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タケウチビユーテー株式会社

Takeuchi Biyūte Co., Ltd.別名
銘柄コード
—
上場市場
—
国
Japan
従業員(単独)
—
関連会社
8
§01

基本情報

BASIC
所在地
〒455-0021 愛知県名古屋市港区木場町2番地
社長
中西 浩史
資本金
67,500,000
従業員数(単独)
従業員数(連結)
開始日
1961-01-01
終了日
§02

サイト

1 DOMAINS
§03

事業内容

18
洗車機をはじめとした洗浄機械および周辺機器の開発・製造・販売洗車場ビジネスの企画・ご提案洗車場ビジネスの販売・製造・保守洗車機の企画・開発洗車機の開発・販売自動洗車機の設置・運営コーティングサービス洗車機展示場の運営洗車機ビジネスのコラボレーション洗車機の製造(組み付け・出荷)洗車機の生産管理資材・部品調達(購買)洗車機の品質管理洗車機の保守・サービス洗車機の販売洗車機の運搬・メンテナンス洗車場ビジネス支援洗車機の技術開発(オンリーワンテクノロジー)
§04

関連会社

8 COMPANIES
会社名 Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
カービュウティシャン株式会社
Group 子会社
タケウチテクノ株式会社
Group 子会社
ビュウティ販売株式会社
Group 子会社
ビュウティ機工株式会社
Group
キソー株式会社
Group
タケウチビユーテー株式会社
Group 子会社
株式会社沖縄給油設備
Group
Geosmart International Pte. Ltd.
得意先
リンク無しの社名は OpenBizGraph 未登録企業
§05

関連図

NETWORK
資本関係 得意先 仕入先 業務提携 銀行・株主 ドラッグで移動 · クリックで詳細へ
§06

沿革

98 EVENTS

1916年 : 先代、竹内栄吉、名古屋市熱田区千年町にて創業。

設立 : 1916年4月1日

1916年4月、竹内栄吉(初代社長)は、妻りうと二人で「鍛冶新」を開業した。時代は折しも工業・産業社会の創生期。「独創的な開発思考」に徹した栄吉は、幾多の苦難を乗り越え、1933年、電力を要さない重油バーナーの商品化に成功、特許を取得した。当時、画期的なアイデア商品だったこのバーナーは「千年バーナー」と名付けられ、日本だけでなく、満州・サイパン島など南洋諸島でも認められるまでになった。

1933年、電力を要さない重油バーナーの商品化に成功し、特許を取得した。

1944年 : 現住所、名古屋市港区木場町2番地に移転。

現住所、名古屋市港区木場町2番地に移転。

1946年、故 竹内茂夫が2代目社長に就任した。21歳。時代のニーズをとらえ、積極的に新商品の開発に挑むこの若い社長の下、経営実績は順調に上がっていった。しかし、昭和24年のデフレ政策で、状況は一変。不況の波が日本中に押し寄せた。かさむ借金。目の前にちらつく「廃業」の2文字。『もはや、我々の力のみで経営を安定させることは不可能だ。』茂夫は、どうしても断ち切ることのできない自社ブランド開発への熱い想いを胸に、日本生産性本部主催「米国・欧州海外視察」への参加を決意した。2ヵ月に及ぶ長期視察旅行である。パスポートもビザも容易には入手できなかった時代。海外に持ち出せるお金は、1人1日30ドルという制限があった上、1ドル360円と外貨事情も悪かった。また、太平洋を渡る飛行機はプロペラが主流。飛行機といえば、事故を連想させる。『もし万が一俺に不幸なことがあったら、弟二人で後を守ってほしい。また、従業員の内には、それぞれ九州などから預かった大事な子供達も多いから路頭に迷わせることのない様、家業を引き続けてもらいたい。』そう家族に告げ、茂夫はアメリカ、ヨーロッパへと旅立った。

1946年、故竹内茂夫が2代目社長に就任した。

1952年 : 法人組織として社名を「株式会社竹内鉄工所」とする。

法人組織として社名を「株式会社竹内鉄工所」とする。

1961年 : 社名を変更し、「竹内鉄工株式会社」とする。

社名を変更し、「竹内鉄工株式会社」とする。

カリフォルニア社社長のフィッシャー氏は温厚な人であった。茂夫の洗車機に対する熱い想いを聞いた氏は、丁寧なアドバイスをくれた。『日本は島国だから、移動式の簡単な機械で充分ではないか、それならば、値段も安い。』だが、それでも1,500ドル。現地ですぐ用意できるとは到底思えない金額だ。悩んだ結果、茂夫はホテルに戻った。そして、同行の一人一人に事情を話して、少しずつお金を借り集め、自分の手持ち分もあわせて、なんとか1,500ドルの現金を作ったのである。

1962年、1,500ドルで洗車機を購入した。

1963年 : 日本で初めて移動式門型洗車機を開発。「カービュウティシャン(車の美容師)」のブランド名で東京、大阪、名古屋での発表会を開催、販売を開始。

希望に満ちた第1号機誕生ではあったが、市場が存在しない商品にセールスは難航した。懸命な広告宣伝の結果、門型洗車機「カービュウティシャン」が日の目を見たのは1963年6月のことである。

日・米・英・仏・西独で移動式洗車機「カービュウティシャン」特許を取得

日本で初めて移動式門型洗車機を開発。「カービュウティシャン(車の美容師)」のブランド名で東京、大阪、名古屋での発表会を開催、販売を開始。

1963年、日本初の洗車場ビジネスが誕生した。

苦難の時を乗越え、昭和38年(1963年)2月初旬、遂に竹内鉄工の記念すべき洗車機第1号機「CAR BEAUTICIAN(カービュウティシャン)」が完成した。

1963年2月初旬、竹内鉄工の記念すべき洗車機第1号機「CAR BEAUTICIAN(カービュウティシャン)」が完成した。

1963年6月、門型洗車機「カービュウティシャン」が日の目を見た。

1965年 : 販売会社「ビュウティ販売株式会社」を設立。

販売会社「ビュウティ販売株式会社」を設立。

60年代後半には、多様化するニーズに応える形で「全洗滌型移動式バス洗車機」、「移動式全洗滌タイプ」、日本初のコンベア式洗車場が誕生。さらには「カービュウティシャン」移動式洗車機の基本特許確定で、着実にライバルと差をつけながら、次のステージに踏み出そうとしていた。

1968年、カスタムコンビ開発により、全洗滌型移動式バス洗車機や移動式全洗滌タイプ、コンベア式洗車場が誕生した。

タイヤ洗浄機付タイプは1970年5月に「ロイヤルエース」として発表

タイヤ洗浄機付タイプは1970年5月に「ロイヤルエース」として発表、さらにデザイン一新した「ロイヤルハイエース」を1972年に発表、たて続けにヒット商品となった。日本でのシェアが着実に伸びるにつれ、海外進出にも本腰を入れはじめたのがこの時期である。アメリカに目を向けると、車の構造的な違いも大きく、輸出型として根本的に設計を見直す必要があった。トップブラシを大きく、ウインドブラシも付け、さらにトランジスタ回路方式でブラシコントロールや本体動作を制御する、マイコンシステムのはしりとなる機能を開発した。洗車時間も70秒に短縮したこのモデルは、「カービュウティシャンMODEL70」と名付けられ、米国オハイオ州のガハナ洗車場に設置された。当洗車場はオープン当初から好調で、その後の米国本格進出への大きな礎となった。

ロイヤルハイエースを1972年に発表

1973年 : 洗車機出荷累計台数10,000台を達成。

洗車機出荷累計台数10,000台を達成。

1977年には、全天候型テスト場が完成し、メンテナンス、アフターサービス面の体制も強化された。

1978年 : 画期的なワックス掛けシステム「グローワックス」を開発。

一方、日本で新たな武器として注目されたのが、ワックスがけである。過去何度もワックス開発に取り組み、満足な結果が得られなかったが、その経験を生かして「グローワクサーミラクル」を開発。世界初、ワックス掛けできる洗車機が誕生した。1977年には、全天候型テスト場が完成し、メンテナンス、アフターサービス面の体制も強化された。

画期的なワックス掛けシステム「グローワックス」を開発。

グローワクサーミラクルを開発

1983年 : 「ビュウティ販売株式会社」から「ビユーテー株式会社」に社名変更。

「ビュウティ販売株式会社」から「ビユーテー株式会社」に社名変更。

1984年 : 貿易業務「カービュウティシャン株式会社」を設立。

貿易業務「カービュウティシャン株式会社」を設立。

経済成長に伴って洗車機市場は成熟し、どのメーカーも、より高い機能を付加した機種を開発し始めた。そんな1985年に発表したのが、世界初、洗車機でできる全自動水垢落とし「カーパックシステム」。水垢除去はもともと手作業でも難しく、それを機械化するには難問が山積だった。いくつものテストによる改善を繰り返した末の発表だった。

1985年に発表したのが、世界初、洗車機でできる全自動水垢落とし「カーパックシステム」

1990年 : 洗車機で初のフルオートコーティングシステム「イオコート」を開発。

1990年、価格よりも商品力、圧倒的な質の差で勝負するという、竹内鉄工の企業哲学を形にしたものが、“最高級洗車機”の名のもとに開発された「アキュラ」だった。

洗車機で初のフルオートコーティングシステム「イオコート」を開発。

1991年に「ニューイーグル」、1992年「SDT」、1993年「マイダス」(洗車機では初となる対話式オペレーションを可能とした。)、「BMC」、1994年「アラジンクロス」、「ソフサス」1996年磨き技「キャリオンシステム」など、さらに多くの新技術、新機種の開発ラッシュを迎えることとなる。 ニューダイナミックエース 1991年

ニューダイナミックエースを発表

1992年 : 洗車機出荷累計台数75,000台を達成。

洗車機出荷累計台数75,000台を達成。

1995年 : 新素材ブラシ「アラジンクロス」を開発。

新素材ブラシ「アラジンクロス」を開発。

1999年 : 「竹内鉄工株式会社」から「タケウチテクノ株式会社」に社名変更。

「竹内鉄工株式会社」から「タケウチテクノ株式会社」に社名変更。

2000年 : 洗車機でできるポリマーコーティング「FK-2」を開発・発売開始。

2000年、20世紀最後の年には、洗車機でできるポリマーコーティング「FK-2システム」を開発。車を傷める紫外線量を抑えるための紫外線吸収剤とゴム劣化を抑えるための成分を配合した特殊シリコンが、車の劣化を防ぐことを可能にした。 「FK-2」は、“汚れたから洗う”から、“車を守るために洗う”ケアリング洗車へと、意識の変換を図って開発された。21世紀を見据えた新しいコンセプト、洗車の新たな価値観が、そこにあった。

洗車機でできるポリマーコーティング「FK-2」を開発・発売開始。

2000年、20世紀最後の年には、洗車機でできるポリマーコーティング「FK-2システム」を開発

2001年 : 洗車機出荷累計台数 100,000台を達成。

1963年の第1号機誕生から38年。 洗車技術の開発と共に、さらなる洗車文化を創造したいという思いと、飽くなきチャレンジ精神が、多くの結果を生みだした。1号機発売当初は、作業の省力化・効率化への技術開発、業界全体の拡大に尽力した。そして、洗車文化も新たな時代を迎えようとしている近年、ユーザーとのコミュニケーション強化を計り、顧客創造のためのシステムを開発。次なる15万台達成を目標に、更なる洗車技術の開発、洗車文化創造への挑戦は続く。

洗車機出荷累計台数 100,000台を達成。

2001年、累計出荷10万台達成

2004年 : アートクリアコート「FK-2グロス」を開発。

アートクリアコート「FK-2グロス」を開発。

2007年 : 最高峰の防汚コーティング「プリズムコート」を開発。

2007年 : オスマに初めて採用した「オシュレーションシステム」を開発(特許取得)。

最高峰の防汚コーティング「プリズムコート」を開発。 オスマに初めて採用した「オシュレーションシステム」を開発(特許取得)。

最高峰の防汚コーティング「プリズムコート」を開発。 : オスマに初めて採用した「オシュレーションシステム」を開発(特許取得)。

2015年 : コーティングシリーズ「FK-2 TRIBE」を開発・販売開始。

2015年 : 累計で最も多くの門型洗車機を販売した会社として世界記録認定。

そしてついに、創業から99年、第一号機発売からは52年、累計で最も多くの門型洗車機を販売した会社として世界記録認定され、門型洗車機累計販売台数世界No.1を達成しました! また、自律走行する洗車ロボット「FLIT(フリット)」を発売。

コーティングシリーズ「FK-2 TRIBE」を開発・販売開始。 累計で最も多くの門型洗車機を販売した会社として世界記録認定。

コーティングシリーズ「FK-2 TRIBE」を開発・販売開始。 : 累計で最も多くの門型洗車機を販売した会社として世界記録認定。

2015年、洗車機販売数世界NO.1を達成し、自律走行する洗車ロボット「FLIT(フリット)」を発売

2016年 : 創立100周年を迎える。

2016年 : 愛知ブランド企業に認定。

2016年 : 当社初の洗車機「カービュウティシャン」が日本機械遺産に認定。

創立100周年を迎える。 : 愛知ブランド企業に認定。 : 当社初の洗車機「カービュウティシャン」が日本機械遺産に認定。

2020年 : 最新のコーティング「アライガーコート」を開発。

最新のコーティング「アライガーコート」を開発。

2021年 : 洗車場・ランドリー併設の直営店「KOMACHI」をオープン。

当社初となる直営店舗として岐阜県羽島郡に「KOMACHI」をオープン。洗車場とランドリーの複合店舗となり、「晴れの日は洗車、雨の日はランドリー」といった天候に左右されにくく収益が安定する「全天候型の無人店舗」として運営を開始した。

洗車場・ランドリー併設の直営店「KOMACHI」をオープン。

2021年、当社初となる直営店舗として岐阜県羽島郡に「KOMACHI」をオープン。洗車場とランドリーの複合店舗となり、「晴れの日は洗車、雨の日はランドリー」といった天候に左右されにくく収益が安定する「全天候型の無人店舗」として運営を開始した。

2021年、直営店舗「KOMACHI」をオープン

2023年 : 「タケウチテクノ株式会社」と「ビユーテー株式会社」が統合、 : 「タケウチビユーテー株式会社」に社名変更。

2023年 : 幅広な機械間口の洗車機WIDE&HYBRID「極美(KIWAMI)」を発表。

2023年に製造部門のタケウチテクノ株式会社と販売部門であるビユーテー株式会社が統合し、製販一体となるタケウチビユーテー株式会社が発足。統合後に初めてリリースされた「極美(KIWAMI)」は業界初となる日本一ワイドな間口の広さと、ブラシ洗浄とノーブラシ高圧ジェット洗浄を搭載できるハイブリッド洗車機として開発された。

「タケウチテクノ株式会社」と「ビユーテー株式会社」が統合、 : 「タケウチビユーテー株式会社」に社名変更。 : 幅広な機械間口の洗車機WIDE&HYBRID「極美(KIWAMI)」を発表。

第3回「クルマ・社会・パートナーシップ大賞(グッドパートナーシップ事業)」に選定

2023年、ワイド&ハイブリッド極美を発表

2025年 : 名古屋市港区木場町に「洗車機展示場」をオープン。

2025年 : 私も令和7年に社歴46年を迎えることとなりました。

2025年 : 中西を代表取締役社長に任命いたしました。

名古屋市港区木場町に、洗車機展示場がオープン。展示場は採光性に優れたテント素材を採用しており、明るく清潔な空間で製品をご見学いただけます。

名古屋市港区木場町に「洗車機展示場」をオープン。

私も令和7年に社歴46年を迎えることとなりました。当社は今、大きな転換期を迎えており、それに伴い中西を代表取締役社長に任命いたしました。中西は、洗車機の枠を大きく超え、ロボットやAI技術を活用して新たなマーケットを切り拓くという大きなビジョンを掲げております。

2025年、名古屋市港区木場町に、洗車機展示場がオープン。展示場は採光性に優れたテント素材を採用しており、明るく清潔な空間で製品をご見学いただけます。

私も令和7年に社歴46年を迎えることとなりました。当社は今、大きな転換期を迎えており、それに伴い中西を代表取締役社長に任命いたしました。

§07

ニュース

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§08

公的データ

GOV
国税庁・基本情報9180001006747
商号又は名称
タケウチビユーテー株式会社
フリガナ
タケウチビユーテー
英語名
法人種別
301
住所
〒455-0021 愛知県名古屋市港区木場町2番地
郵便番号
4550021
都道府県コード
23
市区町村コード
111
国外所在地
国内所在地(都道府県)英語
国内所在地(市区町村等)英語
国外所在地(英語)
法人番号指定年月日
2015-10-05
更新年月日
2023-10-11
変更年月日
2023-10-02
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
承継先法人番号
変更事由の詳細
令和5年10月1日名古屋市港区木場町2番地ビユーテー株式会社(9180001007258)を合併
最新履歴
1
検索対象除外
0
処理区分
71
訂正区分
0
商号又は名称イメージID
国内所在地イメージID
一連番号
3738304
出典:国税庁法人番号公表サイト 基本3情報
経済産業省・gBizINFO9180001006747
法人番号
9180001006747
商号又は名称
タケウチビユーテー株式会社
商号又は名称(カナ)
タケウチビユーテー
商号又は名称(英字)
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
登記住所
愛知県名古屋市港区木場町2番地
郵便番号
4550021
都道府県
愛知県
都道府県コード
23
市区町村(郡)
名古屋市港区
市区町村コード
111
番地以下
木場町2番地
組織種別
301
処理区分
71
訂正区分
0
状態
代表者名称
資本金
従業員数
330
企業規模詳細(男性)
264
企業規模詳細(女性)
66
事業概要
自動洗車機の製造及び開発
WebサイトURL
http://www.takeuchi-techno.co.jp/company
創業年
事業種目
E:製造業
設立年月日
全省庁統一資格-資格等級
全省庁統一資格-営業品目
更新年月日
2023-10-11
キー情報
9180001006747
出典:Gビズインフォ(経済産業省)
§09

出典・更新

SOURCES
↑