ぴあ株式会社
PIA CORPORATION 別名
1974-12-20
TYO
Japan
スポーツくじ事業
音楽・スポーツ・演劇・映画・各種イベント等のチケット販売
コンサートやイベントの企画・制作・運営
会員組織「ぴあ会員」の運営、PIAカードをはじめとする各種サービスの提供
宝くじの取次業務
デジタルメディア・データマーケティングサービス事業
ホスピタリティプログラムの企画・制作・運営
ホスピタリティパッケージの販売プラットフォームの運営
映像作品製作
コンテンツ開発
マーチャンダイジング企画
興行主催者やホール・劇場・スタジアムへのソリューションサービスの提供
国際的なイベントのチケッティング業務
ホール・劇場の企画・運営
出版物の企画・編集、ネットメディアの配信、スマートフォン向けアプリの運営
CSR活動(PFF/ぴあフィルムフェスティバル、ぴあ総研)
ライブ・エンタテインメントの輸出入
ライブ・エンタテインメントに付随する事業
コンサート、演劇公演、イベント等のライブ・エンタテインメントの輸出入
出演者、講師等の招聘及び斡旋
音楽・演劇・その他イベントのチケット販売並びに情報提供
海外での興行輸出入
興行企画の主催制作
IPコンテンツ・ライツ事業の開発
エンタテインメント産業を軸にしたフィールド支援サービス
広告・マーケティング・プロモーション
ネットメディア、スマートフォン向けアプリ、冊子の企画・開発・制作・運営
ホスピタリティ事業(スポーツ、コンサート、イベントの体験価値向上)
集客エンタテインメント・コンテンツの企画・実施
〒150-0011 東京都渋谷区東1-2-20 渋谷ファーストタワー
矢内 廣
6,483,000,000  (64 億)
404 人
621 人

117 件
日付概要
1972年 1972年より続けてきた情報誌『ぴあ』を、紙媒体としての役割を終えたと判断し、2011年7月21日発売号をもって39年の歴史に幕を閉じました。
1976-11-09 『ぴあ』1976年11月9日号より
1976-11-09 『ぴあ』1976年11月9日号より
1977年12月 1977年12月に東映大泉撮影所(練馬区)にて「第一回ぴあ展」を開催
1979年 1979年、『ぴあ』誌面に初めてのカラーページ企画として「ぴあMAP」が初登場。1回目は「新宿東口」の地図を取り上げ、以降、毎月1エリアずつ掲載。映画館、劇場、ライブハウス、美術館などの文化・娯楽施設の情報を視覚で表し、地番や行政界は省略。しかし、すべての道を歩いて確認し行き止まりの路地さえも省略することなく描かれました。これまでにない画期的な地図として当時の若者から絶大なる支持を集め、1982年にムック化されました。
1979年 1979年、『ぴあ』誌面に初めてのカラーページ企画として「ぴあMAP」が初登場。1回目は「新宿東口」の地図を取り上げ、以降、毎月1エリアずつ掲載。映画館、劇場、ライブハウス、美術館などの文化・娯楽施設の情報を視覚で表し、地番や行政界は省略。しかし、すべての道を歩いて確認し行き止まりの路地さえも省略することなく描かれました。これまでにない画期的な地図として当時の若者から絶大なる支持を集め、1982年にムック化されました。
1983年10月 『チケットぴあ』の始業を1984年4月に設定し、秘密裏に準備を進めていたところ、劇団四季の浅利慶太氏が矢内を訪ねてきました。浅利氏は「キャッツ」を日本では初となるロングラン公演として実現したい、コンテンツ、小屋も用意できたので、あとはコンピューターでチケットを売るシステムが必要。ぴあが開発中のシステムを使わせてほしい、と。そのために計画を前倒しして、1983年10月に「キャッツ」専用のシステムとして間に合わせました。10万枚のチケットを3日半で売り切ることができ、大成功を収めたのです。
1983年10月 1983年10月に「キャッツ」専用のシステムとして間に合わせました。10万枚のチケットを3日半で売り切ることができ、大成功を収めたのです。
1984年04月 『チケットぴあ』の始業を1984年4月に設定し、秘密裏に準備を進めていたところ、劇団四季の浅利慶太氏が矢内を訪ねてきました。浅利氏は「キャッツ」を日本では初となるロングラン公演として実現したい、コンテンツ、小屋も用意できたので、あとはコンピューターでチケットを売るシステムが必要。ぴあが開発中のシステムを使わせてほしい、と。そのために計画を前倒しして、1983年10月に「キャッツ」専用のシステムとして間に合わせました。10万枚のチケットを3日半で売り切ることができ、大成功を収めたのです。
1984年04月 「チケットぴあ」の始業を1984年4月に設定し、秘密裏に準備を進めていたところ、劇団四季の浅利慶太氏が矢内を訪ねてきました。浅利氏は「キャッツ」を日本では初となるロングラン公演として実現したい、コンテンツ、小屋も用意できたので、あとはコンピューターでチケットを売るシステムが必要。ぴあが開発中のシステムを使わせてほしい、と。そのために計画を前倒しして、1983年10月に「キャッツ」専用のシステムとして間に合わせました。10万枚のチケットを3日半で売り切ることができ、大成功を収めたのです。
1988年03月 1988年3月、旧国鉄汐留駅跡地にロック音楽のライブ空間PIT(ピット:PIA INTERMEDIA THEATER)を設けました。4ヵ月の期間限定で誕生したテントシアターです。若手アーティストに活躍の場を設けたいとの思いから、松下電器(現パナソニック)やサントリーの全面協力を得て、レベッカ、米米クラブ、世良公則、沢田研二、プリンセス・プリンセスらロック界をリードするメンバーが出演しました。72日間の公演期間中に16万人が来場。この成功はぴあを新たな段階へと導くものでした。
1988年03月 1988年3月、旧国鉄汐留駅跡地にロック音楽のライブ空間PIT(ピット:PIA INTERMEDIA THEATER)を設けました。4ヵ月の期間限定で誕生したテントシアターです。若手アーティストに活躍の場を設けたいとの思いから、松下電器(現パナソニック)やサントリーの全面協力を得て、レベッカ、米米クラブ、世良公則、沢田研二、プリンセス・プリンセスらロック界をリードするメンバーが出演しました。72日間の公演期間中に16万人が来場。この成功はぴあを新たな段階へと導くものでした。
1998年 1998年の長野五輪では、ぴあが「オフィシャルサプライヤー」としてチケットマネジメントの分野を全面的にサポート。当初は赤字になるとの予想も、日本選手の活躍も相まって、結果的にはチケット販売率は89%と当時の冬季五輪では過去最高を記録しました。五輪終了後のパーティーではサマランチIOC会長(当時)から「ぴあのおかげで長野五輪は黒字になった」とお褒めの言葉をいただいたほど。
1998年 1998年の長野五輪では、ぴあが「オフィシャルサプライヤー」としてチケットマネジメントの分野を全面的にサポート。当初は赤字になるとの予想も、日本選手の活躍も相まって、結果的にはチケット販売率は89%と当時の冬季五輪では過去最高を記録しました。五輪終了後のパーティーではサマランチIOC会長(当時)から「ぴあのおかげで長野五輪は黒字になった」とお褒めの言葉をいただいたほど。
2000年04月 北海道営業所開設(現・北海道支局)
2000年05月 「2002FIFAワールドカップ(TM)日本・韓国」の国内第一次販売におけるチケット管理業務をJAWOCから受託
2000年11月 TBS、日音と音楽レーベル「BLITZ・PIA RECORDS」を設立
2001年01月 「2002FIFAワールドカップ(TM)」のチケットセンター運営業務を受託
2001年03月 「スポーツ振興くじ toto」の本格販売開始。当社は販売店舗開拓等の運営面で協力
2001年04月 アメリカ・ソルトレーク市で開催される「第19回オリンピック冬季競技大会」の国内チケット販売を開始
2001年11月 セブン-イレブンと提携。都内1200店舗においてチケット販売を開始
2001年11月 「2002FIFAワールドカップ(TM)」の国内2次販売の電話受付業務を受託
2001年12月 J-フォン(現ソフトバンクモバイル)のネット接続サービスにおいてチケット販売サービス開始
2001年12月 「けっこんぴあnet」開設
2002年01月 東京証券取引所市場第二部に上場
2002年 2002年日韓ワールドカップでも日本国内のチケット販売を担当。しかし、海外での販売を担っていた英国の代理店がチケットを大量に売り残していることが判明し、その残券の販売もぴあが担当することに。一枚でも多く販売し一人でも多くの方にご覧いただくため、急きょ全国10カ所のワールドカップ開催地にブースを特設し、スタッフは徹夜で対応しました。結果、すべてのスタジアムが満杯になったというエピソードも。
2002年 2002年、エンタテインメント分野における社会的意義の向上に繋げるべく、レジャーやエンタテインメントに特化した専門性の高いシンクタンク「ぴあ総合研究所」(通称ぴあ総研)を設立しました。音楽コンサート、演劇ステージ、映画、遊園地・テーマパーク、スポーツの5ジャンルにおける公演回数、動員数、市場規模を基本指標として統計データを集約し、2009年までの毎年、「エンタテインメント白書」を発行。現在、ぴあ総研の活動は休止中ですが、業界からの支援を受けつつ、調査は継続して実施しています。
2002年 2002年、エンタテインメント分野における社会的意義の向上に繋げるべく、レジャーやエンタテインメントに特化した専門性の高いシンクタンク「ぴあ総合研究所」(通称ぴあ総研)を設立しました。音楽コンサート、演劇ステージ、映画、遊園地・テーマパーク、スポーツの5ジャンルにおける公演回数、動員数、市場規模を基本指標として統計データを集約し、2009年までの毎年、「エンタテインメント白書」を発行。現在、ぴあ総研の活動は休止中ですが、業界からの支援を受けつつ、調査は継続して実施しています。
2002年 2002年日韓ワールドカップでも日本国内のチケット販売を担当。しかし、海外での販売を担っていた英国の代理店がチケットを大量に売り残していることが判明し、その残券の販売もぴあが担当することに。一枚でも多く販売し一人でも多くの方にご覧いただくため、急きょ全国10カ所のワールドカップ開催地にブースを特設し、スタッフは徹夜で対応しました。結果、すべてのスタジアムが満杯になったというエピソードも。
2002年04月 広島事務所設立(現・中四国支局)
2002年05月 ぴあシティ・ネット(株)を子会社化
2002年06月 「チケットぴあ」の販売ネットワークにサンクスが参加
2002年09月 中国最大の文化イベント「中国上海国際芸術祭」のチケットを販売
2002年10月 ぴあ総合研究所(株)設立
2002年11月 東宝とシステム連携。当日券を含む映画鑑賞券のオンライン販売を開始
2002年12月 英会話本「ベラベラブックvol.1」が100万部を突破
2003年02月 セブン-イレブンの全9500店で「チケットぴあ」のサービスを開始
2003年02月 日本最大級の音声認識システムによるチケット販売を開始
2003年04月 「ぴあ」首都圏版通巻1000号を達成
2003年05月 東京証券取引所市場第一部に上場
2003年06月 仙台事務所設立(現・東北支局)
2003年10月 電子チケット本格商用サービススタート
2004年02月 ぴあデジタルコミュニケーションズ(株)を完全子会社化
2004年06月 早稲田大学と映画・映像クリエーター育成システムにおける相互交流で提携
2004年07月 ぴあ総合研究所が日本初の「エンタテインメント白書」を発行
2004年09月 Yahoo!JAPANとの提携によるオンラインチケット販売サービス「Yahoo!チケット」がスタート
2004年10月 「ぴあ」がモデルチェンジ。発売日を木曜日に変更、サイズをA4変形判に拡大
2004年10月 au携帯電話のネット接続サービス「EZweb」においてチケット販売サイト「電子チケットぴあEZ」を開設
2004年11月 ジャパン・アーツのチケット販売業務を全面的に受託した「ジャパン・アーツぴあ」がスタート
2004年12月 Vodafone(現ソフトバンクモバイル)携帯電話のインターネット接続サービス「Vodafone Live!」においてチケット販売サイト「電子チケットぴあV」を開設
2005年03月 2005年日本国際博覧会「愛・地球博」公式ガイドブック制作共同事業体に参画し 「愛・地球博 公式ハンディブック」を発売
2005年05月 PFFスカラシップ作品「運命じゃない人」(監督: 内田けんじ)がカンヌ映画祭批評家週間にて「フランス作家協会賞」をはじめ、4賞を受賞
2005年06月 連結子会社ぴあシティ・ネット(株)の全株式を日本みらいキャピタル(株)が運営するファンドに譲渡
2005年06月 JOCオフィシャルチケッティングマネジメント契約を締結
2005年08月 ぴあアジアパシフィック(株)を香港に設立
2005年10月 サークルK全店にて「チケットぴあ」サービスを開始
2005年12月 JALと提携し、「@JALチケットぴあ」をスタート
2006年03月 (株)ナノ・メディアとの共同出資会社「(株)NANOぴあ」がサービスを開始
2006年04月 セブン-イレブン店舗でのチケット販売サービスを休止
2006年08月 企業価値向上委員会を創設
2006年09月 ファミリーマートと映画前売りチケット販売における連携を強化
2006年09月 映画情報のウェブサイト「シネマぴあ」を開設
2007年04月 東京六大学野球の前売りチケットの取り扱いを開始
2007年05月 買収防衛策を導入
2007年08月 「ぴあ」表紙イラストレーター及川正通氏が表紙イラスト制作最長記録で「ギネス世界記録」認定
2007年09月 「PIA MUSIC COMPLEX」(通称「ぴあフェス」)をスタート
2008年01月 基幹チケッティングシステムを全面刷新
2008年01月 2008年1月、新チケッティングシステムへの移行時にトラブルが発生。チケットの仕入れを抑制するとともに、完全な復旧までインターネット販売を中止しました。結果、2008年3月期の決算では赤字が25億円まで膨らみ、大規模な再建策を迫られました。凸版印刷、経営共創基盤、セブン&アイ・ホールディングスとの資本・業務提携、事業の抜本的な見直し、希望退職等を断行。大規模な構造改革に取り組んだことで、現在では過去最高の売上高を更新するとともに、チケッティングシステムを活用した各種サービスも好調です。
2008年01月 2008年1月、新チケッティングシステムへの移行時にトラブルが発生。チケットの仕入れを抑制するとともに、完全な復旧までインターネット販売を中止しました。結果、2008年3月期の決算では赤字が25億円まで膨らみ、大規模な再建策を迫られました。凸版印刷、経営共創基盤、セブン&アイ・ホールディングスとの資本・業務提携、事業の抜本的な見直し、希望退職等を断行。大規模な構造改革に取り組んだことで、現在では過去最高の売上高を更新するとともに、チケッティングシステムを活用した各種サービスも好調です。
2008年02月 PFFスカラシップ作品「パーク アンド ラブホテル」(監督・脚本:熊坂 出)がベルリン国際映画祭フォーラム部門にて最優秀新人作品賞受賞
2008年02月 「PFFアワード2007」グランプリを獲得した石井裕也監督が第1回「エドワード・ヤン記念」アジア新人監督大賞を受賞
2008年03月 PFFスカラシップ作品「14歳」の廣末哲万監督が芸術選奨にて文部科学大臣新人賞受賞
2008年06月 凸版印刷(株)、(株)経営共創基盤への第三者割当増資を実施
2008年07月 「第30回ぴあフィルムフェスティバル」開催
2008年08月 チケット販売業務において演劇集団キャラメルボックスを運営する(株)ネビュラプロジェクトと提携し、新サービス「ぴあごん」スタート
2008年10月 チケット販売業務において吉本興業(株)と提携し、新サービス「チケットよしもと」スタート
2008年10月 「@ぴあ」会員数が500万人を突破
2011-07-21 1972年より続けてきた情報誌『ぴあ』を、紙媒体としての役割を終えたと判断し、2011年7月21日発売号をもって39年の歴史に幕を閉じました。ブログやツイッター等で休刊を惜しむ声が数多く寄せられ、新聞や雑誌、テレビなど様々なメディアにて「ネットの先駆け」「ひとつの時代が終わる」「自分たちの青春そのものだった」などとして取り上げられました。
2011-07-21 1972年より続けてきた情報誌『ぴあ』を、紙媒体としての役割を終えたと判断し、2011年7月21日発売号をもって39年の歴史に幕を閉じました。ブログやツイッター等で休刊を惜しむ声が数多く寄せられ、新聞や雑誌、テレビなど様々なメディアにて「ネットの先駆け」「ひとつの時代が終わる」「自分たちの青春そのものだった」などとして取り上げられました。
2018年 第40回PFF
2018年 「ぴあ」(アプリ)
2019年 大相撲・懸賞幕
2020年 PIA LIVE STREAM
2020年 ぴあアリーナMM
2021年 ぴあスポーツビジネスプログラム(PSB)
2021年 東京オリンピック・パラリンピック
2021年03月 ダイナミックプラス(株)に追加出資し、持分法適用会社化
2021年04月 ぴあコーポレート・アイデンティティ(CI)」を策定
2021年05月 スポーツ産業に必要な人材を育成する「ぴあスポーツビジネスプログラム」(PSB)を開講
2021年05月 三菱地所株式会社と業務・資本提携契約を締結
2021年05月 「チケットぴあ」のシステムを活用したワクチン接種予約受付サービスを提供開始
2021年06月 「ぴあステーション」「チケットぴあスポット」の運営終了
2021年07月 東京オリンピック・パラリンピックにおいて、TSP(Ticketing System & Service Provider)としてチケッティング、ゲーティング業務を担当
2022年 チケットエージェンシー3社が共同で、イベント主催者向けチケット業務の共通基盤システム「TAプラットフォーム」の開発を発表(2022年春サービス開始予定)
2022年03月 「ぴあネクストスコープ(株)」を設立(2022年10月に「ぴあ朝日ネクストスコープ(株)」に改称)
2022年04月 東京証券取引所プライム市場へ移行
2022年05月 三菱地所との合弁会社「MECぴあクリエイティブ(株)」を設立
2022年05月 ぴあ総研主催シンポジウムを初開催
2022年07月 創業50周年を迎える
2022年10月 「ぴあネクストスコープ株式会社(PNS)」の株式譲渡に伴い、「ぴあ朝日ネクストスコープ株式会社(PANX)」に改称、新体制発足
2022年11月 「ぴあ創業50周年感謝イベント」をぴあアリーナMMで開催
2022年12月 社長・矢内廣が自伝『岩は、動く。』(ぴあ刊)を発行
2022年12月 「一般社団法人チームスマイル」の東日本大震災復興支援活動を終了
2023年01月 「豊洲PIT」「仙台PIT」を正式に所有し、運営スタート
2023年02月 ホスピタリティ事業を展開する「PIA DAIMANI Hospitality Experience株式会社(PDHX)」を設立
2023年03月 大阪・関西万博のチケッティング業務を受託
2023年05月 2023~2025年の3ヶ年の中期経営計画を発表
2023年10月 従業員向け「ライブ・エンタテインメント補助制度」および「ぴあ公認部活制度」スタート
2023年12月 落語の動画配信サブスク「ぴあ落語ざんまい」、サービス開始
2024年03月 「ぴあ会員」数が2,000万人、「ぴあカード会員」数が30万人を突破
2024年10月 JAL(日本航空)と業務提携
2024年11月 CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)と業務提携
2025年04月 札幌のシステム開発拠点「PIATECH LAB」採用開始
2025年06月 「サステナビリティレポート」を発行
2025年09月 「東京2025世界陸上」開催。チケッティング業務、ホスピタリティを全面的に受託し完遂
2025年10月 JR西日本との事業連携を発表
2025年10月 「大阪・関西万博」閉幕。入場チケット販売システムの提供などチケッティング業務を完遂
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1011001069980
商号又は名称ぴあ株式会社
フリガナピア
英語名
法人種別301
住所〒150-0011 東京都渋谷区東1丁目2番20号
郵便番号1500011
都道府県コード13
市区町村コード113
国外所在地
国内所在地(都道府県)英語
国内所在地(市区町村等)英語
国外所在地(英語)
法人番号指定年月日2015-10-05
更新年月日2018-08-01
変更年月日2015-10-05
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
承継先法人番号
変更事由の詳細
最新履歴1
検索対象除外0
処理区分01
訂正区分1
商号又は名称イメージID
国内所在地イメージID
一連番号1344223
出典:国税庁法人番号公表サイト 基本3情報
1011001069980
法人番号1011001069980
商号又は名称ぴあ株式会社
商号又は名称(カナ)ピア
商号又は名称(英字)
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
登記住所東京都渋谷区東1丁目2番20号
郵便番号1500011
都道府県東京都
都道府県コード13
市区町村(郡)渋谷区
市区町村コード113
番地以下東1丁目2番20号
組織種別301
処理区分01
訂正区分1
状態
代表者名称代表取締役社長  矢内 廣
資本金6468000000
従業員数846
企業規模詳細(男性)300
企業規模詳細(女性)546
事業概要音楽・スポーツ・演劇・映画・各種イベント等のチケット販売 コンサートやイベントの企画・制作・運営 興行主催者(スポーツ団体・劇団・放送局など)やホール・劇場・スタジアムなどへの各種ソリューションサービスの提供 オリンピックなどの国際的なイベントのチケッティング業務全般の受託 「ぴあアリーナMM」「豊洲PIT」をはじめとするホール・劇場の企画・運営 エンタテインメント・レジャー領域を中心とした出版物の企画・編集、ネットメディアの配信、スマートフォン向けアプリの運営 会員組織「ぴあ会員」の運営、PIAカードをはじめとする各種サービスの提供 「PFF/ぴあフィルムフェスティバル」「ぴあ総研」などのCSR活動への参画 などエンタテインメント全般に付随する各種事業
WebサイトURL
創業年
事業種目R:サービス業(他に分類されないもの)
設立年月日1974-12-20
全省庁統一資格-資格等級A|A|A|
全省庁統一資格-営業品目107|108|207|208|301|302|303|304|305|306|307|313|315
更新年月日2018-08-01
キー情報1011001069980
出典:Gビズインフォ(経済産業省)
2026-07-21 02:38 (Model: gpt-4.1-nano )
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