| 1678年 |
にんべんを創業した初代の髙津伊兵衛は幼名を伊之助といい、延宝7年(1679)、勢州四日市(現在の三重県四日市市)に生まれました。 |
| 1690年 |
元禄4年(1691)、12歳の伊之助は江戸に上り、日本橋小舟町の雑穀商「油屋太郎吉」で年季奉公を始めます。 |
| 1698年 |
時は元禄12年(1699)、伊之助は戸板を並べて鰹節と干魚類の商いを始めました。この年をにんべん創業の年としています。 |
| 1703年 |
宝永元年(1704)、小舟町に鰹節問屋を開業。 |
| 1704年 |
翌年に伊兵衛と改名し、屋号を伊勢屋伊兵衛、商号を今のおなじみのカネにんべんと定めました。 |
| 1710年 |
正徳元年(1711)に最初の結婚をしました。 |
| 1715年 |
享保元年(1716)には故郷の伊勢を経て大阪へ上り、上等な鰹節の仕入れルートを確立します。 |
| 1718年 |
享保4年(1719)に亡妻の妹と再婚した伊兵衛は、翌享保5年に日本橋瀬戸物町に鰹節の小売店を出店。この店は火事に遭い焼け落ちますが、翌年に堅牢な店を再建しました。 |
| 1728年 |
享保14年(1729)、初代伊兵衛は50歳で他界しました。 |
| 1829年 |
天保年間(1830~44)に銀製の商品券"イの切手"を創案し、発行しました。 |
| 1875年 |
明治9年(1876)に刊行された錦絵『持丸俳優力競』に伊勢屋伊兵衛が描かれました。 |
| 1880年 |
明治14年(1881)、八代目が56歳で他界しました。 |
| 1899年 |
明治32年(1899)、十代目となった八代目の四男・松吉が家業を継ぎました。 |
| 1904年 |
明治37年(1904)、イの切手の取り付け騒動がありました。 |
| 1904-06-16 |
明治37年(1904)6月16日午後、中傷記事に扇動された数千人もの群衆がにんべんの店へ商品切手を持って押しかけました。日本橋の交通はストップし行列は翌日まで続きましたが、同業者や魚河岸の応援を得て全力で現物を取り寄せた結果、1日で54,000枚もの商品切手をすべて現品に引き換えました。3日目に見に来た人は、鰹節の山を見て安心して帰ったといわれています。交換に際しては上質品のみを量目以上に渡したため、この事件はかえって、にんべんの信用を不動のものとし、明治38年(1905)まで商品切手は爆発的に売れました。 |
| 1918年 |
大正7年(1918)、にんべんは株式会社に改組され、八代目の五男・六平が初代社長に就任しました。 |
| 1923-09-01 |
関東大震災により、店舗が焼失しました。 |
| 1923-09-20 |
震災後、仮事務所を設置し、鰹節の小売りを再開しました。 |
| 1924年 |
大正13年(1924)には瀬戸物町に二代目社屋を新築。 |
| 1927年 |
昭和2年(1927)、店舗を増築するとともに(翌年の地名変更で日本橋瀬戸物町から日本橋室町となる)小舟町の土地を購入して東京鰹節問屋組合(現:東京鰹節類卸商業協同組合)の合同入札場(現在、晴海にある鰹節取り引き所の前身)として寄付するなど、鰹節業界全体の拡大や近代化にも尽力した。 |
| 1931年 |
昭和6年(1931)、十代目の長男で明治40年に十一代目を襲名していた義和が二代目社長に就任しました。 |
| 1936年 |
昭和11年(1936)に初代社長が66歳で他界したころから敗戦色が濃くなり、太平洋戦争勃発後の昭和17年(1942)には店が統制物質の配給所となったほか、十一代が国策会社の社長を兼務したため闇取り引きもできず、商売は開店休業の状態になってしまいます。 |
| 1944-11-28 |
昭和19年(1944)11月29日、B29による初めての東京空襲で店舗が焼失。 |
| 1945-05-25 |
昭和20年(1945)5月25日の東京最後の空襲で赤坂の新坂町にあった屋敷も焼失してしまいます。髙津一家は、神奈川県小渕村に間借りした疎開先の農家で、終戦を迎えたのでした。 |
| 1948-03-17 |
昭和23年(1948)ににんべんは社名を髙津商店から"株式会社にんべん"と改め、新店舗を建設し、戦後いち早い営業の再開を果たします。 |
| 1951年 |
昭和26(1951)年、健康を害した十一代目は社長を退き相談役となりますが、長男の明義(十二代目)がまだ高校生だったため、分家の次男・至道が三代社長に就任。 |
| 1955年 |
昭和30年(1955)には十代目の長女・朝の婿、農夫也が四代目社長に就任します。 |
| 1962年 |
昭和37年(1962)、にんべんの技術陣はアルミ箔包装に窒素ガスを入れてシールするボックス型の真空包装機でパック商品に成功。 |
| 1963年 |
昭和38年(1963)には四代社長が会長となり、十一代目の妻・倫子の弟・照五郎が五代社長に就任。 |
| 1964年 |
昭和39年(1964)、東京オリンピックが開催されたこの年に、当時としては画期的な新製品であり、いまもお馴染みの"つゆの素"が発売されます。 |
| 1968年 |
昭和43年(1968)、にんべんの技術陣はアルミ箔包装に窒素ガスを入れてシールするボックス型の真空包装機でパック商品に成功。 |
| 1969年 |
昭和44年(1969)には、それまでの常識を打ち破る斬新な新製品"かつおぶし削りフレッシュパック"が誕生。削りたての風味の長期間の保持を可能にした優れもので、発売後8年間で166倍もの伸びを示すほどの大ヒット商品となりました。 |
| 1973年 |
昭和48年(1973)、155坪の敷地に地上8階・地下2階の本社ビルが竣工。 |
| 1977年 |
昭和52年(1977)には十二代目が第六代社長に就任しました。 |
| 1979年 |
昭和54年(1979)秋、農林水産省から天皇杯が授与されました。 |
| 1994年 |
平成6年(1994)には十二代が栄えある藍綬褒章を綬賞しました。 |
| 1996年 |
平成8年(1996)春、髙島屋横浜店で3年間の研修を終えた十二代目の長男・克幸(十三代)が入社。 |
| 2009年 |
平成21年(2009)、創業310周年のこの年に社長に就任しています。 |
| 2010年 |
コレド室町内に本店を移転する。一汁一飯がコンセプトの「日本橋だし場」を始める。 |
| 2010年 |
日本橋「コレド室町」ビルに「日本橋本店/日本橋だし場」新店舗を開店 |
| 2012年 |
日本橋だし場の飲むおだし「かつお節だし」が発売以来30万杯を記録 |
| 2014年 |
創業315周年、日本橋室町一丁目に本社を移転する。コレド室町2に飲食事業「日本橋だし場 はなれ」をオープンする。 |
| 2014年 |
「コレド室町」全体開業に伴い、新たに飲食店舗「日本橋だし場 はなれ」を開店、同時に新社屋が完成 |
| 2019年 |
創業320周年を迎える。エキュート品川に弁当専門店「日本橋だし場 OBENTO」をオープンする。 |
| 2019年 |
JR品川駅に弁当・惣菜店「日本橋だし場 OBENTO」を開店 |
| 2020年 |
十三代髙津伊兵衛を襲名する。惣菜専門店「一汁旬菜 日本橋だし場」を西武池袋本店にオープンする。 |
| 2020年 |
CIAL横浜に惣菜専門店「一汁旬菜 日本橋だし場」を開店 |
| 2021年 |
ニュウマン新宿エキナカに「一汁旬菜 日本橋だし場」をオープンする。 |
| 2023年 |
そごう横浜に「一汁旬菜 日本橋だし場」をオープンする。 |
| 2024年 |
創業325周年を迎える。 |
| 2025年 |
三越本店に「一汁旬菜 日本橋だし場」をオープンする。 |