| 1892年08月 |
有限責任伝法紡績会社を設立、初代社長に鈴木勝夫が就任。 |
| 1892-08-05 |
1892年(明治25年)8月5日に創立 |
| 1893年03月 |
本社を大阪市福島区に移転し、福島紡績株式会社に改称。 |
| 1908年12月 |
大成紡績株式会社(のちの飾磨支店)と合併。その後、新工場を建設し、1914(大正3)年3月に全面稼働を開始。 |
| 1911年10月 |
取締役に野村徳七(野村證券(株)創業者)、5代目社長に八代祐太郎が就任。 |
| 1917年02月 |
堺紡績株式会社(のちの堺支店)を吸収合併、当社初の織布部門となる徳島支店も傘下に収めた。 |
| 1922年08月 |
国内販路の拡張を目指して東京出張所(現・東京支社)を開設。 |
| 1923年04月 |
満州の大連市に関係会社第1号となる満州福紡株式会社を設立。1925(大正14)年に操業を開始。 |
| 1933年03月 |
最初の多角化事業として、福島人絹株式会社を設立。 |
| 1941年03月 |
堀尾染布工業所を東海染工株式会社として再建。紡績業・織布業・染色加工業の一貫生産体制を確立。 |
| 1941年06月 |
第1次企業再編成で明治紡績合資会社と合併。これにより保有設備は11工場となった。 |
| 1941年08月 |
天満織物株式会社と近江帆布株式会社が合併し、朝日紡績株式会社を設立。 |
| 1941-08-04 |
天満織物(株)と近江帆布(株)が合併し、朝日紡績(株)を設立。紡績協同体の強化や労力・資材の効率化を目的として第1次企業再編成が行われ、当時、紡績会社として兼営で織布業に進出していた天満織物株式会社と、帆布の製造や日本初の製紙用ドライヤーカンバスの生産をしていた近江帆布株式会社が合併して、1941(昭和16)年8月4日に朝日紡績株式会社が設立された。 |
| 1943年06月 |
1943(昭和18)年6月、6代目社長に山内貢が就任して朝日紡績株式会社との合併交渉を進め、朝日紡績株式会社を解散、福島紡績株式会社を存続会社として合併。同時に本社を大阪市東区(現・中央区)備後町に移転し、社名を敷島紡績株式会社と改称して、新たな一歩を踏み出した。 |
| 1944年03月 |
6代目社長 山内貢が交渉を進め、朝日紡績株式会社を合併、敷島紡績株式会社に改称。本社を大阪市東区(現・中央区)備後町に移転。 |
| 1944年03月 |
1944(昭和19)年3月、朝日紡績株式会社を合併、敷島紡績株式会社に改称。 |
| 1947年02月 |
7代目社長に室賀國威専務が就任、経営再建に尽力。 |
| 1947-02-28 |
1947(昭和22)年2月28日、山内貢社長の後を継いで、室賀國威専務が7代目社長に就任、多難な時代での会社復興を託された。 |
| 1947年11月 |
笹津工場、天皇陛下の御巡視を賜る。 |
| 1950年03月 |
高知工場、天皇陛下の御巡視を賜る。 |
| 1953年02月 |
主として帆布の生産販売を行う敷島帆布株式会社を設立。 |
| 1954年 |
現在も使用されているマーメイドマークが誕生。(デザイナー:結城 昇)。 |
| 1955年06月 |
国内初となる「シキボウ・カラーシーツ」を発売。多様な二次製品で国内外の販路を開拓。 |
| 1955年06月 |
1955(昭和30)年6月、国内初となる「シキボウ・カラーシーツ」を発売。 |
| 1958年 |
国内で初めてポリエステルと綿の混紡糸(ポリエステル65%、綿35%の混紡比率)紡出に成功。以降、次々と綿混紡糸を開発。 |
| 1959年03月 |
急速に普及し始めた化学繊維需要に対応するため、江南工場(現・株式会社シキボウ江南)を新設。 |
| 1959年03月 |
1959(昭和34)年3月、江南工場(現・株式会社シキボウ江南)を新設。 |
| 1959年10月 |
敷島重布株式会社(のちの鈴鹿工場)を設立。超広幅多重織重布織機を導入。 |
| 1961年12月 |
敷島帆布株式会社と敷島重布株式会社の2社を合併し、敷島カンバス株式会社を設立。(現・連結子会社)初代社長に塩路義韶が就任。 |
| 1961-12-20 |
1961(昭和36)年12月20日に敷島帆布株式会社と合併し、敷島カンバス株式会社を設立。 |
| 1963年02月 |
新社屋の建設を機に、その管理運営会社として敷島興産株式会社(現・株式会社シキボウサービス)を設立。 |
| 1963年04月 |
1963(昭和38)年4月にコルゲーターベルトを生産開始。 |
| 1963年11月 |
和歌山リネン株式会社(現・シキボウリネン株式会社)に資本参加する。 |
| 1964年07月 |
1964(昭和39)年7月にプラスチックカンバスを生産開始。 |
| 1965年11月 |
大阪市東区(現・中央区)備後町に新本社ビル「敷島ビル」を新築。 |
| 1965年11月 |
1965(昭和40)年11月、新本社ビル「敷島ビル」を新築。 |
| 1966年04月 |
寺岡商事株式会社との合弁により、泰和メリヤス工業株式会社を設立。当社のニット製品事業の始まりとなった。 |
| 1967年01月 |
新内外綿株式会社の株式を取得し、資本参加。(現・連結子会社) |
| 1967年01月 |
1967(昭和42)年1月、新内外綿株式会社の株式を取得し、資本参加。 |
| 1967年02月 |
江南工場に織布部門を新設、新鋭機械を導入して紡織一貫体制を確立。 |
| 1967年02月 |
1967(昭和42)年2月、江南工場で紡織一貫体制を確立。新織布工場が竣工した。 |
| 1967年12月 |
1967(昭和42)年12月、室賀國威社長が初代会長に、磯井賢次専務が8代目社長に就任。 |
| 1967年12月 |
室賀國威社長が初代会長に、磯井賢次専務が8代目社長に就任。会長・社長一体となって社業の発展に邁進しようとの決意のもと、紡織両部門にわたる自家設備の増設、業務提携の実施、大幅な機構改革、さらには将来的な安定成長に向けた新製品の研究開発など、諸施策を強力に推進するため、新たなスタートを切った。 |
| 1970年12月 |
9代目社長に室賀國威会長が再就任。磯井賢次社長が健康上の理由から任期満了を機に退任。 |
| 1971年05月 |
敷島カンバス(株)は、帆布の生産と営業権を他社へ譲渡。 |
| 1971-12-23 |
松本良諄常務が10代目社長に就任し、室賀國威社長は相談役に就いた。 |
| 1974年09月 |
伊丹工場に柄出し装置付き新鋭タフト機を導入した。 |
| 1975年08月 |
伊丹工場に連続シルケット機を新設し、フィスコ®の生産を開始。設備を大幅に更新し、当社における糸加工の中軸工場としての機能を備えることとなった。 |
| 1977-07-21 |
小林正夫専務が11代目社長に就任。 |
| 1981年04月 |
抗菌防臭加工「ノンスタック®」を発表。 |
| 1981年06月 |
化成品事業の拠点として、堺事業所を設立。 |
| 1986-07-23 |
山内信副社長が12代目社長に就任。 |
| 1986-11-05 |
山内社長が中期経営計画「HOP100」を補完するため、短期収益向上作戦「サクセス18」を発表。 |
| 2002年04月 |
2002(平成14)年4月、株式会社シキボウ江南として事業継続する。 |
| 2021年 |
2021(令和3)年、株式交換により完全子会社化。 |