日本化薬株式会社
1916-06-05
TYO
Japan
医薬品
原薬
診断薬
色素材料
触媒
モビリティ&イメージング事業
ファインケミカルズ事業
機能性材料
〒100-0005 東京都千代田区丸の内二丁目1番1号 明治安田生命ビル(19階、20階)
川村茂之
14,932,000,000  (149 億)
2,366 人
5,946 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
デジマ オプティカル フィルムズ B.V.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
医療機関等との関係の透明性に対する取り組み
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
患者団体との関係の透明性に対する取り組み
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
関連グループ会社一覧
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group

73 件
日付概要
1916年 1916年、民間爆薬製造会社の設立を決意した山本条太郎が、金子直吉、茂木惣兵衛とともに日本火薬製造株式会社を設立。1943年には帝国染料製造株式会社と山川製薬株式会社を吸収合併して、染料事業、医薬事業が発足しました。1945年には総合化学メーカーとしてのさらなる発展を目指し、「火薬、染料、医薬」という3事業を核に進むべく、社名が日本化薬株式会社となりました。
1916年 日本化薬は1916年、日本初の産業用火薬メーカー「日本火薬製造株式会社」として誕生しました。
1943年 1943年には帝国染料製造株式会社と山川製薬株式会社を吸収合併して、染料事業、医薬事業が発足しました。
1945年 1945年に現在の社名である「日本化薬株式会社」となった。
1945年 1945年には総合化学メーカーとしてのさらなる発展を目指し、「火薬、染料、医薬」という3事業を核に進むべく、社名が日本化薬株式会社となりました。
1948年 1948年に医薬事業でペニシリンの製造を開始。
1948年 1948年にペニシリンの製造を開始。
1949年 染料事業では、1949年ごろから蛍光染料の開発を開始し、出荷量が国内トップになるまでに成長した。
1949年 染料事業では、1949年ごろから蛍光染料の開発を開始し、出荷量が国内トップになるまでに成長しました。
1955年 1955年には国内生産ペニシリン錠剤の45%のシェアを占めるまでに成長した。
1955年 1955年には国内生産ペニシリン錠剤の45%のシェアを占めるまでに成長をしました。
1956年 スイス・ガイギー社と提携を結び、1956年に殺虫剤ダイアジノンの生産を開始。現在のアグロ事業につながる農薬部が新設された。
1956年 スイス・ガイギー社と提携を結び、殺虫剤ダイアジノンの生産を開始。現在のアグロ事業につながる農薬部が新設されました。
1962年 1962年、TQC(総合品質管理)の進歩に貢献した者に贈られる、デミング賞への立候補を決意。全社員への社内教育を経て、1963年に受賞した。
1962年 1962年に梅沢博士によってブレオマイシンが発見され、日本化薬にて抗がん剤として開発され、1969年に上市された。
1962年 1962年、TQC(総合品質管理)の進歩に貢献した者に贈られる、デミング賞への立候補を決意。
1962年 医薬事業では、1962年に梅沢博士によってブレオマイシンが発見され、日本化薬にて抗がん剤として開発。
1963年 1963年に受賞をしました。
1965年 1965年にエポキシ樹脂研究開発プロジェクトが発足した。
1965年 1965年にはエポキシ樹脂研究開発プロジェクトが発足。
1969年 1969年に抗がん剤ブレオマイシンが上市された。
1969年 1969年にエポキシ樹脂の製品化が行われました。
1971年 1971年に樹脂部が新設された。
1971年 1971年に樹脂部が新設されました。
1973年 1973年に老人医療費支給制度の導入などで医薬品業界に追い風が吹き、ムスカルム錠やパナカヤクを基剤とするパップ剤などを発売した。
1973年 この時期にアジアの農薬市場に積極的な展開が行われたほか、触媒ライセンス事業などがスタートした。
1973年 1973年には老人医療費支給制度の導入などで医薬品業界に追い風が吹き、ムスカルム錠やパナカヤクを基剤とするパップ剤などを発売しました。
1973年 第一次石油危機、炭鉱の閉山などで事業にとっては厳しい状況が続くなか、日本化薬は組織の大改革や工場の統廃合などで経営基盤を強化。
1982年 1982年(昭和57年) : ニューヨーク駐在員事務所開設(後に現地法人に)
1982年 1982年(昭和57年) : 鹿島工場新設
1982年 ニューヨーク駐在員事務所開設(後に現地法人に) : 鹿島工場新設
1983年 1983年、これまでの5事業部9部1室制から、医薬事業本部と化学品事業本部からなる2事業本部7部3室制がスタートした。
1983年 1983年(昭和58年) : 医薬事業本部、化学品事業本部の二事業本部制に
1983年 1983年(昭和58年) : ランダ注製造承認取得
1983年 1983年(昭和58年) : 本社を東京都千代田区富士見1-11-2へ移転
1983年 1983年、これまでの5事業部9部1室制から、医薬事業本部と化学品事業本部からなる2事業本部7部3室制がスタートしました。
1983年 医薬事業本部、化学品事業本部の二事業本部制に : ランダ注製造承認取得 : 本社を東京都千代田区富士見1-11-2へ移転
1985年 1985年(昭和60年) : 小倉染料工場閉鎖
1985年 1985年(昭和60年) : 偏光板事業開始
1985年 小倉染料工場閉鎖 : 偏光板事業開始
1986年 1986年(昭和61年) : 創立70周年、新社章制定
1986年 創立70周年、新社章制定
1988年 1988年(昭和63年) : デュッセルドルフ駐在員事務所開設(後フランクフルトに移し現地法人に)
1988年 デュッセルドルフ駐在員事務所開設(後フランクフルトに移し現地法人に)
1990年 1990年代後半には製造拠点の海外移転を推進し、中国に合弁会社「招遠先進化工有限公司」、次いで「無錫先進化工有限公司」を設立した。
1990年 1990年(平成2年) : 東京工場の農薬製造部門鹿島工場への移転完了
1990年 1990年(平成2年) : 姫路工場エアバッグサンプルを出荷開始
1990年 1990年代後半には製造拠点の海外移転を推進し、中国に合弁会社「招遠先進化工有限公司」、次いで「無錫先進化工有限公司」を設立しました。
1990年 東京工場の農薬製造部門鹿島工場への移転完了 : 姫路工場エアバッグサンプルを出荷開始
1991年 1991年(平成3年) : 機能性フィルムの合弁会社株式会社ポラテクノ設立
1991年 機能性フィルムの合弁会社株式会社ポラテクノ設立
1992年 1992年(平成4年) : 研修センター「飛翔」竣工
1992年 1992年(平成4年) : 化薬サートマー株式会社設立
1992年 研修センター「飛翔」竣工 : 化薬サートマー株式会社設立
1993年 1993年に「台湾日化股份有限公司」が設立され、上海駐在員事務所が開設された。
1993年 1993年(平成5年) : 台湾日化股份有限公司設立
1993年 1993年(平成5年) : 上海駐在員事務所設立
1993年 1993年には、「台湾日化股份有限公司」が設立され、上海駐在員事務所が開設されました。
1993年 台湾日化股份有限公司設立 : 上海駐在員事務所設立
1994年 1994年(平成6年) : 日化実業株式会社は内外興業株式会社を合併し、株式会社ナイガイニッカ発足
1994年 1994年(平成6年) : エアバッグ用インフレータ納入開始
1994年 日化実業株式会社は内外興業株式会社を合併し、株式会社ナイガイニッカ発足 : エアバッグ用インフレータ納入開始
1995年 1995年(平成7年) : 食品事業の子会社日本化薬フードテクノ株式会社設立
1995年 1995年(平成7年) : 中国に合弁会社招遠先進化工有限公司設立
1995年 食品事業の子会社日本化薬フードテクノ株式会社設立 : 中国に合弁会社招遠先進化工有限公司設立
1996年 1996年(平成8年) : 中国に合弁会社無錫先進化工有限公司(現 無錫先進化薬化工有限公司)設立
1996年 1996年(平成8年) : 創立80周年
1996年 中国に合弁会社無錫先進化工有限公司(現 無錫先進化薬化工有限公司)設立 : 創立80周年
2000年 2000年以降、日本化薬は、東京工場、福山工場、色材事業の営業部門などを分社化し、グループ経営とすることで経営の効率化を図った。
2000年 2000年以降、日本化薬は、東京工場、福山工場、色材事業の営業部門などを分社化し、グループ経営とすることで経営の効率化を図ります。
2017年 2017年以降、従来の事業体制から「モビリティ&イメージング事業領域」「ファインケミカルズ事業領域」「ライフサイエンス事業領域」の3事業領域制へ移行し、環境・社会に配慮したサステナブル経営を実践し、持続的な成長を目指している。
2017年 2017年以降、従来の4事業部制から、「モビリティ&イメージング事業領域」「ファインケミカルズ事業領域」「ライフサイエンス事業領域」の3事業領域制へ移行し、ターゲット領域を明確にした戦略的な組織体制へと進化しました。
2023年 2023年、従来の4事業部制から、「モビリティ&イメージング事業領域」「ファインケミカルズ事業領域」「ライフサイエンス事業領域」の3事業領域制へ移行し、ターゲット領域を明確にした戦略的な組織体制へと進化しました。また、企業の社会的責任の高まりを背景に、環境・社会に配慮した透明かつ公正なサステナブル経営を実践し、持続的な成長を目指しています。
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3010001016850
商号又は名称日本化薬株式会社
フリガナニッポンカヤク
英語名Nippon Kayaku Co., Ltd.
法人種別301
住所〒100-0005 東京都千代田区丸の内2丁目1番1号
郵便番号1000005
都道府県コード13
市区町村コード101
国外所在地
国内所在地(都道府県)英語Tokyo
国内所在地(市区町村等)英語1-1, Marunouchi 2-chome, Chiyoda ku
国外所在地(英語)
法人番号指定年月日2015-10-05
更新年月日2024-06-04
変更年月日2018-10-11
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
承継先法人番号
変更事由の詳細平成30年10月1日広島県福山市箕沖町126番地株式会社日本化薬福山(6240001033127)を合併平成30年10月1日東京都足立区新田一丁目23番1号株式会社日本化薬東京(9011801021209)を合併
最新履歴1
検索対象除外0
処理区分71
訂正区分1
商号又は名称イメージID
国内所在地イメージID
一連番号1568159
出典:国税庁法人番号公表サイト 基本3情報
3010001016850
法人番号3010001016850
商号又は名称日本化薬株式会社
商号又は名称(カナ)ニッポンカヤク
商号又は名称(英字)Nippon Kayaku Co., Ltd.
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
登記住所東京都千代田区丸の内2丁目1番1号
郵便番号1000005
都道府県東京都
都道府県コード13
市区町村(郡)千代田区
市区町村コード101
番地以下丸の内2丁目1番1号
組織種別301
処理区分71
訂正区分1
状態
代表者名称代表取締役社長 涌元 厚宏
資本金14932000000
従業員数2650
企業規模詳細(男性)2108
企業規模詳細(女性)542
事業概要化学品、医薬品等の製造販売
WebサイトURLhttp://www.nipponkayaku.co.jp/
創業年
事業種目E:製造業
設立年月日1916-06-05
全省庁統一資格-資格等級A|A|A|
全省庁統一資格-営業品目122|129|222|229|315
更新年月日2024-06-04
キー情報3010001016850
出典:Gビズインフォ(経済産業省)
2026-07-21 05:15 (Model: gpt-4.1-nano )
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