| 1948年 |
1948(昭和23)年に日科協(旧日科連)の前身である日本理化学機器商工会から発行された機関誌「科学機器」 |
| 1948-06-04 |
1948(昭和23)年6月4日、新組織の基礎的な体制作りを終えた商工会は、初の役員会を開いた。この会議において、その後の日本科学機器団体連合会、そして今日の(一社)日本科学機器協会の活動に至るまでの基本的な3つの課題が決定された。 |
| 1948-09-15 |
1948(昭和23)年9月15日から22日までの8日間、「教育用品展示会」が三越3階フロアで開催された。会員の出品は19社、合同小間を設営し展示された。 |
| 1949年 |
1949(昭和24)年、この展示会に参加した商工会の会員の中から、教育用理化学機器業者としての特化した活動の必要性を認識した業者が集まり、グループとして結成されることになった。 |
| 1949-04-28 |
1949(昭和24)年 4月28日、「T.R.K」カタログ第3版は、「N.R.K」カタログと名を変え発行された。 |
| 1949-05-19 |
1949(昭和24)年5月19日、日本理化学機器商工会となって初めての通常総会が開催された。3月末までの会員数は145名、1年前に比べて8名の増加をみた。 |
| 1949年09月 |
1949(昭和24)年9月の役員会では、関連団体と連携して、法律171号の撤廃請願運動を展開することを決議した。 |
| 1950年02月 |
1950(昭和25)年2月、GHQは日本政府に法律第171号を廃止する立法措置を通達。5月20日、その廃止が公布され、2年有余の間、業界を苦しめていた法律第171号の呪縛から解き放たれた。 |
| 1950年03月 |
1950(昭和25)年3月、渋谷東横百貨店で開催された「新しい教育と教材展」に出品。また、1949(昭和24)年に刊行した「N.R.K」カタログが品切れとなり、また申し込みが途絶えない状態であったため、再版を決定した。 |
| 1951年 |
1951(昭和26)年に、商工会の中の組織として発足した。 |
| 1952年04月 |
1952(昭和27)年4月、大阪部会が誕生した。 |
| 1952-04-03 |
1952(昭和27)年4月3日、日本分析化学会が創立された。日本理化学機器商工会も発起人として加わり、創立に寄与した。 |
| 1952年10月 |
1952(昭和27)年10月、近畿支部京都部会が設立された。 |
| 1953年06月 |
1953(昭和28)年6月、会は討議の結果、理化学機器が戦略物資として取り扱われていることは大きな誤りであるとし、教育用理化学機器を禁止品目から除外する運動を行うことを決めた。 |
| 1958年07月 |
1958(昭和33)年に、全国に支部を設立し全国的な組織体制を整備した日本理化学機器商工会であったが、新しい組織形態が求められてきた。その背景には、技術革新の急速な進展による業界の構造の変革があった。7月、連絡協議機関として日本科学機器団体連合会を設立し、山川英蔵氏を会長に選任した。 |
| 1960年 |
1960(昭和35)年に日科連が結成された |
| 1963年 |
1963(昭和38)年、独立した組織として「日本理科教育振興協会」を設立した。 |
| 1972年 |
1972(昭和47)年文部省認可の公益法人として認可された。 |
| 1985-06-09 |
1985(昭和60)年PITTCONへ初の出展を果たした約4カ月後、6月9日~15日までの7日間、ドイツ・フランクフルトでACHEMAが開催、日本科学機器団体連合会は日本ブースを設営し、初の出展に臨んだ。出展団リーダーは伊藤勝通氏、出展会社は7社で、そのうち5社は先のPITTCONにも出展していた。視察団及び出展団の総勢は、129名に及び、矢澤連合会会長が総団長を務めた。このACHEMAでは、コストについても国際的な視点が重要であること、特にヨーロッパ市場における「高付加価値製品の開発とコスト」の問題について、新たな認識を持つことができた。そして、国際市場におけるコストの問題が今後の研究課題となったのである。 |
| 1988年 |
1988(昭和63)年には、2回目のACHEMA出展を果たした。ジェトロの支援を受けて、ジェトロ/連合会の共同ブースによる出展であった。出展者数は11社で、前回よりも増加をみることができた。ブースにおいては、英文ガイドブックや同年に開催される第22回全科展の招待状を配布、またビデオによる日本産業と展示会の紹介を行い、出展社への支援に努めた。 |
| 1989年10月 |
1989(平成元)年10月には、ACHEMAを主催しているDECHEMA(西ドイツ化学工学会)と中国化学工学会が共催して、「ACHEMASIA’89」が中国、北京で開催された。日本科学機器団体連合会はジェトロの支援のもと、ブースを設置、5社が出展した。しかしながら、この4カ月前に天安門事件が発生、北京は混乱のさ中にあった。開催者の努力で中止には至らなかったものの、経済的な成果は乏しかった。そのため、中国市場に対しては長期的な視点を持つ重要性を認識させられた出展となった。 |
| 1995年 |
1995(平成7)年の「阪神・淡路大震災」、2004(平成16)年の「新潟県中越地震」及び「スマトラ沖地震・インド洋大津波」、2008(平成20)年の「岩手・宮城内陸地震」など、その都度、義援金の募集を行い、会員企業から寄せられた多額の義援金を、日本赤十字社を通じて送ってきたのである。 |
| 1997年02月 |
1997(平成9)年2月に、日本科学機器団体連合会では団体の福利厚生制度の一環として運営されている団体保険を導入して、「日本科学機器団体連合会グループ保険」を作り、会員企業の加入を勧めた。 |
| 2000-04-10 |
2000(平成12)年には、PITTCONとACHEMAの他に、4月10日から16日、ドイツ・ミュンヘンで開催された「第17 回国際生化学・分析・診断・ラボテクノロジー専門見本市(Analytica 2000)」にも視察団が派遣された。 |
| 2000-05-10 |
2000(平成12)年には、タイの科学機器業者団体STTAの要請に応じて、同年5月10日~ 14日、タイで開催された「Lab Tech 2000(第2回タイ科学機器展)」(現在、Thailand Lab)に、日本科学機器団体連合会(以下、日科連)として初めての出展を果たした。 |
| 2000-06-16 |
2000(平成12)年、日本科学機器団体連合会は、創立55周年を迎えた。6月16日に記念祝典と祝賀会を東京都港区のホテルインターコンチネンタル東京ベイにおいて挙行した。 |
| 2001年03月 |
2001(平成13)年3月、『日本科学機器団体連合会55年史』が55年周年記念事業の一つとして、あらためて業界の歴史を振り返るべく刊行された。 |
| 2001年09月 |
会誌「科学機器」2001年9月号より始まった「科学の峰々」の連載である。 |
| 2002-09-03 |
2002(平成14)年9月3日から4日間、中国上海で開催された「Analytica China 2002」にも視察団が派遣された。この展示会は、ドイツ・ミュンヘンで隔年開催されている「Analytica」の中国版で、一回目の開催であった。展示会の視察とともに、島津製作所の中国法人島津儀器有限公司の工場見学、展示会の共催団体である中国科学器材進出口総公司との面談も行われた。中国科学機器関連機関と日科連との関係は、1976年の訪中石油試験技術交流代表団の派遣、1983年の技術交流訪中代表団の派遣にまでさかのぼり、この視察団派遣が久方ぶりの交流となった。奇しくもこの年は、日中国交回復30周年の年であった。 |
| 2002-11-20 |
2002(平成14)年11月20日から22日、東京ビッグサイトにて、日科連主催による新方針のもと「全科展 in 東京 2002」が開催された。開催期間はこれまでの4日間から3日に短縮、開場時間を1時間延長し、参加企業の負担を軽減するとともに、来場者の利便性を高めた。NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)と12のTLO(Technology Licensing Organization、技術移転機関)が参加、また9つの学会・シンポジウムが開催され、まさに“交流の展示会”にふさわしいイベントが行われた。11月21日には緊急特別講演として、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏による講演が開催された。 |
| 2003年 |
2003年には大阪で開催されている科学機器展も日科連主催となり、それぞれ「全科展 in 東京 2002」「全科展 in 大阪 2003」という名称で開催された。 |
| 2004年 |
1995(平成7)年の「阪神・淡路大震災」、2004(平成16)年の「新潟県中越地震」及び「スマトラ沖地震・インド洋大津波」、2008(平成20)年の「岩手・宮城内陸地震」など、その都度、義援金の募集を行い、会員企業から寄せられた多額の義援金を、日本赤十字社を通じて送ってきたのである。 |
| 2005年03月 |
2005年3月に「会員実態調査報告書」として会員に配布された。 |
| 2005-11-09 |
2005(平成17)年に60周年を迎えた。同じく60周年を迎えた東京科学機器協会の主催で11月9日、記念式典・祝宴が開催された。その日は、当時の日科連会長・東京科学機器協会理事長である入江照四氏が旭日小綬章を受章した日でもあり、業界にとって二重の慶びとなった。 |
| 2006年03月 |
2006(平成18)年3月、日科連の副会長であり堀場製作所の創業者である堀場雅夫氏(当時最高顧問)が、米国フロリダ・オーランドで開催された[PITTCON 2006]において、「PITTCON Heritage Award(ピッツコン・ヘリテージ・アワード)」を受賞した。 |
| 2006-06-16 |
2006(平成18)年6月16日には、東京丸の内・東京會舘にて「入江照四氏叙勲記念祝賀会」が開催された。全国の科学機器協会役員、東京科学機器協会会員をはじめ、主務官庁の経済産業省、関係学会、関連団体、報道機関など、およそ360名が参加し、慶賀をともにした。 |
| 2006-11-28 |
2006(平成18)年11月28日、ホテルオークラ東京にて受賞記念祝賀会を開催し、業界はもちろん政官学産から約500名の人々が参加した。 |
| 2008年 |
1995(平成7)年の「阪神・淡路大震災」、2004(平成16)年の「新潟県中越地震」及び「スマトラ沖地震・インド洋大津波」、2008(平成20)年の「岩手・宮城内陸地震」など、その都度、義援金の募集を行い、会員企業から寄せられた多額の義援金を、日本赤十字社を通じて送ってきたのである。 |
| 2009年 |
2回目の会員実態調査は、2009年に実施された。 |
| 2010年 |
2010年に入り、18年にわたり日科連会長を務めてきた入江照四氏がその職責を果たし、新しく矢澤英人氏(株式会社ダルトン代表取締役社長:当時)が会長に就任した。 |
| 2010年 |
2010(平成22)年から日本分析機器工業会との合同展として開催してきた「分析展・科学機器展」。 |
| 2010-09-01 |
2010年9月1~3日、初の「分析展2010/科学機器展2010」合同展示会が幕張メッセにて開催された。出展企業・団体数が450、小間数が1,361という、これまでの全科展を大きく凌ぐ出展規模となった。また展示会場は5つのホールを使用し、アジア最大級の分析・科学機器分野の総合展として開催された。 |
| 2011-03-11 |
2011年3月11日、東日本大震災。日科連では震災直後より会員企業に被災地および被災者への義援金をよびかけていた。結果、各地区科学機器協会および会員企業、また会員以外の企業からも賛同を得て、1,690万5,890円という義援金が集まった。 |
| 2011年06月 |
2011(平成23)年6月に開催された第66回総会で、組織改革をして法人化することが決定された。 |
| 2011年09月 |
東日本大震災直後の9月に開催された「分析展2011/科学機器展2011」は、節電を考慮しクールビズを呼びかけ、業界全体が一丸となって、復興に向けて取り組んでいった。 |
| 2012年 |
2012年の開催では、名称を統一して「JASIS」とし、また科学機器総覧も分析機器総覧とあわせて「科学・分析機器総覧」として配布するなど、名実ともに合同展示会となるよう、さらなるコラボレーションを展開していった。 |
| 2012年 |
2012(平成24)年より、JASIS(Japan Analytical and ScientificInstruments Show)と名称を統一。 |
| 2012年 |
2012(平成24)年より、日本分析機器工業会との共同事業として、「分析機器・科学機器遺産」認定制度を導入、同制度による認定事業をスタートした |
| 2012年 |
2012(平成24)年に開催されたタイ科学機器展である「Thailand Lab 2012」(旧Lab Tech)への出展参加 |
| 2012年 |
2012(平成24)年にPITTCON調査研修ツアーやACHEMA化学工業視察ツアーを実施 |
| 2012年04月 |
2012(平成24)年4月に一般社団法人日本科学機器協会が設立された |
| 2012-04-02 |
2012(平成24)年4月2日、日科連は任意団体から法人化を果たし、「一般社団法人日本科学機器協会」(以下、日科協)が設立された。 |
| 2012-06-26 |
2012(平成24 )年6 月26 日、一般社団法人日本科学機器協会の設立記念式典及び祝賀会が東京會舘(東京丸の内)において開催された。 |
| 2012-07-19 |
2012年7月19日~21日の3日間、台湾・高雄にて開催された「2012第7回高雄国際儀器展」への参加 |
| 2012-09-05 |
2012年9月5日より開催されたJASIS2012で、一回目の「分析機器・科学機器遺産」に認定された製品の展示と認定証授与式が行われた |
| 2012年11月 |
2012(平成24)年11月から12月にかけて、867社を対象に行われた「会員実態調査」 |
| 2013年 |
2013(平成25)年からはCD-ROM版も製作されている。 |
| 2013年 |
2013(平成25)年に実施した第二回の認定 |
| 2013年 |
2013(平成25)年には公益社団法人に改組されることになる。 |
| 2013-01-11 |
2013年1月11日、グランドプリンスホテル新高輪(東京)において、日本科学機器協会の賀詞交歓会が開催された。日本科学機器協会の前身団体から続く67年間の歴史を振り返っても、都内における賀詞交歓会の開催は初めてのことだった。会員企業はもちろん、官庁はじめ、学会、大学、研究機関等から多数の出席があり、253名が参加する盛大な会となった。新年の挨拶において、矢澤英人会長は“全国統一組織として活動の幅を拡げ、社会全体に貢献していく”という決意を改めて述べた。来賓を代表して、経済産業省製造産業局産業機械課課長の須藤治氏(当時)、文部科学省研究振興局基盤研究課課長の柿田恭良氏(当時)、東京理科大学学長・初代東京大学特別栄誉教授の藤嶋昭先生より祝辞があった。 |
| 2014年 |
2014年度から、地方の北海道や九州などの地域でも同教室が実施できるように各協会に対し、135機種を網羅した冊子『科学機器入門』の受講者への提供や講師の派遣などの学習支援活動を展開し、延べ2,644名の会員が受講し研鑽を積んでいる。 |
| 2014年 |
2014(平成26)年には、加えて「景況に対する会員アンケート調査」を実施 |
| 2014-01-20 |
2014年1月20日より産業基盤を強化するための同促進税制が施行され、生産性向上設備などの中、先端設備に係る証明書発行団体として経産省に登録されており、対象設備の要件(最新モデル、生産性向上:年平均1%以上)と合致する製品について証明書の発行を実施している |
| 2014年03月 |
2014年3月、民間投資を喚起する成長戦略の一環として「生産性向上設備投資促進税制」が施行された(2017年3月31日まで)。日科協は、この税制措置に証明書発行団体の一つとして積極的に協力し、経済産業省と二人三脚で証明書発行を実施している。 |
| 2015年 |
2015(平成27)年現在も継続されている |
| 2015-11-16 |
2015年11月16日、日科協は創立70周年記念祝賀会を実施した。本書『日本科学機器協会70年史』の発行も記念事業の一つである。 |
| 2016-09-07 |
2016(平成28)年には、すでに9月7 ~ 9日に幕張メッセ国際展示場で「JASIS 2016」が開催されることが決定している。 |
| 2017-03-28 |
2017年3月末まで |