Nippon Paper Industries Co., Ltd.
基本情報
- 所在地
- 東京都千代田区神田駿河台4-6(御茶ノ水ソラシティ)
- 社長
- 瀬邊 明
- 資本金
- 104,873,000,000 円 (1,048 億円)
- 従業員数(単独)
- 5,028 人
- 従業員数(連結)
- 15,042 人
- 開始日
- 1949-08-01
- 終了日
サイト
事業内容
関連会社
—
関連図
沿革
1873年(明治6年)日本最古の製紙会社「抄紙会社」設立
1873年(明治6年)日本最古の製紙会社「抄紙会社」設立
1875年(明治8年)王子工場の操業を開始
1875年(明治8年)王子工場の操業を開始
1876年(明治9年)「製紙会社」と改称
1876年(明治9年)「製紙会社」と改称
1877年(明治10年)外国人技師の招聘とともに洋紙製造を目的とした工場建設に着手し、操業を開始
1877年(明治10年)外国人技師が帰国し、大川平三郎が工場経営の責任者となり、洋紙製造を目的とした工場建設に着手。翌年の操業当初は紙切れが続くなど苦戦し、損失も資本金の三分の一に膨らみましたが、徐々に改善し、同年12月16日に開業式を執り行いました。
1878年(明治11年)大川平三郎が米国留学し、新たな製紙原料の研究のため欧米へ留学。稲藁パルプや木材パルプの製法など技術革新を学びました。
1881年(明治14年)藁パルプ製造を開始
1881年(明治14年)藁パルプ製造を開始し、新式洋紙の生産を始めました。
1887年(明治20年)日本初の木質パルプでの洋紙製造を開始
1887年(明治20年)静岡県天竜川流域の気田工場で木材を原料とした亜硫酸パルプ(SP)の製造を開始。
1893年(明治26年)商号を「王子製紙株式会社」に変更
1893年(明治26年)商号を「王子製紙株式会社」に変更
1896年(明治29年)三井財閥が経営に参画
1896年(明治29年)三井財閥が経営に参画
1910年(明治43年)北海道苫小牧に新聞工場を建設し操業開始
1910年(明治43年)北海道苫小牧に新聞工場を建設し、操業を開始しました。
1914年(大正3年)からの第一次世界大戦と戦後の紙パ業界の景気により、王子製紙は他の中小製紙会社を吸収合併し、富士製紙、樺太工業とともに寡占状態となる
1914年(大正3年)からの第一次世界大戦と戦後の紙パ業界の景気により、中小製紙会社を吸収合併し、富士製紙、樺太工業と共に寡占状態となる。
1933年(昭和8年)三社合併により「大王子製紙」が誕生
1933年(昭和8年)三社合併により「大王子製紙」が誕生。
1949年(昭和24年)財閥解体により、十條製紙、苫小牧製紙、本州製紙に三社分割
1949年(昭和24年)財閥解体により、旧王子製紙は十條製紙、苫小牧製紙、本州製紙に三分割されました。
1993年(平成5年)十條製紙と山陽国策パルプが合併し、日本製紙が誕生
1993年(平成5年)十條製紙と山陽国策パルプが合併し、日本製紙が誕生しました。
2001年に大昭和製紙と経営統合し、持株会社制へ移行
2001年に大昭和製紙と経営統合し、持株会社制へ移行。
2003年(平成15年)日本製紙、大昭和製紙、日本紙共販が合併し、「新生日本製紙」として再出発
2003年(平成15年)日本製紙、大昭和製紙、日本紙共販が合併し、「新生日本製紙」として再出発。
2013年(平成25年)事業持ち株会社としての日本製紙が発足
2013年(平成25年)事業持ち株会社としての日本製紙が発足し、組織のフラット化と成長性の追求を進めました。
2015年に「木とともに未来を拓く総合バイオマス企業」というスローガンを定め、事業構造転換に着手
2015年に「木とともに未来を拓く総合バイオマス企業」というスローガンを定め、事業構造の転換に着手。
2021年に「2030ビジョン」を発表
2021年、「2030ビジョン」を発表し、バイオマス企業への取り組みを強化しました。
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