万博のマイボトル洗浄機を阪急うめだ本店へ移設 ↗
象印マホービンは2026年7月、大阪・関西万博に設置していたマイボトル洗浄機2台を、阪急うめだ本店の従業員食堂と休憩所へ移設しました。従業員のマイボトル利用率向上による廃棄物削減や、マイボトルを清潔に洗浄・除菌できる環境の整備を目指します。洗浄・除菌は約20秒で行え、従業員の手間を軽減します。
1918(大正7)年、銀三郎・金三郎兄弟をはじめとする一家は、故郷愛知県での生活を清算し、上阪した。5月には、西区九条に適当な住居兼作業所を借りた。一家はささやかな町工場をつくり、入り口に「市川兄弟商会」の看板を掲げた。兄20歳、弟17歳のスタートだった。この時、現在の象印マホービン株式会社として発展しようとは想像すらしていなかったことだろう。
大阪に『市川兄弟商会』を創立。
銀三郎・金三郎兄弟をはじめとする一家は、故郷愛知県での生活を清算し、上阪した。5月には、西区九条に適当な住居兼作業所を借りた。一家はささやかな町工場をつくり、入り口に「市川兄弟商会」の看板を掲げた。兄20歳、弟17歳のスタートだった。この時、現在の象印マホービン株式会社として発展しようとは想像すらしていなかった。
大阪に「市川兄弟商会」を創立
大阪に「市川兄弟商会」を創立
1923(大正12)年、稲荷町に組立工場をつくって製造部とし、塩草町の中びん工場と二本建で進むことになった。こうして一人前の魔法瓶問屋、アッセンブルメーカーとしての形が整ってきたのである。1918(大正7)年に九条に作業所を開いてから5年後のことであった。
稲荷町に組立工場をつくって製造部とし、塩草町の中びん工場と二本建で進むことになった。こうして一人前の魔法瓶問屋、アッセンブルメーカーとしての形が整ってきた。1918年に九条に作業所を開いてから5年後のことであった。
1948(昭和23)年 : 戦後第一号製品「ポットペリカン」を販売開始
戦後第一号製品『ポットペリカン』を販売開始。
戦後第一号製品「ポットペリカン」を販売開始
1961(昭和36)年 : 社名を「象印マホービン株式会社」と改称
社名を『象印マホービン株式会社』に改称。
社名を「象印マホービン株式会社」と改称
1963(昭和38)年 : 卓上用まほうびん「ハイポットZ型」新発売 : 中びんの自動生産
卓上用まほうびん『ハイポットZ型』を新発売し、中びんの自動生産を実現。
卓上用まほうびん「ハイポットZ型」新発売 : 中びんの自動生産
卓上用まほうびん「ハイポットZ型」新発売、中びんの自動生産
1967(昭和42)年 : 花柄を採用した卓上まほうびん「UポットUA型」を発売
花柄を採用した卓上まほうびん『UポットUA型』を発売。
花柄を採用した卓上まほうびん「UポットUA型」を発売
1970(昭和45)年 : 電子ジャー新発売
1970年1月、電子ジャーの量産化が決定。品番はRH型、品名は『象印電子ジャー』。
1970年に電子ジャーを新発売。
電子ジャー新発売
1970(昭和45)年1月、電子ジャーの量産化が決定する。品番はRH型。品名は「象印電子ジャー」。
1970(昭和45)年に約143億円の売上は、1971(昭和46)年には一挙に約259億円、1972(昭和47)年には約310億円と、会社の飛躍のキッカケとなる商品であった。
電子ジャーの量産化が決定し、品番はRH型、品名は「象印電子ジャー」となる。創業50周年と大阪工場落成を祝う記念パーティーが行われ、敷地面積2万m2、建坪延べ1万8,000m2の大阪工場が完成
電子ジャーの発売。価格は1万円、ガラスのジャーが5000〜6000円。秋頃には需要が爆発的に増加し、売れ行きが好調となる
電子ジャーの売上高が1970年約143億円、1971年約259億円、1972年約310億円に達し、会社の飛躍のきっかけとなる
1970年5月、各紙記者団に『象印電子ジャー』を発表し、全国各地で発表会を実施。
「象印電子ジャー」は、1970(昭和45)年5月、各紙記者団に発表され、全国各地で発表会が行われ、大きな反響を呼んだ。
「象印電子ジャー」が各紙記者団に発表され、全国各地で発表会が行われ、大きな反響を呼ぶ
1972(昭和47)年のお歳暮商品では当社の電子ジャーがトップ商品になって話題をさらった。
お歳暮商品で電子ジャー「花雲」がトップ商品となる
1973(昭和48)年 : 「エアーポット」押すだけ 新発売
1973年に『エアーポット』を押すだけで新発売。
「エアーポット」押すだけ 新発売
1980(昭和55)年 : 電気ポット新発売
1980年に電気ポットを新発売。
電気ポット新発売
1981(昭和56)年 : ステンレス製真空二重びん、ステンレスボトル新発売
1981年にステンレス製真空二重びんとステンレスボトルを新発売。
ステンレス製真空二重びん、ステンレスボトル新発売
1986(昭和61)年 : CIを本格導入
1986年にCIを本格導入。
CIを本格導入
2001(平成13)年 : 新事業「みまもりほっとライン」サービス開始
2001年に新事業『みまもりほっとライン』サービスを開始。
新事業「みまもりほっとライン」サービス開始
2006(平成18)年 : マイボトルキャンペーン開始
2006年にマイボトルキャンペーンを開始。
マイボトルキャンペーン開始
2008(平成20)年 : まほうびん記念館設立
2008年にまほうびん記念館を設立。
まほうびん記念館設立
象印マホービンは2026年7月、大阪・関西万博に設置していたマイボトル洗浄機2台を、阪急うめだ本店の従業員食堂と休憩所へ移設しました。従業員のマイボトル利用率向上による廃棄物削減や、マイボトルを清潔に洗浄・除菌できる環境の整備を目指します。洗浄・除菌は約20秒で行え、従業員の手間を軽減します。
象印マホービンは、自宅で週1回以上炊飯器を使う全国の20~69歳男女400人を対象に調査を実施しました。89.5%がごはんのかたさと粘りに理想を持つ一方、70.0%は炊飯器の設定を見直していませんでした。また、猛暑年のお米は水加減によって炊き上がりが変わることを知っていた人は26.8%にとどまりました。
象印マホービン株式会社は、週1回以上電気ケトルを使用する20代〜60代の男女400名を対象に調査を実施した。調査では約60%が「便利なのに少し面倒」と感じており、約54.2%はそれを製品仕様だと受け入れていることが判明した。秋冬の温かい飲み物需要増加に伴い、電気ケトルの使用シーンが拡大している点も報告された。
象印マホービン株式会社とそのグループ会社である象印ファクトリー・ジャパン株式会社の技術が、国立科学博物館が選定する2026年度「未来技術遺産」に登録された。登録された技術は「中せんなしエアーポット」および「ガラス製魔法瓶用の真空二重瓶製造装置」の2件である。中せんなしエアーポットは、従来のエアーポットに比べて中せんの着脱手間を省き、使い勝手を向上させた。
象印マホービン株式会社は20~30代と70~80代を対象に祖父母・孫世代のコミュニケーションに関する調査を実施しました。調査では、孫世代は直接会うことを重視し、祖父母世代はメッセージなどで無理なくつながることを望むといった世代間の違いが明らかになりました。
象印マホービン株式会社は、注ぎやすさと安全性に配慮した電気ケトル(CK-JA型)を2026年9月11日に発売します。容量は0.8Lと1.0Lの2サイズ展開で、温かみのあるカラーとモダンなデザインを採用しています。新製品は、注ぎやすさと使いやすさに重点を置き、残水を抑える構造を採用しています。
象印マホービンは、ランチタイムの「プラス一品」に適したコンパクトサイズのステンレススープジャー(SW-NA20)を2026年9月1日に発売します。新製品は持ち運びやすく、高い保温力を備え、みそ汁やスープを手軽に持ち運べる設計です。従来のサイズよりも小さく、容量は約200mLとしています。
象印マホービンは、持ち運びやすさとお手入れのしやすさを兼ね備えたステンレスキャリータンブラー(SX-NA型)を2026年9月1日に発売します。シリーズは2021年に発売され、国内累計出荷台数は110万本を超えています。新商品は0.5Lと0.6Lのサイズで、日常使いに適しています。
象印マホービン株式会社は、ふきこぼれを抑える大火力ユニットを搭載したIH炊飯ジャー(NV-KA型)を2026年9月1日に発売します。新モデルはおいしさとスタイリッシュさを追求し、複数の容量と色をラインナップしています。
象印マホービンの連結子会社である台象股份有限公司に対する不正アクセスが2026年4月に検知され、その後の調査で一部の個人情報や機密情報が流出した可能性が判明しました。クレジットカード情報の流出は確認されていません。現在、システムの復旧と安全性の確認が完了しています。