ヨネックス株式会社
Yonex Co., Ltd. 別名
1946-01-01
TYO
Japan
テニスラケットの製造・販売
バドミントンラケットの製造・販売
ゴルフクラブの製造・販売
東京都港区
未記載
2,000,000,000 円 (20 億円)
1,200 人

104 件
日付概要
1946年 昭和21年(1946年)、ヨネックスの創業者・米山稔が、新潟県三島郡(現長岡市)で木製品の製造販売を開始。第2次世界大戦中に他界した稔の父が残した、木工用の1台のモーターを母から託され、桐木栓(酒造用呑み口)、木製ウキなどの製造を開始。当時は北洋のサケ・マス漁業の隆盛期で活況を呈していた。
1946年 ヨネックスの創業者・米山稔が、新潟県三島郡(現長岡市)で木製品の製造販売を開始。当時は北洋のサケ・マス漁業の隆盛期で活況を呈する。
1953年 昭和28年(1953年)、技術革新の波を受け、業績不振にあえぎ、新事業を模索するべく、全国を巡り情報収集を行う。漁網の素材変化により大打撃を受け、技術力と情報力の不足を痛感。新事業開拓の必要に迫られ、雪国に適した小型で付加価値の高い事業を目指し、全国を歩き情報収集を行った。
1953年 特に記載なし
1957年 昭和32年(1957年)、バドミントンラケットの製造を開始。戦後導入されたスポーツでブームを迎えつつあったバドミントンに的を絞り、サンバタにOEM供給契約を獲得し、バドミントンラケットメーカーとして一歩を踏み出した。
1957年 バドミントンラケットの製造を開始
1958年 昭和33年(1958年)、資本金200万円の株式会社米山製作所を設立。親会社からラケットの品質を評価され、低価格品以外に中級品、やがては海外輸出品の生産を手掛けるようになる。
1958年 資本金200万円の株式会社米山製作所を設立
1961年 昭和36年(1961年)、親会社・サンバタの倒産により、ヨネヤマブランドのバドミントンラケットの製造・販売を開始。設備投資を行い、オートメーション工場を目指す一方で、サンバタ倒産の危機を乗り越え、直談判を重ねて取引先を獲得し、ブランドの再出発を果たした。東京営業所を開設し、本社(現新潟工場)第1工場を新潟県三島郡越路町(現長岡市)に建設。
1961年 親会社・サンバタの倒産により、ヨネヤマブランドのバドミントンラケットの製造・販売を開始
1962年 昭和37年(1962年)、バドミントンラケットの原点と呼ばれるNo.1000、2000を発売。当時の関東大学リーグで中央大学が使用し、「茶色の旋風」と呼ばれた。
1962年 東京営業所を開設。本社(現新潟工場)第1工場を新潟県三島郡越路町(現長岡市)に建設
1963年 昭和38年(1963年)、貿易商社として株式会社ヨネヤマスポーツ(現海外営業部)を設立。海外へのラケットの流通を確立。工場は火災により全焼したが、突貫工事で復旧し、取引先からの信用をさらに強固にした。アメリカ、ヨーロッパに販売を開始し、シルバーグレイ社の総代理店となる。
1963年 貿易商社として株式会社ヨネヤマスポーツ(現海外営業部)を設立
1965年 昭和40年(1965年)、有限会社ミノルスポーツ(現当社東京工場)を設立し、シャトルコックの製造・販売を開始。海外視察を行い、劣勢挽回のため新製品開発に取り組む。
1965年 有限会社ミノルスポーツ(現当社東京工場)を設立し、シャトルコックの製造・販売を開始
1966年 昭和41年(1966年)、社員の秋山真男氏がバドミントン全英選手権シングルスで準優勝。
1966年 当時社員の秋山真男氏が、バドミントン全英選手権シングルスで準優勝
1967年 昭和42年(1967年)、株式会社米山製作所を株式会社ヨネヤマラケットに社名変更。シンガポールに代理店第1号を開設。
1967年 株式会社米山製作所を株式会社ヨネヤマラケットに社名変更。シンガポールに代理店第1号を開設
1968年 昭和43年(1968年)、有限会社ミノルスポーツを有限会社ヨネヤマラケット東京工場に名称変更し、埼玉県南埼玉郡八潮町(現八潮市)に建設。シャトルコックの製造能力を増強。世界初のT型ジョイントを開発し、「アルミナエース」などの金属製バドミントンラケットを発売。
1968年 有限会社ミノルスポーツを有限会社ヨネヤマラケット東京工場(現東京工場)に名称変更し、埼玉県南埼玉郡八潮町(現八潮市)に建設。世界初のT型ジョイントを開発し、これを搭載した国産初の金属製バドミントンラケット「アルミナエース」発売
1969年 昭和44年(1969年)、第1号のアルミ製テニスラケット「T-7000」を発売し、テニス事業に参入。
1969年 第1号となるアルミ製テニスラケットを発売、テニス事業に参入
1970年 昭和45年(1970年)、OPシャフト構造を開発し、T-7500を発売。社員の竹中悦子さんがバドミントン全英選手権シングルスで初優勝し、ダブルスでも4回優勝。全日本実業団バドミントン選手権でヨネックスチームが初優勝。
1970年 衝撃に強い楕円形状を持つ、OPSシャフト構造を開発、テニスラケットに搭載
1971年 特に記載なし
2001年 平成13年 新潟生産本部(現新潟工場)で環境マネジメントシステム「ISO14001」の認証を取得
2001年 平成13年 米山稔が勲4等瑞宝章受章
2001年 平成13年 テニス・契約プロのレイトン・ヒューイットが全米オープン優勝。また年間世界ランキング1位を獲得
2001年 米山稔が勲4等瑞宝章受章
2001年 テニス・契約プロのレイトン・ヒューイットが全米オープン優勝。また年間世界ランキング1位を獲得
2004年
2004年 平成16年 札幌営業所を開設
2004年 ゴルフクラブの反発に関するルール改正(2008年実施)を受け、ルール適合の新製品クラブ「ナノブイ」を、業界に先がけて発売
2005年
2005年 平成17年 ヨネックス開発株式会社を吸収合併
2006年 平成18年 品質マネジメントシステム「ISO9001」の認証を取得
2007年 平成19年 米山稔がファウンダー名誉会長に就任。米山宏作が会長に就任。米山勉が3代目社長に就任
2007年 アマチュア時代にヨネックスカントリークラブを拠点にしていた、プロゴルファー 若林舞衣子と契約
2007年 スノーボードの契約選手、青野令が日本人で初めてワールドカップハーフパイプ部門で優勝
2008年 平成20年 15歳でプロツアー優勝を果たし、様々な最年少記録を塗り替え、のちに世界最少スコアを記録するプロゴルファーの石川遼と契約
2008年 96年にツアーを引退したプロテニスプレーヤーのクルム伊達公子が、現役復帰を表明。若い選手たちに刺激を与えるべく、ヨネックスのラケットを手に再びコートに立つ
2009年 平成21年 ランニングシューズを発売し、ランニングシューズ業界に新規参入
2009年 パワークッション搭載のランニングシューズを開発・販売
2009年 スノーボードの世界選手権で、契約選手の青野令が日本人初の金メダル獲得
2009年 バドミントンの世界ランキング1位、リー・チョンウェイ(マレーシア)と契約
2009年 パワークッション搭載のランニングシューズを開発・販売。
2010年 平成22年 中国に現地法人ヨネックス(上海)ゴルフ貿易有限公司(現ヨネックス(上海)スポーツ用品有限公司)を設立
2010年 バドミントン契約選手のリー・チョンウェイが、6つのスーパーシリーズタイトル獲得とスーパーシリーズ・マスターズ・ファイナル3連覇を果たす
2011年 平成23年 海外現地法人YONEX CORPORATION U.S.A.をYONEX CORPORATIONに名称変更。同時に同法人の子会社YONEX CANADAを吸収し、同法人の支店とする
2011年 Jリーグクラブの柏レイソルのオフィシャルユニフォームサプライヤーを務める
2011年 3月11日に発生した東日本大震災の復興支援を目的に「スポーツで笑顔プロジェクト」発足
2011年 米山稔がファウンダーに就任
2011年 女子テニス世界ランキング1位(当時)のキャロライン・ウォズニアッキ(デンマーク)と契約
2011年 トップ選手が好んで使用し、後に多くの好成績を残すことになるテニスラケットのVCOREシリーズの第1弾「VCORE95D、VCORE98D、VCORE100S」発売
2011-03-11 東日本大震災の復興支援を目的に「スポーツで笑顔プロジェクト」発足
2012年 平成24年 テニスATPツアーで3勝を挙げているスタン・ワウリンカ(スイス)と、ラケット・シューズ・ウェア・バッグの総合使用用具契約を締結
2012年 平成24年 フットボールウェア事業に参入
2012年 テニスATPツアーで3勝を挙げているスタン・ワウリンカ(スイス)と、ラケット・シューズ・ウェア・バッグの総合使用用具契約を締結
2013年 平成25年 執行役員会制度導入
2013年 タイのラチャノック・インタノンが、当社バドミントンラケットを使用して、18歳の史上最年少で世界選手権女子シングルス王者となる
2013年 世界最速記録を更新したバドミントンラケット「ナノレイZ-スピード」発売
2014年 平成26年 スポーツサイクル事業、風力発電用ブレードの製造・販売事業に参入
2014年 海外現地法人YONEX TAIWAN CO.,Ltd.に新事務棟を建設。台湾工場が拡充し、増産体制が整った
2014年 テニス・契約プロのスタン・ワウリンカが、全豪オープンにて3人のトップ10プレーヤーに勝利し、自身初のグランドスラムタイトルを獲得
2014年 当社が長年サポートを続けたバドミントンの男子ナショナルチームが、世界国別対抗戦トマス杯で優勝、世界チャンピオンとなる快挙を達成
2014年 超軽量カーボンバイクフレーム「CARBONEX」を発売
2014年 風力発電用カーボンブレード「YW-100」を発売
2014年 バドミントンの世界選手権で、キャロリーナ・マリンがスペイン選手として史上初の優勝
2014年 日・韓女子プロゴルフツアーでいずれも当社契約プロが賞金女王となる(日本ツアー:アン・ソンジュ、韓国ツアー:キム・ヒョージュ)
2014年 これまでに蓄積したカーボン加工技術を活用するべく研究を行い、新たな2事業に参入を果たした。
2014年 海外現地法人YONEX TAIWAN CO.,Ltd.に新事務棟を建設
2014年 新事務棟の建設により、主にバドミントン用品を生産する台湾工場が拡充し、増産体制が整った。
2015年 平成27年 海外現地法人ヨネックス(上海)ゴルフ貿易有限公司をヨネックス(上海)スポーツ用品有限公司に名称変更。中国にてバドミントン並びにテニス用品を含めたスポーツ用具用品全般の取り扱いを開始
2015年 米山勉が会長に就任。林田草樹が4代目社長に就任
2015年 YONEX SHOWROOM AKIHABARAをオープン
2015年 米山稔が「世界バドミントン連盟会長賞」を受賞。長年にわたるバドミントンへの類まれな貢献を称え、世界バドミントン連盟会長より表彰された
2015年 東京工場第二工場B棟竣工
2015年 キング・オブ・バドミントンの名を冠したリン・ダン(中国)と用具使用契約を締結
2015年 テニス2014年WTAアワード年間最優秀新人賞のベリンダ・ベンチッチ(スイス)とテニス用品総合使用契約を締結
2015年 米山稔が「世界バドミントン連盟会長賞」を受賞
2015年 長年にわたるバドミントンへの類まれな貢献を称え、世界バドミントン連盟会長より表彰された。
2015年 「キング・オブ・バドミントン」と称されるリン・ダン(中国)と用具使用契約を締結
2016年 平成28年 テニス世界四大大会オーストラリアンオープンで日本ブランド初のオフィシャルストリンガーを務める
2016年 新潟生産本部(現新潟工場) 長岡第二工場竣工
2016年 インドに現地法人YONEX INDIA Private Limited(製造子会社)を設立
2018年 平成30年 ストリングマシンを製造する東洋造機株式会社(現ヨネックス精機株式会社)を子会社化
2018年 YONEX TOKYO SHOWROOMを新橋にオープン
2019年 令和1年 YONEX SHOWROOM AKIHABARAをヨネックスフィッティングスタジオ秋葉原としてリニューアルオープン
2019年 新潟生産本部を新潟工場に名称変更
2021年 令和3年 創業75周年
2021年 タイのテニスボール事業会社BRIDGESTONE TECNIFIBRE CO.,LTD.を子会社化し、YONEX TECNIFIBRE CO., LTD.に社名変更
2022年 令和4年 アリサヨネヤマが5代目社長に就任
2022年 エレーナ・ルバキナ(カザフスタン)がウィンブルドン優勝
2023年 令和5年 インド現地法人 YONEX INDIA PRIVATE LIMITED(生産会社、現連結子会社)に第二工場開設
2024年 令和6年 新潟工場長岡の敷地内に研究開発施設「Yonex Performance Innovation Center (Blue Lab)」を開設
2024年 ビクター・アクセルセン(デンマーク)がパリオリンピックで金メダルを獲得し、オリンピック2連覇を達成
2025年 令和7年 新潟工場長岡の敷地内にテニス新工場を建設
2025年 岩井明愛・千怜がゴルフ米国女子ツアーで初優勝
2025年 車いすテニス男子の小田凱人が史上最年少で生涯ゴールデンスラムを達成
2025年 シンセティックシャトルコック CROSSWIND 70 の大会使用開始
2026年 令和8年 エレーナ・ルバキナ(カザフスタン)が全豪オープン優勝
2026年 ミラノ・コルティナ冬季五輪において、木村葵来、戸塚優斗が金メダルを獲得
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2026-07-20 13:12 (Model: gpt-4.1-nano )
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