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社会福祉法人 札幌この実会

Sapporo Kono Jitsu Welfare Corporation別名
銘柄コード
—
上場市場
—
国
China
従業員(単独)
95
関連会社
0
§01

基本情報

BASIC
所在地
〒063-0029 札幌市西区西野969番地2
社長
福田 正人
従業員数(単独)
95 人
従業員数(連結)
開始日
1949-10-08
終了日
§02

サイト

1 DOMAINS
§03

事業内容

5
生活介護就労継続支援B型共同生活援助短期入所札幌市障がい者相談支援
§04

関連会社

0 COMPANIES

—

§05

関連図

NETWORK
資本関係 得意先 仕入先 業務提携 銀行・株主 ドラッグで移動 · クリックで詳細へ
§06

沿革

68 EVENTS

昭和46年2月、手稲この実寮建設の原動力となった保護者の方々の尽力により、札幌市西区西野969番地に、建設用地1,500坪が確保されました。

重度の知的障害をもつ2人の母親が私財を投じ札幌市西区西野969番地に「手稲この実寮」の建設用地1,500坪を確保。

手稲この実寮建設運動が具体的に動き出し、6月に社会福祉法人千歳いずみ学園(理事長伊藤弘)により、精神薄弱者更生施設「手稲この実寮」の建設計画及び運営方針が決定しました。

昭和47年7月、日本自転車振興会の補助金により建設着手。北海道、札幌市、札幌市婦人福祉推進協会などからの補助を始め、沢山の方々から補助が寄せられました。

昭和48年1月、重度者を中心とした定員30名の「手稲この実寮」開設。20名からスタートし、4月に30名となりました。

『社会福祉法人千歳いずみ学園手稲この実寮』開設。

1月8日の開所式後、多くのお母さんが、泊まり込んだりしながら炊事や洗濯の手伝いをし70歳を超えた父親も近くに部屋を借り、職員と一緒に暮らしを支えてくれました。素人集団の職員と保護者が、本人を主体とした生活施設の基礎を築くことになりました。

昭和49年5月、保護者の助言により、開設したての平和霊園へ試験的に石拾いなどの奉仕作業を始めたことが、その後の平岸霊園、宮丘公園、旧設墓地等の清掃管理作業へとつながりました。

昭和50年11月、「第1回この実寮祭」が地域、協力者の方々が多数来察して行われました。型を変えながら長く行われる行事が生まれたのもこの頃です。

昭和52年1月、霊園の実習を経て1名が一般企業へ通年実習(54年正規採用)に出ました。その後、平成3年に業務拡大による霊園作業終了まで数名が霊園実習を経て就職することができたのです。同年12月、自分たちで地域に返せることがないかと独居老人除雪を始め、形を変えながら現在も継続しています。

昭和54年2月、初めての道外旅行で伊豆大島へ。帰ってきたとたん「楽しかったよ。今度いつ行くの?仕事がんばるから」と。それから「旅行いくので、仕事がんばるよ」が合言葉となりました。その後3年に1度位で道外や海外に行くこととなりました。

10月、社会福祉法人千歳いずみ学園より法人分離し、新たに社会福祉法人札幌この実会となり、理事長新谷利治、寮長加藤孝が就任しました。

昭和57年4月、西区山の手の住宅地に「さざ波寮」を開設し、地域生活の第一歩を踏み出します。

昭和59年10月「さざ波寮」道の制度生活寮運営費補助制度の第1号となりました。

法人分離により『社会福祉法人札幌この実会』として独立。

昭和60年3月、西区西野近辺で中学を卒業した生徒の行き先がないため、西野二股へ移転した「さざ波寮」を使い小規模授産所を開設しました。

平成元年4月、北の沢農場を利用して、養護学校や特学を卒業したけれど行き場のない10名を受け入れ、アパートの一室で「共同作業所フレンド89」を立ち上げました。

平成元年12月、札幌市の要望もあり、北の沢農場に日本自転車振興会の補助を受け、共同作業所フレンド89を母体とし、30名定員の通所更生施設「北の沢デイセンター」を開設したのです。

平成5年2月、昭和48年開設時から利用していた寮生を中心に、第2この実寮へ移ることにより、暮らす場所の再編成を行ったのです。

西区山の手にて地域生活を独自に開始。『さざ波寮』と命名。

グループホーム第1号となる『グルッペ101』開設。

『北の沢デイセンター』開設。

平成5年2月、雪深い厳寒の中、手稲この実寮開設時からの利用者を中心とした30名が重度棟として建設された「第2この実寮」に移りました。バリアフリー、エレベーター、特殊浴槽等、考えられる設備を備え、5年後に増えるであろう介護を見据えた建物でした。教育、訓練ではなく、生きがいとしての暮らしと活動を支え、長い生涯を支えることを目的としました。

高齢者棟となる『第2この実寮』開設。

平成5年4月、北の沢デイセンターの通所を支える「グループホーム505」を開設しました。

平成6年、グループホーム、生活寮、自主事業を各1か所ずつ増やし、時代に先がけ自主事業として西区・手稲区の在宅の仲間たちを含めた生活支援を行う「生活支援センター」を立ち上げました。この年から2名がアパート暮らしを始めま平成7年4月、緑の日を記念して、15年続けている宮丘公園清掃事業に対し建設大臣賞を受けました。これらの作業を通し、体力、働く意欲を高め、一般企業への就職にも繋がったのです。

平成8年~平成12年

生活支援センターで相談業務を行っていましたが、「通勤寮」に付属しなければ制度として認められず、自主事業としていました。平成8年、札幌市より西区二十四軒の市有地を借り、国庫補助を受け、1階に老人のデイサービス、2階に通勤寮を建てました。

平成9年1月、札幌この実会センター24開設。西区西野平和地区のグループホーム・生活寮を利用している就労者が、地下鉄琴似駅近くのマンションを利用したグループホームに移りました。

平成9年10月、西区平和に地域交流ホーム(山科記念研修センター)を開設し、地域にも開放されました。

通勤寮『センター24』開設。

平成10年10月、平成12年10月、センター24でグループホームを新設しました。

『地域交流ホーム』開設。

平成10年~平成13年

平成10年、受け入れ先を探す本人や保護者、学校からの問い合わせが多くあったが、建物にも職員にも受け入れる余裕がない北の沢デイセンターが、交通の便が良い中央区南9条に古い建物で分場と新しい事業の準備を始めました。

平成11年4月、定員10名の北の沢デイセンター中央区分場開設。平成11年10月、心から安心してもらえるサービスをしようと、よろずお引き受けセンターとして中央区サポートセンター「い~ない~ず」を開設しました。

『中央区サポートセンター』開設。

平成13年~平成15年

平成13年12月、日本自転車振興会の補助を受け、この実サポートステーションが開設。30名の通所授産施設「はた・ら~く」、いつでも在宅しながら利用できる短期入所専用棟「りらっく」一棟と、手稲この実寮の分寮として二棟を建設しました。一棟「すいんぐ」はこだわりの強い寮生の暮しを想定した建物・設備とし、もう一棟「すきっぷ」は入所から地域生活へのトレーニング棟としました。

『この実サポートステーション』開設。

平成14年、保護者や本人に対して、入所しなくとも将来の暮らし方の方向性を示す目的で、学齢児を対象とした作業・宿泊体験学習を学校の長期休みを利用して行いました。同じく学齢児に対し、学校の週休2日制の完全実施に伴い土曜日の余暇活動を「あそび虫クラブ」として提供しました。

平成14年~平成17年

平成15年、支援費制度施行。7月、い〜な・い~ずは居宅介護事業所として認可されました。10月にはグループホーム「お達者倶楽部」が開設されました。

平成16年、南区川沿の商店街に自立トライセンター「ちゃれんじ」を開設。12月、日本財団の助成により、南9条通サポートセンター建て替え工事をしました。

平成16年~平成18年

平成16年、手稲この実寮利用者を分寮・分棟の形で西区西野・平和地区に分散していく中で、地域生活支援の拠点の必要性を痛感しました。この地に出て20年以上の歳月が経ち、地域がなじんでくれたこともあり、平成17年自転車振興会の補助により「サテライト2・6」を建設し、平成18年1月開所しました。専属職員を配置して、1階は地域生活支援センター2階は6名が、本格的な地域生活練習の場として活用しました。このことにより、入所定員を50名から44名に減らしました。

平成18年~平成21年

平成18年4月、在宅支援の1つの柱として、南9条サポートセンターに居宅介護事業所「ばでぃ」を開設。同年5月、南区川沿の自立トライセンターちゃれんじに居宅介護事業所「みんな・み~な」を開設しました。そして10月、障害者自立支援法第二次施行により、従来のグループホームはケアホームとして再編されたのです。

『サテライト2・6』建設。

平成19年~平成20年

平成19年4月、ひとり1人に合わせた有期限・有目的で通称「僕たちの短大」発足。多様な日中活動を通し企業就職をめざしたのです。

平成21年~平成23年

地域生活支援センター「サテライト2・6」を中心として、バス通り近くにケアホームを展開しています。平成20年に国が初めてケアホーム・グループホームの新築に補助制度を創設しましたが、札幌の第1号として平成21年1月、ケアホーム「きらり」を開設。平成22年、大家さんがバリアフリー住宅を新築してくださりケアホーム「さざ波寮」となりました。

平成20年2月、東海大学と共同で「地域交流・情報発信・地産地消」を目的としたコミュニティスペース「旧道茶屋」をちゃれんじ内に開設しました。

平成20年3月、入所施設「手稲この実寮」廃止。4月より日中活動部門を「この実わーくネット」就労継続支援B型と就労移行事業としました。また、地域での暮らしの部門を「この実らいふネット」としました。

『手稲この実寮』廃止。『この実支援センター』となる。 : 入所施設廃止を実現する。

『中央区サポートセンター』が : 『社会福祉法人あむ』 : として独立。

『センター24』が : 『社会福祉法人 NIKORI』 : として独立。

『もいわサポートセンター』開設。

『北の沢デイセンター』『第2この実寮』『もいわサポートセンター』他が : 『社会福祉法人藻岩この実会』 : として独立。

『この実支援センター』建替・改修工事により、『ケアホーム969』新築移転。

『この実わーくネット』多機能型事業所に。 : ※生活介護事業『おりーぶ』 : ※就労継続支援B型『うぇるなっつ』

『相談室みすくうぇる』相談支援事業(特定・一般)の指定を受ける。

日中サービス支援型共同生活援助事業所 『この実みなぽっけ』開設。

『この実わーくネット』から『この実支援センター』に名称変更。

この実支援センター拠点区分からグループホーム(この実らいふネット、この実みなぽっけ)を独立させ、コミュニティライフこの実拠点区分とする

この実支援センターうぇるなっつ(就労継続支援B型)、事業所を : 琴似1条5丁目から西野969-2へ移転し、定員15名を10名に変更

この実らいふネット、サテライト型住居「コートロティ」開設

§07

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出典・更新

SOURCES
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