永塚工業株式会社
Nagatsuka Abrasive Mfg. Co., Ltd. Alias
1941-07-09
Japan
研磨布紙製造
研磨機取扱
ブラシ・羽布取扱
研磨材取扱
研磨技術開発
〒 579-8061 大阪府東大阪市六万寺町1-5-37
会長 永塚 奎次
19,200,000
50 people
Company name
Group Parent Subsidiary Customer Supplier Alliance Bank Shareholder

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DateDescription
1874 ガーネットの優秀性が発見され、それまでの硅砂、ガラス粉に取って代わるようになりました。
1886-02 初めて採掘届が出され20年頃河内の仲買人を通じ販売されるようになりました。
1890 研磨紙がわが国に輸入されるようになり、当時の商工業の中心地であった大阪で、研磨紙の利用価値に着目し製法が研究され始めました。
1891 米国で34歳の天才、アチソン博士により炭化珪素が作られ、カーボランダム社の手で売り出されました。
1892 研磨紙製造法の技術に確信を得た初代社長は、当地に創業しました。
1892 1892年の創業以来
1897 米国でヤコブが酸化アルミニウムを作ってノルトン社より売り出されました。
1904 日露戦争が起こり、急に需要が伸び、工員20名程で生産の増加を計り国内一の生産を見るに至りました。
1914 第一次世界大戦の勃発により、鉄鋼の使用が著しく拡大され昼夜兼行して生産の増加に努め工員も最高100名を数えました。
1916 大正5年に組合が発足しました。
1918 機械による製造の試作にかかり、国内第一号の研磨布紙製造機が完成し飛躍的に生産が増加しました。
1921 国内第一号の研磨布紙製造機が完成し飛躍的に生産が増加しました。
1935 昭和10年頃より第二次世界大戦に突入する前後にベルト研磨機が出来、使用範囲が拡大されました。
1941-07-09 設立 : 昭和16年7月9日(1941年)
1950 昭和25年頃よりベルト研磨機、その他研磨技術が急に進歩発展し、人造研磨材、合成樹脂接着剤、および製造方法もこれに伴って高度の品質技術を要求されるようになり、現在では研磨布紙は精密切削工具として広範囲に認識されるようになりました。
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