ヤマサ醤油株式会社
1645-01-01
Japan
醤油の製造・販売
各種調味料の製造・販売
医薬品類の製造・販売
その他
醤油製造・販売
食品添加物製造・販売
医薬品製造
体外診断用医薬品製造・販売
診断薬事業
家庭用商品製造・販売
業務用・加工用商品製造・販売
昆布ぽん酢&昆布ぽん酢スーパーマイルド
まる生ぽん酢
饂飩気分
ストレートつゆ
鍋つゆ
すき焼専科・天ぷら専科
おまかせ酢
有機丸大豆の吟選しょうゆ
診断薬事業部
医薬・化成品事業部
〒288-0056 千葉県銚子市新生町2-10-1
石橋直幸
100,000,000
922 人
879 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
PT. YAMASA FOODS INDONESIA
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
YAMASA EUROPE B.V.
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
YAMASA FOODS INDONESIA
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
株式会社ヤマサORM
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
株式会社ヤマサORM滋賀竜王
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group

8 件
日付概要
1851年 1852年(嘉永5年)、広村に「稽古場」を開設し、西洋文明の長を探り、青少年の人材育成に努めた。
1852年 1853年(嘉永6年)に家督を相続し、幕末の風雲の中で家業を守った梧陵が、7代濱口儀兵衛を襲名しました。
1854-11-03 1854年(安政元年)11月4日、5日の2回にわたって襲った南海の大地震に際し、梧陵は故郷の紀州・広村に戻っていた際に津波を予期し、村民を避難させるため稲束に火を投じて知らせ、命を救った。
1854年 1855年(安政2年)から4年間、銀94貫を費やし、津波から守る堤防の建設を進めた。
1857年 1858年(安政5年)、江戸の種痘所が火災にあった際に寄付金を出し、再建に貢献した。
1857年 江戸(神田お玉ヶ池)にある種痘所が火災にあい、焼け落ちたときは300両を寄付し再建。また、濱口梧陵傳によると、図書及び機械類の購入費のため更に400両を寄付し、その種痘所は、のちに西洋医学所と称し江戸唯一の西洋医学研究所となりました。
1863年 1864年(元治元年)、ヤマサ醤油が幕府より最上醤油の称号を得た。
1863年 ヤマサ醤油が幕府より特に品質に優れた醤油として認められ、「最上醤油」の称号を得たのも梧陵の時代です。
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