Japan
会社名
Group
親会社
子会社
得意先
仕入先
業務提携
銀行等
株主等
15 件
| 日付 | 概要 |
| 1917年 |
徳郎が空知農学校を卒業。 : 化学肥料のない時代だったので土地を肥やすために家畜の導入を考える。 : 水田農業牛を飼う徳郎が空知農学校を卒業 |
| 1919年 |
本間牧場より、エアーシャー雌2頭を200円で購入する。 : これより藤井牧場の酪農の歴史が始まる。(酪農の開始) |
| 1922年 |
3代隆雄が生まれる。 : 徳郎夫妻酪農組合 |
| 1931年 |
タワーサイロを建設した。 : また、当時としては貴重であったアメリカ製(インターナショナル社)のコーンカッターを導入した。 : 隆雄と住が結婚。 |
| 1945年 |
隆雄が十勝農学校卒業後、徴兵されたのち富良野に帰る。 |
| 1946年 |
農地解放が始まり、農地の縮小。 |
| 1947年 |
4代裕一生まれる。 : 隆雄は砂地のため、収量がなかった農地に泥炭を大量に運びいれ土質を改良し、乳牛の糞尿を肥料として利用することで、富良野でも有数の水田とした。 酪農では、デンマーク式の飼料設計を取り入れ、乳量の増産を図った。(水田酪農の確立) : 当時の経営規模は、乳牛総頭数10頭、水田5Ha、畑2Haだった。 |
| 1963年 |
裕一は野幌機農高校に入学、「ルーズハウジングの実際」の本を読み、一般的なスタンチョン繋留方式ではなく、当時としては革新的であり、 乳牛に優しくしかも省力的な「ルーズハウジング」方式に感銘を受ける。 |
| 1992年 |
裕一の従兄弟となる秀幸が経営に参加、専務となる。 |
| 1994年 |
200頭牛舎とミルキングパーラー(パラレル14頭ダブル)を建設、 : TMRミキサーと自走式ハーベスターを導入した。 : 出荷乳量2000トンを目指す。 |
| 1995年 |
糞尿処理施設、スラリーストアの建設。初妊牛100頭の導入。 |
| 1996年 |
三回搾乳の導入し、生産が向上する。フルタイムの雇用を開始する。 : 出荷乳量2000トン達成。 |
| 1997年 |
ロボット哺乳の導入。哺乳舎建設。 |
| 1999年 |
育成舎(D)を建設する。 |
| 2020-01-01 |
有限会社藤井牧場 代表取締役 藤井 雄一郎 |
2026-08-15 08:42 (Model: ggml-org/gpt-oss-20b )