上海津村製薬有限公司
1936-04-25
Japan
医薬品(漢方製剤、生薬製剤他)等の製造販売
医療用医薬品代理店
オンラインショップ
商品名の商標登録
〒107-8521 東京都港区赤坂二丁目17番11号
加藤 照和
30,142,000,000  (301 億)
4,923 人

18 件
日付概要
1893年 津村順天堂創業開店。東京市日本橋区通4丁目7番地に、津村順天堂創業開店。婦人良薬中将湯本舗の看板を掲げ初代重舎(店主)と店員2名で製造販売。
1895年 日本で最初のガスイルミネーション看板を制作。中将姫の図柄を表現した看板を店の2階から屋上に向けて装着し、アドバルーンも掲揚。中将湯の知名度アップを図る。
1916年 牧野富太郎博士は植物研究雑誌を創刊しました。
1919年 東京・上目黒の目黒工場が使用を許可される。中将湯の生産や本店に代わる業務の拠点となる。
1920年 津村順天堂創業25周年記念謝恩会と銀婚祝賀会を帝国劇場で開催。国内の全取引先を招待し、昼食観劇会も催した。
1922年 植物研究雑誌の刊行が一時途絶えました。
1924年 津村研究所を目黒工場敷地内に開設。薬用植物の研究を推進し、生薬・薬理の研究部門を設ける。津村薬草園も神代村に開設。
1924年 津村薬草園を設立し、牧野博士が園の監修を手掛けました。
1926年 植物研究雑誌を津村研究所から刊行。牧野富太郎博士が主宰した月刊誌。
1926年03月 植物研究雑誌は津村研究所から発刊されることになり、復活しました。
1930年 芳香浴剤「バスクリン」を発売。
1936年 株式会社津村順天堂設立。初代津村重舎が代表取締役に就任。長男基太郎は兵役服務中のまま取締役に就任。
1941年 初代重舎が死去し、長男基太郎が2代目重舎を襲名し代表取締役社長に就任。
1945年 B29の爆撃により東京・日本橋の本社が焼失。本社機能を目黒工場へ移転。その後の空襲で目黒工場も焼失。
1946年 創業から終戦までの期間です。
1971年 薬価収載と事業の多角化の時期です。
1993年 危機からの脱出と価値の創造の時期です。
2016年 植物研究雑誌の創刊100周年を迎え、記念講演会や電子アーカイブの公開を行いました。
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