| 1945-09-02 |
1945年9月2日に日本政府が降伏文書に調印し、日本は連合国軍の占領下におかれることとなった。ポツダム宣言の執行のための連合国の機関、ダグラス・マッカーサー元帥を総司令官とする連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が日本に設置され、国政のすべてが占領行政のもとで行われるようになった。 |
| 1945-10-01 |
1945年10月、業界の有志が集まり、業界団体設立の準備に入った。この時、「業界団体を設立し、業界の復興を図る以外に、この困難から脱却する道はない」と評議一決し、強い意志で業界の再興に立ち向かっていった。 |
| 1945-11-01 |
11月に入り、島津製作所の監査役に就任した山川英蔵氏と、森川惣助(2代目)・鈴木惣八(2代目)の2氏が参画し、創立準備委員会が組織された。 |
| 1945-12-10 |
12月10日午後1時より、日本橋・森川ビル4階の講堂において、日本理化学機器協会の創立総会が開催された。 |
| 1946-01-16 |
1946年1月16日の第1回役員総会では、「第6条第1号(資材及び副資材の取得及び配分)及び第2号(生産品の割当て及び販売)所定事業の取扱い量による生産割当て負担額」について、その取扱い量により、都度手数料の形式をもって徴収することと決議した。 |
| 1946-02-12 |
同年2月12日の第2回役員総会では、資材調査のために、3部会よりそれぞれ資材委員を選出し、資材委員協議会の設立を決めて、会員の実情に合った資材確保を実施するようにきめ細かく策定している。 |
| 1946-04-11 |
4月11日の第4回役員総会では、「三・三新物価体系」に基づく、理化学機械の統制価格について協議した。 |
| 1946-10-10 |
1946年10月10日に開催した役員会の時には、会員数は94社にのぼっていた。 |
| 1946-11-03 |
1946年11月3日に日本国憲法が公布され、その翌年1947年5月3日に施行となった。 |
| 1947-01-22 |
同年2月12日の第2回役員総会では、資材調査のために、3部会よりそれぞれ資材委員を選出し、資材委員協議会の設立を決めて、会員の実情に合った資材確保を実施するようにきめ細かく策定している。 |
| 1948-07-10 |
1948年7月10日に日本学術会議法が公布され、翌年1949年1月20日に内閣総理大臣の所轄の下、日本学術会議が設立された。 |
| 1948-09-15 |
1948年9月15日から22日までの8日間、「教育用品展示会」が三越3階フロアで開催された。会員の出品は19社、合同小間を設営し展示された。 |
| 1948-12-19 |
1948年12月19日にGHQより経済安定九原則が、当時の吉田茂首相に指令された。 |
| 1949-01-20 |
1949年1月20日に内閣総理大臣の所轄の下、日本学術会議が設立された。 |
| 1949-03-07 |
1949年3月7日に、いわゆるドッジ・ラインと呼ばれる財政金融引き締め政策が実施された。 |
| 1949-05-19 |
1949年5月19日に、日本理化学機器商工会となって初めての通常総会が開催された。 |
| 1950-02-20 |
1950年2月にGHQは日本政府に法律第171号を廃止する立法措置を通達。 |
| 1950-03-01 |
1950年3月に、「T.R.K」カタログ第3版は、「N.R.K」カタログと名を変え発行された。 |
| 1950-06-25 |
1950年6月25日に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の軍が、1948年に成立した韓国との国境線を超えて侵攻し、朝鮮戦争が勃発した。 |
| 1951-09-08 |
1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約が調印され、その翌年の1952年4月28日に発効し、日本の独立が回復した。 |
| 1952-04-03 |
1952年4月3日に日本分析化学会が創立された。 |
| 1952-04-28 |
1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本の独立が回復した。 |
| 1952-08-01 |
1952年4月に大阪部会が設立された。 |
| 1953-07-27 |
1953年7月27日に朝鮮戦争の休戦協定が成立し、戦争は休戦となった。 |
| 1953-08-01 |
1953年8月に名古屋地区を東海支部に改称し、設立された。 |
| 1956-05-19 |
1956年5月19日に科学技術に関する基本的な政策を企画、立案し、推進する機関として科学技術庁が設置された。 |
| 1956-10-19 |
1965年に20周年を迎えたが、その前身として1956年10月19日に日本科学機器団体連合会が設立された。 |
| 1980年08月 |
1980(昭和55)年8月、大阪科学機器協会は台湾の台北市儀器商業同業公会の主催で開催された「台北市第1回儀器展示会」に視察団を派遣し、交流を深めた。 |
| 1983年08月 |
第2回儀器展示会は1983(昭和58)年8月に開催され、東京科学機器協会と大阪科学機器協会が視察団を派遣した。 |
| 1984-10-15 |
全科展が1984(昭和59)年に記念すべき20回目を迎え、晴海の会場で行われ、出展者数350社、小間数1,143小間、来場者数6万1,995名という大盛況のうち幕を閉じた。 |
| 1985年 |
ACHEMA’85の会期中に、SAMA会長から矢澤連合会会長に、同じ業界の団体として情報の交換及び親交を持つための先進国会議をアメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリスとともに開きたいという提案があった。 |
| 1985年12月 |
科学技術会議が、今後10年間においてとられるべき科学技術振興政策の基本を示す「科学技術政策大綱」を当時の中曽根康弘内閣に答申し、1986(昭和61)年3月に閣議決定された。 |
| 1987年07月 |
第3回台北市科学機器展は1987(昭和62)年7月に開催され、東京科学機器協会が90名の研修視察団を派遣した。 |
| 1988年 |
1988(昭和63)年に開催された第22回の全科展では、海外からの来場は、41カ国、721名に上った。 |
| 1989-01-07 |
昭和天皇崩御により昭和の時代は終わりを告げ、同年の4月に初の消費税(税率3%)が施行された。 |
| 1990年 |
日本は1990(平成2)年、製品輸入促進税制の導入など輸入を促進する政策をとり、その結果、1990年の輸入額は1985年に比べてドルベースで1.8倍に達した。 |
| 1990年07月 |
第4回儀器展示会は1990(平成2)年7月に開催され、東京50名、大阪32名、東海14名の視察団が派遣された。 |
| 1991年06月 |
1991(平成3)年6月に開催されたACHEMA’91展においても、輸入促進ミッションのチームが視察団に加わった。ジェトロ・連合会共同ブースを活用し、交流を再開した。 |
| 1992年09月 |
第5回台北国際儀器展は1992(平成4)年9月に開催され、高雄市の楠梓加工区の工場見学も行われた。 |
| 1993年 |
1993(平成5)年、1994(平成6)年のアメリカのPITTCONにおいても輸入促進ミッションが派遣された。 |
| 1994-11-08 |
1994(平成6)年11月8日~11日、東京晴海で第25回全科展が開催され、台湾176名、韓国230名を含む外国人813名が来場した。 |
| 1995-11-15 |
科学技術基本法が公布、施行され、国が科学技術振興のための計画を決め、資金確保を義務付けた。 |
| 1996年08月 |
1996(平成8)年8月、「科学技術基本計画」が実施され、5年間で17兆円の研究投資が行われた。 |
| 1997年02月 |
1997(平成9)年2月、日本科学機器団体連合会は福利厚生制度の一環として団体保険を導入した。 |
| 2000-06-16 |
2000(平成12)年6月16日、創立55周年記念式典と祝賀会を東京のホテルインターコンチネンタル東京ベイで挙行した。 |
| 2001年03月 |
2001(平成13)年3月、『日本科学機器団体連合会55年史』が刊行された。 |
| 2001-08-16 |
2001(平成13)年8月、「第8回台北国際儀器展」が台北で開催され、ASICの綱領を定め採択した。 |
| 2002-09-03 |
2002(平成14)年9月、中国上海で開催された「Analytica China 2002」に視察団を派遣した。 |
| 2002-11-20 |
2002(平成14)年11月20日から22日、東京ビッグサイトにて「全科展 in 東京 2002」が開催された。 |
| 2006-06-16 |
2006(平成18)年6月16日、入江照四氏が叙勲され、祝賀会が東京の東京會舘で開催された。 |
| 2006-11-28 |
2006(平成18)年11月28日、堀場雅夫氏がPITTCON Heritage Awardを受賞し、祝賀会が開催された。 |
| 2010-09-01 |
2010(平成22)年9月1~3日、幕張メッセにて「分析展2010/科学機器展2010」合同展示会が開催され、出展企業・団体数が450、小間数が1,361となった。 |
| 2012-04-02 |
2012(平成24)年4月2日、日科連は任意団体から法人化し、「一般社団法人日本科学機器協会」が設立された。 |
| 2012-06-26 |
2012(平成24)年6月26日、東京會舘にて設立記念式典と祝賀会が開催された。 |
| 2012-07-19 |
2012年7月19~21日、台湾・高雄で開催された「第7回高雄国際儀器展」に参加し、「JASIS2012」への勧誘活動を行った。 |
| 2012-09-01 |
2012(平成24)年9月1~3日、幕張メッセにて「JASIS2012」が開催され、出展企業・団体数が450、小間数が1,361となった。 |
| 2012-09-05 |
2012(平成24)年9月5日、「分析機器・科学機器遺産」認定制度が開始され、認定証授与式がJASIS2012で行われた。 |
| 2013-01-11 |
2013(平成25)年1月11日、東京のグランドプリンスホテル新高輪にて賀詞交歓会が開催され、253名が参加した。 |
| 2015-11-16 |
2015(平成27)年11月16日、創立70周年記念祝賀会が開催され、『日本科学機器協会70年史』も発行された。 |