| 1923年 |
創業者の荻原廣が、杏林製薬の前身となる東洋新薬社を設立し、その歴史が始まりました。1923年(大正12年)、関東大震災の余じんの中、荻原廣が東京の大森区新井宿に杏林製薬の前身となる東洋新薬社を設立し、創業を始めた。 |
| 1923年 |
杏林製薬(株)の前身である東洋新薬社を創業し、注射薬の製造販売を始めました。 |
| 1923年 |
杏林化学研究所を設立 |
| 1923年 |
杏林化学研究所を杏林製薬(株)に改称、販売部門を独立して杏林薬品(株)を設立 |
| 1923年 |
岡谷工場開設 |
| 1923年 |
医学機関誌「ドクターサロン」創刊 |
| 1923年 |
杏林化学研究所(後の開発技術センター)開設 |
| 1923年 |
神田駿河台に本社屋が完成 |
| 1923年 |
鎮痛剤「キョーリンAP2」発売 |
| 1923年 |
経口血糖降下剤「デアメリンS」発売 |
| 1923年 |
野木工場開設 |
| 1923年 |
中央研究所開設 |
| 1923年 |
杏林製薬(株)・杏林薬品(株)合併 |
| 1923年 |
能代工場開設 |
| 1923年 |
日清製薬(株)に資本参加(社名を日清キョーリン製薬(株)に変更) |
| 1923年 |
潰瘍性大腸炎・クローン病治療剤「ペンタサ」発売 |
| 1923年 |
「ガチフロキサシン」(GFLX)をブリストル・マイヤーズスクイブ社(米)へ導出 |
| 1923年 |
「ミルトン」事業をP&Gより買収 |
| 1923年 |
東証2部上場 |
| 1923年 |
東証1部指定 |
| 1923年 |
「ガチフロキサシン点眼液」をアラガン社(米)へ導出 |
| 1923年 |
米国にKyorin USA,Inc.(100%出資)を設立 |
| 1923年 |
気管支喘息治療剤「キプレス錠」発売 |
| 1923年 |
ドイツにKyorin Europe GmbH(100%出資)を設立 |
| 1923年 |
広範囲経口抗菌剤「ガチフロ」(GFLX)発売 |
| 1923年 |
米国のActivX Biosciences,Inc.を100%子会社化 |
| 1923年 |
東洋ファルマー(株)(現キョーリンリメディオ(株))の株式を取得(子会社化) |
| 1923年 |
野木工場閉鎖 |
| 1923年 |
(株)キョーリンとの株式交換により、持株会社体制へ移行 |
| 1923年 |
杏林製薬(株)・日清キョーリン製薬(株)合併 |
| 1923年 |
商号を(株)キョーリンからキョーリン製薬ホールディングス(株)へ変更 |
| 1923年 |
MSD滋賀工場を取得し、キョーリン製薬グループ工場(株)を創業 |
| 1923年 |
環境除菌・洗浄剤「ルビスタ」発売 |
| 1923年 |
神田駿河台「御茶ノ水ソラシティ」に本社移転 |
| 1923年 |
喘息治療配合剤「フルティフォーム」発売 |
| 1923年 |
創薬研究所(旧中央研究所)および開発研究所(旧研究センター)を集約し杏林製薬(株)わたらせ創薬センター設置 |
| 1923年 |
COPD治療剤「エクリラ ジェヌエア」発売 |
| 1923年 |
「FPR2作動薬プログラム」をブリストル・マイヤーズスクイブ社(米)へ導出 |
| 1923年 |
岡谷工場閉鎖 |
| 1923年 |
気管支喘息・アレルギー性鼻炎治療剤「モンテルカスト錠10mg・5mg「KM」」発売 |
| 1923年 |
アレルギー性疾患治療剤「デザレックス錠5mg」発売 |
| 1923年 |
キョーリン リメディオ(株)高岡創剤研究所設置 |
| 1923年 |
杏林製薬(株)が(株)ジェイタスの株式を取得、吸収合併(診断事業参入) |
| 1923年 |
新生産子会社キョーリン製薬グループ工場(株)(本社:東京都)稼働 |
| 1923年 |
過活動膀胱治療剤 「ベオーバ錠50mg」発売 |
| 1923年 |
キョーリン製薬グループ工場(株)とキョーリン メディカルサプライ(株)が合併 |
| 1923年 |
キノロン系経口抗菌剤 「ラスビック錠75mg」発売 |
| 1923年 |
ActivX Biosciences,Inc. 閉鎖 |
| 1931-06-16 |
設立記念日の制定。1931年(昭和6年)6月16日、杏林化学研究所を設立。初めて「杏林」という称号を使ったことから、当社グループの創立(記念)の日と定めた。 |
| 1940年 |
杏林製薬に改称。1940年(昭和15年)、杏林化学研究所を杏林製薬に改称。また、同年販売部門を担当する杏林薬品を設立した。 |
| 1947年 |
岡谷工場開設。戦後の1947年(昭和22年)、長野県岡谷市に岡谷工場を開設。2016年(平成28年)まで主力工場として稼働した。 |
| 1962年 |
杏林化学研究所開設。1962年(昭和37年)、新薬開発に向け東京都北区浮間に杏林化学研究所を設置。組織的な体制を構築した。 |
| 1965年 |
本社屋の完成。1965年(昭和40年)、本社を東京都千代田区神田駿河台に移転。本社ビルが完成した。 |
| 1967年 |
野木工場開設。1967年(昭和42年)、野木工場を開設し、生産拡大に対応した生産設備の近代化が進展。1967年(昭和42年)から2006年(平成18年)まで主力工場として稼働した。 |
| 1977年 |
中央研究所開設。1977年(昭和52年)、時代の要請に応え、オリジナル新薬の開発力を高めるべく、中央研究所を栃木県下都賀郡野木町に開設。後に待望の新薬、ノルフロキサシン(バクシダール)の開発に結び付けた。 |
| 1980年 |
NFLXを米国メルク社に導出。1980年(昭和55年)、ノルフロキサシンを米国メルク社に導出。複数の欧州製薬企業とも契約し、同薬は世界130以上の国・地域で発売され、当社の創薬力が世界で評価された。 |
| 1992年 |
杏林製薬・杏林薬品合併。1992年(平成4年)、経営資源の結集・企業体質の強化を図るため、杏林製薬と杏林薬品を合併。研究開発から生産、販売までの機能を有する新生「杏林製薬株式会社」がスタートした。 |
| 1995年 |
能代工場開設。1995年(平成7年)、さらなる安定生産・安定供給・生産性向上を図るため、秋田県能代市に能代工場を開設。新たな生産拠点として稼働を開始した。 |
| 1996年 |
日清キョーリン製薬設立。1996年(平成8年)、医薬品事業の強化によるさらなる成長と発展を目指すことを目的として、日清製薬株式会社に資本参加。日清キョーリン製薬株式会社として事業活動を開始した。 |
| 1996年 |
研究センター設置。1996年(平成8年)、開発研究機能(合成研究・安全性技術・合成技術・製剤技術)の向上を目指し、栃木県下都賀郡野木町に研究センターを設置。開発研究のさらなる効率化を進めた。 |
| 1996年 |
ガチフロキサシンの導出。1996年(平成8年)、ニューキノロン系抗菌剤 ガチフロキサシンを米国 BMS社に導出。2000年(平成12年)、ガチフロキサシン点眼剤を米国アラガン社に導出した。 |
| 1998年 |
ミルトン事業の買収。1998年(平成10年)、P&Gグループより哺乳ビン、乳首の殺菌消毒剤ミルトンの日本における事業を承継。感染症関連の事業領域を「治療」から「予防」まで拡大するとともに、大衆薬事業の強化を目指した。 |
| 1999年04月 |
東証2部に上場、1部指定。1999年(平成11年)4月、東京証券取引所第二部への上場を果たし、翌年、市場第一部へ指定替え。社会的な地位を高め、資金調達の選択肢を拡げることで継続したR&Dへの投資や新分野への事業拡大を目指した。 |
| 2004年 |
ActivX社子会社化。2004年(平成16年)、新たな創薬技術(プロテオミクス)の獲得を目的として、バイオベンチャー企業であるActivX社を子会社化。医薬品候補化合物の探索研究の効率化、スピードアップに結び付けた。2023年(令和5年)に閉鎖。 |
| 2005年 |
東洋ファルマーのグループ化。2005年(平成17年)、東洋ファルマー株式会社(現:キョーリンリメディオ株式会社)を買収し、後発医薬品事業に進出。新規事業の構築に取り組んだ。 |
| 2006年 |
持株会社体制へ移行。2006年(平成18年)、新たな企業像「グローバルな創薬ビジネスをコアとし、信頼をベースとした特色ある複合ヘルスケア企業」の実現を目指し、持株会社体制に移行。社名を「株式会社キョーリン」に変更した。2010年(平成22年)、より認知されやすい「キョーリン製薬ホールディングス株式会社」に社名を変更し、知名度の向上に取り組んだ。 |
| 2012年 |
キョーリン製薬グループ工場の創業。2012年(平成24年)、生産技術・能力のさらなる向上に向け、MSD滋賀工場を譲受。キョーリン製薬グループ工場として創業し、新生産体制の構築を進めた。 |
| 2014年 |
キョーリン製薬ホールディングス(株)と杏林製薬(株)が合併 |
| 2014年 |
高岡工場開設 |
| 2015年 |
創薬研究所(旧中央研究所)及び開発研究所(旧研究センター)の2箇所に分散していた国内の研究開発拠点を集約し、新開発研究施設「わたらせ創薬センター」を野木工場跡地(栃木県下都賀郡野木町)に設置。人・組織・システムにおける効率化と連携強化を図り、企業の総合力を一層発揮する体制の構築を行った。 |
| 2017年 |
後発医薬品製剤の開発力強化、魅力ある自社開発品目数の増加を目的として、富山県高岡市に高岡創剤研究所を設置。固形剤及び液剤の開発研究に取り組むとともに、製剤開発の質の向上とスピードアップを図った。 |
| 2017年 |
国立研究開発法人 産業技術総合研究所が開発した技術を産業化する目的で設立された株式会社ジェイタスの全株式を取得。同社が開発した超高速遺伝子定量装置「GeneSoC」の発売に結び付けた。PCR装置を独自技術で改良した同装置は新型コロナウイルスの診断にも活用されている。 |
| 2018年 |
能代工場及びキョーリンリメディオ株式会社の生産本部を吸収分割することにより、新生産子会社へ継承。また滋賀県甲賀市のキョーリン製薬グループ工場を吸収合併して新生産子会社に統合し、新生産子会社 キョーリン製薬グループ工場株式会社を稼働。グループ内生産の全体最適化とともに高品質の製品を安定的に低コストで供給する競争力のある生産体制の構築を行った。 |
| 2022年 |
これまでの4つの市場区分から3市場に再編され、当社グループは最上位のプライム市場を選択し上場。業績や株式流動性などの基準を満たすこと、さらにコーポレート・ガバナンスやサスティナビリティ課題への対応に邁進した。 |
| 2023年 |
創業100周年を迎えました。 |
| 2023年 |
完全子会社である杏林製薬と合併し 商号を「杏林製薬株式会社」に変更。 |