014年 |
2014年には茨城県桜川市に太陽光発電所を設置し、新たに売電事業を開始 |
| 2014年 |
2014年にはインドネシアに新たに現地法人を設立する |
| 2015年 |
2015年にはタイのバンコクにある化学品・合成樹脂を扱う現地商社をグループ化し、若手人財の交流と育成を目的とした同社との相互派遣プログラムを開始 |
| 2019年 |
2019年に新たにベトナムに設立した海外拠点も軌道に乗り、アジア諸国から製紙用薬品を中心としたさまざまな化学品を安定供給するとともに、紙パルプ分野における専門性を武器に現地操業のサポートを開始する |