シキボウ株式会社
基本情報
- 所在地
- 大阪市中央区備後町三丁目2番6号
- 社長
- 鈴木 睦人
- 資本金
- 11,820,000,000 (118 億)
- 従業員数(単独)
- 674 人
- 従業員数(連結)
- 2,306 人
- 開始日
- 1892-08-05
- 終了日
サイト
事業内容
関連会社
関連図
沿革
有限責任伝法紡績会社を設立、初代社長に鈴木勝夫が就任。
1892年(明治25年)8月5日に創立
本社を大阪市福島区に移転し、福島紡績株式会社に改称。
大成紡績株式会社(のちの飾磨支店)と合併。その後、新工場を建設し、1914(大正3)年3月に全面稼働を開始。
取締役に野村徳七(野村證券(株)創業者)、5代目社長に八代祐太郎が就任。
堺紡績株式会社(のちの堺支店)を吸収合併、当社初の織布部門となる徳島支店も傘下に収めた。
国内販路の拡張を目指して東京出張所(現・東京支社)を開設。
満州の大連市に関係会社第1号となる満州福紡株式会社を設立。1925(大正14)年に操業を開始。
満州の大連市に関係会社第1号となる満州福紡株式会社を設立。
1925(大正14)年に操業を開始。
最初の多角化事業として、福島人絹株式会社を設立。
堀尾染布工業所を東海染工株式会社として再建。紡績業・織布業・染色加工業の一貫生産体制を確立。
第1次企業再編成で明治紡績合資会社と合併。これにより保有設備は11工場となった。
天満織物株式会社と近江帆布株式会社が合併し、朝日紡績株式会社を設立。
天満織物(株)と近江帆布(株)が合併し、朝日紡績(株)を設立。紡績協同体の強化や労力・資材の効率化を目的として第1次企業再編成が行われ、当時、紡績会社として兼営で織布業に進出していた天満織物株式会社と、帆布の製造や日本初の製紙用ドライヤーカンバスの生産をしていた近江帆布株式会社が合併して、1941(昭和16)年8月4日に朝日紡績株式会社が設立された。
1943(昭和18)年6月、6代目社長に山内貢が就任して朝日紡績株式会社との合併交渉を進め、朝日紡績株式会社を解散、福島紡績株式会社を存続会社として合併。同時に本社を大阪市東区(現・中央区)備後町に移転し、社名を敷島紡績株式会社と改称して、新たな一歩を踏み出した。
6代目社長 山内貢が交渉を進め、朝日紡績株式会社を合併、敷島紡績株式会社に改称。本社を大阪市東区(現・中央区)備後町に移転。
1944(昭和19)年3月、朝日紡績株式会社を合併、敷島紡績株式会社に改称。
7代目社長に室賀國威専務が就任、経営再建に尽力。
1947(昭和22)年2月28日、山内貢社長の後を継いで、室賀國威専務が7代目社長に就任、多難な時代での会社復興を託された。
山内貢社長の後を継いで、室賀國威専務が7代目社長に就任、多難な時代での会社復興を託された。
笹津工場、天皇陛下の御巡視を賜る。
高知工場、天皇陛下の御巡視を賜る。
主として帆布の生産販売を行う敷島帆布株式会社を設立。
現在も使用されているマーメイドマークが誕生。(デザイナー:結城 昇)。
国内初となる「シキボウ・カラーシーツ」を発売。多様な二次製品で国内外の販路を開拓。
1955(昭和30)年6月、国内初となる「シキボウ・カラーシーツ」を発売。
国内初となる「シキボウ・カラーシーツ」を発売。シーツは白いものという固定観念を打ち破り、全7色(スカイブルー、ベビーピンク、サーモンピンク、グリーン、クリーム、イエロー、白)を揃え、お年玉つき年賀はがきの賞品としての採用や、天皇・皇后両陛下ご使用のシーツとして、宮内庁から注文があるなど、爆発的な人気を呼んだ。
国内で初めてポリエステルと綿の混紡糸(ポリエステル65%、綿35%の混紡比率)紡出に成功。以降、次々と綿混紡糸を開発。
急速に普及し始めた化学繊維需要に対応するため、江南工場(現・株式会社シキボウ江南)を新設。
1959(昭和34)年3月、江南工場(現・株式会社シキボウ江南)を新設。
江南工場(現・株式会社シキボウ江南)を新設。急速に普及し始めた化学繊維需要に対応するため、新鋭のポリエステル混紡糸生産を狙って、江南工場の建設を決定。その建設資金は、日本長期信用銀行の原邦道頭取が以前に大和銀行頭取であったことが縁で、同信用銀行を借入先として長期借入金を調達したものである。愛知県江南市に1957(昭和32)年4月、21万2,000m2の土地を取得し、1959(昭和34)年3月に第1期として2万7,648錘が竣工した。工場の構造は完全温湿度調整の無窓工場で、翌年8月には第2期として、合繊紡機1,152錘のほか綿紡機3万錘の設置を完了、操業を開始した。
敷島重布株式会社(のちの鈴鹿工場)を設立。超広幅多重織重布織機を導入。
敷島帆布株式会社と敷島重布株式会社の2社を合併し、敷島カンバス株式会社を設立。(現・連結子会社)初代社長に塩路義韶が就任。
1961(昭和36)年12月20日に敷島帆布株式会社と合併し、敷島カンバス株式会社を設立。
新社屋の建設を機に、その管理運営会社として敷島興産株式会社(現・株式会社シキボウサービス)を設立。
1963(昭和38)年4月にコルゲーターベルトを生産開始。
和歌山リネン株式会社(現・シキボウリネン株式会社)に資本参加する。
1964(昭和39)年7月にプラスチックカンバスを生産開始。
大阪市東区(現・中央区)備後町に新本社ビル「敷島ビル」を新築。
1965(昭和40)年11月、新本社ビル「敷島ビル」を新築。
寺岡商事株式会社との合弁により、泰和メリヤス工業株式会社を設立。当社のニット製品事業の始まりとなった。
新内外綿株式会社の株式を取得し、資本参加。(現・連結子会社)
1967(昭和42)年1月、新内外綿株式会社の株式を取得し、資本参加。
江南工場に織布部門を新設、新鋭機械を導入して紡織一貫体制を確立。
1967(昭和42)年2月、江南工場で紡織一貫体制を確立。新織布工場が竣工した。
江南工場で紡織一貫体制を確立。業界最先端の工場に。ポリエステル・綿混紡糸の紡出を行っていた江南工場に織布部門を新設し、紡織一貫体制とすることとし、1967(昭和42)年2月、新織布工場が竣工した。建屋は完全断熱構造で自動温湿度調整、光源は太陽光に近いカクテル光線、床はタイル貼りで、当時では最高の作業環境を整えた。また、最新鋭の紡機5万9,600錘を全運転していた紡績部門についても、需要増大に呼応して紡機を増設し、さらなる戦力強化を図った。この結果、江南工場は紡織一貫体制を確立し、品質・生産効率とも業界最先端の工場となった。
1967(昭和42)年12月、室賀國威社長が初代会長に、磯井賢次専務が8代目社長に就任。
室賀國威社長が初代会長に、磯井賢次専務が8代目社長に就任。会長・社長一体となって社業の発展に邁進しようとの決意のもと、紡織両部門にわたる自家設備の増設、業務提携の実施、大幅な機構改革、さらには将来的な安定成長に向けた新製品の研究開発など、諸施策を強力に推進するため、新たなスタートを切った。
室賀國威社長が初代会長に、磯井賢次専務が8代目社長に就任。
9代目社長に室賀國威会長が再就任。磯井賢次社長が健康上の理由から任期満了を機に退任。
敷島カンバス(株)は、帆布の生産と営業権を他社へ譲渡。
松本良諄常務が10代目社長に就任し、室賀國威社長は相談役に就いた。
伊丹工場に柄出し装置付き新鋭タフト機を導入した。
伊丹工場に連続シルケット機を新設し、フィスコ®の生産を開始。設備を大幅に更新し、当社における糸加工の中軸工場としての機能を備えることとなった。
小林正夫専務が11代目社長に就任。
抗菌防臭加工「ノンスタック®」を発表。
化成品事業の拠点として、堺事業所を設立。
大幅な組織機構の改正を伴い、発酵その他に関する研究開発業務の促進を目的に中央研究所を新設。
山内信副社長が12代目社長に就任。
山内社長が中期経営計画「HOP100」を補完するため、短期収益向上作戦「サクセス18」を発表。
敷島カンバス株式会社と当社で、「ACMプロジェクトチーム」を発足。(現在の複合材料事業のルーツとなる)
敷島カンバス株式会社と当社で「ACMプロジェクトチーム」を発足。
株式会社大和機械製作所(現・連結子会社)の経営権を取得。
敷島カンバス株式会社、敷島興産株式会社(現・(株)シキボウサービス)、大機紡績株式会社、シキボウ開発株式会社の関係会社4社と当社が合併契約を締結。
当社は敷島カンバス株式会社、敷島興産株式会社(現・(株)シキボウサービス)、大機紡績株式会社、シキボウ開発株式会社の関係会社4社と合併契約を締結した。
新会社として敷島カンバス株式会社を設立(現・連結子会社)。同社に営業部門、技術サービス部門、技術開発部門を置き、製紙業界、ろ過布業界への窓口とした。
製紙業界、ろ過布業界に対して、きめ細かいサービスを引き続き提供するため、新会社として敷島カンバス株式会社を設立した。
「産業資材事業本部」を新設。
製紙用ドライヤーカンバス、ろ過布を取り扱う旧敷島カンバス株式会社は、当社の「産業資材事業本部」として、鈴鹿工場、八日市工場、八幡工場、草津工場を所管することとした。
事業開発本部の事業所建設に伴って池田市を立ち退いた。
滋賀県に、八日市工場・中央研究所を新設。
滋賀県の研究棟が竣工し、中央研究所が移転した。
坂本尚弘専務が13代目社長に就任。
山内信社長が退任、坂本尚弘専務が13代目社長に就任した。
総合幹部会議において、坂本社長が中期経営計画「ニュー・シキボウ・アクションプラン」を発表した。
創立100周年。同年、新しい社歌(シキボウソング)の制作や、記念パーティーの開催などが行われた。
創立100周年記念日に、中期経営計画達成のための全社運動「MUST3」をキックオフした。
繊維上の細菌の増殖を抑制する制菌加工「ノモス®」を開発。
大阪府立公衆衛生研究所(現・大阪健康安全基礎研究所)の協力を得て、繊維上の細菌の増殖を抑制する制菌加工「ノモス®」を開発した。
財団法人電力中央研究所・音羽電機工業株式会社・株式会社レイケムとの共同研究により、「ポリマー容器型避雷器」の開発に成功。
電力中央研究所・音羽電機工業株式会社・株式会社レイケムとの共同研究により、「ポリマー容器型避雷器」の開発に成功した。
姫路工場跡に、「姫路リバーシティショッピングセンター」をオープン。
1992(平成4)年3月に閉鎖した姫路工場跡に、「姫路リバーシティショッピングセンター」をグランドオープンした。
香港に敷紡(香港)有限公司を設立。(現・連結子会社)
天然植物ガム「サイリウムシードガム」を販売。
天然植物ガム「サイリウムシードガム」を販売した。
丸ホームテキスタイル株式会社を設立。(現・連結子会社)
中国上海市に上海敷島家用紡織有限公司を設立。(現・連結子会社)
坂本尚弘社長が会長に就き、飛谷高照専務が14代目社長に就任。
坂本尚弘社長が会長に就き、飛谷高照専務が14代目社長に就任した。
東レ株式会社と共同開発した吸汗・速乾性に優れたポリエステル・綿混シャツ地「アゼック®」を発表。
東レ株式会社との共同開発による吸汗・速乾性に優れたポリエステル・綿混シャツ地「アゼック®」を、1999(平成11)年春夏物として発表した。
株式会社物流システムを設立。(現・連結子会社)
中期経営計画「ニュー・シキボウ・プラン」(NSプラン)がスタートした。
「アゼック®」がグッドデザイン賞(パーソナルユース商品部門)を受賞した。
化成品部の製造部門であった堺事業所を分社化し、「株式会社シキボウ堺」を設立。
高知工場跡に、「イオン高知ショッピングセンター」をオープン。
高知工場跡地に「イオン高知ショッピングセンター(現・イオンモール高知)」が完成し、竣工式を挙行した。
「イオン高知ショッピングセンター」の一般オープンを迎えた。
2002(平成14)年4月、株式会社シキボウ江南として事業継続する。
株式会社シキボウ江南として事業継続する。
敷島紡績株式会社から「シキボウ株式会社」へ社名を改称。
社名を従来の敷島紡績株式会社から「シキボウ株式会社」へ改称した。
シネマコンプレックス「TOHO シネマズ高知」がオープンした。
製紙用ドライヤーカンバスを中心とする産業資材の生産販売会社として、敷島工業織物(無錫)有限公司を設立。(現・連結子会社)
中国上海市に敷紡貿易(上海)有限公司を設立。(現・連結子会社)
抗ウイルス加工繊維「フルテクト®」を開発。
飛谷高照社長が会長に就き、加藤禎一常務が15代目社長に就任。
中国浙江省に湖州敷島福紡織品有限公司を設立。(現・連結子会社)
株式会社マーメイドソーイング秋田を設立。(現・連結子会社)
「香りを加えて臭いを消す」という新発想の消臭加工「デオマジック®」を発表。
東洋空気調和株式会社の経営権を取得。(現・連結子会社)
加藤禎一社長が会長に就き、能條武夫常務が16代目社長に就任。
富山工場内の遊休地で太陽光発電事業に取り組み、発電・売電を開始。
新内外綿株式会社(当社連結子会社)がJ.P.BOSCO社の経営権を取得。
「姫路リバーシティショッピングセンター」が「イオンモール姫路リバーシティ」としてリニューアルオープンした。
株式会社シキボウ江南と、株式会社マーメイドソーイング秋田が純正国産商品に対する「J ∞QUALITY(ジェイ クオリティ)商品認証事業」の企業認証を取得。
長野事業所で、エアバス社の旅客機に搭載されている新型エンジンで使用される大型アルミ部品の生産を開始。
株式会社シキボウ堺が、食品安全システムFSSC 22000認証を取得。
能條武夫社長が会長に就き、清原幹夫上席執行役員が17代目社長に就任。
能條武夫社長が会長に、清原幹夫上席執行役員が17代目社長に就任した。
創立125周年を迎えて、記念式典を開催。
本社ビル7階大ホールで125周年記念式典を開催。
有限責任伝法紡績会社として設立された当社が創立125周年を迎えた。
中期経営計画「Challenge to the Growth final stage 2018-2020(CG final 18-20)」がスタート。
中央研究所の新棟が完成。低炭素社会に貢献するCMC(セラミック基複合材)用三次元織物の研究開発・量産化を進める。
産業資材部門の鈴鹿工場にて新工場(第一期増築)が完成。カンバス事業のグローバル展開を見据えた生産設備の増強。
ベトナムホーチミンに、ホーチミン事務所(Shikibo Ltd. Ho Chi Minh Representative Office)を開設。繊維部門の海外オペレーションを拡大する事業戦略の1つ。
抗ウイルス加工「フルテクト®」がコロナウイルス(ヒト)-human Coronavirus 229E-に対して有効性を確認。
鈴鹿工場の新工場第二期増築が完了。
新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)に対しても抗ウイルス効果を確認。
新型コロナウイルス感染症の影響で低迷する市況に対応するため、2年間の緊急経営計画「Revival Plan 2020-2021」を策定・実行。
2021(令和3)年、株式交換により完全子会社化。
株式交換により完全子会社化。
清原幹夫社長が会長に就き、尻家正博執行役員が18代目社長に就任。
清原幹夫社長が会長に、尻家正博執行役員が18代目社長に就任した。
株式交換により、新内外綿株式会社を完全子会社化。
長期ビジョン「Mermaid 2042」を策定。創立150年にあたる2042年に向け、当社の“ありたい姿”を明確にした。
台湾に、現地法人台湾敷紡股份有限公司を開設。アセアン諸国他海外市場および台湾ローカル市場向け差別化素材の販売拡大をねらう。
中期経営計画「ACTION22-24」がスタート。
東京証券取引所の再編により新市場区分が適用。当社はプライム市場を選択。
ベトナムホーチミンにSHIKIBO VIETNAM CO., LTD. を設立。
中期経営計画「TG25-27」Transformation for Growth 成長への変革 がスタート。
尻家正博社長が会長に就き、鈴木睦人執行役員が19代目社長に就任。
ユニチカトレーディング株式会社の衣料繊維事業の一部、ユニチカ(北京)貿易有限公司ならびにユニチカトレーディングベトナム社の衣料繊維事業を譲受、およびユニチカトレーディングインドネシア社の株式を譲受。
ニュース
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公的データ
国税庁・基本情報7120001077432
- 商号又は名称
- シキボウ株式会社
- フリガナ
- シキボウ
- 英語名
- 法人種別
- 301
- 住所
- 〒541-0051 大阪府大阪市中央区備後町3丁目2番6号
- 郵便番号
- 5410051
- 都道府県コード
- 27
- 市区町村コード
- 128
- 国外所在地
- 国内所在地(都道府県)英語
- 国内所在地(市区町村等)英語
- 国外所在地(英語)
- 法人番号指定年月日
- 2015-10-05
- 更新年月日
- 2018-05-09
- 変更年月日
- 2015-10-05
- 登記記録の閉鎖等年月日
- 登記記録の閉鎖等の事由
- 承継先法人番号
- 変更事由の詳細
- 最新履歴
- 1
- 検索対象除外
- 0
- 処理区分
- 01
- 訂正区分
- 1
- 商号又は名称イメージID
- 国内所在地イメージID
- 一連番号
- 4307612
経済産業省・gBizINFO7120001077432
- 法人番号
- 7120001077432
- 商号又は名称
- シキボウ株式会社
- 商号又は名称(カナ)
- シキボウ
- 商号又は名称(英字)
- 登記記録の閉鎖等年月日
- 登記記録の閉鎖等の事由
- 登記住所
- 大阪府大阪市中央区備後町3丁目2番6号
- 郵便番号
- 5410051
- 都道府県
- 大阪府
- 都道府県コード
- 27
- 市区町村(郡)
- 大阪市中央区
- 市区町村コード
- 128
- 番地以下
- 備後町3丁目2番6号
- 組織種別
- 301
- 処理区分
- 71
- 訂正区分
- 0
- 状態
- 代表者名称
- 代表取締役 社長執行役員 鈴 木 睦 人
- 資本金
- 11820000000
- 従業員数
- 700
- 企業規模詳細(男性)
- 450
- 企業規模詳細(女性)
- 250
- 事業概要
- 1.各種繊維工業品の製造・加工および販売 紡績糸、加工糸、 織物生地・製品、ニット生地・製品、寝装生地・製品など 2.各種化学工業品の製造・加工および販売 工業用糊剤、食品添加物など 3.産業用資材の製造・販売 製紙用ドライヤーカンバス、フィルタークロスなど 4.複合材料の製造・販売 5.都市開発をはじめとする不動産開発
- WebサイトURL
- https://www.shikibo.co.jp/
- 創業年
- 事業種目
- E:製造業
- 設立年月日
- 1892-08-05
- 全省庁統一資格-資格等級
- A|A|A|
- 全省庁統一資格-営業品目
- 101|102|104|127|128|129|201|202|204|227|228|229|309|315
- 更新年月日
- 2026-05-14
- キー情報
- 7120001077432