NAIAが「Biople FES OSAKA 2026」に初出店 ↗
NAIAは2026年9月16日から20日まで阪急うめだ本店で開催された「Biople FES OSAKA 2026」に初出展しました。ブースでは能登の素材を生かした商品などを紹介し、ラフマ茶の試飲には約1,000名が参加。ラフマ茶と能登ヒバ バスソルトは想定を上回る反響を受け、ほぼ完売しました。
| 会社名 | Group | 親会社 | 子会社 | 得意先 | 仕入先 | 業務提携 | 銀行等 | 株主等 |
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| 一般社団法人 バンクフォースマイルズ | ||||||||
| アステナメディア | ||||||||
| ボーエン化成株式会社 | ||||||||
| 東海メルテックス株式会社 | ||||||||
| 株式会社PIXTURE |
1914年(大正3年) 岩城市太郎商店(本石町四丁目) 薬種問屋として創業 薬局向け卸売を開始、またこの頃から医薬品原料の卸売を開始
大正3年(1914年)に薬種問屋、岩城市太郎商店を創業
岩城市太郎商店(本石町四丁目) 薬種問屋として創業 : 薬局向け卸売を開始、またこの頃から医薬品原料の卸売を開始
薬種問屋、岩城市太郎商店創業
1923年(大正12年) 関東大震災により店は全焼
関東大震災により店は全焼
1931年(昭和6年) 木造モルタル3階建店舗新築 合資会社岩城製薬所(後の岩城製薬株式会社)を創設 医薬品および医薬品原料の製造を開始
昭和16年(1931年)に合資会社岩城製薬所を設立(現 岩城製薬株式会社)
木造モルタル3階建店舗新築 : 合資会社岩城製薬所(後の岩城製薬株式会社)を創設 : 医薬品および医薬品原料の製造を開始
1933年(昭和8年) 岩城製薬所 蒲田工場設立
岩城製薬所 蒲田工場設立
昭和12年(1937年)に大阪出張所を開設
大阪出張所開設
昭和14年(1939年)に岩城薬品株式会社を設立(1986年12月に吸収合併)
岩城薬品株式会社設立(1986年12月吸収合併)
1941年(昭和16年) 法人組織として「株式会社岩城商店」に改称 この年の世の中のできごと:第二次世界大戦勃発
昭和16年(1941年)に岩城市太郎商店を株式会社岩城商店に改称
法人組織として「株式会社岩城商店」に改称 : この年の世の中のできごと : 第二次世界大戦勃発
合資会社岩城製薬所設立(現 岩城製薬株式会社)
岩城市太郎商店を株式会社岩城商店に改称
1945年(昭和20年) 岩城製薬所 蒲田工場焼失 この年の世の中のできごと:東京大空襲 空襲の激化
岩城製薬所 蒲田工場焼失 : この年の世の中のできごと : 東京大空襲 空襲の激化
1946年(昭和21年) 岩城製薬所 蒲田工場再建
岩城製薬所 蒲田工場再建
1948年(昭和23年) 岩城製薬所を「岩城製薬株式会社」に改称、社長に岩城市太郎就任
岩城製薬所を「岩城製薬株式会社」に改称、 : 社長に岩城市太郎就任
1950年(昭和25年) 輸入医薬品原料取扱開始
輸入医薬品原料取扱開始
1951年(昭和26年) 化学品取扱開始
化学品取扱開始
昭和28年(1953年)に福岡出張所を開設
福岡出張所開設
昭和30年(1955年)に富山出張所を開設
富山出張所開設
1959年(昭和34年) 食品原料取扱開始
食品原料取扱開始
1960年(昭和35年) 日米合弁によるジャパンメタル・フィニッシング・カンパニー(後のメルテックス株式会社)を設立 表面処理薬品の製造を開始
1960年(昭和35年) 五階建てビルの落成
日米合弁によるジャパンメタル・フィニッシング・ : カンパニー(後のメルテックス株式会社)を設立 : 表面処理薬品の製造を開始
五階建てビルの落成 : 五階建てビルの落成
1962年(昭和37年) 岩城謙太郎 社長就任
昭和37年(1962年)に岩城謙太郎が社長に就任
岩城謙太郎 社長就任
岩城謙太郎 社長就任
1963年(昭和38年) 「イワキ株式会社」へ改称 東京証券取引所 第二部へ上場 化粧品原料取扱開始
昭和38年(1963年)にイワキ株式会社に商号を変更
「イワキ株式会社」へ改称 : 東京証券取引所 第二部へ上場 : 化粧品原料取扱開始
イワキ株式会社に商号変更
1964年(昭和39年) この年の世の中のできごと:東京オリンピック開催
昭和39年(1964年)に大阪証券取引所市場第二部に上場(2004年1月に上場廃止)
大阪証券取引所市場第二部に上場(2004年1月上場廃止)
1965年(昭和40年) ボーエン化成株式会社へ資本参加 食品原料の製造を開始 岩城製薬 静岡工場竣工
昭和40年(1965年)にボーエン化成株式会社を設立
ボーエン化成株式会社へ資本参加 食品原料の製造を開始 : 岩城製薬 静岡工場竣工
ボーエン化成株式会社設立
1971年(昭和46年) 岩城製薬 静岡工場竣工
1981年(昭和56年) 機能性食品取扱開始
機能性食品取扱開始
1986年(昭和61年) ジャパンメタルフィニッシングを「メルテックス株式会社」 へ改称
昭和61年(1986年)に岩城薬品株式会社を吸収合併
ジャパンメタルフィニッシングを「メルテックス株式会社」 へ改称
岩城薬品株式会社を吸収合併
1989年(平成元年) イワキ株式会社 本社ビル竣工
平成元年(1989年)に本社ビルを竣工
イワキ株式会社 本社ビル竣工
本社ビル竣工
1992年(平成4年) 成熟期「Most Admired Company」
1994年(平成6年) 会長に岩城謙太郎、社長に岩城修就任
平成6年(1994年)に岩城修が社長に就任
会長に岩城謙太郎、社長に岩城修就任
岩城修 社長就任
2000年(平成12年) アプロス株式会社設立 化粧品製造 販売開始
平成12年(2000年)にアプロス株式会社を設立
アプロス株式会社設立 : 化粧品製造 販売開始 : アプロス株式会社設立 化粧品製造 販売開始
アプロス株式会社設立
2005年(平成17年) 東京証券取引所 第一部指定
平成17年(2005年)に東京証券取引所市場第一部に指定
東京証券取引所 第一部指定
東京証券取引所市場第一部指定
平成22年(2010年)にメルテックス株式会社、東海メルテックス株式会社および
メルテックス株式会社、東海メルテックス株式会社および東京化工機株式会社を連結子会社化
2011年(平成23年) メルテックス株式会社 完全子会社化 東日本大震災発生
メルテックス株式会社 完全子会社化 : この年の世の中のできごと : 東日本大震災発生
株式交換によりメルテックス株式会社を完全子会社化
2012年(平成24年) メルテックスアジアタイランド設立 海外生産を開始
メルテックスアジアタイランド設立 海外生産を開始
2014年(平成26年) 創業100周年
平成26年(2014年)に創業50周年記念祝賀会(於サンケイホール)を開催
平成26年(2014年)に創業100周年感謝の会(於ホテルニューオータニ)を開催
創業100周年
創業 100 周年感謝の会(於ホテルニューオータニ)
2017年(平成29年) 会長に岩城修、社長に岩城慶太郎就任
平成29年(2017年)に岩城慶太郎が社長に就任
会長に岩城修、社長に岩城慶太郎就任
岩城慶太郎 社長就任
2020年(令和2年) スペラファーマ株式会社を完全子会社化 岩城製薬佐倉工場株式会社を孫会社化 イワキ分割準備株式会社(現 イワキ株式会社)を設立 スペラネクサス株式会社を設立 マルマンH&B株式会社を完全子会社化
令和2年(2020年)にスペラファーマ株式会社を完全子会社化
スペラファーマ株式会社を完全子会社化 : 岩城製薬佐倉工場株式会社を孫会社化 : イワキ分割準備株式会社(現 イワキ株式会社)を設立 : スペラネクサス株式会社を設立 : マルマンH&B株式会社を完全子会社化
スペラファーマ株式会社を完全子会社化
2021年(令和3年) アステナハートフル株式会社を設立 JITSUBO株式会社を孫会社化 旧イワキ株式会社をアステナホールディングス株式会社と商号変更し、持株会社体制をスタート 本社機能一部を石川県珠洲市へ移転 奥能登SDGs投資事業有限責任組合(のとSDGsファンド)を設立 株式会社イワキ総合研究所をアステナミネルヴァ株式会社へ商号変更
令和3年(2021年)にアステナハートフル株式会社を設立
アステナハートフル株式会社を設立 : JITSUBO株式会社を孫会社化 : 旧イワキ株式会社をアステナホールディングス株式会社と商号変更し、持株会社体制をスタート : 本社機能一部を石川県珠洲市へ移転 : 奥能登SDGs投資事業有限責任組合(のとSDGsファンド)を設立 : 株式会社イワキ総合研究所をアステナミネルヴァ株式会社へ商号変更
アステナハートフル株式会社設立
アステナホールディングス株式会社に商号変更
2022年(令和4年) 東京証券取引所 プライム市場に移行 株式会社アインズラボを孫会社化 イシカワズカン株式会社を孫会社化 株式会社PIXTUREを設立
令和4年(2022年)に東京証券取引所市場第一部からプライム市場に移行
東京証券取引所 プライム市場に移行 : 株式会社アインズラボを孫会社化 : イシカワズカン株式会社を孫会社化 : 株式会社PIXTUREを設立
東京証券取引所市場第一部からプライム市場に移行
2023年(令和5年) AMトレーディング株式会社を設立 TUAT1号投資事業有限責任組合(TUATファンド)を設立
令和5年(2023年)にAMトレーディング株式会社を設立(現 株式会社NAIA)
AMトレーディング株式会社を設立 : TUAT1号投資事業有限責任組合(TUATファンド)を設立
AMトレーディング株式会社設立(現 株式会社NAIA)
2024年(令和6年) 社長に瀬戸口智就任
令和6年(2024年)に瀬戸口智が社長に就任
社長に瀬戸口智就任
瀬戸口智 社長就任
創業110周年を迎える
令和7年(2025年)に創業110周年を迎える
池田物産グループを連結子会社化
NAIAは2026年9月16日から20日まで阪急うめだ本店で開催された「Biople FES OSAKA 2026」に初出展しました。ブースでは能登の素材を生かした商品などを紹介し、ラフマ茶の試飲には約1,000名が参加。ラフマ茶と能登ヒバ バスソルトは想定を上回る反響を受け、ほぼ完売しました。
マルマンH&B株式会社は2026年8月28日、「Torriden」ブランドリニューアルと新CMの発表会を開催しました。発表会では「ダイブイン シリーズ」の新CM「革新・うるおいDIVE」篇を初披露し、CMソングにはKing & Princeの新曲「So Honey」を起用。ブランドアンバサダーの髙橋海人さんが登壇し、撮影時のエピソードやブランドへの思いなどを語りました。
韓国発スキンケアブランドTorridenは、ブランドリニューアル後初のPOP-UP STORE『Torriden DEEP DIVE IN Express』を2026年8月30日から9月27日まで表参道で開催しました。没入型の列車と駅をモチーフにした空間で、新コンセプトを体験でき、先行販売も行われました。会期中、多くの来場者で賑わいました。
2024年1月1日に発生した能登半島地震で珠洲市が甚大な被害を受け、アステナグループは現地で電気・水道・ガス停止を目の当たりにし、活動基盤を整備して初期復旧を支援した。以降、物資支援やインフラ整備など多角的な支援を継続し、珠洲の再生と未来へのコミットメントを示している。
イワキは医療ドラマ『ファーストクライ 母子救命救急班』に協力し、新生児・乳児の体動をモニタリングする医療機器「ネオガード+ NS30」を提供しました。
マルマンH&Bは、2026年6月に渋谷MODIで『Pureal』の世界観を体験できるPOP UP STOREを開催し、多くの来場者とSNS投稿を促進し、ブランド認知と購買促進に成功しました。
岐阜県揖斐川中学校の生徒6名が修学旅行の一環としてアステナグループ東京本社を訪問し、働くことの意義や企業の役割について学びました。
アステナグループのマルマンH&Bは、2026年に「Pureal(ピュレア)」の新ブランドアンバサダーに中村嶺亜さんを起用し、TVCM制作記者発表会を開催しました。
アステナグループは、「コスメバンクプロジェクト」の春夏ギフト梱包作業に参加し、約7,600点の化粧品を全国の困難な状況にある女性へ届けるために協力しました。
アステナグループは地域社会への貢献として、中央区クリーンデーに社員11名が参加し、清掃活動を行いました。