| 1935-04-01 |
内山鑑定の歩みは、創業者・内山清が1935年(昭和10年)4月1日、38歳のときに掲げた志から始まります。理想とする鑑定の在り方を追い求め、それまで勤務していた日本海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社の前身の一部)を退職し、大阪市東区伏見町(現・大阪市中央区)にて事務所を開設。弁理士としての特許業務と並行し、火災損害鑑定業務を開始。鑑定人としての使命感が、この日をもって動き出したのです。 |
| 1935-04-01 |
創業 |
| 1937-08-25 |
1937年(昭和12年)8月25日、開業からわずか2年余り。創業者・内山清は日中戦争のため召集され、事務所は一時閉鎖を余儀なくされました。その後、1940年(昭和15年)に召集が解除され、業務を再開したのも束の間、太平洋戦争が勃発。 |
| 1942年 |
1942年(昭和17年)、旧・日本損害保険協会により「火災損害鑑定人並ニ焼残物取扱人ニ関スル規則」が制定され、鑑定人の登録制度が発足。制度としての礎が築かれたこの年は、日本における鑑定業の節目として記憶されています。 |
| 1946-04-01 |
終戦を経て帰国した清は、1946年(昭和21年)4月、大阪市南区(現・大阪市中央区)にわずか7坪の事務所を構え、再び鑑定の道を歩み始めました。 |
| 1965年 |
1965年(昭和40年)に有限会社内山鑑定事務所が設立され、代表取締役に内山理が就任。資本金50万円、従業員8名(鑑定人4名・事務職4名)体制で、大阪市東区(現・大阪市中央区)淀屋橋近くに17坪の事務所を構えました。 |
| 1965-08-04 |
設立 |
| 1966年05月 |
1966年(昭和41年)5月、「地震保険に関する法律」が公布・施行され、同年6月1日より正式に保険の認可・販売が開始されました。 |
| 1972-05-13 |
1972年(昭和47年)5月13日、大阪市南区難波新町(現・大阪市中央区)にあった千日デパートで火災が発生。この火災は、死者118名・負傷者81名という甚大な人的被害をもたらし、戦後日本のビル火災として最悪の惨事となりました。 |
| 1973年 |
1973年(昭和48年)、内山鑑定は四国・高松市に初の支店を開設。 |
| 1975年 |
1975年(昭和50年)に東西に分かれていた鑑定人協会が統合され、「日本損害保険鑑定人協会」(任意団体)が発足しました。 |
| 1980年 |
1980年(昭和55年)に地震保険制度の補償内容が見直され、補償対象が「全損」から「半損以上」へ拡充されました。 |
| 1981-03-20 |
1981年(昭和56年)3月20日より約半年間にわたり開催された「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア’81)」において、内山鑑定は保険引き受け団体の要請を受け、現地に鑑定人を常駐させる業務を担いました。 |
| 1986年 |
1986年(昭和61年)に神戸支店と京都支店が開設されました。 |
| 1987年 |
1987年(昭和62年)に内山鑑定において事務職として勤務していた女性が鑑定人助手(調査人)として現場に立ち、業務に携わるようになりました。 |
| 1989年 |
広島支店開設 |
| 1991年 |
名古屋支店開設 |
| 1992-08-24 |
1992 年『「男の職場」に女性急増』の記事に、『昨年、初めて女性鑑定人が誕生』と記載がある(提供:朝日新聞社 1992 年8月24日付) |
| 1994年05月 |
1994年(平成6年)5月、資本金を1,000万円に増資し、「株式会社内山鑑定事務所」へと改組。 |
| 1995-01-17 |
1995年(平成7年)1月17日、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の阪神・淡路大震災が発生。鑑定業務を進めようにも現地への移動に困難を極め、... |
| 1995年11月 |
1995年(平成7年)11月、初めて首都圏に進出し、東京支店を開設しました。 |
| 1999年09月 |
1999年(平成11年)、建築士を活用した「広域災害損害調査員制度」を発足させました。制度初の稼働は、同年9月に日本を襲った台風18号。 |
| 2002年 |
2002年(平成14年)内山真が代表取締役社長に就任しました。 |
| 2005年 |
2005年(平成17年)「内山鑑定」「内山鑑定事務所」を商標登録しました。 |
| 2006年 |
2006年(平成18年)資本金を1億円に増資しました。 |
| 2007-12-20 |
2007年(平成19年)12月20日、内山鑑定は福岡市に本社を置く株式会社高本損害鑑定事務所と業務提携契約を締結しました。 |
| 2008年 |
ロゴマークは翌2008年(平成20年)に商標登録され、内山鑑定の理念と信頼を示す旗印として、社内外へ浸透していきました。 |
| 2008年 |
横浜支店が開設されました。 |
| 2009-06-22 |
2009年(平成21年)6月22日、プライバシーマークの認証を取得しました。 |
| 2010年 |
日本損害保険鑑定人協会が2010年(平成22年)に任意団体から一般社団法人へ移行しました。 |
| 2011年 |
静岡支店が開設されました。 |
| 2011-03-11 |
2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災が発生し、内山鑑定は災害対応に従事しました。 |
| 2011年07月 |
2011年(平成23年)7月、国際鑑定人ネットワーク「vrs Adjusters, LLC」に加盟しました。 |
| 2012年 |
2012年(平成24年)に本社所在地を東京都に移転しました。 |
| 2014年 |
2014年(平成26年)に内山真が日本損害保険鑑定人協会(現・日本損害鑑定協会)会長に就任しました。 |
| 2016年 |
2016年(平成28年)に札幌支店が開設されました。 |
| 2016年 |
2016年(平成28年)に熊本地震が発生しました。 |
| 2017年 |
2017年(平成29年)に内山高本合同鑑定事務所さいたまオフィスの組織変更を行い、株式会社内山鑑定事務所さいたま支店と株式会社高本損害鑑定事務所さいたまオフィスを設置しました。 |
| 2017年 |
2017年(平成29年)に地震保険の損害区分が細分化されました。 |
| 2020年 |
2020年(令和2年)に内山鑑定はクラウドスキャンを活用し、リモート対応による鑑定業務を実現しました。 |
| 2020年 |
2020年(令和2年)にクレームマネジメント本部を発足しました。 |
| 2020年 |
2020年(令和2年)にサイバー損害鑑定商標を登録しました。 |
| 2020年 |
2020年(令和2年)に日本損害保険鑑定人協会が日本損害鑑定協会に名称変更しました。 |
| 2021年 |
2021年(令和3年)に日本損害鑑定協会が公益社団法人として認定されました。 |
| 2022年 |
2022年(令和4年)に内山真が日本損害鑑定協会会長を退任しました。 |
| 2023年 |
2023年(令和5年)にサイバー鑑定課を発足しました。 |
| 2023-10-01 |
2023年10月1日(令和5年)に社名を「内山鑑定株式会社」へと改めました。 |
| 2024年 |
2024年(令和6年)にサイバー鑑定課がISO 27001認証を取得しました。 |
| 2024年 |
2024年(令和6年)に在籍鑑定人が150名を超えました。 |
| 2024年 |
2024年(令和6年)に「内山鑑定株式会社」を商標登録しました。 |
| 2024年 |
2024年(令和6年)に「ECO鑑定」を商標登録しました。 |
| 2024年 |
2024年(令和6年)に能登半島地震が発生しました。 |
| 2025年 |
2025年(令和7年)に全国47都道府県でリモート立会鑑定サービスを開始しました。 |