三菱自動車工業株式会社
1970-04-22
TYO
Japan
金融事業
自動車およびその部品の開発
自動車およびその部品の生産
自動車およびその部品の販売
〒108-8410 東京都港区芝浦三丁目1番21号 msb Tamachi 田町ステーションタワーS
岸浦 恵介
284,382,000,000  (2,843 億)
13,498 人
27,695 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
Asian Transmission Corporation
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
MMC Manufacturing Malaysia Sdn. Bhd.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
MMTh Engine Co., Ltd.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motor R&D Europe GmbH
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motor Sales Nederland B.V.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motor Sales of Canada, Inc.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motor Sales of Caribbean, Inc.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors Australia Ltd.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors Europe B.V.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors Finance Philippines Inc.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors Middle East And Africa FZE
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors NewZealand Ltd.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors North America, Inc.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors Philippines Corporation
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors R&D of America, Inc.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors Vietnam Co., Ltd.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
Mitsubishi Motors de Mexico, S.A. de C.V.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
PT Mitsubishi Motors Krama Yudha Indonesia
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 子会社
FleetPartners Group Ltd.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等
MMD Automobile GmbH
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等
PT Mitsubishi Motors Krama Yudha Sales Indonesia
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等
三重三菱自動車販売株式会社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等
十勝三菱自動車販売株式会社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等
宮崎三菱自動車販売株式会社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等
香川三菱自動車販売株式会社
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等

997 件
日付概要
1910年 1910年(明治43年)頃に現在の形(先端の角度は60度)となり
1914年03月 1914年(大正3年)3月、三菱合資会社が特許局に商標登録を出願
1914年06月 1914年(大正3年)6月に登録されました
1917年 日本初の量産乗用車として、1917年(大正6年)から三菱造船(株)神戸造船所で試作を開始。エンジンは鋳鉄製、車体枠はハンマ打ち作り、車室は大形の木材をくりぬいて製作。ヘッドランプはガス燈、ホーンはラッパ、ボディは木のフレームに鉄板を貼り、うるし塗りが施され、室内には高級な英国製の毛織物が使用されました。1921年まで計22台が製作され、1919年福岡博覧会では、同じ神戸造船所製の「航空機用発動機」などとともに出品。販売は、三菱で最初の自動車販売会社である「大手商会」(三菱造船と三菱商事の共同出資)によって行われました。
1917年 三菱A型 日本初の量産乗用車
1918年11月 1918年(大正7年)11月に完成した日本初の量産乗用車である「三菱A型」のラジエーターグリルにも「マーク」が装着されました
1920年 三菱内燃機製造株式会社が名古屋製作所を設立
1934年 台湾への三菱車の輸出は1934年(昭和9年)から行われていました。
1936年 1935年、当時の陸軍自動車学校から「野戦指揮官用全輪起動乗用車」の試作依頼がありました。三菱重工業(株)神戸造船所が担当し、同所で開発したS6型エンジンを搭載した試作車が1935年に『PSF33型』が完成。続いて、軍制式のX型エンジンを搭載した第二次試作車『PX33型』が1936年(昭和11年)に完成し、さらに改良を行い、1937年7月に4台の完成車が製作されましたが、量産には至りませんでした。当時の実車はすでに残っておりませんが、1988年にフランスのソノート社が『パジェロ』を使ってレプリカ車を作成、89年パリ・ダカールラリーに参戦し、完走を果たしました。
1936年 PX33 陸軍自動車学校からの試作依頼
1943年09月 1943年9月、三菱重工業株式会社が水島航空機製作所(現、水島製作所)を設立
1944年01月 1944年1月、三菱重工業株式会社が京都機器製作所(現、京都製作所京都工場)を設立
1946年 1946年(昭和21年)6月、0.4トン積み3輪トラックの試作車「XTM1型」が完成し、『みずしま』と命名。特徴は、前面に風防を取り付け、頭上に幌を張った屋根付としたことで当時としては画期的構造で評判となりました。試作・改良を重ねながら箱根などで走行テストを行い、翌1947年5月に、0.5トン積みの「TM3A型」として本格的に生産、販売が開始されました。
1946年 終戦直後、かつて最大事業所の所在地であった名古屋地区では、再建の途を模索していました。そこへ、ゼネラルモーターズの技師であった丸山康次郎氏が、アメリカからスクーターを持ち帰っているという情報を得ると、さっそく丸山氏もスタッフとして迎え入れ、このスクーターを参考に日本製スクーターの設計を開始。1946年(昭和21年)8月に試作車の第1号が完成しました。搭載されたエンジンは、空冷4サイクル、サイドバルブ式の112cc・1.5PSで、エンジン始動はフライホイールマグネットによる押しかけ式でした。このスクーターは「C-10型」の生産型式番号と、『シルバーピジョン』の名がつけられ、エンジンとともに量産の許可を受けて1947年初頭より販売を開始。その翌年には細部を改良した『シルバーピジョンC-11』となり、皇室にも献上されました。当時としては貴重な輸出実績もあげ、約18年間にわたって約46万台の実績を残したスクーターの生産は、会社の業績へも大きく貢献しました。
1946年 1946年(昭和21年)にスクーター「シルバーピジョン」の生産を開始
1946年 1946年(昭和21年)にGB38型ガソリンエンジンを生産開始
1946年 1946年(昭和21年)に小型三輪トラック「みずしま」の生産を開始
1946年06月 みずしま 画期的な屋根付き型3輪
1946年08月 シルバーピジョン 日本製スクーターの設計を開始
1949年 1949年(昭和24年)にKE5型ディーゼルエンジンを生産開始
1949年12月 ふそう自動車販売株式会社の設立
1952年07月 1952年(昭和27年)7月、ノックダウン方式による組立外注契約が成立
1953年 新三菱重工業株式会社が1953年から生産していた「ジープ」を名古屋自動車製作所の合理化計画の一環として、東洋工機株式会社へ全面委託
1953年 戦後の再建活動が活発になると、多用途に使える『ジープ』は魅力的な存在となりましたが、国内産業保護政策などの事情があり、完成品を大量に輸入することができませんでした。そこで新三菱重工業(株)は、1952年に米国ウイリス社と契約し、『ジープ』のノックダウン生産を開始しました。翌1953年(昭和28年)には、ノックダウン生産による『ジープ』第1号車「J1型」が完成し林野庁に54台を納入。同年7月には、ウイリス・オーバーランド輸出会社と技術援助契約及び販売契約を締結し、『ジープ』の国産化が図られました。折から、1953年以降ウイリス社では「CJ3A型」から「CJ3B型」に生産が切り替えられており、三菱が同年7月から生産した国産車「CJ3B-J3型」は、「CJ3B型」がモデルになっていました。
1953年02月 1953年2月に「ジープ」第1号車(J1型)が完成
1953年07月 翌1953年(昭和28年)には、ノックダウン生産による『ジープ』第1号車「J1型」が完成し林野庁に54台を納入。同年7月には、ウイリス・オーバーランド輸出会社と技術援助契約及び販売契約を締結し、『ジープ』の国産化が図られました。
1954年05月 1954年(昭和29年)5月に国産ジープの総販売会社、菱和自動車販売株式会社を設立
1955年 フィリピンへの三菱車の輸出は1955年(昭和30年)から行われていました。
1956年07月 1956年(昭和31年)7月からは国産「ジープ」の生産を開始
1957年 1957年からオーストラリアへの三菱車輸出を開始。
1957年 オーストラリアへの三菱車の輸出は、1957年(昭和32年)から開始されました。
1959年 1959年(昭和34年)、当時の軽3輪車では初めての密閉式オールスチール製の完全キャビン(2人乗り)を採用した『レオ』を発売しました。手塚治虫氏の人気漫画「ジャングル大帝」からヒントを得た車名の『レオ』は、開発・生産を水島製作所で行い、発売後まもなく月産1,000台を超えるヒット車になりました。軽3輪車は、業界全体の生産が1958年の14,000台から1959年に83,000台へと爆発的に伸び、さらに1960年には190,000台へと倍増する中で、『レオ』はトータル28,000台が生産されました。しかし軽3輪車ブームは短く、1960年をピークにその後は軽4輪車が主流となり、三菱も軽4輪車の『三菱360』に移行しました。生産期間は短かったものの、『レオ』は軽3輪車と軽4輪車のつなぎとしての役割を、充分に果たしました。
1959年 1959年(昭和34年)に中型トラック「ジュピター」の生産を開始
1960年 1960年(昭和35年)に39万円という価格で発売しました。ボディはモノコック構造を採用し、駆動方式はリヤエンジン/リヤドライブで、日本で初めて風洞実験を実施した車といわれています。1961年には、定員を4人から5人へ、排気量を493ccから594ccへ変更し、加速性などを改善した『三菱500スーパーデラックス』を発売しました。この車は、1962年のマカオ・グランプリレース(Aクラス:750cc以下)に出場し、優勝さらに4位まで独占するという高性能を発揮しました。
1960年 1960年(昭和35年)に軽商用車「三菱360」の生産を開始
1960年 1960年(昭和35年)に39万円という価格で発売しました。ボディはモノコック構造を採用し、駆動方式はリヤエンジン/リヤドライブで、日本で初めて風洞実験を実施した車といわれています。ボンネットの下にスペアタイヤと燃料タンクを備え、1本ワイパーや、方向指示器が前後になく、両サイドのピラーに1セットのみというシンプルなデザイン。1961年には、定員を4人から5人へ、排気量を493ccから594ccへ変更し、加速性などを改善した『三菱500スーパーデラックス』を発売しました。この車は、1962年のマカオ・グランプリレース(Aクラス:750cc以下)に出場し、優勝さらに4位まで独占するという 高性能を発揮しました。
1961年 1961年に発売された軽商用車『三菱360』。
1961年 軽4輪自動車の先駆け
1961年04月 1961年(昭和36年)4月に発売。軽ライトバンとして開発され、軽4輪自動車の先駆け。軽乗用車の人気が高まりつつあることも視野に入れ、スタイリングコンセプトを「広く、低く、美しく」とし、スマートで乗用車感覚の魅力的なクルマをめざしました。車体はフレームレス構造で軽量かつ堅牢に設計、エンジンは強制空冷2サイクル2気筒で総排気量359cc、駆動方式はFRを採用。1961年4月に発売。
1961年04月 『三菱360』と命名されたこの軽ライトバンは、全日本自動車ショーに出品の後、1961年(昭和36年)4月に発売
1961年04月 1961年4月にボンネット型軽商用車の『三菱360』を発売し好評を得ました
1961年10月 さらに同年10月にはピックアップ車
1962年 1962年(昭和37年)にマカオ・グランプリレース(Aクラス:750cc以下)に出場し、優勝さらに4位まで独占する快挙を遂げ、高性能を発揮しました。
1962年
1962年 1962年に『コルト600』を発売
1962年 1962年(昭和37年)に岡崎試験場(テストコース)が完成
1962年 マカオグランプリで『三菱500』がクラス1~3位を独占
1962年 『コルト600』を発売しました
1962年04月 1962年4月にはライトバンのデラックス車を発売
1962年06月 1962年(昭和37年)6月に発売。『三菱500スーパーデラックス』のシンプルすぎるといわれたスタイルと装備を一新し、モノコックボディ、リヤエンジン、リヤドライブを継承しながら、コラムシフト、ベンチシート、拡大されたトランクルームなどにより商品力を向上させました。
1962年06月 『コルト』の名を冠した最初の車で、1962年(昭和37年)6月に発売
1962年10月 初代『ミニカ』は、1962年10月に発売された三菱360の乗用車タイプです。
1962年10月 初代『ミニカ』は、1961年に発売された軽商用車『三菱360』の乗用車タイプとして、1962年(昭和37年)10月に発売
1963年 1963年には『コルト1000』が発売
1963年 1963年マレーシア・グランプリレース(600cc以下)でライバルを抑えて1位から3位まで独占
1963年 1963年度には各車種合わせて約54,000台を生産し、市場シェアも16%に到達
1963年 初の量産型4ドアセダン『コルト1000』が1963年に発売
1963年 1963年の全日本自動車ショーで発表。
1963年 『コルト1000』を発売しました
1963年07月 『コルト1000』は、1963年7月に発売された三菱初の量産型4ドアセダンです。
1963年07月 『コルト1000』は、1963年(昭和38年)7月に発売された三菱初の量産型4ドアセダンです。
1964年05月 1964年5月に鈴鹿サーキットで行われた第2回日本グランプリ自動車レースに参戦し、優勝を飾るとともに3位まで独占しました。
1964年05月 1964年5月には鈴鹿サーキットで行われた第2回日本グランプリ自動車レース(ツーリングカーTⅢ部門)に参戦し、優勝を飾るとともに3位まで独占しています。
1964年07月 1964年7月から販売開始された高級車『三菱コルト・デボネア』。
1964年07月 1964年(昭和39年)7月から販売開始。
1965年 1965年に三菱自動車が初めてファストバックスタイルを採用したコルト800を発売。
1965年 1965年に『コルト800』を発売
1965年10月 1965年10月に発売された『コルト1500』。
1965年10月 1965年(昭和40年)10月に発売されたのが『コルト1500』です。
1965年11月 1965年11月に発売された『コルト800』。
1965年11月 1965年(昭和40年)11月に発売しました。
1966年 1966年にエンジンを4サイクル4気筒にしたコルト1000Fが登場。
1966年 1966年に『コルト1000F』が登場
1966年08月 1966年(昭和41年)8月に『ミニキャブ トラック』の販売を開始
1966年08月 1966年8月にミニキャブトラックが発売され、需要拡大を見越した小型トラック市場に参入。
1966年08月 1966年8月に『ミニキャブ トラック』の販売を開始
1966年09月 1966年(昭和41年)9月にエンジンを1.1Lに載せ替えて『コルト1100』を発売しました
1966年09月 1966年(昭和41年)9月に『コルト1000F』を発売
1966年09月 『コルト1100』を発売しました
1966年09月 『コルト1000F』を発売しました
1966-10-01 1966年10月に東京電力株式会社と三菱重工業株式会社との間で電気自動車研究委託契約を締結
1966年10月 東京電力株式会社と三菱重工業株式会社との間で「現用電池の改良による電気自動車の試作ならびに諸試験」の研究委託契約が締結されました。
1967年 サザンクロスラリーで『コルト1000F』がクラス優勝(総合4位)
1967年 1967年に3ドアハッチバックを追加発売し、コルト1100Fへと発展。
1967年 1967年に3ドアハッチバックを追加発売
1967年12月 テールゲートを持った3ドアハッチバックを追加しました
1968年 1968年に本格的ハイウェイ時代の幕開け
1968年 1968年にモデルチェンジされた『ニューコルト1200』、『ニューコルト1500』系には角型2灯ヘッドライトが採用
1968年 『ニューコルト1200』をモデルチェンジしました
1968年 『ニューコルト1500』をモデルチェンジしました
1968年 1968年に『コルト1100F』へと発展を遂げました
1968年 1968年(昭和43年)に初代を発売したワンボックス車の先駆けである『デリカ』の5代目のほか、ラージサイズカテゴリーであることも意味します。
1968年02月 1968年2月に、『ミニキャブ バン』を発売
1968年02月 1968年2月に、『ミニキャブ バン』を発売しました
1968年04月 1968年4月に東名高速道路が東京―厚木、富士―静岡、岡崎―小牧の3区間で飛び石開通
1968年05月 1968年5月にニューコルト1200とニューコルト1500が発売され、ハイウェイ時代に対応した性能と居住性を備えた。
1968年05月 1968年5月に『ニューコルト1200』、『ニューコルト1500』を発売
1968年07月 1968年7月にデリカトラックが投入され、同クラス初の3人乗りキャビンと600kgの最大積載量を実現。
1968年07月 本格キャブオーバータイプの600kg積み四輪トラック『デリカ』を1968年7月に発売。
1968年08月 1968年8月にコルト1100Fスポーツが投入され、1.1L 58PSのチューンアップエンジンと前輪ディスクブレーキを装備。
1968年08月 4ドアモデルを追加しました
1968年08月 1968年8月に『コルト1100Fスポーツ』を投入
1968年11月 1968年11月にコルト1100Fスーパースポーツが投入され、73PSのSUツインキャブ付きエンジンとGTカーの片鱗を示した。
1968年11月 1968年11月に『コルト1100Fスーパースポーツ』を投入
1968年12月 1968年12月に三方開きの荷台も追加しました
1969年 1969年にデリカライトバン、デリカルートバン、デリカコーチ、高床式トラックなどが発売され、商用車のバリエーションが豊かになった。
1969年 1969年秋のモーターショーへ出品し、大きな反響を得ました。
1969年 1969年(昭和44年)に自動車技術センター(現、技術センター)を愛知県岡崎市橋目町に設立
1969年 第1回「三菱ギャラントーナメント」を開催
1969年04月 1969年4月にワンボックス500kg積み「ライトバン」、「ルートバン」および「コーチ(乗用9人乗り)」を追加しました。
1969年07月 1969年7月に『ミニカ70』の名でフルモデルチェンジされた2代目『ミニカ』。
1969年07月 1969年(昭和44年)7月、70年代を先取りする近代的なミニカーという思いを込めて、『ミニカ70』の名でフルモデルチェンジされた2代目『ミニカ』。
1969-12-01 1969年12月発売の初代コルトギャランに4G30型(1.3L)、4G31型(1.5L)を搭載
1969-12-01 1969年12月に電気自動車ミニカバン(E12X型)が完成
1969年12月 1969年12月にコルトギャランが発売され、ダイナウェッジラインを採用し、1.3L/1.5L OHCエンジンを搭載。
1969年12月 1969年12月には、ツインキャブ仕様で38PSを発揮するホットな「SS」と「GSS」や、1970年10月にはカーステレオ付豪華装備「GL」などのバリエーション車が追加され、
1969年12月 電気自動車ミニカバン(E12X型)が完成しました。
1969年12月 1969年12月には、ツインキャブ仕様で38PSを発揮するホットな「SS」と「GSS」や、
1970年 1970年にコルトギャランの2ドアハードトップとエステートバンが発売され、需要層を広げた。
1970年 1970年秋、ギャランクーペGTX-1をモーターショーへ出品し、大きな反響を得ました。
1970-02-01 1970年2月にクライスラー社との間で合弁事業に関する基本契約を締結
1970-02-01 1970年2月にクライスラー社から合弁事業に関する基本契約に基づく出資方法変更の要請を受け
1970年02月 クライスラー社との間で合弁事業に関する基本契約を締結
1970-04-22 1970年4月22日に全株所有の新会社、三菱自動車工業株式会社を設立
1970-04-22 全株所有の新会社、三菱自動車工業株式会社を設立
1970-06-01 自動車事業関係の営業を三菱自動車工業株式会社に移管
1970-10-01 1970年10月にクライスラー社と合衆国流通契約(USDA)を締結
1970-10-01 1970年10月に台湾の中華汽車工業股份有限公司と現地国産化援助契約を締結
1970年10月 1970年10月にUSDA契約を締結し、初の四輪車ダッヂコルトを輸出。
1970年10月 1970年10月にはカーステレオ付豪華装備「GL」などのバリエーション車が追加され、
1970年10月 クライスラー社と合衆国流通契約(USDA)を締結
1970年10月 台湾の中華汽車工業股份有限公司(China Motor Corporation=CMC社)と現地国産化援助契約を締結しました。
1970年10月 1970年(昭和45年)10月に当社とクライスラー社との間で締結された合衆国流通契約(USDA)により、同月初めての四輪車、ダッヂコルト(日本名:コルトギャラン)を輸出しました。
1970年11月 1970年11月『ギャランGTO』と名付けて発売。
1970年11月 1970年(昭和45年)11月『ギャランGTO』と名付けて発売。
1970-12-01 1970年12月にクライスラー・カナダ社とカナダ流通契約を締結
1970年12月 クライスラー・カナダ社とカナダ流通契約を締結
1971-01-01 1971年1月からクライスラー社が高く評価していた「コルトギャラン」が「ダッヂコルト」の名で北米大陸の西海岸地域から販売開始
1971年 1971年からコルトギャランのノックダウン生産を開始。
1971年 1971年にギャランクーペFTOが登場。
1971年 日本グランプリで『コルトF2000』が優勝。
1971年01月 ダッヂコルトが北米大陸の西海岸地域から販売開始
1971年 1971年(昭和46年)よりコルトギャランのノックダウン生産を開始しました。
1971年 1971年(昭和46年)当時は、資本提携関係のあったクライスラー社との流通契約により、クライスラー社が欧州における三菱車の独占販売権を持っていました。
1971-02-01 1971年2月にクライスラー社から合弁事業に関する基本契約に基づく出資方法変更の要請を受け
1971年02月 三菱重工業株式会社がクライスラー社から合弁事業に関する基本契約に基づく出資方法変更の要請を受け、第二次修正基本契約を調印しました。
1971-05-01 1971年5月に第二次修正基本契約を調印
1971-05-01 1971年5月にクライスラー・インターナショナルS.A.社と小市場流通契約を締結
1971年05月 1971年5月に発売。『ギャランGTO』のイメージを踏襲し、当時流行のファストバックスタイルを軽自動車で実現したスポーティモデル。日本初のスクープドウィンドウを採用し、後方視界を確保したハイカットオフテールが特長。
1971年05月 クライスラー・インターナショナルS.A.社と小市場流通契約を締結
1971年05月 第二次修正基本契約を調印しました。
1971年05月 『ミニカスキッパー』は、1971年(昭和46年)5月に発売。
1971年06月 1971年6月に発売。2代目『ミニキャブ トラック』が『ミニキャブEL』のネーミングで、三方開、一方開ともフロア構造は平面フラットでタイヤえぐりがなく、6尺物が楽に積めるクラス最大の荷台とした。カーブドガラスの全面採用、角型ヘッドランプ、大きく開くドア、セパレートシート、フロアシフトなど乗用車センスを盛り込み。
1971年06月 2代目『ミニキャブ トラック』が『ミニキャブEL』のネーミングで、1971年(昭和46年)6月に発売されました。
1971年09月 1971年9月にはマイナーチェンジが実施されて『ミニカ72』となりました。
1971年09月 当社は第三者割当増資により52万7,700株を発行し、資本金351億7,700万円、三菱重工業株式会社85%、クライスラー社15%の株主構成で自動車会社として再発足しました。
1971-11-01 1971年11月に4G4系ネプチューンエンジンシリーズがギャランFTOに4G41型(1.4L)を搭載
1971年11月 1971年11月にネプチューン1.4Lエンジンに換装し積載量を100kgアップ、車名を『デリカ75』に改めました。
1971年11月 1971年11月に発売。足回りやボディの一部を実績のある『コルトギャラン』と共用化し、本格派クーペを主眼にデザインされた。室内幅1,300mmはクラスで最もワイドで、全高が低いがヘッドクリアランスは最大設計。エンジンは1,378ccのネプチューンエンジンでハイカムシャフトを採用。
1971年11月 ギャランFTOに4G41型(1.4L)を搭載しました。
1971年11月 『ギャランクーペFTO』は、1971年(昭和46年)11月に発売されました。
1972年 1972年にルーフゲート開閉式の『デリカキャンピングバン』を発売しました。
1972年 1972年にサザンクロスラリーで『ギャラン16L GS』が総合優勝。
1972年 サザンクロスラリーで『ギャラン16L GS』が総合優勝。
1972年04月 フィリピンのCPC社に資本参加しました。
1972年09月 1972年9月に水冷2サイクルに換装し、呼称を『ミニキャブW』に変更しました。
1972年10月 1972年10月に発売。新開発の水冷4サイクルエンジンを搭載した3代目『ミニカ』、『ミニカF4』。ファミリーを意識した4サイクルエンジンのクルマ。水冷4サイクルOHCバルカンエンジンを搭載し、耐久性とトルクを実現。
1972年10月 1972年10月に水冷4サイクルバルカンエンジンに換装し、車名を『スキッパーⅣ』に改めました。
1972年10月 新開発の水冷4サイクルエンジンを搭載した3代目『ミニカ』、『ミニカF4』を発売。よりファミリーを意識した4サイクルエンジンのクルマとして、「F4」のサブネームが付けられています。
1973-01-01 1973年1月にギャランGTOに4G52型(2.0L)を搭載
1973年 1973年にサザンクロスラリーで『ランサー1600GSR』が総合1~4位を独占。
1973年01月 ギャランGTOに4G52型(2.0L)を搭載しました。
1973年01月 フィリピンに、ATC社を設立
1973年 PT Mitsubishi Krama Yudha Motors and Manufacturing(MKM社)を設立
1973年 サザンクロスラリーで『ランサー1600GSR』が総合1~4位を独占。
1973年02月 1973年2月に発売した小型乗用車。ヨーロッパの騎士道華やかな時代のエリートであった槍騎士にちなみ、『ランサー』と命名。
1973年02月 1973年2月に発売した小型乗用車。
1973-05-01 1973年5月に4G51型(1.8L)を搭載
1973年05月 4G51型(1.8L)を搭載しました。
1973年06月 1973年6月に発売された2代目『ギャラン』。ボディサイズがひとまわり大きくなって車格がアップしました。
1973年06月 1973年(昭和48年)6月に発売。
1973年08月 1973年8月にツインキャブタイプの4G32サターンエンジン(110PS)を搭載した「1600GSR」が登場。
1973年08月 8月にはツインキャブタイプの4G32サターンエンジン(110PS)を搭載した「1600GSR」が登場。
1973-12-01 1973年12月から台湾で大型トラックとデリカトラックのノックダウン生産を開始
1973年12月 大型トラックとデリカトラックのノックダウン生産を開始しました。
1974年 1974年、初出場のサファリラリーで、ジョギンダ・シンが駆る『ランサー1600GSR』が見事総合優勝。
1974年 1974 WRCサファリラリーで『ランサー1600GSR』が総合優勝(WRC初優勝)。
1974年 1974 サザンクロスラリーで『ランサー1600GSR』が総合優勝。
1974年 マニュアルトランスミッションの生産を開始
1974年 WRCサファリラリーで『ランサー1600GSR』が総合優勝(WRC初優勝)
1974年 サザンクロスラリーで『ランサー1600GSR』が総合優勝
1974-08-01 1974年8月に4G53型(2.4L)を搭載
1974年08月 1974年8月に欧州最初のディストリビューター契約を締結し、ギャランとランサーの販売を開始しました。
1974年08月 4G53型(2.4L)を搭載しました。
1974年08月 1974年(昭和49年)同年8月に欧州最初のディストリビューターとして、ベルギーとルクセンブルグを販売地域とする総販売店契約を現地企業と締結し、ギャランとランサーの販売を開始しました。
1975年 1975 サザンクロスラリーで『ランサー1600GSR』が総合優勝。
1975年 1975年(昭和50年)に発売された『ジープJ-58』は、個人レジャー用に需要の拡大していたキャンバストップ・キャンバスドアのモデルで、ガソリンエンジン初の4ナンバー車。
1975年 MKM社で生産を開始
1975年 KRM社でコルト、中・大型トラックの生産を開始
1975年 サザンクロスラリーで『ランサー1600GSR』が総合優勝
1975年 1975年(昭和50年)に発売された『ジープJ-58』
1975-02-01 1975年2月に4G52型アストロン80エンジンを搭載
1975年02月 4G52型アストロン80エンジンを搭載したギャランGTOを発売
1975年03月 1975年(昭和50年)3月に登場。初代『ランサー』のクーペバージョンという位置づけで、「青い空」を意味するラテン語の「セレステ」というサブネームを付与。
1975年03月 『ランサー』のクーペバージョン『ランサーセレステ』が1975年(昭和50年)3月に登場
1976年 1976年にWRCサファリラリーで『ランサー1600GSR』が総合1~3位を独占しました。
1976年 1976年にサザンクロスラリーでランサー1600GSRが総合優勝しました。
1976年 自動車技術会学術賞を受賞
1976年 WRCサファリラリーで『ランサー1600GSR』が総合1~3位を独占
1976年 サザンクロスラリーでランサー1600GSRが総合優勝
1976年 1976年省資源、省エネなどの観点から軽自動車が見直され軽自動車の規格枠が拡大(排気量360cc→550cc、全長3.0m→3.2m、全幅1.3m→1.4m)された
1976-04-01 1976年4月に投入された『ミニカ5』は、471ccエンジンを搭載し、ニューバルカン-Sと呼ばれるサイレントシャフト付きで、軽自動車規格拡大に対応したモデル。
1976年04月 1976年4月に『ミニカ5』投入
1976年05月 3代目の『ギャラン』は1976年(昭和51年)5月に発売されました。
1976-06-01 1976年6月に4G54型(2.6L)を搭載
1976年06月 4G54型(2.6L)を搭載しました。
1976-09-01 1976年9月に東洋工機株式会社が工場を岐阜県坂祝町へ移転
1976年12月 1976年(昭和51年)12月、高級2ドアスペシャリティカーの『ギャランΛ』がデビューしました。
1976年12月 『ギャランΛ』がデビューしました。
1977年 1977年に欧州事務所(Liaison Office Europe)を開設し、欧州への輸出部品供給のためにMMC Truck Parts Europe B.V.(MTP)を設立しました。
1977年 1977年にバンダマラリーで『ランサー1600GSR』が総合1~2位を獲得し、同ラリーを最後に国際ラリー活動を休止しました。
1977年 1977年(昭和52年)、欧州における情報収集・調査などを行うため、駐在員事務所として、Liaison Office Europe(略称:LOE、所在地:オランダ・ロッテルダム、日本名:欧州事務所)を開設、欧州へ輸出される当社車両への補用部品供給のため、当社100%出資で部品デポとして MMC Truck Parts Europe B.V.(MTP、所在地:オランダ・スキポール東郊)を設立しました。
1977年 バンダマラリーで『ランサー1600GSR』が総合1~2位獲得、同ラリーを最後に国際ラリー活動休止。
1977年03月 1977年3月に『ミニキャブワイド55』を発売しました。
1977-03-01 カープラザ店を設立し、全国で営業開始
1977年03月 1977年3月に、新規格をフルに適用した『ミニキャブワイド55』を発売。
1977年05月 4G11型(1.3L)がランサーに搭載
1977-06-01 1977年6月に4代目『ミニカ』として『ミニカアミ55』が発売され、全幅1,395mm、546cc水冷2気筒エンジンを搭載し、低燃費MCA-JETシステムを採用した。
1977年06月 1977年6月に『ミニカアミ55』発売
1977年08月 1977年(昭和52年)8月、名古屋自動車製作所岡崎工場を設立
1977-10-01 1977年10月の東京モーターショーで『ミラージュ』という車名が発表された。
1977年10月 1977年10月の東京モーターショーに合わせ車名を発表
1977年12月 ミラージュボウルを開催
1978年 1978年に4ドアハッチバック車を追加
1978-03-01 1978年3月にカープラザ専売車種として正式に発売された。
1978年03月 ミラージュに4G12型(1.4L)を搭載
1978年03月 ミラージュボウル開催
1978年03月 1978年3月に『ミラージュ』正式に発売
1978-09-01 1978年9月に低燃費MCA-JETシステムを採用し、53年排出ガス規制に対応した。
1978-09-01 1978年9月に『フォルテ』がネーミングで発売され、北米向けの小型ピックアップとして登場した。
1978年09月 1978年9月に低燃費MCA-JETシステムを採用
1978年09月 1978年(昭和53年)9月、カープラザ系を通じて『フォルテ』のネーミングで発売し、10月からは北米にも本格的に輸出を開始。
1978-10-01 1978年10月から北米へ本格的に輸出を開始した。
1978年10月 1978年(昭和53年)10月からは北米にも本格的に輸出を開始。
1979年 1979年に滋賀工場を建設し、4G6系エンジンを最初に生産。
1979年 1979年に1.6L車や3速フルオートマチック車が追加された。
1979年 1979年東京モーターショーに角目2灯の『パジェロⅡ』を出品し好評を得た。
1979年 1979年東京モーターショーにおいてFF方式の3列シート7人乗り乗用車、三菱SSW(スーパースペースワゴン)を参考出品したところ、大きな話題を呼びました。
1979年 ミラージュボウル会場を国立競技場に移転
1979年 1979年(昭和54年)に建設した滋賀工場で最初に生産されたエンジンです。
1979年 1979年に1.6L車や3速フルオートマチック車を追加
1979年04月 1979年4月にCAL社を買収。
1979年04月 1979年(昭和54年)4月、海外事業の縮小を始めていたクライスラー社からCAL社へ資本参加の要請を受け、当社と三菱商事株式会社の合弁でCAL社を買収、1980年(昭和55年)10月にCAL社の社名を Mitsubishi Motors Australia Ltd.(MMAL、所在地:オーストラリア・アデレード)へ変更しました。その後、当社は徐々に持株比率を上げ、MMALを完全子会社化しました。
1979年04月 2代目『ランサー』はベストサイズ、ベストクオリティの追求をコンセプトに、1979年(昭和54年)4月に発売されました。
1979年06月 1979年6月に2.0Lアストロン80エンジンが追加されました。
1979年06月 『デリカ』シリーズを11年ぶりにフルモデルチェンジし、バン、トラックに加え、9人乗り『デリカ スターワゴン』を1979年6月に発売。
1979年12月 1979年(昭和54年)12月に京都製作所滋賀工場を設立
1980年02月 1980年2月にランサーEXに4G62型(1.8L)を搭載。
1980年02月 1980年(昭和55年)2月発売のランサーEXに4G62型(1.8L)を搭載しました。
1980年04月 1980年4月に4G63型(2.0L)を追加。
1980年04月 同年4月には4G63型(2.0L)を追加し、当社における乗用車の主力エンジンとなりました。
1980年05月 4D55型(2.4L)を開発し、ギャラン・エテルナΣ・Λに搭載
1980年05月 1980年5月にはバンとワゴンにハイルーフ、
1980年05月 新型『ギャランΣ』 / 『エテルナΣ』、新型『ギャランΛ』 / 『エテルナΛ』を一斉に発売。
1980年10月 1980年10月にCAL社の社名をMitsubishi Motors Australia Ltd.に変更。
1980-10-01 1980年10月に4WDを追加し、ジープ生産経験を活かしたパートタイム式トランスファーを採用した。
1980年10月 1980年(昭和55年)10月にCAL社の社名を Mitsubishi Motors Australia Ltd.(MMAL、所在地:オーストラリア・アデレード)へ変更しました。
1980年10月 1980年10月には4WDを追加、
1980年11月 その半年後の1980年11月にはガソリンターボエンジンモデルが追加されました。
1981年 4G4系ネプチューンエンジンシリーズの生産を終了しました。
1981年 1981年にアメリカに、米国三菱自動車販売(MMSA社)を設立しました。
1981年09月 1981年9月に軽自動車『ミニカアミL』が発売され、車体長を規格枠いっぱいに拡大し、低燃費・運転しやすさを追求した。
1981年09月 1981年9月にはワゴンにATを追加。
1981年09月 『ミニカアミL』として、1981年(昭和56年)9月に発売しました。
1981年10月 1981年10月、のちに「ランタボ」の愛称で親しまれる1800ターボが登場。
1981年12月 1981年12月に米国三菱自動車販売(MMSA)を設立。
1982年 1982年に100%出資の販売会社MMSAを設立。
1982年 1982年に『ミラージュⅡ』が発売され、4ドアサルーンを追加した。
1982年 1982年にランサーEX2000ターボがWRC1000湖ラリーで総合3位を獲得した。
1982年 1982年(昭和57年)当社は、100%出資の販売会社 Mitsubishi Motor Sales of America, Inc.(MMSA、所在地:アメリカ・ファンテンバレー)を設立、翌年に三菱商事株式会社も資本参加し、小型ピックアップトラック「フォルテ」の販売を開始しました。
1982年 1982年に『ミラージュⅡ』として4ドアサルーンを追加
1982年 WRC1000湖ラリーで『ランサーEX2000ターボ』が総合3位獲得
1982-02-01 1982年2月から「ジープ」を源流とする「パジェロ」の一貫生産を行うようになった
1982年02月 1982年2月に『ミラージュ』が『ミラージュⅡ』シリーズ化し、4ドアセダンが加わった。さらに同時に『ランサーフィオーレ』が発売された。
1982年02月 1982年2月に『ミラージュ』が『ミラージュⅡ』シリーズになり4ドアセダンが加わったのを機会に、『ミラージュⅡ』シリーズの双子車を設定し、『ランサーフィオーレ』の車名で発売しました。
1982年02月 ミラージュⅡ/ランサーフィオーレを発売
1982年02月 4G12型にMD機構を採用してミラージュⅡに搭載
1982年02月 2月に『ミラージュ』が『ミラージュⅡ』シリーズになり4ドアセダンが加わったのを機会に、『ミラージュⅡ』シリーズの双子車を設定し、『ランサーフィオーレ』の車名で発売しました。
1982年03月 1982年3月にFF4ドアセダン『トレディア』とFF2ドアクーペ『コルディア』が発売され、三菱自動車の2番目のFF車となった。
1982年03月 トレディア/コルディアを発売
1982年03月 3月にFF4ドアセダン『トレディア』とFF2ドアクーペ『コルディア』を発売しました。
1982年05月 1982年5月に『スタリオン』が発売され、三菱のスポーティカー第4弾となった。
1982年05月 1982年5月にパジェロのメタルトップとキャンパストップの2種類のボディタイプを発売しました。
1982年05月 5月に発売した『スタリオン』は、...
1982年10月 1982年10月には4WD、ロングボディ、ディーゼルエンジン搭載車が追加されるなど、
1983年 1983年にフォルテ販売を開始。
1983年 1983年にパジェロが市販車無改造クラスでダカールラリーにデビューし、優勝しました。
1983年 Pajero participated in the Dakar Rally starting in 1983, achieving 12 overall victories including 7 consecutive wins, and the 4WD technology and SUV know-how gained were applied to Mitsubishi's products.
1983年 1983年に三菱商事株式会社も資本参加し、小型ピックアップトラック「フォルテ」の販売を開始しました。
1983年 マレーシアに、PROTON社を設立
1983年 1983年(昭和58年)発売のギャランΣ、エテルナΣに採用されました。
1983年 ミラージュ直近のモデル - 1983
1983年02月 1983年(昭和58年)2月にミニバンの先駆の1台となった初代『シャリオ』が発売されました。
1983年03月 1983年3月に軽自動車初のターボモデルが登場した。
1983年03月 1983年3月にパジェロの5ナンバー車を発売しました。
1983年03月 1983年3月には、軽自動車初のターボモデルが登場。
1983年05月 1983年5月にマレーシアにPROTONを設立。
1983年06月 1983年6月にスタリオンの175PS空冷式インタークーラー付きターボ車が登場した。
1983年07月 1983年7月にパジェロのロングボディ車を発売しました。
1983年09月 1983年9月にギャランの5代目を発売しました。
1983年10月 1983年10月にランサーフィオーレをフルモデルチェンジしました。
1983年10月 1983年(昭和58年)の10月にフルモデルチェンジした2代目は、初代『ミラージュ』の先進的デザインをさらに発展させたユニークで洗練たれたスタイル、高性能・低燃費エンジンのワイドバリエーション化、魅力ある新機構、新装備を備えた快適で楽しいコンパクトカーを開発の狙いとし、ボディタイプは3ドアハッチバック、5ドアハッチバック、4ドアセダンの3タイプを揃え、ユーザーの好みやニーズに幅広く対応しました。
1983年10月 ミラージュのフルモデルチェンジに合わせて、4G13型(1.3L)と4G15型(1.5L)を追加
1983年10月 1983年(昭和58年)10月に『ミラージュⅡ』と同様、「元気なカジュアルビークル」を基本テーマに『ランサーフィオーレ』もフルモデルチェンジしました。
1983年10月 1983年(昭和58年)10月にフルモデルチェンジした2代目は、初代『ミラージュ』の先進的デザインをさらに発展させたユニークで洗練たれたスタイル、高性能・低燃費エンジンのワイドバリエーション化、魅力ある新機構、新装備を備えた快適で楽しいコンパクトカーを開発の狙いとし、ボディタイプは3ドアハッチバック、5ドアハッチバック、4ドアセダンの3タイプを揃え、ユーザーの好みやニーズに幅広く対応しました。
1983年12月 1983年12月に4D65型ディーゼルエンジンをミラージュ、ランサーフィオーレに搭載。
1983年12月 1983年12月発売のミラージュ、ランサーフィオーレに4D65型(1.8L)を搭載しました。
1984年 1984 ダカールラリーで『パジェロ』が総合3位、市販車無改造クラス優勝。
1984年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合3位、市販車無改造クラス優勝
1984年02月 1984年2月にギャランΣ用に4D65型ターボを採用。
1984年02月 1984年2月に発売。
1984年02月 1984年(昭和59年)2月にはギャランΣ用にインタークーラー付ターボ仕様を採用しました。
1984年02月 6代目『ミニカ』はFF方式に大変身し1984年2月に発売。
1984年03月 1984年3月にギャランに1.6L、1.8Lディーゼルターボ車を追加しました。
1984-05-28 1984年5月28日に三菱自動車販売株式会社から国内営業を譲渡する営業譲渡契約書を締結し、従業員も移籍しました。
1984-05-28 営業譲渡契約書を締結
1984年06月 1984年6月にギャランΣ、スタリオンに4G63型シリウスダッシュを搭載。
1984年06月 1984年6月にスタリオンの200PSシリウスダッシュエンジン搭載車が登場した。
1984年06月 1984年6月に2L 4WD車を発売。
1984年06月 1984年6月、7年ぶりにフルモデルチェンジした4代目『ミニキャブ』が登場。軽商用車としての実用機能を大幅に向上させ、レジャー用途にも快適に使えるワゴン感覚の軽ワンボックスカーとして開発。
1984年06月 1984年(昭和59年)6月には低燃費と高出力を両立させた4G63型シリウスダッシュ(DASH=Dual Action Super Head)エンジンがギャランΣ、スタリオンに、搭載され、FF車初の200馬力を実現しました。
1984年06月 翌84年6月には2L 4WD車を発売。
1984年06月 1984年6月、7年ぶりにフルモデルチェンジした4代目『ミニキャブ』が登場。軽商用車としての実用機能を大幅に向上させることはもちろん、特に『ミニキャブ バン』は、レジャー用途にも快適に使えるワゴン感覚の軽ワンボックスカーとして開発しました。
1984年10月 1984年10月にディーゼルターボ車を追加。
1984年10月 1984年(昭和59年)10月、三菱自動車初の4ドアハードトップとして『ギャランΣハードトップ』『エテルナΣハードトップ』が登場。
1984年10月 10月にはディーゼルターボ車を追加。
1984年11月 1984年11月に本格的なスキー仕様車『シャリオ ロス・アンデス』を発売。
1984年11月 11月には本格的なスキー仕様車『シャリオ ロス・アンデス』を発売し、多目的車にふさわしい多彩な仕様展開が図られました。
1985年 1985年に初めて乗用車として800ccエンジン搭載のミニカ(Towny=多利)を発売
1985年 1985年にMMALがマグナを販売。
1985年 1985年にPROTONでSAGAを生産開始。
1985年 1985年にクライスラー社との合弁でDiamond Star Motors Corporation(DSM)を設立し、米国での生産を開始しました。
1985年 1985年にパジェロにオートマチック車を追加しました。
1985年 1985年、ダカールラリーで『パジェロ』が初の総合優勝を果たした。
1985年 初めて乗用車として800ccエンジン搭載のミニカ(Towny=多利)を発売しました。
1985年 ミラージュボウル主催を譲る
1985年 1985年(昭和60年)、MMAL社がギャランΣをベースに車幅を65mm拡大、2.6ℓエンジンを搭載したオーストラリア専用車として開発した「マグナ」を販売しました。また、「マグナ」をベースにステーションワゴンも開発、追加投入しました。
1985年 当社のランサーフィオーレをベースとした最初の国民車「SAGA」の生産を開始
1985年 1985年(昭和60年)~(継続中)
1985年 1985年、ダカールラリーで『パジェロ』が初の総合優勝。
1985年02月 1985年2月に『ミラージュ』に初のワゴンを追加し、同時に双子車『ランサーワゴン』も発売。個性的なセミハイルーフボディを採用し、優れた経済性・実用性・操作性を実現。
1985年02月 1985年2月に『ミラージュ』に初のワゴンを追加。同時に双子車『ランサーワゴン』も発売しました。個性的なセミハイルーフボディを採用するとともに、優れた経済性、実用性、操作性を高いレベルで実現。
1985年03月 1985年3月にマグナを発売しました。
1985年06月 三菱重工業株式会社とクライスラー社の基本契約が解消されました。
1985年09月 1985年9月に『ミニカ』にパートタイム4WDを追加。
1985年09月 1985年9月にはパートタイム4WD、
1985年10月 DSM社(のちの米国三菱自動車製造(MMMA社))を設立
1986年 1986年に当社と三菱商事株式会社が台湾のCMC社に資本参加
1986年 1986年に登場した『ミラージュNOW』の3ドア。
1986年 1986年に三菱自動車初のセンターデフ付フルタイム4WD車が加わった。
1986年 1986年、ダカールラリーで『パジェロ』が総合3位、市販車無改造クラスで優勝。
1986年 当社と三菱商事株式会社が台湾のCMC社に資本参加を行いました。
1986年 1986年の『デボネアV』の登場。
1986年 1986年に登場した『ミラージュNOW』の3ドアには、F・Aポルシェ氏(ポルシェデザイン社社長)が特別にカスタムデザインしたステアリングホイールとアルミホイールを採用し、大きな話題となりました。
1986年 1986年、ダカールラリーで『パジェロ』が総合3位、市販車無改造クラス優勝。
1986年04月 1986年4月に『ミニカ』にオープントップを追加。
1986年04月 1986年4月にはオープントップを追加。
1986年05月 4D56型(2.5L)は国内で初めて乗用車にターボチャージャーを採用
1986年06月 1986年6月、『デリカ』シリーズが7年ぶりのフルモデルチェンジを受けて3代目となりました。3代目の開発は1983年春ごろから始められ、衝突安全性とウォークスルーを可能にするセミキャブオーバー式という構想もありましたが、初代同様にスペース効率に優れたフルキャブオーバー式となりました。そのボディには、安全性や耐久性に配慮するため、モノコックボディが採用されています。
1986年08月 1986年8月に6G71型(2.0L)と6G72型(3.0L)がフルモデルチェンジし、デボネアVに搭載されました。
1986年08月 1986年(昭和61年)8月に『デボネアV』が発売。最高級FFパーソナルセダンとして本格高級車を徹底。
1986年08月 1986年(昭和61年)8月にフルモデルチェンジしたデボネアVに搭載しました。
1986年08月 1986年8月、22年ぶりにフルモデルチェンジした『デボネアV』が発売。
1986年10月 1986年10月には、V型6気筒2.0Lエンジン搭載車(『ギャランΣ』、『エテルナΣ』にも搭載)を追加しました。
1987年 1987年に『ミニカ』で新開発の3気筒サイクロンエンジンと3速フルATを採用し、さらにフルタイム4WDを追加。
1987年 1987年に『ミニキャブ』でスーパーチャージャー搭載車を投入。
1987年 1987年には新開発の3気筒サイクロンエンジンと3速フルATを採用、さらにフルタイム4WDも追加。
1987年 1987 ダカールラリーで『パジェロ』が総合3位(篠塚建次郎、日本人初のトップ3入り)
1987年 1987年(昭和62年)に発売された6代目『ギャラン』は、自分の価値観を持っているこだわりのある人、本物志向の人に応える小型車として開発されました。キャッチコピーは「インディビデュアル4ドア」。逆スラントノーズ、全高が高く、ボディ側面がS字上にうねった筋肉質なオーガニックフォルムは、それまでのロー&ワイドプロポーションのデザイン潮流の中で大変際立ちました。
1987-02-01 1987年2月に日商岩井株式会社との共同出資によりフィリピンのPAMOCRを設立
1987年02月 1987年2月にスタリオンの米国仕様ブリスターフェンダーのワイドボディ車が登場した。
1987年02月 Philippine Automotive Manufacturing Corporation(PAMOCR社)を設立しました。
1987年05月 1987年5月電子制御パワーステアリング「EPS」が自動車技術会技術開発賞を受賞。
1987年09月 1987年9月アクティブ電子制御サスペンション「アクティブECS」を発表。
1987年10月 1987年10月に4G61型(1.6L)を追加。
1987年10月 1987年(昭和62年)10月発売のミラージュ、ギャランのフルモデルチェンジに合わせて、4G61型(1.6L)を追加しました。
1987年10月 1987年(昭和62年)10月に登場した3代目は、3ドアハッチバックのみがリリースされ、女性を意識した「ファビオ」をはじめ、「スイフト」「サイボーグ」「ザイビクス」という個性明確な4タイプのバリエーションを設定。145PSのハイパワーを誇った1.6L DOHCターボの「サイボーグ」や、リヤサイドウインドウをパネル化した2シーターの「ザイビクス」は、かなり異色の存在でした。
1987年12月 1987年12月に4G63型ターボをギャランVR-4に搭載。
1987年12月 1987年(昭和62年)12月発売のギャランVR-4には205ps/6,000rpmの高出力を持つ4G63型DOHCインタークーラー付ターボエンジンを搭載しました。
1988年 1988年にマグナステーションワゴンを日本へ輸入。
1988年 1988年にイリノイ州に新工場を建設し、エクリプスの生産を開始しました。
1988年 1988年にパジェロにV型6気筒ガソリンエンジンを搭載し、ディーゼルターボエンジンにインタークーラーを装着、リヤサスペンションをリーフ式から3リンク式コイルに変更しました。
1988年 In 1988 (Showa 63), the Magna Station Wagon, produced by Australian Mitsubishi Motors (MMAL), was imported and sold in Japan, based on the Garlan Σ, with extended length and width for spacious interior and cargo.
1988年 1988年(昭和63年)には、マグナステーションワゴンを日本へ輸入し、国内販売会社で販売しました。
1988年 イリノイ州に新たな工場を建設、エクリプスの生産を開始
1988年 1988年(昭和63年)には自動車技術会技術開発賞を受賞しました。
1988年 1988 ダカールラリーで『パジェロ』が総合2位
1988年 1988 エテルナ 専用ボディを付与
1988年01月 1988年1月には「シャレた大人のハイクォリティセダン」として4ドアセダンもフルモデルチェンジされ、こちらにも「ヴィー」「ファビオ」「サイボーグ」というネームが与えられました。ホイールベースを70mm延長、全高を25mmアップし、セダンとして居住空間を拡大。新たにディーゼル車やVCU(ビスカスカップリング)付センターデフ方式フルタイム4WDを追加しました。
1988年 『マグナ ステーションワゴン』を輸入し、日本国内でも販売を開始しました。
1988年04月 1988年4月にスタリオンの2.6L車が国内で発売された。
1988年06月 The 5-door hatchback sedan was developed to replace the Lancer EX and Lancer Fioré, and was released in June 1988. It featured aerodynamic improvements and a roomy interior, with a wraparound rear glass and active sedan design.
1988年06月 1988年6月に発売しました。空力特性の向上とルーミーな居住性を両立させるため、三次元曲面で構成されたラップアラウンドリヤガラスによる3ボックスシルエットとしましたが、大型トランクゲートはバンパー上部からリヤガラスごと開く使い勝手の良い「アクティブセダン」としました。
1988年08月 1988年8月には、4WD車にオートマチック仕様を追加し、イージードライブ化に対応しました。
1988年10月 After the 6th generation Garlan was released in October 1988, the Etarna appeared with a dedicated body, featuring a 5-door hatchback with a trunk gate, designed to meet changing lifestyle needs.
1988年10月 パジェロ用にインタークーラー付ターボ仕様を追加
1988年10月 『エテルナ』が登場。『ギャラン』と同一ボディによる差別化ではなく、トランクゲートを持つ5ドアハッチバックという専用ボディが与えられました。
1988年12月 1988年(昭和63年)12月に東京・大阪・名古屋各証券取引所の市場第一部に株式上場してから1年後、初めて公募増資(一株1,110円、計8,000万株)を実施しました。総額888億円の資金調達うち、444億円を資本金に組み入れ、増資後の資本金は1,094億7,745万円となりました(発行済株式総数:8億5,389万株)。
1989年01月 1989年1月にオランダに欧州三菱自動車(MME社)を設立しました。
1989年 1989年に『ミニキャブ ブラボー』という高級グレードを設定。
1989年 In 1989, the Garlan VR-4 won the overall at the WRC1000 Lake Rally and RAC Rally.
1989年 In 1989, the Pajero finished third overall in the Dakar Rally.
1989年01月 『ライブリィミニ新型ミニカ』と銘打った7代目『ミニカ』は、軽自動車市場の6割以上を占める女性ユーザーを意識し、女子社員を中心に延べ350名が動員された評価会を経てスタイルが決定され、1989年(平成元年)1月に発売されました。丸みのあるキュートでモダンなスタイル、特にリヤビューのルーフ面までまわり込んだ大きなリヤゲートガラスが特徴的です。
1989年01月 1989年1月、オランダに、欧州三菱自動車(MME社)を設立。
1989年01月 1989年(平成元年)1月、MTPの社名をMitsubishi Motors Europe B.V.(MME、所在地:オランダ・アムステルダム)に変更しました。
1989年 1989年WRC1000湖ラリーで、サファリラリー以来のWRC総合優勝(『ランサー』)を果たしました。
1989年 1989年には西ドイツAMG社と共同開発した『ギャランAMG仕様車』(量産車世界初のチタン合金バルブスプリングリテーナ採用)を追加しました。
1989年 WRC1000湖ラリー、RACラリーで『ギャランVR-4』が総合優勝。
1989年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合3位。
1989年01月 7代目『ミニカ』は、軽自動車市場の6割以上を占める女性ユーザーを意識し、女子社員を中心に延べ350名が動員された評価会を経てスタイルが決定され、1989年(平成元年)1月に発売されました。
1989年04月 1989年4月に4G67型(1.8L)を追加。
1989年04月 1989年4月にMME社が欧州での認証対応・技術調査・研究などを統括するようになりました。
1989年04月 1989年(平成元年)4月には4G67型(1.8L)を追加しました。
1989年04月 同年4月にMME社は、欧州での認証対応、技術調査・研究など、欧州における当社事業全般を統括することになりました。
1989年08月 1989年8月に4G64型(2.4L)をデリカ等に搭載。
1989年08月 1989年(平成元年)8月には4G64型(2.4L)がデリカ等に搭載されました。
1989年10月 In October 1989, the Etarna SAVA, a stylish 4-door sedan based on the Garlan and Etarna, was launched, featuring a 1.8L engine and full-time 4WD.
1989年10月 『エテルナSAVA』が登場。『ギャラン』をベースに、ルーフ後端とリヤピラーの傾斜を滑らかにした、スタイリッシュな4ドアセダンです。
1990年 1990年にWRCアイボリーコーストラリーで『ギャランVR-4』が総合優勝しました。
1990年 エクリプスを日本に輸入し、国内販売会社でも販売しました
1990年 1990年にWRCアイボリーコーストラリーで『ギャランVR-4』が総合優勝。
1990年 1990年にトールワゴンの元祖といえる『ミニカトッポ』を発売
1990年02月 1990年2月に米国から日本へ輸入され、販売を開始したアメリカン・テイスト溢れる左ハンドルのスポーツクーペ『エクリプス』。ロー&ワイドなスポーツシルエットとフルタイム4WDを備え、注目を集めた。
1990年02月 個性的な左ハンドルのスポーツクーペ『エクリプス』を1990年(平成2年)2月に米国から日本に輸入し販売を開始しました。
1990年03月 1990年1月より軽自動車の規格枠が再び変更され、全長100㎜、排気量110ccの拡大が許されることになり、これに対応した『ミニカ』も同年3月より発売。ボディ本体70㎜、バンパー30㎜と合計100㎜拡大し、安全性・居住性・荷室スペースを向上させました。
1990年03月 1990年3月に軽自動車規格改定に対応し、ハイトワゴンの先駆けとなる『ミニカトッポ』を発売。DIY感覚あふれるFUN BOXを開発テーマに、ボンネットタイプと非対称ドアを採用したユニークな設計。
1990年03月 1990年1月より軽自動車の規格枠が再び変更され、全長100㎜、排気量110ccの拡大が許されることになり、これに対応した『ミニカ』も同年3月より発売。
1990年03月 1990年3月、新規格の『ミニカ』と同時発売され、ハイトワゴンの先駆けとなった『ミニカトッポ』は、“DIY感覚あふれるFUN BOX”を開発テーマとしていました。
1990年05月 1990年5月にディアマンテに6G73型(2.5L)を搭載し、2.5L市場開拓の先駆けとなりました。
1990年05月 1989年4月の税制改革で、物品税の廃止、自動車税の改正、自家用車の任意保険の改定などがあり、活発化した国産高級車市場。この市場動向をとらえ、1990年5月に登場し、2.5L車市場を創出しました。4ドアハードトップの『ディアマンテ』は、三菱自動車初の小型車枠を超えた本格的ワイドボディで、このクラスでは得られなかった、存在感と柔らかな深みが醸し出されたフォルムが特徴的でした。
1990年05月 1990年(平成2年)5月にはディアマンテに6G73型(2.5L)を搭載し、2.5L市場開拓の先駆けになりました。
1990年05月 1990年5月に登場し、2.5L車市場を創出しました。
1990年10月 1990年(平成2年)10月に、スーパー4WDスポーツカー『GTO』を発売しました。エンジンは、280PSを発揮する新開発のV6 3.0Lツインターボと、電子制御可変吸気システムを採用したノンターボを設定。ツインターボにはゲトラーグ社製5MTを、ノンターボには5MT或いは4ATを組み合わせています。優れた動力性能を確実に路面に伝達するVCU式フルタイム4WDを採用し、前後輪トルク配分を45:55に設定しました。
1990年10月 1990年(平成2年)10月に、スーパー4WDスポーツカー『GTO』を発売しました。
1990年11月 同年11月には『ディアマンテ』をベースに、さらに居住性を重視した4ドアセダン『シグマ』を発売。
1991年 1991年、当社は高速惰行法での計測を続け、手順省略を目的とした不正がシステム化されていたと報告されています。
1991年 1991年にWRCスウェディッシュラリーとアイボリーコーストラリーで総合優勝を果たした『ギャランVR-4』。
1991年 1991年にダカールラリーで『パジェロ』が総合2位・3位に入った。
1991年01月 1991年1月に『ミニキャブ ブラボー』が1991年1月に、5代目『ミニキャブ』とともにモデルチェンジされ、『ミニキャブ』のネーミングが外され、オリジナルモデルとなりました。
1991年01月 1991年(平成3年)1月、5代目『ミニキャブ バン』『ミニキャブ トラック』となりました。
1991年 エンジンの生産を開始
1991年 1991年(平成3年)には自動車技術会技術開発賞を受賞しました。
1991年 1991年(平成3年)から1997年(平成9年)の間、毎年約1,000組の参加者を集め、日本最大級のキャンプイベントとして、開催地の自治体の後援も得て、全国各地でスターキャンプを開催しました。
1991年 フォルテ直近のモデル - 1991
1991年 WRCスウェディッシュラリー、アイボリーコーストラリーで『ギャランVR-4』が総合優勝。
1991年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合2位・3位。
1991年 1991年にライトデューティ
1991年01月 1991年1月に発売。4つのボディタイプ(メタルトップ、ミッドルーフ、キックアップルーフ、Jトップ)を設定して多様なニーズに対応するとともに、走行性能、快適性、安全性などをすべて一新しました。
1991年01月 1991年1月に『ミニキャブ ブラボー』がモデルチェンジされ、オリジナルモデルとなりました。
1991年01月 1991年1月に『ミニキャブ バン』『ミニキャブ トラック』がフルモデルチェンジで登場。
1991年 RVR/RVRスポーツギア直近のモデル
1991年02月 1991年2月に『RVR』を発売。
1991年02月 1991年2月に『RVR』を発売。『RVR』は、走りのいいレクリエーショナルビークルの意味が込められています。
1991年05月 1991年5月に発売しました。2代目『シャリオ』は市場ニーズを把握し、「セダンより自由、ワゴンより自在な空間・機能・用途の乗用車」をめざしてフルモデルチェンジし、1991年5月に発売しました。
1991年05月 1991年5月に本格的4WDピックアップ・スポーツの『ストラーダ』を発売。イタリア語で「道」を意味する『ストラーダ』の登場により、『パジェロ』、『デリカ』、『RVR』、『シャリオ』、『ジープ』、『ブラボー』がラインナップされ、三菱自動車には性格と用途の異なる7車種のRVが勢揃いしました。
1991年06月 1991年(平成3年)6月に4G93型(1.8L)をRVRに搭載しました。
1991年08月 1991年(平成3年)8月、当社は、オランダ政府とボルボ社との間で締結された乗用車合弁契約により、オランダで乗用車生産を行うために設立された合弁会社ボルボ・カー・B.V.へ資本参加しました。
1991年10月 1991年10月にクライスラー社がDSM社の株式を全て買い取りました。
1991年10月 1991年10月に5代目『ランサー』を発売。ボディ・エンジン・サスペンションを一新し、フルタイム4WDを採用した新時代のベーシックカー。
1991年10月 1991年10月に4代目『ミラージュ』を発売。柔らかな3次元曲面を採用したフルモデルチェンジで、3ドアと4ドアの個性的なデザインを実現。
1991年10月 新型ミラージュ、ランサーに4G15型を搭載
1991年10月 1991年(平成3年)10月にクライスラー社が持つDSM社の株式を全て買い取り。
1991年10月 1991年(平成3年)10月発売の新型ミラージュ・ランサーに4G91型(1.5L)、4G92型(1.6L)を搭載しました。
1991年10月 1991年10月に発売。ボディは、『ミラージュ』とは共通性のない専用デザイン、基本性能を徹底的に追求するとともに、機能装備を磨き上げ、環境、安全にも配慮しました。
1991年10月 1991年10月、柔らかな3次元曲面を採用した新感覚のスタイリングにフルモデルチェンジ。“新時代のベーシックカー”を開発テーマに、エンジン、サスペンション、ボディなどの主要コンポーネントを一新。“走りの良い小粋なタウンスポーティ”を狙った3ドアタイプ、“スタイリッシュな6ライトのエレガントサルーン”をめざした4ドアタイプ、それぞれに個性的なエクステリアを実現しました。
1991年12月 1991年12月には社名が Netherlands Car B.V.(NedCar、所在地:オランダ・リンバーグ)に変更され、日本メーカーでは初めて欧州地域の中心部で現地生産事業をスタートしました。
1992年 4M4系エンジンシリーズの生産が開始された。
1992年 オランダに欧州三菱自動車販売(MMSE社)を設立。
1992年 1992年に開発されたINVECS-Ⅱ(Intelligent & Innovation Vehicle Electronic Control System-Ⅱ)。
1992年 1992年、ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝。
1992年 1992年、WRCアイボリーコーストラリーで『ギャランVR-4』が総合優勝。
1992年 1992年(平成4年)には自動車技術会技術開発賞を受賞しました。
1992年01月 1992年(平成4年)1月発売のミラージュに6A10型(1.6L)が搭載されました。
1992年 1992年(平成4年)に「ミラージュ」に初めて採用、
1992年 1992年(平成4年)ディーゼル車排出ガス規制に適合。
1992年 1992年にダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝しました。
1992年 1992年にWRCアイボリーコーストラリーで『ギャランVR-4』が総合優勝しました。
1992年05月 1992年5月に4D68型(2.0L)を追加。
1992年05月 1992年5月に『ギャラン』と『エテルナ』が同時にフルモデルチェンジしました。
1992年05月 ギャラン/エテルナのフルモデルチェンジでマークをスリーダイヤマークに変更
1992年05月 1992年(平成4年)5月には4D68型(2.0L)を追加しました。
1992年05月 1992年(平成4年)5月発売のギャラン・エテルナには6A11型(1.8L)、6A12型(2.0L)が搭載されました。
1992年05月 1992年5月に『リベロ』を発売しました。
1992年05月 1992年5月に『ランサーエボリューション』を発売しました。
1992年10月 1992年10月に6G74型(3.5L)をデボネアに搭載し、後にパジェロにも展開しました。
1992年10月 1992年10月に『RVRスポーツギア』を発売。
1992年10月 1992年10月に発売された3代目『デボネア』は、三菱自動車が持てる技術のすべてを注ぎ、サイズ、スタイル、性能において最高レベルを求めた高級セダンでした。ボディサイズを大幅に拡大し、ハイテク装備を充実させた。
1992年10月 1992年(平成4年)10月には6G74型(3.5L)をデボネアに搭載、その後パジェロにも展開しました。
1992年10月 1992年(平成4年)10月には、110psの高性能と10・15モード16.0km/Lの低燃費を両立させた4G92型DOHCのMIVEC(Mitsubishi Innovative Valve timing and Electronic Control system)エンジンをミラージュ・ランサーに搭載しました。
1992年10月 ランサーエボリューションが、1992年(平成4年)10月に発売されました。
1992年10月 『エメロード』は、1992年10月に発売。
1992年10月 初代『デボネア』、『デボネアV』に続く3代目を、1992年10月に発売。
1993年01月 1993年1月に、豪州三菱自動車(MMAL)で生産されていた『ディアマンテワゴン』を輸入し発売しました。『ディアマンテ』をベースとした、格調と高級感を備えた高品質なステーションワゴンです。
1993年 1993年にダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝しました。
1993年 1993年に『ランサーエボリューション』がWRCに参戦しました。
1993年 1993年にチュニジアラリーで『パジェロ』が総合優勝・2位しました。
1993年 1993年にアトラスラリーで『パジェロ』が総合優勝しました。
1993年 1993年(平成5年)には自動車技術会技術開発賞を受賞しました。
1993年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝
1993年 『ランサーエボリューション』でWRC参戦
1993年 チュニジアラリーで『パジェロ』が総合優勝・2位
1993年 アトラスラリーで『パジェロ』が総合優勝
1993年01月 1993年1月に、豪州三菱自動車(MMAL)で生産されていた『ディアマンテワゴン』を輸入し発売しました。
1993年 『ランサーエボリューション』は発売の翌年1993年からWRCに参戦し、その年の最終戦であるRACラリー(英国)では総合2位になるなど、総合優勝を狙えるポテンシャルがあることを示しました。
1993年04月 1993年(平成5年)4月、当社は、欧州における販売・流通を一層強化するため、デザイン、設計、実験、認証業務を行う Mitsubishi Motors R&D Europe GmbH(MRDE、ドイツ・トレヴァ)、欧州各国ディストリビューターとの密接な連携を密にした車両・部品のマーケティング及び販売並びに各種サービス業務を行う Mitsubishi Motors Sales Europe B.V.(MMSE、オランダ・アムステルダム)を設立しました。
1993年05月 1993年5月に『ミラージュ アスティ』という2ドアクーペを発売。エアコン・パワーステアリング等を装備し、1.3L・1.5L DOHCエンジンを搭載。
1993年05月 1993年5月には、スポーティな新しい2ドアクーペ『ミラージュ アスティ』を発売。エアコン、パワーステアリング、パワーウインドウ、センタードアロック、キーレスエントリーなど充実した装備を採用しながらお求め易い価格としたことが特長。エンジンは1.3Lと1.5L DOHCを搭載しました。
1993年07月 1993年7月、パジェロに4M40型(2.8L)インタークーラー付ターボエンジンを搭載。
1993年07月 1993年(平成5年)7月、パジェロに4M40型(2.8L)インタークーラー付ターボエンジンを搭載しました。
1993年07月 1993年7月に新開発のV6 3.5Lガソリンエンジンと2.8Lディーゼルインタークーラーターボエンジンを追加。
1993年08月 1993年8月に電動オープンルーフを装備した『RVRオープンギア』を発売。
1993年08月 1993年8月に『RVRオープンギア』を発売。
1993年09月 1993年9月に発売した8代目の『ニューミニカ』は、ジェントルベーシックミニをスタイリングテーマに、ボリューム感あふれる曲面で構成し、安定感のある上質で個性的なデザインです。
1993年09月 1993年9月、8代目『ニューミニカ』とともに発売された『ニューミニカトッポ』。『スーパースペースランナバウト』をスタイリングテーマとして、ユニークなスタイリングとクラストップのビッグキャビンを持ち、これにより高い実用性と遊び心を表現するとともに小型車に迫る存在感を感じさせるデザインとしました。
1993年09月 1993年9月に発売した8代目の『ニューミニカ』
1993年09月 1993年(平成5年)9月、8代目『ニューミニカ』とともに発売された『ニューミニカトッポ』
1993年10月 1993年(平成5年)10月には、MVVシステムを4G93型SOHCにも採用し、ギャラン・エテルナに搭載しました。
1994年 1994年に『ランサーエボリューション』がWRCに参戦し、モンテカルロで5位、サファリで2位、アクロポリスで2位、ニュージーランドで3位・4位などの成績を収めました。
1994年 1994年にインドネシアラリーで『ランサーエボリューション』が総合優勝・3位を獲得しました。
1994年 1994年にタイラリーで『ランサーエボリューション』が総合優勝・3位を獲得しました。
1994年01月 1994年1月に発売された『ランサーエボリューションⅡ』は、初代モデルの実戦経験をフィードバックして、主に操縦安定性の改良が図られました。
1994年 デリカ スペースギアは1994年に発売され、多彩なシートアレンジと本格的ウォークスルーを実現した新RVとして注目された。
1994年 『ランサーエボリューション』でWRC参戦
1994年 インドネシアラリーで『ランサーエボリューション』が総合優勝・3位
1994年 タイラリーで『ランサーエボリューション』が総合優勝・3位
1994年 1994~1995日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞
1994年01月 1994年(平成6年)1月に発売された『ランサーエボリューションⅡ』
1994年 『デリカ』の4代目となる『デリカ スペースギア』は、多彩なシートアレンジ、本格的ウォークスルーを実現し、スペースユーティリティに富んだ“新RV”として1994年(平成6年)に発売されました。
1994年06月 米国で1994年6月から発売された2代目『エクリプス』
1994年10月 1994年10月に発売したスポーツクーペ『FTO』。1990年に登場した『GTO』の弟分として、気楽にスポーツカーを楽しんでほしいモデルとして登場。
1994年10月 1994年10月に発売したスポーツクーペ
1994年12月 パジェロミニは1994年12月に発売され、軽自動車でありながら高剛性ボディとRV機能を備えたミニRVとして注目された。
1994年12月 『パジェロミニ』が1994年(平成6年)12月に発売されました。
1995年 1995年に自動車技術会技術開発賞を受賞。
1995年 1995年5月から米国政府機関の雇用機会均等委員会(EEOC)が調査を開始。
1995年 1995年から1997年にかけて総会屋の妻への利益供与疑いで逮捕。
1995年 1995年にランサーエボリューションがWRC 2大会で総合優勝を果たした。
1995年 1995年マレーシアラリーでランサーエボリューションが総合優勝・2位を獲得した。
1995年 1995年香港~北京ラリーでランサーエボリューションが総合優勝・2位を獲得した。
1995年 1995年ダカールラリーでパジェロが総合2位・3位を獲得した。
1995年01月 1995年1月にフルモデルチェンジされた2代目ニューディアマンテは、V6 3.0L MIVECエンジンやV6 2.5L リーンバンMVVなど先進技術を搭載し、先進性をアピールした。
1995年 5代目となる『ミラージュ』は、『ランサー』とともに次世代のベーシックカーとして、3ドアハッチバック、4ドアセダンともに1995年(平成7年)にフルモデルチェンジ。4ドアセダンは実質的に『ランサー』と同一のモデルとなりましたが、『ランサー』にはない3ドアハッチバックは先代よりも全長を80mm短縮し、いっそうコンパクトになりました。新開発の1.5L DOHCエンジンは、低~中速のトルクアップと低燃費化を実現。4ドアに搭載の1.5L MVVエンジンは空燃比の希薄限界制御を採用し、いっそうの低燃費化を推進しました。V6ガソリンエンジンは1.6Lから1.8Lに排気量をアップし、新世代の小さな高級車に相応しい上質でゆとりある走りを提供しました。また、『FTO』で好評を博していたINVECS-Ⅱスポーツモード4ATを採用し、イージードライブと走る楽しさを実現させていました。安全性能は、パッシブ・アクティブの両面で向上。全方位対応の衝突安全ボディ、運転席・助手席SRSエアバッグシステムに加え、ABS、ハイマウントストップランプを装備。挟み込みを防止するセーフティ機構付きパワーウインドウも採用しました。5代目『ミラージュ』は2000年に生産終了しましたが、その名は1999年に発売された『ミラージュディンゴ』に引き継がれました。
1995年 アクスルの生産を開始
1995年 株主総会における円滑な議事進行の協力に対する謝礼として、1995年(平成7年)から1997年(平成9年)にかけて3回にわたり、総会屋の妻が経営する「海の家」の利用料名目で計933万円を妻名義の銀行口座に振り込み、総会屋へ利益を供与したとして、前総務部長ら幹部3人が商法違反(利益供与)の疑いで逮捕されました。
1995年 翌月には事件の責任を取り、木村雄宗社長(当時)が退任、後任として河添克彦常務が社長(当時)に就任しました。
1995年01月 「プレビューディスタンスコントロール」は1995年(平成7年)1月発売のディアマンテに搭載されていました。
1995年 1995年以降の生産車には共振防止装置を取り付ける対策を実施しました。
1995年 WRC 2大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝
1995年01月 1995年(平成7年)1月にフルモデルチェンジした2代目の『ニューディアマンテ』は、そのカタログに「ちょっと、自慢してもいいですか。」のコピーを入れ、先進性をアピール。エンジンは、クラストップレベルの270PSを発揮するV6 3.0L MIVECエンジンほか、2.0Lを超える大排気量エンジンでは世界初となる希薄燃焼エンジンV6 2.5L リーンバンMVVを搭載しました。オートマチックミッションには、FF車世界初の5速ATに、スポーツモードも採用。サスペンションは4輪マルチリンク式とし、さらに、高度な安全性・イージードライブを実現するため、INVECS-Ⅱを導入したAT、TCL、EPS、ECS、4WSをはじめ、衝撃感知ドアアンロックシステムやタイヤ空気圧低下警報、先行車との距離をレーザーレーダーで計測するとともに、小型ビデオカメラで先行車を画像認識し、車間距離を車速に応じて制御する世界初のプレビューディスタンスコントロールなどの新技術を積極的に採用。スタイルは低く構えた個性的なVシェイプを基調に安定感と走りのイメージを表現。Cd値0.28を実現しながら、ゆとりある居住空間を確保していました。
1995年 5代目となる『ミラージュ』は、1995年(平成7年)にフルモデルチェンジ
1995年02月 1995年(平成7年)2月に発売された『ランサーエボリューションⅢ』は、年々ハイスピード化するWRCでの戦闘力を高めるため、空力性能の向上を中心とした改良が施されました。なお、WRCでは1996年、エースドライバーのトミー・マキネン選手(フィンランド)が9戦中5勝を挙げ、自身と三菱自動車にとって初となるWRCドライバーズチャンピオンを獲得しています。
1995年02月 1995年(平成7年)2月に発売された『ランサーエボリューションⅢ』
1995年05月 1995年(平成7年)5月より、当社が欧州市場向けに開発した5ドアハッチバック「カリスマ」の生産を開始、
1995年06月 米国で1994年6月から発売されていた2代目『エクリプス』を輸入し、1995年(平成7年)6月に日本で発売。1992年にフルモデルチェンジを実施した7代目『ギャラン』のプラットフォームを採用。駆動方式はFFのみで、米国では4WDもありましたが、輸入はされませんでした。5ナンバーの先代に対し、全幅が+55mm拡大された、丸みのある躍動感に満ちた面構成のワイドボディとなりました。未来的なキャブフォワードデザイン、タイヤが路面をがっちりつかむようなワイド&ロープロポーションが米国では高く評価され、好調な販売を続けていました。インテリアは、運転席側に向いたセンターコンソールや、インストルメントパネルと一体化したドアトリムなど、ドライバーを包み込む感覚のラウンドコクピットを採用。シートは、ドライバーをしっかりとホールドする6ウェイの調節機構付スポーツバケットシートを装備。エンジンは、最高出力230PSを誇る2.0Lインタークーラーターボで、4輪マルチリンクサスペンションなどとあいまって、剛性感としなやかさをあわせ持つ、卓越した走行性能を実現していました。1996年5月には、4シーターオープントップの『エクリプス スパイダー』を発売しました。
1995年06月 1995年(平成7年)6月に日本で発売
1995年07月 1995年7月にDSM社の社名をMitsubishi Motor Manufacturing of America, Inc.(MMMA)に変更しました。
1995年07月 1995年(平成7年)7月、DSM社の社名を Mitsubishi Motor Manufacturing of America, Inc.(MMMA、所在地:アメリカ・ノーマル)に変更しました。
1995年10月 1995年(平成7年)10月に、国内外のモータースポーツ活動で高い評価を得ていた『ランサー』が『ミラージュ』とともにフルモデルチェンジ。6代目は、次世代のベーシックカーを目指し、"Total Evolution"をテーマに商品内容を全面的に進化させました。尚、基本性能を磨き上げた6代目は、大幅な進化を遂げる第2世代の『ランサーエボリューション』(Ⅳ~Ⅵ)のベース車でもありました。
1995年10月 翌年10月には、NedCar製の「カリスマ」4ドアセダン(右ハンドル仕様)を日本へ輸入し、国内でも販売しました。
1995年10月 1995年(平成7年)10月に、国内外のモータースポーツ活動で高い評価を得ていた『ランサー』が『ミラージュ』とともにフルモデルチェンジ。6代目は、次世代のベーシックカーを目指し、「Total Evolution」をテーマに商品内容を全面的に進化させました。尚、基本性能を磨き上げた6代目は、大幅な進化を遂げる第2世代の『ランサーエボリューション』(Ⅳ~Ⅵ)のベース車でもありました。
1995年11月 1995年11月に発売された『パジェロジュニア』は、『パジェロ』では大き過ぎ、『パジェロミニ』では物足らないというニーズに応えたRV。1.1Lエンジンを搭載し、軽自動車の『パジェロミニ』がベースで、ブリスターフェンダーや大型バンパーを装着、トレッド拡大や必要な補強を加えて快適性と利便性を追求しました。
1995年11月 1995年(平成7年)11月に発売された『パジェロジュニア』は、『パジェロ』では大き過ぎ、『パジェロミニ』では物足らないというニーズに応えたRV。1.1Lエンジンを搭載していますが、ボディは軽自動車の『パジェロミニ』がベースで、ブリスターフェンダーや大型バンパーを装着、トレッド拡大や必要な補強を加えて快適性と利便性を追求しました。
1995年11月 1995年11月より生産している本格的4WDピックアップスポーツ『L200』
1996年 1996年、エースドライバーのトミー・マキネン選手(フィンランド)が9戦中5勝を挙げ、自身と三菱自動車にとって初となるWRCドライバーズチャンピオンを獲得しています。
1996年 1996年に開催されたWRC 5大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝し、ドライバーズチャンピオンを獲得しました。
1996年 1996~1997年にギャランが『日本カー・オブ・ザ・イヤー』を受賞しました。
1996年 同月には前総務部長ら幹部3人が商法違反(利益供与)の罪で起訴され、3人は公判で起訴事実を全面的に認め
1996年 WRC 5大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝、ドライバーズチャンピオン獲得
1996年 香港~北京ラリーで『ランサーエボリューション』が総合優勝・2位・3位
1996年 レグナム
1996年 1996年に発売された『ギャラン』
1996-04-01 1996年4月、MMMA社が集団訴訟を提訴。
1996-04-01 1996年4月1日、MRDA社(Mitsubishi Motors R&D of America, Inc.)を設立し営業を開始。
1996年05月 1996年5月には、4シーターオープントップの『エクリプス スパイダー』を発売しました。
1996年05月 1996年5月の社内会議で正式決定し、リコールはせず指示改修とすることにしました。
1996年07月 1996年7月にオールラウンドスポーティRV『チャレンジャー』が登場。
1996年07月 アクティブスタビリティコントロールシステム「ASC」を発表
1996年07月 1996年(平成8年)7月に登場したオールラウンドスポーティRV『チャレンジャー』。
1996-08-01 1996年8月にPAMCOR社の社名を Mitsubishi Motors Philippines Corporation(MMPC)に変更
1996年08月 1996年8月に発売されたギャラン8代目は、燃料を直接シリンダーの中に噴射させる超希薄燃焼を可能としたGDI(1.8L)を量産車として世界に先駆け搭載し、出力を10%向上させながら燃費を35%向上、CO2排出量を35%削減しました。
1996年08月 1996年8月にランサーエボリューションⅣ 第2世代が発売。
1996年08月 PAMCOR社の社名を Mitsubishi Motors Philippines Corporation(MMPC)に変更しました。
1996年08月 1996年(平成8年)8月発売のギャラン、レグナムに搭載した6A13型は、2.5L V型6気筒DOHCツインターボ インタークーラーを開発し、最高出力280ps、最大トルク37.0kg・mを発揮するエンジンで、VR-4に搭載し、クラストップレベルの動力性能により、パワフルで力強い走りを実現しました。
1996年08月 1996年8月に発売された8代目は、燃料を直接シリンダーの中に噴射させることで超希薄燃焼を可能とし、高出力と低燃費を両立させた筒内噴射ガソリンエンジン「GDI」(1.8L)を量産車として世界に先駆け搭載。
1996年08月 1996年8月に発売。走行状況に応じて後輪の左右の駆動力差をアクティブにコントロールするAYC(アクティブヨーコントロール)を採用し、コーナリング時の回頭性とブレーキング時の安定性を向上。
1996年10月 1996年10月に『カリスマ』が発売。
1996年10月 『カリスマ』は、三菱自動車・ボルボ・オランダ政府の合弁によるネッドカー社で製造された4ドアセダン。オランダ、ドイツ、ベルギー、イギリス、オーストラリアなどの欧州各国で販売され、その右ハンドル仕様を輸入し、1996年(平成8年)10月に発売。
1996年11月 1996年11月、十勝研究所を設立。
1996年11月 十勝研究所を設立
1997年 1997年に自動車技術会技術開発賞を受賞。
1997年 1997年に当社直営の4WDランド「十勝四駆ランド」が岡崎市で営業を開始しました。
1997年 1997年にパジェロがダカールラリー総合優勝(篠塚建次郎、日本人初のダカールラリー総合優勝)。
1997年 1997年にランサーエボリューションがWRC 4大会で総合優勝、ドライバーズチャンピオン獲得。
1997年 1997年WRC 4大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝、ドライバーズチャンピオン獲得。参戦車両はランサーエボリューションⅣで、各ラリーでの順位は以下の通り。
1997年 翌年4月に東京地裁において執行猶予付きの有罪判決が言い渡されました。
1997年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝(篠塚建次郎、日本人初のダカールラリー総合優勝)
1997年 WRC 4大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝、ドライバーズチャンピオン獲得
1997年05月 1997年5月にパジェロワイドシリーズにブリスターフェンダーを採用し、ガソリンエンジンには新開発の高効率エンジン、V6 3.5L GDIが搭載されました。
1997年06月 1997年6月より輸入販売しました。個性的、先進的で乗用車としてのパーソナルユースにも適したピックアップとして、デザインを一新し、2.5Lディーゼルインタークーラーターボ、イージーセレクト4WD等を搭載し、動力性能・走破性能を向上。5人乗りでビッグな室内空間を誇る快適トランスポーターとして、仕事と遊びの両面で幅広く対応できるピックアップトラックとしました。
1997年06月 2代目『ストラーダ』として1997年6月より輸入販売しました。
1997年08月 1997年8月、MMMA社と女性社員29人のうち27人との民事訴訟において和解が成立。
1997年08月 1997年8月、中国に瀋陽航天三菱汽車発動機製造有限公司を設立。
1997年08月 1997年8月にチャレンジャーのV6 3.0LをV6 3.5L GDIに変更し、INVECS-Ⅱスポーツモード5ATと組み合わせて搭載。
1997年08月 中国に、瀋陽航天三菱汽車発動機製造有限公司を設立
1997年08月 1997年8月には、V6 3.0LをV6 3.5L GDIに変更し、INVECS-Ⅱスポーツモード5ATと組み合わせて搭載しました。
1997年09月 1997年9月にダカールラリーのレギュレーション変更に対応する『パジェロ エボリューション』を投入。
1997年10月 1997年10月にカリスマに1.8L GDIを搭載し、SRSサイドエアバッグを標準装備。
1997年10月 1997年10月に発売。3代目となる『シャリオグランディス』は、フランス語の「雄大な(grandiose)」の造語をサブネームにつけ、これまで以上に頼もしく生まれ変わったことを表現しました。エクステリアはフロントコーナーを大胆にカットしたデザインで、力強さと高級感を演出しながら、小回りの効くスタイルとしています。
1997年10月 1997年10月には、1.8L GDIを搭載するとともに、SRSサイドエアバッグを標準装備するなど商品強化を図りました。
1997年10月 1997年(平成9年)10月に発売されました。
1997年11月 1997年11月にフルモデルチェンジした2代目。初代が提案した「コンパクトボディにワイドキャビンをゆったり使う」というコンセプトを踏襲しつつ、「楽しさ」「やさしさ」をキーワードに進化。『RVR』と『RVRスポーツギア』の2バリエーションを発売。
1997年11月 1997年11月にフルモデルチェンジした2代目。
1998年 1998年、瀋陽航天三菱が生産を開始。
1998年 1998年にギャランに2.4L GDIを設定。
1998年 1998年、三菱自動車のパジェロがダカールラリーで総合優勝を果たしました。
1998年 1998年、ランサーエボリューションがWRC 7大会で総合優勝、マニュファクチャラーチャンピオン、ドライバーズチャンピオン(トミー・マキネン)を獲得しました。
1998年01月 1998年1月、ランサーエボリューションVが発売され、同年のWRCでトミー・マキネン選手が3年連続ドライバーズチャンピオンを獲得し、三菱自動車初のマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得しました。
1998年 工場を近郊の工業団地に移転
1998年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝
1998年 WRC 7大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝、マニュファクチャラーチャンピオン、ドライバーズチャンピオン獲得
1998年 ランサーエボリューションVがWRCでトミー・マキネン選手が3年連続ドライバーズチャンピオン獲得、三菱初のマニュファクチャラーズチャンピオン獲得
1998年01月 ランサーエボリューションVが1998年1月に発売
1998年 1998年に『トッポBJ』を発売
1998年05月 1998年5月、三菱自動車が新しい企業ポリシーとして「いいもの ながく」を宣言。
1998年05月 三菱自動車が新しい企業ポリシーとして「いいもの ながく」を宣言
1998年06月 1998年6月、EEOCとMMMA社が和解を発表。
1998年06月 1998年6月、パジェロイオの3ドアモデルが発売されました。
1998年06月 『パジェロイオ』は、軽自動車ベースではない、まったく新しい専用シャシーとボディが与えられて1998年(平成10年)6月に3ドアを発売
1998年08月 1998年8月、パジェロイオの5ドアモデルが追加で発売されました。
1998年08月 1998年8月、ギャランの双子車として4ドアセダン『アスパイア』が発売され、エテルナの後継車として位置づけられました。
1998年08月 1998年8月には、2.4L GDIを追加
1998年08月 1998年(平成10年)8月に『ギャラン』の双子車として登場した4ドアセダン『アスパイア』
1998年08月 8月には5ドアが追加されました
1998年10月 1998年10月に軽自動車の新規格化に合わせ、パジェロミニがスケールアップし2代目に進化。スポーティグレードは4気筒DOHC 20バルブ・インタークーラーターボ、標準グレードは4気筒SOHC 16バルブ・リーンバーンMVVを搭載し、低燃費性能を向上させた。
1998年10月 1998年10月に軽自動車の新規格化に合わせ、ミニカが9代目に進化。全長100mm、全幅80mm拡大し、広いガラスエリアとリヤゲートで居住空間を確保。コンセプトは「気軽に使えるベーシックセダン」で経済性と実用性を重視。
1998年10月 1998年10月に軽自動車の新規格化に合わせ、ミニカトッポの後継モデルとしてトッポBJが投入。ミニカとは異なる顔つきの乗用ワゴンで、全長100mm、全幅80mm拡大し、3気筒リーンバーンMVVと4気筒インタークーラーターボを搭載。
1998年10月 1998年(平成10年)10月、軽自動車の新規格化(全長3.3m→3.4m、全幅1.4m→1.48m)に合わせ、『パジェロミニ』がスケールアップして2代目に進化
1998年10月 1998年10月に9代目となり、軽自動車の新規格化(全長3.3m→3.4m、全幅1.4m→1.48m)に合わせ、全長100mm、全幅80mm拡大
1998年10月 1998年(平成10年)10月、軽自動車の新規格化(全長3.3m→3.4m、全幅1.4m→1.48m)に合わせ、『ミニカ』、『パジェロミニ』とともに、『ミニカトッポ』も進化。後継モデルとして、『トッポBJ』が投入されました。
1999年 5代目『ミラージュ』は2000年に生産終了しましたが、その名は1999年に発売された『ミラージュディンゴ』に引き継がれました。
1999年 1999年にWRC 4大会でランサーエボリューションが総合優勝し、ドライバーズチャンピオンを獲得。
1999年 1999年にダカールラリーでパジェロが総合2位・3位・4位を獲得。
1999年 1999年にトッポBJに大型バンパー・オーバーフェンダー・1.1Lエンジンを装備し、5ナンバー化・5名乗車のトッポBJワイドを追加発売。
1999年01月 1999年(平成11年)1月に発売された『ミラージュディンゴ』。新開発の1.5L GDIを搭載し、環境への配慮をアピール。乗降性や荷物の積み降ろしやすさにこだわり、ヒップポイントは高めに、ドアは大きく、サイドシルは低めに、テールゲートは開口部を広く設計。フラットフロアや左右と前後にウォークスルーが可能な「Hウォーク」を採用。左右独立して150mmスライドできるリヤシートにはタンブル機構も採用。衝突安全強化ボディ「RISE」で信頼性を高め、全車にABSと運転席/助手席エアバッグを標準装備。2000年には1.3Lエンジン搭載モデルのほか、スポーティなスタイリングと走りを楽しめる1.8L GDI「エアロ」を追加。2001年2月には外観を一新し、CVTを搭載。
1999年01月 1999年1月に発売。1999年度のWRCレギュレーション変更である、空力パーツのサイズ制限に対応させつつ、徹底して冷却性能を向上。ライセンスプレートのオフセット化、オイルクーラーベンチレーターやエアブローダクトの採用、フォグランプの小型化、ウィッカー型迎角調整式ツインリヤスポイラーなどにより、冷却効率と空力性能の向上とともに、洗練された迫力あるスタイルを実現。フロントサスペンションのロールセンターを下げ、リヤサスペンションの各アームをアルミ鍛造化し、バネ下重量を低減。RSターボチャージャーには世界初のチタンアルミ合金製タービンホイールを採用。2000年1月にはトミー・マキネン選手の4年連続ドライバーズチャンピオン獲得の偉業を記念し、「トミー・マキネン エディション」を発売。
1999年01月 1999年(平成11年)1月、使いやすいセミキャブフォルムにフルモデルチェンジした『ミニキャブ』の6代目が発売。軽自動車の新規格化(全長3.3m→3.4m、全幅1.4m→1.48m)に合わせ、全長100mm、全幅80mm拡大、ホイールベースを2,390mm(トラックは2,200mm)と長めに設定。クラッシャブルゾーンを増大し、JNCAPに対応した衝突安全強化ボディで高い安全性を実現。エンジンは3気筒の新リーンバーンMVVを搭載し、燃費や環境性能に配慮。サスペンションはフロントマクファーソンストラット、リヤ3リンク式コイルスプリング。前輪はディスクブレーキ、4速ATやイージーセレクト4WDシステムを搭載。
1999年 大会名称が「三菱自動車トーナメント」に変更
1999年 1999年(平成11年)にオランダ政府がNedCarから撤退したため、NedCar社は当社の完全子会社となりました。
1999年 1999年に発売された『ミラージュディンゴ』
1999年01月 1999年(平成11年)1月に発売された『ミラージュディンゴ』。
1999年 1999年WRC 4大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝、ドライバーズチャンピオン獲得。
1999年 1999年には大型バンパーやオーバーフェンダー、1.1Lエンジンなどを装備し5ナンバー化、5名乗車とした『トッポBJワイド』を追加発売しました。
1999年01月 1999年1月に発売。1999年度のWRCレギュレーション変更である、空力パーツのサイズ制限に対応させつつ、徹底して冷却性能を向上。
1999年01月 1999年(平成11年)1月、使いやすいセミキャブフォルムにフルモデルチェンジした『ミニキャブ』の6代目が発売されました。
1999年 1999年にフルモデルチェンジした3代目『エクリプス』は、従来の流麗な曲線による美しいエクステリアから、ボディサイズをひとまわり大きくし、先進的かつ機械的な機能美を訴える力強いエクステリアにイメージチェンジ。
1999年04月 6代目の『ミニキャブ』発売から3ヶ月後の1999年(平成11年)4月、『ブラボー』の後継モデルが『タウンボックス』のネーミングで発売されました。国内で初めての5ナンバーのキャブオーバータイプの軽自動車。
1999年04月 6代目の『ミニキャブ』発売から3ヶ月後の1999年(平成11年)4月、『ブラボー』の後継モデルが『タウンボックス』のネーミングで発売されました。
1999年06月 1999年6月には、1.1Lエンジンを搭載し、全長を+210mm、全幅を+60mm拡大し、6名乗車を可能とする3列シートの『タウンボックスワイド』を追加発売しました。
1999年06月 1999年(平成11年)6月に水島自動車製作所を水島製作所と改称
1999年09月 1999年9月、パジェロに4M41型直列4気筒DOHC 4バルブ3.2Lインタークーラーターボ直噴ディーゼルエンジンを搭載。
1999年09月 1999年9月、3代目『パジェロ』が登場。ラダーフレームからビルトインフレーム構造のモノコックボディとなり、ボディは全長・全幅・ホイールベースともに拡大。大幅な軽量化と高剛性化を果たし、優れた操縦安定性と乗り心地を両立。エンジンはV6 3.5L GDIと3.2L直噴ディーゼルターボ(DI-D)をラインナップ。フルタイム4WDとパートタイム4WDの両方式を備えたスーパーセレクト4WDを採用。サスペンションはフロントコイルスプリング式ダブルウィッシュボーン、リヤマルチリンク式で、悪路走破性と高速安定性を向上。
1999年09月 1999年9月、大きく進化を遂げて登場。
1999年10月 1999年10月にはV6 3.0L GDIエンジンを搭載した「ロイヤルシリーズ」を追加設定しました。
1999年12月 1999年12月にミニカをベースにしたピスタチオを発売。1.1L GDIエンジンとアイドリングストップ機構を採用し、自治体・公益企業向けに50台限定販売。
1999年12月 1999年12月にABボルボ社と締結したトラック・バス事業における戦略的業務提携により、当社はトラック・バス事業を社内カンパニーとして分社していました。
1999年12月 1999年12月には、『ミニカ』をベースとした『ピスタチオ』を発売
1999-12-19 マンガン系リチウムイオン電池を搭載した三菱FTO-EV(プロトタイプ)が、1999年12月19日午前8時から20日午前8時までの24時間で、岡崎製作所内にある高速テストコース(2.4㎞)を899周、延べ2,142.3㎞を走行し、世界で初めて電気自動車(EV)による24時間2,000㎞走行に成功しました。
2000年 2000年にWAJAを発売。
2000年 2000年、品質問題によりコンプライアンス遵守・お客様第一・安全第一・カスタマーファーストの精神で品質問題の再発防止に取り組みました。
2000年 5代目『ミラージュ』は2000年に生産終了しましたが、その名は1999年に発売された『ミラージュディンゴ』に引き継がれました。
2000年 2000年にギャランに2.0L GDIを設定。
2000年 2000年WRCモンテカルロラリーで『ランサーエボリューション』が総合優勝。
2000年01月 2000年(平成12年)1月に誕生しました。
2000年 初の自主開発車「WAJA」を発売しました
2000年 2000年(平成12年)に22万台を超えましたが、クライスラー社向けOEM生産の終了、リーマンショックの影響が重なり、2009年(平成21年)には2万台と大きく落ち込みました。
2000年 2000年に発覚した品質問題において、運輸省が独自に調査した46項目の不具合リストにもハブ破損によるタイヤ脱落事故が1件挙げられていましたが、1件だけの不具合として処理され、リコール等の市場措置が届出されることはありませんでした。
2000年 2000年に発覚した品質問題における過去2年間の不具合案件の精査においても、クラッチハウジングの破損についてはリコールを実施すべき案件とは判断されていませんでした。
2000年 5代目『ミラージュ』は2000年に生産終了
2000年 2000年には1.3Lエンジン搭載モデルのほか、スポーティなスタイリングと走りを楽しめる1.8L GDI 「エアロ」を追加しました。
2000年01月 2000年1月には、トミー・マキネン選手の4年連続ドライバーズチャンピオン獲得の偉業を記念し、「トミー・マキネン エディション」を発売しました。
2000年 2000年モンテカルロラリーで『ランサーエボリューション』が総合優勝。
2000年01月 『ディオン』が誕生
2000年 2000年に設定した「スパイダー」とあわせ、北米で三菱自動車を代表するスポーティモデルとして好評を博しました。
2000年02月 2000年2月、『デボネア』の後継車として発売された『プラウディア』。車名は、PROUD(堂々とした、誇り高い)とDIAMOND(ダイヤモンド)を合成してネーミングされました。
2000年02月 「プレビューディスタンスコントロール」は2000年(平成12年)2月に発売されたプラウディア/ディグニティに初めて搭載しました。
2000年02月 2000年2月、『デボネア』の後継車として発売された『プラウディア』。
2000年04月 社内カンパニーとして三菱ふそうトラック・バスカンパニーを設立
2000年05月 2000年5月、『ミラージュ』4ドアセダンを統合するカタチで、7代目『ランサー』を『ランサーセディア』の名で発売。
2000年05月 2000年5月にフルモデルチェンジした『ランサーセディア』をベースに2001年2月に登場。ホイールベース、トレッド、タイヤサイズ共に拡大。4G63型2.0Lインタークーラーターボエンジンは、ターボチャージャーの改良、インタークーラーの大型化、マグネシウム製ロッカーカバー、中空カムシャフトやステンレス製排気管を採用し、最大トルク39kg-mを実現したほか、中速域中心に出力向上を図りました。
2000年05月 2000年5月には1.8L GDIに代わり2.0L GDIを搭載
2000年05月 ランサーセディアがフルモデルチェンジ
2000年06月 2000年(平成12年)6月発売のパジェロイオにGDIエンジンを搭載しました。
2000年07月 2000年7月には、VCU方式のフルタイム4WDがラインナップに加わりました。
2000-07-17 2000年(平成12年)7月17日に設置した品質問題調査委員会
2000-08-10 2000年(平成12年)8月10日に設置した品質問題対策委員会
2000年09月 2000年9月に社員相談室を設置
2000年11月 2000年(平成12年)11月、『リベロ』の後継として発売された『ランサーセディアワゴン』。
2001年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝。
2001年 WRC 3大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝。
2001年 ランサーエボリューションⅦ 完全リメイク。
2001年 2001年(平成13年)に大江工場を閉鎖
2001年 主催を譲り、三菱グループ各社が主催する「三菱ダイヤモンドカップゴルフ」へ名称変更
2001年 2001年(平成13年)にボルボ社がNedCarから撤退したため、NedCar社は当社の完全子会社となりました。
2001年 2001年(平成13年)にDC社がABボルボ社所有の当社株式(3.3%)を取得、出資比率が37.3%となり、当社とDC社との関係は、トラック・バス事業を含む戦略的協業にも拡大しました。
2001年 ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝
2001年 WRC 3大会で『ランサーエボリューション』が総合優勝
2001年02月 2001年2月に登場。ホイールベース、トレッド、タイヤサイズ共に拡大。4G63型2.0Lインタークーラーターボエンジンは、ターボチャージャーの改良、インタークーラーの大型化、マグネシウム製ロッカーカバー、中空カムシャフトやステンレス製排気管を採用し、最大トルク39kg-mを実現したほか、中速域中心に出力向上を図りました。
2001年02月 2001年2月に発表した新経営ビジョン「三菱自動車ターンアラウンド計画」における事業の集中を促進するため、当社と日産自動車株式会社、ジヤトコ・トランステクノロジー株式会社(静岡県富士市 現、ジヤトコ株式会社)の3社間で、当社の京都製作所及び水島製作所のAT/CVT事業をジヤトコ・トランステクノロジー株式会社へ統合するという、AT/CVT事業統合に関する基本合意書に調印し、事業統合実現に向けての詳細な協議を開始しました。
2001年02月 2001年2月には外観を一新するとともに、CVTを搭載しました。
2001年02月 ランサーエボリューションⅦが登場
2001年04月 2001年(平成13年)4月に当社がトラック・バス事業の戦略的提携パートナーをダイムラークライスラー社に変更したため
2001年04月 2001年4月にトラック・バス事業における戦略的パートナーをABボルボ社からダイムラー・クライスラー社に変わりました。
2001年05月 2001年5月にはターボモデルが追加発売され、1.8L GDIインタークーラーターボ+INVECS-Ⅱ スポーツモード4ATが搭載されました。
2001年06月 2001年6月に発売した『エアトレック』は、RVの走破性と乗用車の居住性をあわせ持ち、既存のRVを超えた次世代クロスオーバーSUV「スマートオールラウンダー」として開発。そのパッケージは、広い居住空間とするため2,625mmのロングホイールベースとし、16インチ大径タイヤ等により最低地上高195mmを確保。同時にシート着座地上高を600mmとすることで楽な乗り降りを可能としました。
2001年06月 2001年(平成13年)6月にABボルボ社によるダイムラークライスラー社に対する当社株式売却手続きが完了し、提携関係が終了しました。
2001年06月 2001年6月に発売した『エアトレック』は、RVの走破性と乗用車の居住性をあわせ持ち、既存のRVを超えた次世代クロスオーバーSUV「スマートオールラウンダー」として開発。
2001年07月 2001年(平成13年)7月を目途にトラック・バス事業の新会社を設立し、ABボルボ社はその新会社の発行株式数19.9%に相当する資本を出資するという合意がありました。
2001年10月 2001年10月に登場した、次世代スタンダードをめざした、セミトールパッケージの軽自動車。「eK」のネーミングは、ながく愛される真に「いい軽(eK)」を創ろうと発足した、「eKプロジェクト」から命名しました。
2001年10月 2001年10月に『eKワゴン』を発売し、軽自動車の新しいスタンダードとなった。以降、派生車を追加し、2004年2月に累計販売台数30万台を突破した。
2001年10月 2001年10月に登場した、次世代スタンダードをめざした、セミトールパッケージの軽自動車。「eKワゴン」
2001年10月 2001年10月に「軽自動車の新しいスタンダード」として『eKワゴン』を発売しました。
2002年 2002年ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝(増岡浩、ダカールラリー初優勝)
2002年 2002年WRC スウェディッシュラリーで『ランサーエボリューションWRC』が総合5位
2002年 The eK Sports model was introduced in 2002, featuring sporty styling, 14-inch aluminum wheels, digital speedometer, and other performance-oriented features.
2002年 全世界でのトラック・バスの開発・生産・販売における協力関係を一層強化するため、当社が第三者割当増資により発行する新株(増資後の5%相当)の全てをボルボ社が引受け、当社は、2002年(平成14年)末までにボルボ社の発行済み株式の5%を限度に段階的に購入する資本提携に合意するという覚書を締結しました。
2002年 2002年にダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝(増岡浩、ダカールラリー初優勝)
2002年 2002年にWRC スウェディッシュラリーで『ランサーエボリューションWRC』が総合5位
2002年02月 2002年2月には、『ランサーエボリューション』シリーズ初となる、オートマチック車「GT-A」が登場。2ペダルエボリューションと紹介され、ATの特性に最適化した272PSの4G63型エンジン+INVECS-IIスポーツモード5速ATを搭載していました。
2002年02月 『ランサーエボリューション』シリーズ初となる、オートマチック車「GT-A」が登場
2002-03-25 2002年3月25日、基本合意書に基づき正式契約を締結しました。
2002年04月 2002年4月にAT/CVT事業を会社分割により分社化し、ダイヤモンドマチック株式会社(以下、DMC)を設立しました。
2002年05月 2002年5月にはビッグマイナーチェンジを受け、フロント部のデザインが表情豊かに変更され、1.8L GDIインタークーラーターボエンジンや、2.0L GDI搭載車にはINVECS-Ⅲ CVTが採用されました。
2002年05月 ディオンがビッグマイナーチェンジを受け
2002年06月 2002年6月には2.0L インタークーラーターボモデルを追加。
2002年07月 2002年7月にDMCはジヤトコ株式会社の100%子会社となりました。
2002年09月 2002年(平成14年)9月、「eKシリーズ」の第2弾として、『eKスポーツ』を追加投入しました。グレード体系は、『eKワゴン』と同一のエンジンを搭載するモデルと、インタークーラーターボエンジン搭載の2モデルで、3ATや最適にチューニングされた4ATを設定し、発進加速性能、低燃費、静粛性を高次元で達成していました。
2002年09月 2002年9月にダイムラー・クライスラー社と締結した「トラック・バス事業の分社及び新会社株式売買に関する契約」に基づき、三菱ふそうトラック・バス株式会社を独立会社として設立しました。
2002年09月 2002年9月、『eKシリーズ』の第2弾として、『eKスポーツ』を追加投入しました。
2002年10月 2002年10月に当社製大型トラックのクラッチハウジング破損により、死亡事故が発生。
2002年11月 2002年(平成14年)11月、60年代に活躍した『コルト』のネーミングを復活させたコンパクトカーが誕生しました。
2002年11月 新型車コルトに4G19型を搭載
2002年11月 2002年(平成14年)11月、60年代に活躍した『コルト』のネーミングを復活
2002年12月 2002年(平成14年)12月には商品、部品、用品の販売、マーケティング並びに流通業務の統括や生産事業を含めた欧州事業の一貫性を高めるため、欧州事業統括会社としてMME社に欧州総販売会社MMSE社を統合しました。
2003年01月 2003年1月にギャラン店、カープラザ店を統合し、総合販売ネットワーク「MITSUBUSHI MOTORS」を設立。
2003年01月 2003年1月にMMNA(Mitsubishi Motors North America Inc.)を設立。
2003年 2003年に北米市場専用SUV「Endeavor」に6G75型(3.8L)が搭載されました。
2003年01月 2003年1月にMMMA社とMMSA社が合併し、Mitsubishi Motors North America Inc.(MMNA)を設立しました。
2003年01月 2003年1月には大型前後バンパーや車体のリフトアップ、精悍なフロントマスクや大型ルーフレールなどRVテイストを施した「スポーツギア」を追加発売しています。
2003年01月 2003年1月にはVCU付フルタイム4WDモデルを追加。
2003年01月 2003年1月に登場。三菱自動車独自のオールホイールコントロールシステムは、従来のトルク移動量を約2倍に増大させた「スーパーAYC」により進化し、ライバル車をしのぐ旋回性能・トラクション性能を実現。また量産セダンとして、世界で初めてCFRP(カーボン繊維強化樹脂)を採用したリヤスポイラーを装備。
2003年01月 2003年(平成15年)1月に国内乗用車販売事業改革の一環として、ギャラン店、カープラザ店の2チャンネルの販売体制を統合し、全ての乗用車商品ラインアップを取り扱う新たな総合販売ネットワーク「MITSUBUSHI MOTORS」となりました。また、お客様の満足度向上とブランドイメージ強化を目的に系列販売店の内外装に新CI(Corporate Identity)デザインを導入し、店舗のリニューアル化を行いました。新店舗は看板等のサイン関係をコーポレートカラー(当時)である赤とシルバーを基調としたデザインで統一し、店内はクルマの美しさを際立たせるシンプルなデザインとしました。
2003年01月 MMSA社は生産会社であるMMMA社と合併し、北米の販売、生産、ファイナンス、研究開発を統括するMitsubishi Motors North America Inc.(MMNA、所在地:アメリカ・サイプレス)となりました
2003年 2003年(平成15年)発売の北米市場専用モデルであるSUV「Endeavor」(エンデバー)に搭載、国内では2005年(平成17年)11月にパジェロの最上級グレード「SUPER EXCEED」に搭載しました。
2003年01月 2003年(平成15年)1月、MMMA社は現地販売会社であるMMSA社(Mitsubishi Motor Sales of America, Inc.)と合併し、北米における販売、生産、ファイナンス、研究開発を統括する Mitsubishi Motors North America Inc.(MMNA、所在地:アメリカ・サイプレス)となりました。
2003年 2003年(平成15年)に三菱ふそうトラック・バス株式会社が分社しました。
2003年01月 2003年1月にトラック・バス事業部門を分社し、三菱ふそうトラック・バス株式会社が設立。
2003年 2003年、ダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝(増岡浩、ダカールラリー2連覇)
2003年02月 2003年2月、『ランサーセディア』『ランサーセディアワゴン』の大幅改良を機に「セディア」のサブネームがなくなり、再び『ランサー』『ランサーワゴン』となりました。5ナンバー枠の小型セダンのボディはそのままに、フロントとリヤのデザインを大幅に変更。
2003年02月 2003年2月、『ランサーセディア』『ランサーセディアワゴン』の大幅改良を機に「セディア」のサブネームがなくなり、再び『ランサー』『ランサーワゴン』となりました。
2003年03月 2003年3月にグランディスに4G69型を搭載。
2003年03月 2003年(平成15年)3月発売の新型車グランディスに搭載した4G69型は、新開発の2.4L MIVEC(可変バルブタイミング&リフト機構付き)エンジンとINVECS-Ⅱ4A/Tを組み合わせて搭載し、軽快でレスポンスの良い走りを実現しました。
2003年03月 2003年3月に当社42%、ダイムラー・クライスラー社43%、三菱グループ各社15%となり、2004年3月に当社保有株の一部をダイムラー・クライスラー社へ売却したことにより、当社の株式保有率は20%となりました。
2003年04月 2003年4月にジヤトコ株式会社とDMCが合併し、当社のAT/CVT事業統合における一連の取引が完了しました。
2003年05月 4代目『シャリオ』となる『グランディス』は、『シャリオ』の名を外して6年ぶりにフルモデルチェンジしました。新生『グランディス』は、「New Age Premium」をコンセプトに誕生したミニバン。人や環境に優しい新開発の2.4L MIVECエンジンと、INVECS-Ⅱスポーツモード付4AT、4WD車にはマルチセレクト4WDシステムを搭載し、優れた低燃費と動力性能を実現しました。
2003年05月 2003年5月に「eKシリーズ」の第3弾として、上級モデルの『eKクラッシィ』が追加投入されました。シック&モダン・ワゴンをコンセプトに、内外装、走行性能、機能装備など各部を質の高い仕様としてつくり込みました。
2003年06月 2003年(平成15年)6月、京都製作所をパワートレイン製作所と改称
2003年11月 2003年11月にMSC社の社名を Mitsubishi Motors(Thailand)Co.,Ltd.(MMTh)に変更
2004年 2004年にPROTONの持ち株を全株売却し、資本提携を解消。
2004年 2004年にダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝しました。
2004年 2004年にWRC モンテカルロラリーで『ランサーWRC04』が総合6位に入賞しました。
2004年 2004年にWRC スペインラリーで『ランサーWRC04』が総合6位に入賞しました。
2004年 プロトン社の持ち株につき、全株を売却、資本提携を解消しました
2004年02月 2004年2月にGEN-2を発売。
2004年02月 2004年2月には「Mitsubishi Racing」の頭文字を冠した『ランサーエボリューションVIII MR』が登場。量産車初のアルミルーフ、ビルシュタイン社製ショックアブソーバー、40.8kg-mに高められた最大トルクなどエンジン性能にも手が加えられ、完成度が高められました。
2004年02月 自主開発エンジンを搭載した「GEN-2」を発売する
2004年02月 2004年2月には累計販売台数30万台を突破しました。
2004年03月 2004年3月に当社保有株の一部をダイムラー・クライスラー社へ売却したことにより、当社の株式保有率は20%となりました。
2004年05月 2004年5月に軽自動車で唯一のクロスオーバーSUV『eKアクティブ』を追加発売。最低地上高のアップや大型バンパー、14インチタイヤなどを特徴とし、走破性と乗り降りのしやすさを実現した。
2004年05月 2004年5月に『eKアクティブ』を追加発売しました。
2004-05-21 2004年5月21日、事業再生計画を発表し、資本増強策として三菱グループ企業を主な引受先として優先株式を発行しました。
2004年10月 2004年10月には、欧州生産の新開発1.3L & 1.5Lアルミエンジンを搭載したほか、1.5L MIVECインタークーラーターボエンジンを搭載したスポーティモデル「RALLIART」を追加発売しました。
2004年10月 2004年10月に発売されたコンパクトワゴンの『コルト プラス』。『コルト』をベースに、リヤオーバーハングを約300mm延長してラゲッジルームを拡大した、実用性を高めたモデルです。
2004年10月 2004年10月から「スパイダー」を輸入販売しました。
2004年10月 2004年10月に、お客様視点が欠如し、企業の論理・会社の都合を優先した結果、発生させてしまったこの過ちを風化させないため、事故が発生した1月10日を「安全への誓いの日」として定めました。
2004年10月 2004年10月に発売されたコンパクトワゴンの『コルト プラス』。
2004-12-28 On December 28, 2004, Mitsubishi Motors entered into an agreement with China Motor Corporation (Taiwan) and Dongnan Automobile (China) to strengthen production and sales in the Chinese market.
2005年 2005年にMMALが380を開発・生産。
2005年 2005年に当社直営の4WDランド「十勝四駆ランド」の営業を終了しました。
2005年 2005年に『パジェロ』がダカールラリーで総合優勝した。
2005年 2005年に『ランサーWRC05』がモンテカルロラリーで総合3位に入った。
2005年 2005年に『ランサーWRC05』がオーストラリアラリーで総合2位・5位に入った。
2005年 2005年(平成17年)、オーストラリアにおける生産・販売会社であるMMAL社は、9年ぶりに新型車として上級スポーティセダン「380」を開発し、生産・販売しましたが、同車を最後に2008年(平成20年)3月、現地生産事業は終了し、三菱車の販売会社として現在に至ります。
2005年 2005年(平成17年)に発売の「アウトランダー」、
2005年 2005年(平成17年)に軽自動車のエンジンに装着しているクランクシャフトのオイルシールが抜けるという不具合が発生し、その後多発していることに対して、当社は国土交通省より継続的な指導を受け、2010年(平成22年)11月11日にリコールを届出ました。
2005年 2005年にダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝しました。
2005年 2005年にWRC モンテカルロラリーで『ランサーWRC05』が総合3位しました。
2005-01-28 2005年1月28日、三菱自動車再生計画を発表し、三菱グループ3社への普通株式及び優先株式発行による増資を実施しました。
2005年03月 2005年3月にMMM(Mitsubishi Motors Malaysia Sdh. Bhd.)を設立。
2005年03月 2005年3月に『ランサーエボリューションⅨ』が登場し、新グレードGTを加えた。フロントバンパーのエアダクトやリヤバンパーのディフューザー形状、カーボン製ウイング大型リヤスポイラーなどを採用し、冷却性能と空力性能を改善した。
2005年03月 Mitsubishi Motors Malaysia Sdh. Bhd.(MMM)が設立され
2005年03月 2005年3月に登場した『ランサーエボリューションⅨ』では、「GSR」の快適性と「RS」の駆動系を合わせ持つ、新グレードの「GT」が加わりました。
2005-03-10 On March 10, 2005, Mitsubishi Motors transferred 20% of its shares to Daimler Chrysler and dissolved the capital relationship with Mitsubishi Fuso Truck & Bus.
2005-03-10 2005年3月10日には、三菱ふそうトラック・バス補償問題に関するダイムラークライスラーとの契約締結に基づき、当社所有全株式20%をダイムラー・クライスラー社へ譲渡し、三菱ふそうトラックバス株式会社との資本関係を解消しました。
2005年04月 2005年4月にMMMとの流通販売・サービス契約を締結。
2005年04月 当社がMMM社との流通販売・サービス契約を締結し、マレーシア市場における三菱車はMMM社を通じ販売しています
2005年06月 2005年6月にミニバンにSUVテイストを盛り込んだ「スポーツギア」を追加発売しました。ASC(アクティブスタビリティコントロール)とTCL(トラクションコントロール)を標準装備し、215/55R17インチの大径タイヤを装着、車高を+15mm高めて走破性を向上させました。
2005-08-27 On August 27-28, 2005, Mitsubishi Motors participated in the Shikoku EV Rally 2005 in Tokushima Prefecture, showcasing the Lancer Evolution MIEV and conducting on‑road tests.
2005-08-27 2005年8月27・28日に徳島県で開催された「四国EVラリー2005」に参加しました。
2005年09月 2005年9月に『ランサーエボリューション ワゴン』が登場し、高性能4WDスポーツワゴンとして注目を集めた。ワゴンベースのボディサイドパネルやルーフパネルを補強し、6MTと5ATを設定した。
2005年09月 2005年9月に登場した『ランサーエボリューション ワゴン』は、卓越した運動性能と『ランサーワゴン』のラゲッジルームを融合させた初の高性能4WDスポーツワゴンです。
2005年10月 2005年10月に『アウトランダー』を発売し、新設計のSUVとして注目を集めた。衝突安全性や剛性を高めた新世代プラットフォーム、低燃費・高性能のアルミブロック製2.4L MIVECエンジン、6速スポーツモード付CVT、電子制御4WDを搭載した。
2005年10月 2005年10月に発売された『アウトランダー』は、新設計のSUVとして登場しました。
2005年11月 2005年11月にパジェロの最上級グレード「SUPER EXCEED」に6G75型(3.8L)が搭載されました。
2005年11月 2005年(平成17年)11月にパジェロの最上級グレード「SUPER EXCEED」に搭載しました。
2005-11-11 2005年(平成17年)11月11日にDC社が当社株式を全て売却し、資本提携を終了しました。
2006年 2006年にダカールラリーで『パジェロ』が総合優勝しました。
2006年01月 2006年1月に未来型スモールカーとして発売。軽自動車の課題であった「デザインと居住性」「居住性と衝突安全性」という二律背反を克服するため、リヤ・ミッドシップレイアウトを採用。
2006年 The 4th generation Pajero was launched in 2006, aiming to be an all-round SUV meeting global standards, featuring a robust body and advanced technology.
2006年01月 2006年1月に、未来型スモールカーとして発売。
2006年02月 開発・生産における新たな協業提携に関する覚書を締結
2006-04-12 On April 12, 2006, Mitsubishi Motors signed a contract with China Motor Corporation and Dongnan Automobile to directly invest in Dongnan Automobile.
2006年05月 2006年5月にはゲトラグ社製5MTを搭載し、エンジン、ボディ、サスペンションなどにチューニングを加えた「RALLIART Version-R」に進化させ、走る歓びをいっそう高めました。
2006年08月 2006年8月に『ランサーエボリューションⅨMR』を発売し、ターボチャージャーやサスペンションを改良した。
2006年08月 2006年8月には、アイバッハ社製コイルスプリングやターボチャージャーを採用した『ランサーエボリューションⅨMR』を発売しました。
2006年08月 2006年8月には、プレミアム感を高めたインテリアやターボチャージャーを採用した『ランサーエボリューション ワゴンMR』を発売しました。
2006年09月 2006年9月に、タイのMMThで生産のアーバンスポーツピックアップ『トライトン』を国内で輸入販売しました。
2006年09月 2006年9月にフルモデルチェンジした2代目。初代モデルとほとんど変わらないキープコンセプトのスタイルが人気。
2006年09月 2006年9月に、『eKワゴン』と同時にフルモデルチェンジして2代目となった『eKスポーツ』。スポーティな走りやスタイルを好むユーザーに向け、ディスチャージヘッドライトと組み合わせた特徴的なポリカーボネイト製グリルを採用。
2006年09月 2006年9月にフルモデルチェンジした2代目。初代モデルとほとんど変わらないキープコンセプトのスタイルが、人気の高さを物語っています。
2006-09-28 On September 28, 2006, Mitsubishi Motors completed the investment procedures in Dongnan Automobile based on the contract.
2006年10月 2006年10月にノンターボエンジン搭載車を追加発売しました。
2006年10月 2006年10月にはノンターボエンジン搭載車を追加発売しました。
2007年 2007年に三菱自動車工業株式会社が設立されました。
2007年 Delica D:5 was launched in 2007, a new design of minivan combining family-friendly features with SUV-like strength, featuring a ribbone frame and advanced safety and off-road capabilities.
2007年 In the 2007 Dakar Rally, Delica D:5 was used as a support car by the Mitsubishi Motors team, transporting staff and equipment over 7,000 km without major trouble.
2007年 2007年(平成19年)には10年ぶりに開催、2015年(平成27年)まで毎年、静岡県朝霧高原において全国のオートキャンプファンを対象としたイベントとして開催しました。
2007年 2007年(平成19年)に発売の「デリカ D:5」、「ギャラン フォルティス」では、
2007年 2007年(平成19年)の設立
2007年 『デリカD:5』発売直前の2007年ダカールラリーに三菱自動車チームのサポートカーとして、スタッフと各種機材を運搬する『デリカD:5』を投入。開発中の市販仕様をベースとしてエンジン、トランスミッション、電子制御4WD等、ハードそのものには手を加えず、ダカールラリーに適した若干の改造を施し、約7,000kmを大きなトラブルなく、完全走破。オールラウンドな走破性の高さを証明しました。
2007年04月 In April 2007, Mitsubishi Motors established MMC Wing, a wholly‑owned subsidiary aimed at promoting employment of persons with disabilities.
2007年07月 In July 2007, Mitsubishi Motors established Mitsubishi Motors Logitec by merging Mitsubishi Motors Logistics and Mitsubishi Motors Tech Service, consolidating vehicle transportation and maintenance operations.
2007年08月 2007年8月に「ギャラン フォルティス」を発売。スポーティセダンとして安全・環境・快適性能を高い次元でバランスさせたグローバル基準の車種。
2007年08月 2007年8月に発売しました。
2007年10月 2007年10月にV6 3.0L MIVECエンジン搭載車を追加しました。
2007年10月 2007年10月に「ランサーエボリューションⅩ」を発売。高性能4WDセダンとして最高出力313PSを実現し、特別仕様車も含む。
2007年10月 2007年10月には、V6 3.0L MIVECエンジン搭載車を追加しました。
2007年10月 2007年10月に発売
2007年12月 In December 2007, Mitsubishi Motors established Lithium Energy Japan, a joint venture with GS Yuasa and Mitsubishi Trading to produce high‑capacity lithium‑ion batteries for electric vehicles.
2007年12月 株式会社リチウムエナジージャパンを設立
2008年 In 2008, a 3.2L common rail diesel engine (DI-D) was added to the Pajero, significantly improving emissions and quietness.
2008年03月 2008年3月にオーストラリアの現地生産事業を終了。
2008年03月 2008年(平成20年)3月、現地生産事業は終了し、三菱車の販売会社として現在に至ります。
2008年07月 2008年7月にスポーティ4WDグレード「RALLIART」を設定。2.0L MIVEC インタークーラーターボエンジンとツインクラッチSSTを搭載。
2008年07月 2008年7月には、2.0L MIEVC インタークーラーターボエンジン、ACD付フルタイム4WD、ツインクラッチ SSTを搭載した、スポーティ4WDグレード「RALLIART」を設定しました。
2008-07-28 草津工場を設置しました
2008年09月 2008年9月に「トッポ」を発売。軽自動車クラス最大1,430mmの室内高を実現し、広いガラスエリアと多彩な安全装備を備える。
2008年09月 2008年9月に発売した『トッポ』
2008年12月 2008年12月に「ギャラン フォルティス スポーツバック」を発売。4ドアセダンの走りを継承し、クーペをイメージさせるデザインと5ドアハッチバックの利便性を兼ね備える。
2008年12月 プロトン社と新型車両の開発・生産に関する契約を締結
2008年12月 2008年12月に発売
2009年 2009年から小学生向けメール窓口を新設。
2009年 2009年に三菱自動車は量産型の新世代電気自動車i-MiEVを発売し、世界初の量産EVとして注目を集めた。
2009年 2009年(平成21年)には2万台と大きく落ち込みました。
2009年 i-MiEV(アイ・ミーブ) 量産型の新世代電気自動車
2009年06月 2009年6月より電気自動車用リチウムイオン電池「LEV50(セル容量 50Ah)」を年産20万セル(約2,300台分に相当)生産し
2009年07月 2009年7月、瀋陽航天三菱がMIVECエンジンの本格量産を開始。
2009年07月 7月発売した新世代電気自動車「i MiEV(アイ・ミーブ)」に搭載されました
2009年10月 In October 2009, Mitsubishi Motors, along with Mitsubishi Trading, Mitsubishi Auto Lease, and Kansai Power, established the Kansai EV Promotion Council to promote electric vehicle adoption in the Kansai region.
2009年10月 関西電気自動車普及推進協議会を設立
2010年01月 2010年1月に低燃費の2.0L MIVECエンジン搭載車を追加しました。
2010年 In 2010, the Pajero's DI-D engine was further improved and branded as 'Clean Diesel', enhancing performance and environmental compliance.
2010年01月 2010年1月には、低燃費の2.0L MIVECエンジン搭載車を追加しました。
2010年03月 In March 2010, Mitsubishi Motors established the CHAdeMO Council to promote the CHAdeMO fast‑charging standard for electric vehicles.
2010年03月 CHAdeMO協議会を設立
2010年04月 2010年4月には年産40万セルの第2生産ラインを増強しました
2010年04月 ロシアにPSA社とともに車体組立工場を設立
2010-04-23 2010年4月23日に竣工しました
2010-11-11 2010年(平成22年)11月11日にリコールを届出ました。
2011年 2011年(平成23年)の東日本大震災直後、90台以上のi-MiEVを往診車や避難所間輸送手段として貸与し、支援活動を行った。
2011年 2011年(平成23年)に発売の「RVR」、「ギャラン フォルティス」、「ギャラン フォルティス スポーツバック」、「デリカD:5」、
2011年 2011年(平成23年)の東日本大震災直後、ガソリン不足が深刻化する被災地のニーズに耳を傾け、90台以上の『アイ・ミーブ』を往診車、または避難所間の輸送手段等として貸与し、支援活動を行いました。
2011-05-19 2011年(平成23年)5月19日、契約を締結し、両社50%ずつの出資比率で、合弁会社を設立しました。
2011-06-20 2011年(平成23年)6月20日、新合弁会社の名称を株式会社NMKV(以下、NMKV)とし、当社と日産自動車の日本市場における将来の軽自動車の商品企画とエンジニアリングで、両社それぞれが持つ商品企画の強みを生かしてお客さまへ提案力に優れた商品を企画し、また、車両の設計・開発、部品調達等の領域についても、両社の強みを融合し、競争力のある商品を市場に投入していく事業内容を発表しました。
2011-07-09 2011年7月9日、LEJはさらなる事業規模拡大のため、滋賀県栗東市に建設した新工場に本社を移転しました
2012年 2012年にアウトランダースポーツ(RVR)の生産を開始し、北米・ロシア・中近東・中南米向けに生産しました。
2012年 2012年度に経常利益及び当期利益ともに過去最高益を更新しました。
2012年 2012年にi-MiEVに蓄えた電力を家電製品等に活用できる給電装置MiEVパワーボックスを発売し、災害時協力協定を締結した。
2012年 2012年にミッドサイズSUVアウトランダーを発売し、e-AssistやRISEなど先進安全技術を搭載した。
2012年 2012年(平成24年)にはアウトランダースポーツ(日本名:RVR)の生産を開始し、北米向に加え、ロシア・中近東・中南米向けの生産も開始しました。
2012年 2012年(平成24年)に発売の「アウトランダー」に採用しています。
2012年 2012年に『アイ・ミーブ』に蓄えた電力を家電製品等に活用できるように開発された給電装置「MiEVパワーボックス」を発売。
2012年 2012年に『アイ・ミーブ』と「MiEVパワーボックス」を移動可能な非常用電源として活用する災害時協力協定を京都府と全国で初めて締結しました。
2012年 2012 パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムで『ミーブ・エボリューション』が電気自動車クラスで2位、『Mitsubishi i』は6位完走(総合8位、126位)
2012年 2012 アウトランダー SUV系 ミッドサイズSUVに求められる安全性・低燃費・上質感と、走りや使い勝手など様々な性能を高次元で調和させたプレミアムツーリングSUVとして発売。
2012-01-26 2012年(平成24年)1月26日には対象期間を追加する2度目のリコールを届出し、
2012-03-19 2012年(平成24年)3月19日には前回リコール届出において対象車両の選定ミスがあったことから対象車両を追加する3度目のリコール届出を行いました。
2012年04月 2012年(平成24年)4月にEV技術センターを設立
2012-07-11 2012年(平成24年)7月11日、VDL Groep B.V.(VDL、所在地:オランダ・アイントホーフェン市)とNedCar社の全株式を譲渡する基本合意書を締結、
2012年09月 2012年9月、中国 湖南省長沙市に合弁会社広汽三菱汽車有限公司(以下、広汽三菱汽車)を設立し、同日に営業を開始しました。
2012年10月 2012年10月よりASX(日本名:RVR)の生産を開始。
2012-12-14 12月14日にオランダのVD Leegte Beheer B.V.(VDL100%出資)へ全株式の譲渡を完了したことにより、当社の欧州生産拠点であるNedCar社における車両生産を終了しました。
2012-12-19 2012年12月19日には対象範囲を拡大する4度目のリコール届出を行い、
2012-12-25 2012年12月25日~27日にかけて、当社に対して立入り検査を実施しました。
2013年 2013年に累積損失を解消しました。
2013年 In 2013, the Delica D:5 became the first minivan to feature a clean diesel engine, responding to customer demand for efficient powertrains.
2013年 2013年にフラッグシップモデルアウトランダーPHEVを発売し、世界初のプラグインハイブリッド車として市場投入した。
2013年 2013年にパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムでミーブ・エボリューションが電気自動車クラスで2~3位を獲得した。
2013年 2013年(平成25年)の初参戦から3年連続で完走し、過酷な道路状況にも十分なパフォーマンスを発揮し、信頼性・耐久性及び走破性の高さを実証しました。
2013年 2013年にMINICAB-MiEV TRUCKを発売し、耐久性に優れた駆動用バッテリーや高効率モーターを搭載した軽トラックの電気自動車を提供しました。
2013年 2013年にeKワゴン/eKカスタムを発売し、軽自動車市場に新たなクオリティと燃費性能を提供しました。
2013年 2013年(平成25年)にパジェロスポーツ(海外限定モデル)を生産開始。
2013年 2013年(平成25年)には、歴代デリカのディーゼルファンから頂いた根強いご要望もあり、ミニバン初となるクリーンディーゼルエンジン搭載車を設定し、長距離移動や多人数乗車というミニバンとしての用途、アウトドアレジャーなどSUV としての用途に最適な燃費性能と動力性能を実現しました。
2013年 2013年発売の『アウトランダーPHEV』
2013年 パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムで『ミーブ・エボリューション』が電気自動車クラスで2~3位獲得(総合13~14位)
2013年 アウトランダーPHEV - 当社のフラッグシップモデルであり、三菱自動車が長年にわたって積み重ねてきた、EV/4WD/SUV技術の粋を集めたSUVタイプとして世界初のプラグインハイブリッド車を市場投入しました。
2013年 MINICAB-MiEV TRUCK(ミニキャブ・ミーブ トラック) - 親しみを込めて“電トラ”という愛称 - 『アイ・ミーブ』、『ミニキャブ・ミーブ バン』に続く、新世代電気自動車の第3弾として、『ミニキャブ トラック』をベースに、耐久性に優れた駆動用バッテリーや、走り始めから力強い高効率モーター等を搭載した軽トラックの電気自動車を発売しました。
2013年 国際自動車連盟(FIA)公認のクロスカントリーラリー「アジアクロスカントリーラリー」に参戦するプライベートチームに対し、当社が『アウトランダーPHEV』の競技車両製作、エンジニア派遣などの技術支援を実施。2013年(平成25年)の初参戦から3年連続で完走し、過酷な道路状況にも十分なパフォーマンスを発揮するとともに、信頼性・耐久性及び走破性の高さを実証しました。
2013年 2013 年 eKワゴン/eKカスタム 軽自動車 日産自動車(株)との合弁会社、株式会社NMKVで商品企画・開発などが行われたモデル第1弾で、当社からは「eKシリーズ」のプラットフォーム、ボディ、エンジン、トランスミッション等を一新することにより、3代目として『eKワゴン』『eKカスタム』を、軽自動車の主戦場であるトールワゴン市場に投入しました。三菱自動車の50年以上にわたる軽自動車づくりのノウハウと、NMKVの新たなマーケティング手法により、今の時代に求められる「いい軽」(eK=excellent K-car)を追求し、軽自動車の経済性や扱いやすさといった普遍的な価値に加え、従来の軽自動車にないクオリティを備えた新型軽トールワゴンで、「軽自動車の枠を超える上質感」「快適空間と運転のしやすさ」「優れた燃費性能」を主な特長として開発しました。
2013年11月 2013年11月、普通株式の公募増資により優先株式を全数取得・全量処理しました。
2013年12月 2013年12月に臨時株主総会を開催し、優先株式を消却しました。
2013年12月 2013年度末に普通株主の皆様に16年ぶりに配当を行いました。
2014年 2014年末にインドネシア市場で累計130万台(小型商用車及び乗用車)の販売を達成しました。
2014年 2014年にミツビシ・モーターズ・クラマ・ユダ・インドネシア(MMKI社)を設立しました。
2014年 名称変更「アジアパシフィックオープン ダイヤモンドカップゴルフ」
2014年 2014 パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムで『ミーブ・エボリューション』が電気自動車改造クラスで1~2位獲得(総合2~3位)
2014年02月 2014年2月に、日産自動車との合弁会社NMKVで企画・開発されたモデル第2弾として、eKスペースが三菱自動車として初めてスーパーハイトワゴンタイプの軽自動車として投入。全高1700mm以上、エンジンをボンネット内に配置し、広々とした居住空間を実現。
2014年02月 2014 年 2 月に投入しました。
2014年06月 ATC株式の90%保有
2014年12月 2014年12月、前方車両への衝突を回避または衝突被害を軽減する低車速域衝突被害軽減ブレーキシステムとペダル踏み間違い抑制機能を備えた先進予防安全技術「e-Assist」を搭載グレードを設定し、eKシリーズ全グレードに展開。
2014年12月 2014年12月、前方車両への衝突を回避または衝突被害を軽減する低車速域衝突被害軽減ブレーキシステムおよびペダルの踏み間違い等による誤発進抑制機能を採用した先進の予防安全技術「e-Assist」搭載グレードを設定し、eKシリーズ3車種の全グレードに展開。
2015年 2015年、株式会社NMKVが新型車開発の参考にするため、当社が開発を担当したekワゴンの燃費を測定し、燃費と国土交通省に届出た燃費との間に大きな乖離があることが判明しました。
2015年04月 2015年4月に1000台限定の特別仕様車『ランサーエボリューション ファイナルエディション』を国内で発売。
2015年04月 2015年4月には、1000台限定の特別仕様車『ランサーエボリューション ファイナルエディション』を国内で発売
2015-05-09 監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行すると発表
2015年11月 2015年11月にMMNAの生産事業を終了。
2015年11月 2015年11月末にアメリカにおける生産事業を終了しました。
2015年11月 MMNA社は生産事業は終了し、アメリカでの三菱車の販売会社として現在に至ります
2015年11月 2015年(平成27年)11月末、アメリカにおける生産事業を終了しました。
2015年12月 2015年12月、監査役等設置会社への移行を発表しましたが、燃費不正問題の発覚により延期しました。
2015-12-01 監査役等設置会社への移行を発表
2016年 2016年の熊本地震で、バッテリーを非常用電源として活用し、ライフラインが断たれた中で一般家庭に最大約10日分の電力量を供給しました。
2016年 2016年に発表した新しいブランド・メッセージ「Drive your Ambition」に基づき、ブランドイメージの向上を実現することを目的とし、全世界約5,000店舗のディーラーの内外装に新デザインを展開しました。新デザインの店舗では、基本的なカラースキームとして黒、白、グレーを使用しながら、ダイナミックな赤いラインをアクセントとして使用することをデザインの特徴としています。
2016年 2016年(平成28年)にアウトランダーを生産開始。
2016-03-11 2016年3月11日、同基金から東北地方における子供たちの送迎に活用したいとの要望があり、デリカD:5を1台寄贈しました。
2016-03-11 2016年3月11日には同基金から東北地方における子供たちの送迎において活用したいとの要望があり、デリカD:5を1台寄贈しました。
2016-04-01 2016年4月1日、消費者庁より課徴金納付命令を受領し、4億8,507万円の納付命令がありました。
2016-04-01 課徴金制度に基づき4億8,507万円の納付命令があり、2017年3月31日に納付しました。
2016-04-20 2016年4月20日、燃費試験における不正行為が判明しました。
2016-04-20 岡崎製作所内の技術本館1階に社員研修施設「過ちに学ぶ研修室」を新設しました。
2016年10月 2016年(平成28年)10月に名古屋製作所を岡崎製作所と改称
2017年 2017年(平成29年)からは開催箇所を増やし、小さなお子様から大人までご家族で楽しめるプログラムやアウトドアのノウハウを体験・学習できるプログラムを提供、また当社のSUV(Sport Utility Vehicle)/4WD(四輪駆動)性能を体感できる試乗会や「アウトランダーPHEV」の給電機能を利用し、車両に蓄えた電力で映画を上映するなど、より多くの方にアウトドアライフを楽しんでいただくためにスターキャンプを開催しています。
2017-03-28 2017年3月31日、課徴金を納付しました。
2017-03-28 課徴金納付命令を受け、2017年3月31日に納付しました。
2017年04月 2017年(平成29年)4月に京都製作所へと改称
2017年04月 MMKIを設立し車両生産を開始
2017年04月 MMKSIを設立
2017-04-25 2017年4月25日、ジャカルタ市の東37kmに位置するGIIC工業団地に工場を開所しました。
2017-05-19 2017年5月19日、瀋陽航天三菱のエンジン生産累計が500万基に達成。
2017-09-15 2017年9月15日、ルノー・日産・三菱アライアンスがアライアンス2022(ALLIANCE 2022)を発表しました。
2018年 2018年、4M4系エンジンシリーズの生産を終了。
2018年 2018年に発生した北海道胆振東部地震で、バッテリーを非常用電源として活用し、ライフラインが断たれた中で一般家庭に電力を供給しました。
2018年 2018年、歩行者検知衝突被害軽減ブレーキシステムの機能向上と従来の誤発進抑制機能に加え、歩行者対応(前進時)を追加した踏み間違い衝突防止アシストを全車に標準装備。さらに車線逸脱警報システムを設定し、全車を「サポカーSワイド」または「サポカーSベーシック+」に変更。
2018年 2018年(平成30年)にエクリプスクロスの生産を開始するなど、中国における重要な完成車工場となっていました。
2018年 2018年(平成30年)に歩行者を検知する衝突被害軽減ブレーキシステムの機能向上に加え、従来の誤発進抑制機能に軽自動車初の歩行者対応(前進時)を追加した踏み間違い衝突防止アシストを全車に標準装備。また、新たに車線逸脱警報システムを設定することで、全車「サポカーSワイド」または「サポカーSベーシック+」としました。
2018年 『eKスペース』が、日本における自動車の安全性能を試験・評価する平成30年度自動車アセスメント(JNCAP)の予防安全性能評価において、当時の最高評価である「ASV+++(エーエスブイ トリプルプラス)*1」を獲得しました。
2018-02-01 岡崎製作所に過ちに学ぶ研修室を開設。
2019年 Domestic production of the Pajero ended in 2019, concluding the vehicle's domestic manufacturing run.
2019-01-25 2019年1月25日、法務省及び厚生労働省より27件の実習計画の認定取消し及び1件の改善命令の処分を受けました。
2019-01-25 法務省及び厚生労働省より27件の実習計画の認定取消し及び1件の改善命令の処分を受けました。
2019-01-26 2019年1月26日、代表取締役及び会長職から解職し取締役とすることを決議しました。
2019-01-28 2019年1月28日、オランダ法人NMBVから元会長が不正に金銭の支払を受けていたことが判明し公表しました。
2019-01-28 元会長がManaging Director報酬名目等で不正に金銭の支払を受けていたことが判明したと、2019年1月28日に公表しました。
2019-02-17 2019年2月17日、フィリピンに小学校校舎の建設を行い、寄付総額は社員募金と会社による同額寄付を合計して300万円となりました。
2019-02-17 フィリピンに小学校校舎の建設を行いました。
2019-06-21 2019年6月21日、元会長の取締役職が解任されました。
2019-06-21 元会長の取締役職は解任されました。
2019-12-24 2019年(令和元年)12月24日をもって解約となりました。
2021年 Overseas production of the Pajero ended in 2021, marking the end of a 39-year production history that began with the first model in 1982.
2021年 2021年(令和3年)にi-MiEVの生産を終了した。
2021年 2021年(令和3年)に生産を終了しました。
2022年06月 2022年6月、岡崎市と連携し、2050年に市域の温室効果ガス排出量ゼロを目指す協定を締結しました。
2022年06月 2022年(令和4年)6月、「2050年に市域の温室効果ガス排出量ゼロの達成を目指すこと」を表明した岡崎市と更なる連携強化を図るとして、カーボンニュートラル社会の実現に向けた連携協定を締結。
2023年03月 2023年3月に岡崎市と森林保全活動連携協定を締結し、岡崎アウトランダーの森の保全活動を開始しました。
2023年03月 2023年(令和5年)3月に岡崎市と「森林保全活動連携協定」を締結し、当社の岡崎製作所や技術センターが立地する岡崎市での地域貢献も目指すとして、岡崎市額田地区の森林(約50.7ヘクタール)を「岡崎アウトランダーの森」と命名し、植林、下草刈り、間伐、除伐、枝打ち、歩道・作業道の整備等の森林保全活動を開始。更に、参加した従業員の環境意識の醸成を図るため森の中でフィールドワークを行っています。
2023年10月 2023年10月に岡崎・水島・京都製作所に事業所を立ち上げ、計70人の障がい者が勤務しています。
2023年10月 2023年(令和5年)10月、岡崎・水島に加え、当社 京都製作所内にも事業所を立ち上げ、3つの事業所で計70人の知的・身体・精神・発達障がい者が勤務しています。
2023-12-01 同年12月1日付で社名を改称いたしました。
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7010401029044
商号又は名称三菱自動車工業株式会社
フリガナミツビシジドウシャコウギョウ
英語名
法人種別301
住所〒108-0023 東京都港区芝浦3丁目1番21号
郵便番号1080023
都道府県コード13
市区町村コード103
国外所在地
国内所在地(都道府県)英語
国内所在地(市区町村等)英語
国外所在地(英語)
法人番号指定年月日2015-10-05
更新年月日2019-01-15
変更年月日2019-01-04
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
承継先法人番号
変更事由の詳細
最新履歴1
検索対象除外0
処理区分12
訂正区分0
商号又は名称イメージID
国内所在地イメージID
一連番号2190263
出典:国税庁法人番号公表サイト 基本3情報
7010401029044
法人番号7010401029044
商号又は名称三菱自動車工業株式会社
商号又は名称(カナ)ミツビシジドウシャコウギョウ
商号又は名称(英字)
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
登記住所東京都港区芝浦3丁目1番21号
郵便番号1080023
都道府県東京都
都道府県コード13
市区町村(郡)港区
市区町村コード103
番地以下芝浦3丁目1番21号
組織種別301
処理区分12
訂正区分0
状態
代表者名称代表執行役社長 兼 最高経営責任者  加藤  隆雄
資本金284382000000
従業員数14184
企業規模詳細(男性)
企業規模詳細(女性)
事業概要自動車及びその構成部品、交換部品並びに付属品の開発、設計、製造、組立、 売買、輸出入その他の取引業等
WebサイトURLhttps://www.mitsubishi-motors.com/jp/sustainability/esg/report/index.html
創業年
事業種目E:製造業
設立年月日1970-04-22
全省庁統一資格-資格等級A|A|A|
全省庁統一資格-営業品目110|210|311
更新年月日2019-01-15
キー情報7010401029044
出典:Gビズインフォ(経済産業省)
2026-07-20 23:52 (Model: ggml-org/gpt-oss-20b )
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