藤島イルミネーション2026に参加 ↗
スタンレー電気株式会社は、藤島イルミネーション2026への参加を発表しました。公表日は2026年10月28日です。
北野隆春は、スタンレー電気の前身となる北野商会を立ち上げた。場所は東京市芝区(現在の東京都港区芝)。自動車電球を中心に特殊電球を扱う個人商店を始めた。
北野商会創業 ゼロからの始まり。「おれは早く日本一になりたい。たとえ、焼き芋屋でもうどん屋でもいい。しかしこれからは電気の時代だ。電気関係であまり資本のかからない製品をやろう」そう心に決めた北野隆春は、12月29日、スタンレー電気の前身となる北野商会を立ち上げた。場所は東京市芝区(現在の東京都港区芝)。住居を兼ねた小さな店舗を借り、自動車電球を中心に特殊電球を扱う個人商店を始めた。
自動車電球を中心とした特殊電球の製造・販売を開始した。
自動車電球を中心とした特殊電球の製造・販売を開始。第1次世界大戦をきっかけに電球の輸出が急増したことを受け、特殊用途の電球、特に自動車用電球を中心に製造・販売と輸出事業を本格的に始めた。
関東大震災からの復興、東京北野商会に商号変更。9月関東大震災により被災。同年12月には事務所と作業場を兼ねた建物を建設し、再出発の意味を込めて商号を「東京北野商会」に改めた。震災後の厳しい状況にもかかわらず、順調に売上を伸ばし、自動車電球では国内販売・輸出の両面で業界トップの地位を築いた。
関東大震災により被災。同年12月に事務所と作業場を兼ねた建物を建設し、再出発の意味を込めて商号を「東京北野商会」に改めた。震災後も売上を伸ばし、自動車電球で業界トップの地位を築いた。
日本初のパーマネント・コンタクト仕様特殊電球を発売。クリスマスツリー用に、8個を1セットとした電球を発売。たとえ1個が切れても、残りの7個は点灯し続ける画期的な仕様だった。
日本初のパーマネント・コンタクト仕様特殊電球を発売した。クリスマスツリー用に8個を1セットとした電球を発売し、1個が切れても残りは点灯し続ける仕様だった。
目黒工場を新設した。
目黒工場を新設。当時、商社であった東京北野商会には製造部門が存在しなかった。しかし、自社一貫体制の必要性が高まったことを受け、1932年5月に現在の本社所在地にあたる東京市目黒区に3階建ての目黒工場を建設し、本格的に製造業への第一歩を踏み出した。
豆電球応用の小型懐中電灯「ベビー・ライト」を発売した。
豆電球応用の小型懐中電灯「ベビー・ライト」を発売。マッチ箱サイズの懐中電灯として発売されると、一世を風靡する人気製品に成長。競合各社による多数の模造品が出回るほどだった。
社名を「スタンレー電気株式会社」に変更した。
スタンレー電気誕生。5月5日、社名を「スタンレー電気株式会社」に変更。有名なイギリスの探検家ヘンリー・モルトン・スタンレーにちなんで命名していた電球の商標「スタンレー」をそのまま社名としたもので、社名に「電気」を冠したのは、ますます広がる電気分野への本格的な進出を見据えた意思の表れでもあった。
大阪出張所を新設した。
大阪出張所を新設。
ホーロー引き抵抗器の製造を開始した。
電気関係メーカーへの新局面を開いたホーロー引き抵抗器。電球の製造と並行して、ホーロー引き抵抗器の製造を開始。高い耐熱性があり、大電力を扱う用途に適したこの製品は、電気関係分野への発展を切り開く重要な節目となった。
本社・営業所を工場所在地(中目黒)に移転した。
本社・営業所を工場所在地(中目黒)に移転。事業拡大に伴い、本社と工場が離れていることが不便になったため、11月、田村町の本社を目黒工場の所在地に移転し、本社と工場の連携を強化した。
高性能セレン整流体の開発に成功した。
高性能セレン整流体の開発に成功。電源を供給する整流器として広く使われるセレン整流体は、品質の均一性を保つことが難しいとされていたが、当社は耐電圧性・耐熱性に優れた高性能セレン整流体の開発に成功。日本の半導体業界に革新をもたらすこの分野にいち早く参入した。
ゼロから再スタート。4月15日夜の東京大空襲で中目黒の本社・工場・倉庫すべてを焼失した。終戦後会社の解散式を行ったが、元従業員から寄せられた「会社を再建を!」という声に応え、同年10月、中目黒の春風寮で再発足式を挙行し、再建への道を歩み始めた。
東京大空襲で中目黒の本社・工場・倉庫すべてを焼失した。
春風寮で再発足式を行い、再建への道を歩み始めた。
一連の家庭用電熱製品を発売。終戦直後、物資が不足し人々の生活が困難を極める中、生活に密着した製品が強く求められていた。当社は、水に入れてお湯を沸かし、風呂に使える家庭用電熱製品「投げ込み湯沸器」の開発・販売や、50℃から300℃まで温度調整で食品の発酵に使える「電気醗酵器」を販売し、人々のニーズに応えた。自動車電球やセレン整流体といった工業製品の需要が低迷する中、生活必需品の提供を通じて人々の暮らしを支え、社会復興に貢献した。
電球の生産を再開した。
電球生産の再開
社名を「スタンレー電気株式会社」に復帰した。
11月1日、再び社名を「スタンレー電気株式会社」とし、その名は現在まで受け継がれている。
当社はセレン整流体で培った技術を生かし、セレン光電池の量産研究を開始した。
光電分野への進出を開始した。
世界的水準の青色セレン光電池を完成させ、カメラ用露出計メーカーからの引き合いが相次ぎ、光電分野への本格的な進出が始まった。
「メタルバックシールドビーム」で成長の礎を築いた。
新方式の二重ガス入り完全密封式「メタルバックシールドビーム」の開発に成功。価格を従来比3割減とし、角型や馬蹄型など多様な形状も実現。市場に急速に普及し、自動車産業での成長を支える基盤となった。
内蔵型露出計のブームを支えた。
ビューティーカメラ「ビューティーLM」に当社製の光電池受光部と露出計部が搭載され、内蔵型露出計カメラが登場した。
1959年にはヤシカと共同で、自動的に絞りを調整する全自動露出計を開発し、「ヤシカ8EE」に搭載。業界初のEE(Electric Eye)機構として大きな注目を集め、「EEブーム」を牽引。
ヤシカと共同で、自動的に絞りを調整する全自動露出計を開発し、「ヤシカ8EE」に搭載。業界初のEE(Electric Eye)機構として大きな注目を集め、「EEブーム」を牽引。
浜松工場を新設した。
3月に浜松工場を新設。初期は二輪車向け電球やランプの組立・検査を行い、その後の第2期工事で鉄骨平屋の工場を増築。プレスからメッキ、組立までを一貫して担う体制を整えた。
12月、秦野市に新たな総合主力工場を建設、第1期工事として1号館(電装工場)が竣工。自由に仕切れる構造や採光、通路、グリーンベルトなどを備えた近代的な設備を整えた。翌1961年には第2期工事で2号館が完成し、半導体・機器部門が稼働を開始した。
12月、秦野市に新たな総合主力工場を建設、第1期工事として1号館(電装工場)が竣工。自由に仕切れる構造や採光、通路、グリーンベルトなどを備えた近代的な設備を整えた。
秦野製作所を新設した。
第2期工事で2号館が完成し、半導体・機器部門が稼働を開始した。
東京証券取引所市場第一部に上場した。
東京証券取引所市場第一部に上場
ハロゲンランプの研究を開始した。
超小形電球の応用製品開発にも取り組んだ。
東京証券取引所市場第一部に上場。
関係会社として株式会社スタンレーいわき製作所を新設した。
関係会社として株式会社スタンレーいわき製作所を新設
超小形電球の研究を開始した。
当社製赤外線ランプを使用した赤外線やぐらこたつを発売した。赤外線ランプの生産量は、1972年度に年間100万個規模に達し、約8割は大手家電メーカーへの納品だった。
関係会社として株式会社スタンレーいわき製作所を新設。
当社初のフォグランプ「スーパーフォグ」を発売した。
7月、当社の海外進出第1号となった「台湾史丹雷電気股份有限公司(台湾スタンレー)」を設立した。
海外進出第1号として台湾に「台湾史丹雷電気股份有限公司」を設立した。
1967年に研究を開始し、1969年に量産化に成功。直径1.5〜3mmの超小形電球は、コンピューターや医療機器など幅広い分野で活用された。
「スタンレーハロゲンランプ」を発売した。
超小形電球の量産化に成功。直径1.5〜3mmの超小形電球は、コンピューターや医療機器など幅広い分野で活用された。
12月8日、横浜市に技術研究所を開設。既存製品の質的向上と新分野への挑戦を開始した。
横浜市に技術研究所を新設した。
12月8日、独自製品の開発拠点として横浜市に技術研究所を開設。既存製品の質的向上と新分野への挑戦を開始した。
新潟・宮城・鶴岡・伊那の4拠点に、関係会社として製作所を新設。
1970年に国内初となる角型ハロゲンフォグランプを世に送り出し、自動車用照明の新分野を切り拓いた。
超小形電球の量産化に成功した。
新潟・宮城・鶴岡・伊那に関係会社の製作所を新設した。
新潟・宮城・鶴岡・伊那の4拠点に、関係会社として製作所を新設
「カプセルインジケーター」が高く評価され需要が急増。発売1年で売上4倍、月商1億円超を記録し、重要事業へ成長した。
国内初となる角型ハロゲンフォグランプを世に送り出し、自動車用照明の新分野を切り拓いた。
1972年にスーパーハロゲンフォグランプを発売。
日本初の角型ハロゲンフォグランプを発売した。
1967年8月に当社製赤外線ランプを使用した赤外線やぐらこたつを発売した。赤外線ランプの生産量は、1972年度に年間100万個規模に達し、約8割は大手家電メーカーへの納品だった。
東広島市に広島工場を開設し、自動車用照明製品を製造。
広島工場を新設した。
東広島市に広島工場を開設、自動車用照明製品を製造。
オールグラスシールドビームの生産を開始した。
経済性や角型デザインの実現で人気を博したメタルバックシールドビームに続き、気密性に優れるオールグラスシールドビームを開発。輸入機械に独自改良を加え、秦野製作所で生産を開始。
1975年12月に秦野製作所でオールグラスシールドビームを生産開始。1974年には本格量産体制を確立し、HondaやMITSUBISHIなど主要メーカーに採用された。
財団法人「北野生涯教育振興会」を設立した。
生涯教育の振興を目的とした北野隆春会長が財団法人「北野生涯教育振興会」を設立。「いつでも どこでも だれでも 学べる」を理念に、助成事業・奨学事業・講演会活動を柱とし、現在も志のある人たちを支援している。
1976年6月23日、生涯教育の振興を目的とした北野隆春会長が財団法人「北野生涯教育振興会」を設立。
高輝度赤色LEDの連続製造技術を確立し、量産を開始した。
1972年、東北大学の西澤潤一教授の「発光ダイオードの連続製造技術」の実用化研究が新技術開発事業団から当社に委託され、世界最高輝度60mcdの高輝度赤色LEDの連続製造技術を確立、1977年から量産を開始した。
1977年に高輝度赤色LEDの連続製造技術を確立し、量産を開始した。
高輝度純緑色LEDを開発した。
角型2灯式オールグラスシールドビームを開発し、東洋工業の「カペラ」向けに納入した。
角型4灯式オールグラスシールドビームの製品化に成功し、全自動製造機を導入して生産を開始した。
量産された角型4灯式オールグラスシールドビームが三菱自動車の「ギャランΛエテルナ」に採用された。
1979年10月に角型4灯式オールグラスシールドビームを製品化し、3月に三菱自動車工業に採用された。
アメリカに製造拠点としてStanley Electric U.S. Co., Inc.を設立
角型4灯式オールグラスシールドビームの製品化に成功した。
1980年にアメリカに製造拠点としてStanley Electric U.S. Co., Inc.を設立。
アメリカに「Stanley Electric U.S. Co., Inc.」を設立した。
タイに製造拠点としてThai Stanley Electric Public Co., Ltd.を設立
ゴルフを通じたスポーツ文化振興と企業イメージ向上を目的に、日本女子プロゴルフ協会公認の「スタンレーレディスプロゴルフトーナメント」を主催。第1回大会は秩父市で開催、テレビ放映により知名度向上に寄与した。
1981年に第1回「スタンレーレディス・プロゴルフトーナメント」を開催。
岡崎製作所を新設した。
Hondaの「エレクトロ・ジャイロケータ」にジャイロセンサーが採用された。
1970年代後半、電装品の生産力増強が課題となり、1980年に岡崎市に新工場用地を取得。生産を開始し、ヘッドランプやリアコンビネーションランプの月産能力は50万個を超えた。
当時主流のTN型液晶は表示色が1色に限られていたが、世界初のカラー液晶表示方式「GH二層型」を開発。TN型より明るく視認性に優れ、液晶と色素を一体化させる技術によりカラー表示を実現した。
Hondaが開発した世界初の地図型自動車用ナビゲーションシステム「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」のシステムの方向センサーに、ヘリウム封入ガスレートジャイロが採用された。当社はその高精度化に必要な真空技術やフィラメント技術を提供。世界最高の真空状態の実現に成功し、これにより培われた精密制御技術は後の電子回路ビジネスにつながった。
世界初のカラー液晶表示方式「GH二層型」を開発し、量産を開始した。
「GH二層型」液晶の生産・販売を開始した。
米国でLEDハイマウントストップランプの普及を開始した。
世界初のHID(放電灯)ヘッドランプを国産初採用した。
世界初のマルチリフレクター(MR)ヘッドランプを開発
メタルハライドランプによるHID(放電灯)ヘッドランプの研究を開始
宇都宮技術センターを新設した。
アメリカに「Stanley Electric Sales of America, Inc.」を設立した。
ドイツに「Stanley Electric GmbH」を設立した。
レンズカットを廃除し、反射鏡で配光を実現することで、光量増加・デザイン自由度向上・コスト維持を可能にするマルチリフレクター(MR)ヘッドランプを開発。この技術は1987年にSAE国際会議で発表され、1989年にHonda「アコード」に初採用。自動車前照灯の歴史を転換し、今日の主流となる「自由曲面ヘッドランプ」へと発展した。
アメリカに製造拠点としてII Stanley Co.,Inc.を設立
世界初のLEDハイマウントストップランプを搭載、国内で普及開始。1984年、米国でハイマウントストップランプが義務化され、当社は専用ラインを設置して米国需要と国内普及に対応、国内でも6~7割のシェアを確保した。1986年には、NISSAN「フェアレディZ」北米仕様車に当社製LEDハイマウントストップランプが世界で初めて搭載され、翌月には補修品市場向けにLEDストップランプ付きリアスポイラー「LeDON(ル・ドン)」を発売。さらに国内では、TOYOTA「ソアラ」にリアスポイラー組み込み型がオプション採用され、以降、LEDハイマウントストップランプは国内で急速に普及した。
8月、宇都宮市に宇都宮技術センターを新設。Hondaの研究開発拠点に対応し、開発・設計を迅速化するための施設で、最新のCADや各種試験設備、試作ラインを備え、営業部門も併設して技術と営業の一体体制を整えた。
韓国に「Stanley Electric Korea Co., Ltd.」を設立した。
タイに製造拠点としてAsian Stanley International Co., Ltd.を設立
秦野製作所で大規模火災が発生し、工場を全焼した。
フランスに販売拠点としてSTANLEY-IDESS S.A.を設立
秦野製作所の再建。1987年9月、秦野製作所2号館で大規模火災が発生。幸い人的被害はなかったものの、工場は全焼した。災害を契機に最新鋭の新2号館建設に着手し、1989年8月に竣工。生産性と快適な職場環境を備えたハイテク工場として再出発し、神奈川建築コンクール優秀賞も受賞した。
秦野製作所の新2号館を竣工した。
横浜技術センターを新設した。
8月、LED事業やカーエレクトロニクス事業の開発拠点として、横浜市に横浜技術センターを新設した。本社・秦野製作所・宇都宮技術センターから約120名を集結させ、LEDデバイス開発から応用開発まで一貫対応できるよう、技術ノウハウを共有し開発スピードの向上を推進。最新設備と、創造性を高める環境を整え、電光式情報板や大型ディスプレイなど新製品を次々と生み出した。
香港に「香港賜丹雷電器有限公司」を設立した。
太陽光に近い高効率バルブ「RAYBRIGハイパーハロゲン」を発売した。
香港に販売拠点として香港賜丹雷電器有限公司を設立
松尾電気株式会社の株式を取得し、特例子会社に
9月、次世代ランプブランド「RAYBRIG(レイブリック)」を立ち上げ、世界初の高効率バルブ「RAYBRIG ハイパーハロゲン」を発売。太陽光に近い白色光を実現し、バッテリー負担が小さく樹脂レンズにも対応、バルブ交換のみで簡単に装着できる画期的な製品だった。従来の約3倍の価格ながら発売7カ月で12億円を売り上げ、量販店にも販路を拡大するなど、大きな反響を呼んだ。
山形工場を新設した。
4月、鶴岡市にLED素子専用の山形工場を開設。
中国に「天津斯坦雷電気有限公司」を設立した。
中国に製造拠点として天津斯坦雷電気有限公司を設立
生産工程の効率化を目的とした「SNAP(Stanley New Approach for higher Productivity=高生産性を実現するための当社独自の生産方式)」を導入。さらに1997年にはトヨタ生産方式を多くの企業に導入した実績を持つ、PEC産業教育センターの指導を受け、本格的に成果を上げていった。
日本を代表する「チーム国光」のサブスポンサーとなり、同年に「ル・マン24時間」「十勝24時間」「鈴鹿1000km」の耐久3レース制覇を経験。
法規整備の遅れなど困難を乗り越え、国産初の認可を取得。
日本車初のHID(放電灯)ヘッドランプを実用化した。
モータースポーツ支援活動を本格化させ、「RAYBRIG」ブランドの浸透を図った。
ベトナムに製造拠点としてVietnam Stanley Electric Co.,Ltd.を設立
中国に販売拠点として上海斯坦雷電気有限公司を設立
モータースポーツ支援活動の本格化
メインスポンサーに就任し、RAYBRIGブルーのNSXが初登場。ヘッドランプにHIDを搭載し、夜間走行を支えた。
Mitsubishi Fuso「スーパーグレート」に搭載され、国産初の実用化となった。
「SUPER GT」に参戦し、RAYBRIGブランドはモータースポーツを通じて広く浸透していった。
アメリカに「Stanley Electric Sales of America, Inc.」を設立した。
アメリカに販売拠点としてStanley Electric Sales of America, Inc.を設立
ドイツに販売拠点としてStanley Electric GmbHを設立
特例子会社として株式会社スタンレーウェルを設立
「スタンレーグループビジョン」を制定した。
従来の社是・企業理念を包含した新しい指針として「スタンレーグループビジョン」を制定した。ビジョンは「スタンレースピリット=光に勝つ」を基軸に、経営理念・光の5つの価値・行動指針から構成され、未来に向けた不変の目標として位置づけられた。当社は光関連領域において「ものづくり」で価値を提供するメーカーであることを宣言した。
イギリスに「Stanley Electric(U.K.)Co., Ltd.」を設立した。
中国に「蘇州斯坦雷電気有限公司」を設立した。
インドネシアに「PT. Indonesia Stanley Electric」を設立した。
イギリスに販売拠点としてStanley Electric(U.K.)Co., Ltd.を設立
中国に製造拠点として蘇州斯坦雷電気有限公司を設立
ハンガリーに製造拠点としてStanley Electric Hungary Kft.を設立
インドネシアに製造拠点としてPT. Indonesia Stanley Electricを設立
NISSAN「シーマ」に当社開発の7眼ガトリングヘッドランプが採用され、元旦の新聞広告で大きな話題となった。試作・改良を重ね、最高級車にふさわしい光学性能を実現。フラッグシップカーのヘッドランプとして高く評価された。
NISSAN「シーマ」に世界初の7眼ガトリングヘッドランプを採用した。
中国に製造拠点として深圳斯坦雷電気有限公司を設立
中国に製造拠点として広州斯坦雷電気有限公司を設立
浜松製作所を新設した。
世界初の携帯電話用キセノンストロボを開発した。
浜松市に浜松製作所を開設、自動車照明機器製品を製造。
当社が開発したキセノンタイプのオートストロボが京セラ製携帯電話に搭載され、世界初の本格的ストロボ付き携帯が誕生した。従来のLEDフラッシュでは得られなかった高画質撮影を可能にし、カメラ付き携帯の進化を後押しした。
韓国に「Stanley Electric Korea Co., Ltd.」を設立した。
韓国に販売拠点としてStanley Electric Korea Co., Ltd.を設立
オプトテクニカルセンターを新設した。
LED事業の技術力と知識を集約する拠点として、横浜市にオプトテクニカルセンターを新設。企画・設計・評価など製造以外の機能を集中させ、市場競争力を強化した。
MITSUBISHI「i-MiEV」に当社初のLEDヘッドランプを採用した。
ブラジルに「Stanley Electric do Brasil Ltda.」を設立した。
深紫外LEDの技術・設備取得契約を締結し、HexaTech, Inc.を子会社化した。
ブラジルに製造拠点としてStanley Electric do Brasil Ltda.を設立
2008年に実用化デザインを完成させたLEDヘッドランプを、MITSUBISHIの世界初量産EV「i-MiEV」向けに提案。2009年に当社初のLEDヘッドランプとして採用・量産が開始された。次世代光源として研究開発を進めていた白色LEDヘッドランプは光量不足や消費電力の課題があったが、HID(放電灯)ヘッドランプに匹敵する性能を実現した。
世界最長級の屋内試験施設「ライトトンネル棟」を新設した。
中国に製造拠点として武漢斯坦雷電気有限公司を設立
4月、液晶ディスプレイの弱点であった視野角の狭さを克服し、文字表示専用の液晶としては世界初となる、どの角度からも鮮明に見える高コントラスト液晶「S-PBTLCD(Special-Pure Black Technology LCD)」を発売した。給湯器メーカーから高く評価され、住宅設備機器や産業機器向けに海外メーカーにも採用された。
本社新社屋が完成した。
老朽化による防災力低下などの課題から本社社屋を建て替え、12月に新社屋が完成した。地下1階、地上7階建ての社屋で、グローバルコミュニケーションのハブとして、スピーディーな意思決定と情報受発信の機能を持つ拠点となった。当社屋は「日本建築学会協会優秀建築選2013」に選定され、「第47回SDAサインデザイン優秀賞」を受賞した。
液晶ディスプレイの高コントラスト液晶「S-PBTLCD」を発売した。
中国に販売拠点として斯坦雷電気貿易(深圳)有限公司を設立
二輪車用LEDヘッドランプを開発し、KAWASAKI「Z1000」に採用された。
二輪車用LEDヘッドランプを開発し、KAWASAKIの「Z1000」に国内で初めて採用された。本製品はリフレクターを使用しない直射方式を採用し、複雑形状の樹脂レンズでLED光を効率的に配光。これにより、世界最小サイズの4灯式デザインを実現した。
中国に製造拠点として天津斯坦雷電気科技有限公司を設立
メキシコに「Stanley Electric Manufacturing Mexico S.A. de C.V.」を設立した。
中国に「天津斯坦雷電気科技有限公司」を設立した。
メキシコに製造拠点としてStanley Electric Manufacturing Mexico S.A. de C.V.を設立
配光可変ヘッドランプ(「アダプティブ・ドライビング・ビーム(ADB)」)は、車載カメラで周囲を検知し、対向車や先行車を眩しくさせずにハイビーム並みの視界の確保を実現。MAZDA「CX-5」に初めて採用された。
配光可変ヘッドランプ(「アダプティブ・ドライビング・ビーム(ADB)」)は、車載カメラで周囲を検知し、対向車や先行車を眩しくさせずにハイビーム並みの視界の確保を実現。MAZDA「CX-5」に初めて採用された。
配光可変ヘッドランプ(ADB)をMazda「CX-5」に採用した。
導光板2枚と左右に配置したLEDにより、PCのプライバシー機能のオン・オフに応じて光の進み方を変える「Privacy Back Light」を世界で初めて開発。製造上の高精度・重量課題を克服し、HP「EliteBook」シリーズに搭載された。
12月、超狭角LED投光器1,400台でナイアガラの滝をライトアップ。最長600mの距離があり、さらに低温・高湿という過酷な環境下でも光の乱反射を抑える高精度な照射を実現した。
深紫外LED技術を強化し、除菌ソリューション展開を開始した。
山口大学と共同で新型コロナウイルスに対する除菌効果を確認した。
ナイアガラの滝のイルミネーションプロジェクトが、照明分野で世界的に権威ある「IES Illumination Awards」を受賞した。
株式会社トクヤマと深紫外LEDの技術・設備取得契約を締結。
12月、超狭角LED投光器1,400台でナイアガラの滝をライトアップ。最長600mの距離があり、さらに低温・高湿という過酷な環境下でも光の乱反射を抑える高精度な照射を実現し、2017年に照明分野で世界的に権威ある「IES Illumination Awards」を受賞した
世界初の視野角切替バックライトを開発した。
導光板2枚と左右に配置したLEDにより、PCのプライバシー機能のオン・オフに応じて光の進み方を変える「Privacy Back Light」を世界で初めて開発。製造上の高精度・重量課題を克服し、HP「EliteBook」シリーズに搭載された。
「ライトトンネル棟」に隣接する設計技術棟を新設した。
みなとみらいテクニカルセンターを新設
フィリピンに製造拠点としてStanley Electric Philippines, Inc.を設立
窒化アルミニウム結晶の大口径・無欠陥化で世界トップレベルのHexaTech, Inc.を子会社化し、半導体基板からLEDパッケージまでグループ内で生産可能にした。
265nm波長で世界最高レベルの出力を達成。
フィリピンに製造拠点としてStanley Electric Philippines, Inc.を設立
全長220m、全幅21mの4車線を備え、全天候(雨・霧・昼夜)を再現できる世界最長級の屋内試験施設「ライトトンネル棟」を新設した。併設施設としては、歩行者・対向車・先行車に対する動的評価が可能な屋外走行試験路や、静的配光評価を行う屋外静的試験エリアが設けられている。これにより、あらゆる環境下で実車による検証が行えるようになった。
アメリカに製造拠点としてHexaTech, Inc. を設立
ライトトンネル棟に隣接する設技棟が竣工した。実車検証エリアやドライビングシミュレーター施設を備える。光源・配光・構造・回路・制御の機能が1つに集約され、ランプシステム開発を一貫して行える体制を構築した。
深紫外LED技術の強化と除菌ソリューション展開
新社屋「中目黒本社」が完成した。
屋内試験施設「ライトトンネル棟」を新設した。
12月29日に創業100年を迎えた
創業100周年を迎えた。
2017年1月、株式会社トクヤマと深紫外LEDの技術・設備取得契約を締結。2019年3月には、窒化アルミニウム結晶の大口径・無欠陥化で世界トップレベルのHexaTech, Inc.を子会社化し、半導体基板からLEDパッケージまでグループ内で生産可能にした。そして、同年5月には265nm波長で世界最高レベルの出力を達成。山口大学との共同試験で新型コロナウイルスに対する有効性も確認、顧客ニーズに応じた除菌ソリューションを提供。
深紫外LEDの技術・設備を取得し、除菌ソリューションを展開した。
紫外線製品ブランド「AℓNUV」を立ち上げた。
紫外線製品ブランド「AℓNUV(アルヌーヴ)」立ち上げ
深紫外光源による除菌効果を中心に、表面・空気・水の除菌用途のさまざまな製品・ソリューションを提案するため、深紫外製品のブランドAℓNUVを立ち上げた。AℓNUVでは、高い除菌力を備えた265nmLEDと254nm冷陰極型紫外線ランプに加え、光源の波長バリエーションを広げ、それらの光源をモジュール化・システム化した製品の技術をブランドにより可視化することで差別化を図った。、ブランド名は、AlN(窒化アルミ基板)+UV(紫外線)を組み合わせた造語。
ブラジルに製造拠点としてStanley-Angstrom Electric da Amazonia Ltda.を設立
タイに製造拠点として「Thai Stanley Electric Public Co., Ltd.」を設立した。
ブラジルに「Stanley-Angstrom Electric da Amazonia Ltda.」を設立した。
二輪車用マトリクスLED ADBヘッドランプを開発した。
タイに製造拠点としてThai Stanley Electric Public Co., Ltd.を設立
二輪車として世界で初めてアダプティブ・ドライビング・ビーム(ADB)を搭載したヘッドランプを開発した。本製品は、対向車や先行車に眩しさを与えないよう照射エリアを自動調整するだけでなく、コーナリング時には車体の傾きに応じて配光パターンを変化させ、旋回時の高い視認性を実現。YAMAHA「TRACER 9 GT」に採用され、二輪車の夜間走行安全性向上に大きく貢献した。
二輪車として世界で初めてアダプティブ・ドライビング・ビーム(ADB)を搭載したヘッドランプを開発した。本製品は、対向車や先行車に眩しさを与えないよう照射エリアを自動調整するだけでなく、コーナリング時には車体の傾きに応じて配光パターンを変化させ、旋回時の高い視認性を実現。YAMAHA「TRACER 9 GT」に採用され、二輪車の夜間走行安全性向上に大きく貢献した。
YAMAHA「TRACER 9 GT」に二輪車用マトリクスLED ADBヘッドランプを採用した。
三菱電機モビリティと合弁会社「スタンレーモビリティエレクトリック株式会社」を設立した。
電子事業の強化および海外インフラ事業の拡大を目的として岩崎電気株式会社の全株式を取得し、子会社化した。岩崎電気が培ってきた技術とノウハウ、多様な製品群と、当社のグローバルな生産・販売ネットワークを融合することで、公共インフラ・産業分野向けソリューションの提供体制を強化した。
ADAS*・SDV**への対応や自動運転社会の実現に向けて自動車産業を取り巻く環境が大きく変化する中、従来の業務提携を発展させ、より高い安全性と機能性を備えた高付加価値製品の提供を目的として4月1日に合弁会社「スタンレーモビリティエレクトリック株式会社」を設立した。次世代車両(四輪・二輪)を対象とした車載用ランプシステムを構成する電子・制御部品の開発、設計、製造および販売を担う。
スタンレー電気株式会社は、藤島イルミネーション2026への参加を発表しました。公表日は2026年10月28日です。
スタンレー電気株式会社は、2026年10月1日に新企業CM『光がもたらす安心と勇気』を公開しました。このCMは、光をテーマに安心と勇気を訴求し、同社のブランドイメージを強化することを目的としています。
スタンレー電気は、2026年9月14日にInCabin Europe 2026に出展することを発表しました。イベントでは最新製品を展示し、業界関係者と交流する予定です。
岩崎電気株式会社がスタンレー電気グループに参画しました。これにより、岩崎電気はグループの一員として協力関係を強化し、製品開発や市場拡大に貢献する予定です。
スタンレー電気は、ゴルフトーナメントの開催を通じてブランドの認知度向上を図っています。イベントは2026年9月2日に行われました。
スタンレー電気は、2026年のSIWW Water Expoに出展することを発表しました。