株式会社ゴールドウイン
Goldwin Inc. 別名
1964-07-01
TYO
Japan
サプライチェーン・マネジメント
品質管理
お客さま満足の向上
知的財産の管理
非記載
非記載
7,079,000,000 円 (70 億円)
1,236 人
2,930 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等

154 件
日付概要
1950年 西田東作、25才で富山県西部の小矢部市に、ゴールドウインの前身である「津澤メリヤス製造所」を創業
1952年 一般メリヤスメーカーからスポーツウエアメーカーへと専業化
1958年 オリジナルブランド「ゴールドウイン」の製品生産を開始
1958年 津澤染工を富山・小矢部に設立し、原糸から製品までを手がける一貫体制を構築
1961年 野球用のウインネットアンダーシャツを発売
1963年 10,000m²の敷地を取得し、近代的な鉄骨丸屋根の工場4棟を竣工
1963年 社名を「株式会社ゴールドウイン」へ改称
1963年 外国製の丸編機、靴下機、セット機など十数台の最新鋭機を導入し、生産体制を強化
1963年 「ゴールドウイン」のスキーウエアが全日本スキー連盟の推薦品に指定
1964年 「ゴールドウイン」製品が体操、バレーボール、レスリングをはじめとする、国際大会の日本代表ユニフォームに採用される。日本人金メダリストの8割が着用
1964年 全日本水泳連盟公認AG水着製造指定工場となる
1966年 中小企業合理化モデル工場としての取り組みが評価され、中小企業庁長官より表彰を受ける
1968年 グルノーブルで行われた国際大会で、「ゴールドウイン」製品が採用される
1970年 フランスのスキーウエアブランド「フザルプ」と技術提携
1970年 販売、生産管理充実のためコンピューターを導入
1971年 常陸宮同妃両殿下がゴールドウインの工場をご視察
1971年 移動式ショールームのジャンボバスが、販売促進活動のため全国を巡回
1971年 「フザルプ」のスキーパンツ“バックリングパンツ”を発売
1971年 ゴールドウインとフザルプのロゴが大きく入った、ジャンボバス。当時としては画期的な移動ショールームだった。サンプルを積んで、社員自らが運転して地方を回り、中では商談も行われた。そのデザインとともに、行く先々で人々の注目を集める。ブランドコミュニケーションという面からも、それまでになかった新しいスタイルといえるものだった。フザルプを象徴するフレンチトリコロールのカラーリングと大胆なグラフィックデザインのボディが、動く広告として全国を駆け巡った。
1972年 札幌で行われた国際大会で、「ゴールドウイン」製品が採用される
1973年 60色から自由に組み合わせ可能な「ゴールドウイン」ブランドのスキーウエア、“フルチョイスシステム”を打ち出す
1973年 「オニツカ株式会社」(現:「株式会社アシックス」)と合弁で、大阪府大阪市に「株式会社ゴールドタイガー」を設立。トレーニングウエアの製造を開始
1974年 第7回テヘラン・アジア競技大会で、「ゴールドウイン」製品が採用される
1974年 アメリカ・ロサンゼルスで開催された“NSGA ショー”に出展
1974年 「ゴールドウインスキー」が、“バックリングパンツ”を発売
1975年 アメリカのアスレチックウエアブランド「チャンピオンプロダクツ」と技術提携
1975年 国内スポーツ業界で初めて、中国でのトレーニングウエア生産を開始
1975年 中国でダウンウエアのテスト生産を開始
1976年 「株式会社ベルージアン」を設立し、イタリアの「エレッセ」スキーウエアのライセンス生産・販売を開始
1976年 ドイツ・ミュンヘンで開催された国際スポーツ見本市“ISPO”に出展を開始
1977年 「チャンピオンプロダクツ」製品のライセンス生産を開始
1978年 アメリカのアウトドア用品ブランド「ザ・ノース・フェイス」製品の輸入販売を開始
1978年 「ゴールドウイン」ブランドのアスレチックウエアを発表
1978年 ゴールドウインは、78年に日本での輸入販売を開始する。厳しい品質基準、完全なアフターサービス、徹底した機能美の追求。世界中から高く評価されたアウトドアブランドは、日本でも瞬く間に広がっていく。アウトドアにテクノロジーを持ち込み開発された、高品質のグースダウンを惜しげもなく使用したクオリティの高いスリーピングバッグ。全てのダウンパーカの原型といわれる「シエラパーカ」。バックミンスター・フラー博士のジオデシック理論による世界初のドーム型テント「オーバルインテンション」など、現代のアウトドア用品のベースとなった数々の名品が生み出された。フラー博士の“Do more with less.”という考え方は、ゴールドウインの社内にも浸透し引き継がれている。
1979年 本社を東京都渋谷区に移転
1979年 長谷川恒男氏が「ゴールドウイン」製装備でグランドジョラスの冬季単独登頂に成功。“アルプス三大北壁”の冬季単独登頂を達成
1979年 「ゴールドウイン」初のユーザー向けイベント“ホワイトカーニバル80”を日本武道館にて開催
1979年 スポーツカジュアルを意識したオリジナルブランド「スポーツギャラリー」の製造・販売を開始
1979年 1977年にマッターホルン北壁、78年にアイガー北壁、そして79年にグランド・ジョラスの北壁を制し、アルプス三大北壁の冬季単独登頂を果たした長谷川恒男氏。その中で、フランスとイタリアの国境にそびえ立つグランド・ジョラスへの挑戦に使用された装備を、ゴールドウインが担当する。スキーウエアの開発で培ってきた技術の高さを期待されてのことだった。それが、ゴールドウインと冒険家の関わりの始まりとなった。ヤッケ、オーバーパンツ、オーロンワンピース、セーター、ダウンジャケット、ソックス、ツェルト、シュラフなど。寒さから身を守る衣服をはじめ、ハーネスに至るまで一式が提供された。冒険家の命を左右する装備たち。そこには強力な信頼関係が求められる。それに応えるには、長谷川氏の要求を根底から理解するための探究心に満ちたコミュニケーション力と、信頼される製品を生み出すメーカーとしての技術力しかない。その進化は、いつの時代も人類の挑戦とともにあったのだ。長谷川氏とゴールドウインの共同作業は1年に及び、その挑戦を支え、感動を共有することとなった。
1979年 ゴールドウインと長谷川恒男氏の関係は、極寒の地で求められる機能のレクチャーを受けることから始まった。一瞬で何もかもを凍らせてしまう常識を超えた空間では、地上における常識的な判断は命取りになってしまう。教えられては作り、さらに教えられては改善するという繰り返しが続いた。時を同じくして、画期的な乾式アクリル素材オーロンが発表された。弾力性や復元性から踏み跡が残りにくく高級絨毯を製造するのに使用されていたこの素材を、衣料用に応用して生まれたのが「オーロンワンピース」だった。一般的な、柔らかくて空気を含みやすい素材は、岩肌のような硬い場所で寝た場合、空気層がつぶれて体が冷える。カーペット素材の応用でこの問題を解決した。オーロンは、バルキー性や復元性に加え、その高い吸汗速乾性によりスポーツウエアの常識を変える。長谷川氏の挑戦も、これによって大きくバックアップされることになった。
1980年 東京都渋谷区に直営店“エレッセショップ”を出店
1980年 ゴルフウエアブランド「USPGA」とライセンス契約を結び、翌1981年に“U.S. オープンゴルフ”のライセンス生産を開始
1980年 中国でダウンウエアの本格生産を開始
1981年 名古屋証券取引所第二部に上場
1981年 「アクアスキュータム」のスポーツ部門「アクアスポーツ」の輸入販売を発表
1982年 アメリカのアウトドアブランド「フィルソン」の輸入販売を開始
1983年 日米の一流プロを招聘し、国内初のマッチプレー方式による日米対抗ゴルフ“ゴールドウインカップ”を開催
1983年 ブランドプロデューサー、セルジオ・プリビテーラ氏を起用しGOLDWINロゴをリニューアル
1983年 セルジオ・プリビテーラ氏プロデュースのスポーツウエア「GWスポーツ」を発表
1983年 スイスのスキー&カジュアルウエアブランド「ジェットセット」のスキーウエア輸入販売を開始
1983年 アメリカのダンスウエアブランド「ダンスキン」の輸入販売を開始
1983年 ノルウェーのマリンウエアブランド「ヘリーハンセン」とライセンス契約を締結
1983年 エレッセがスキーファッションショー“ジェッツ10”を開催
1983年 新素材“ミクロテックス”を採用したスキーウエア“ワンアクションワンピース”を発売
1983年 ゴールドウインは1983年、彼を迎えて新しいコーポレートアイデンティティだけでなく、オリジナルブランド、GW SPORTの発表を同時に行った。プリビテーラ氏がプロデュースするGW SPORTは、ジョギング、ウインドサーフィン、モーターサイクル、スキーをテーマにしながらも、それまでの競技志向のものとは一線を画す、自己表現のためのコンセプトを体現していた。
1984年 サラエボで行われた国際大会に出場するリュージュ日本代表に、「チャンピオンプロダクツ」のウォームアップスーツを提供
1984年 エレッセスキーが、オーストリアのハンス・ヒンターゼア選手とアドバイザリー契約を締結
1984年 アメリカのスポーツウエアブランド「カンタム」とライセンス契約を締結
1984年 ゴールドウインが“ワンアクションワンピース”を発表
1984年 エレッセスキーが“ボルボチーム”とオフィシャルサプライヤー契約を締結
1984年 1984年、アクロバティックなスキーで多くの観客を魅了してきたボルボスキーチームのサポートをゴールドウインが始めた。その雪上でのショーアップされたスキーは、美しさと激しさをもってスキーそのものの魅力と楽しみ方を大きく広げていくことになる。それは、いわばフリースタイルスキーの黎明期であった。
1985年 原宿駅竹下口に直営店“ウエザーステーション”を出店。アウトドアリテイル事業の第1号店となる
1985年 当時、当社の主力製品はゴールドウインやエレッセに代表されるスキーウエアや、チャンピオンなどのアスレチックウエアで、全体の95%ほどを占めていた。1978年から販売を開始したザ・ノース・フェイスはごく一部の登山家から愛されているアウトドアブランドではあったが、認知度も低く、どんな製品が売れるのかもわからない状況の中、お客様との接点を作り、お客様の求めているものが何なのかを知るために直営店をつくることになった。ただ、当時の商流では直営店を持つスポーツ用品メーカーはなく、また小売業界からの風当たりも強く、様々な課題を抱えてのオープンとなった。店名もTHE NORTH FACEとすることで小売店から反発されることを懸念し、敢えてブランド名とは無関係の「WEATHER STATION」とした。この店が、後に当社が確立する直営店ビジネスモデル最初の1店舗目となった。
1986年 防塵服をはじめとする特殊環境作業衣の開発・販売を開始
1986年 オリジナルアスレチックブランド「ダズ」を発表
1986年 オリジナルスキーウエア「ラナチューラ」を発表
1986年 世界を目指す陸上トップアスリートが所属する“ゴールドウイン・トラック・クラブ”を発足
1986年 ゴールドウインがスポーツウエアの開発により培ってきた密閉性の高い縫製技術は、スポーツの枠を越えてその役割を拡げていく。半導体や製薬、食品工場などのクリーンルームで着用する防塵服「プロフェシオ」シリーズも、そのひとつ。体から出るパーティクルを透過しないのはもちろん、それ自体が塵埃を抑える機能性を持つと同時に、耐久性と運動性能を両立させた。近年、暑熱対策用としてのニーズから開発された「クリーンルーム用空調服®アウターベスト」は、クリーンルームではタブーとされていたモーターファン付きウエアである。ファンによって拡散する塵埃の動きを検証し、クリーンルームで使用可能な暑熱対策品として完成させた。評価用クリーンルームと開発設備を背景にして、妥協のない開発はこれからも続いていく。
1987年 エレッセの女性用ゴルフウエアの販売を開始
1987年 オリジナルスキーブランド「ボルペネーべ」を発表
1987年 ヨーロッパの強豪、スキーチームスウェーデンアルペンと「ゴールドウイン」がオフィシャルサプライヤー契約を締結
1987年 スキーヤー、海和俊宏氏とアドバイザリー契約を締結
1987年 スウェーデンのスキーヤー、インゲマル・ステンマルク氏とアドバイザリー契約を締結
1987年 1987年、ヨーロッパの強豪国であった、スキーチームスウェーデン アルペンのオフィシャルサプライヤーとなる(現在は契約終了)。当時のスキーチームスウェーデン アルペンは、70年代後半から80年代にかけて「20世紀を代表する男子アルペンスキーヤー」と謳われたインゲマル・ステンマルク氏を擁していて、その後も数々のスター選手を生み出すことになる。女子アルペンスキーヤーではペルニラ・ウィベルグ氏やアニャ・パーション氏などのスター選手を輩出したスキーチームスウェーデン アルペン。圧倒的な強さを世界に見せつけた選手たちが着用していたウエアを一際輝かせていたのは、世界最先端といえる多色のプリント技術だった。強豪メンバーたちが揃って着た時に、その美しい柄はゲレンデで一層輝き、オーラを放った。それは1/100秒を争うための集中力を高めてマインドをたかぶらせる、審美性を極めたウエアだった。このプリント柄とビッグシルエットは、その後のスキーウエアのトレンドを作り出すことになる。トップ選手が国際大会で着用したウエアは、いつも多くのスキーヤーの憧れとなるのだ。トップチームとそれをサポートする情熱に支えられた関係は、いつの時代もスポーツをより輝かせる。
1988年 エレッセのボルボスキーチームモデル“ジャンプデュープル”を発表
1989年 オリジナルのアウトドアブランド「ラテラ」を発表
1989年 オーストリアのスキーブランド「フィッシャー」の輸入販売を開始
1991年 ゴールドウインの歴史が始まった、富山県小矢部市。同市内の丘の上に、1991年にオープンした「ゴルフ倶楽部ゴールドウイン」がある。広大な自然を活かしたコースレイアウト。心身をリフレッシュする各種施設も充実したクラブハウス。そこは日本を代表するコースデザイナー加藤俊輔氏が設計した、北陸随一のゴルフ場である。そのコースは全体的にフラットだが、フェアウェイがうねり、ラフにはいくつものマウンドが仕掛けられている。そのため、距離の割に難度が高いといわれている。コースに加えて、ゆったりと利用できるさまざまな施設も、このゴルフ場の魅力である。年間を通して多くの大会が開催されている。また、ゴールドウインは女子プロゴルフ界を牽引したトッププレイヤー森口祐子氏との所属プロ契約を皮切りに、その後も小林浩美氏、不動裕理氏ともエレッセゴルフとアドバイザリー契約を結ぶ。現在は、トップレベルで活躍を続ける今平周吾選手とアンパスィでアドバイザリー契約を結んでいる。ウエア作りを超えて、これからもゴルフというスポーツの楽しさを広めていく。
2009年 着圧による血流促進に着目したオリジナルブランド「C3fit」を発表
2010年 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と株式会社J‑Spaceとのコラボレーションにより、「マキシフレッシュプラス」を採用したアンダーウエア“MXP”を発売
2011年 運動時に優れたクーリング効果を実現するスポーツウエア「SoCool!」を発表
2011年 スポーティライフスタイルセレクトショップ「Saturday in the park」の第1号店を札幌に出店
2011年 カロリー消費を促すスポーツタイツ、アンダーウエア“カロリーシェイパー”を発表
2011年 「ブラックアンドホワイトスポーツウエア株式会社」を子会社化し、「ブラックアンドホワイト」ブランドのゴルフウエアグッズの販売を開始
2012年 旅をテーマにしたセレクトショップ“THE NORTH FACE globe walker”の第1号店を京都に出店
2012年 富士山麓を一周するレース“ウルトラトレイル・マウントフジ”の特別協賛を開始
2012年 「ヘリーハンセン」がブランド初の旗艦店を原宿に出店
2012年 スポーツへの想いを込めた新しいタグライン“SPORTS FIRST”を発表
2012年 メリノウールを用いたアウトドアウエアブランド「アイスブレーカー」の輸入販売を開始
2012年 スイス・バーデンに「GOLDWINEUROPE AG」を設立
2013年 「ブラックアンドホワイトスポーツウエア株式会社」がゴルフウエアブランド「アンパスィ」の展開を開始
2013年 三浦雄一郎氏率いる“MIURAエベレスト2013プロジェクト”をサポート。世界最高齢(80歳)で3度目の登頂に成功
2013年 ダウン(羽毛)を回収・精製・再利用する“GREENDOWN RECYCLE PROJECT”をスタート
2013年 スポーツフィールドに隣接したキオスク型ショップ“MOUNTAIN GEAR STAND”を北海道ニセコ(モイワ)に期間限定店舗を出店
2014年 吸湿速乾性に優れ、衣服内をドライに保つ機能素材“ALPHADRY”の展開を開始
2014年 心拍数・心電波形などの生体情報を取得できるウエア“C3fit IN-pulse”シリーズの発売を開始
2014年 「エレッセ」が男子国別対抗戦“デビスカップ”日本代表チームとオフィシャルサプライヤー契約を締結
2014年 アウトドアフィールドに隣接した“THE NORTH FACE GRAVITY”を北海道ニセコに出店
2015年 日本障がい者スポーツ協会とのオフィシャルパートナー契約を締結
2015年 日本車椅子バスケットボール連盟とオフィシャルサプライヤー契約を締結
2015年 タグラインであるSPORTS FIRSTの考え方を表現したWEB マガジン“SPORTS FIRST MAG”を開設
2015年 アウトドアフィールドに隣接した“THE NORTH FACE GRAVITY”を長野県白馬村に出店
2015年 “Athletic Dept.”を埼玉県富士見市に出店
2015年 「I:COLLECT」とのパートナーシップにより、どのブランドの服でも回収する新たな“GREENCYCLE”の取り組みをスタート
2015年 「Spiber 株式会社」と次世代タンパク質素材の実用化に向け、プロトタイプ“ムーン・パーカ”を発表
2015年 “第1回富山マラソン”にゴールドパートナーとして協賛
2016年 コンディショニングストア“NEUTRAL WORKS. BY GOLDWIN”の第1号店を港区外苑前に出店
2016年 日本パラ水泳連盟とオフィシャルパートナー契約を締結
2016年 日本ウィルチェアラグビー連盟とオフィシャルサプライヤー契約を締結
2016年 海洋冒険家、白石康次郎氏による単独・無寄港・無補給世界一周ヨットレース“ヴァンデ・グローブ”の挑戦をサポート
2016年 「C3fit」が独自の縫製技術“スマートシームテクノロジー”を採用したロングタイツとゲイターを発売
2017年 「ヘリーハンセン」の日本における商標権を取得
2017年 経済産業省より“2017年度健康経営優良法人ホワイト500”に認定
2017年 スポーツ庁より“スポーツエールカンパニー”に認定
2017年 日本障害者スキー連盟とオフィシャルスポンサーおよびオフィシャルサプライヤー契約を締結
2017年 日本ボッチャ協会とゴールドパートナー契約を締結
2017年 研究開発施設「ゴールドウイン テック・ラボ」を富山県小矢部市に開設
2017年 「ウールリッチ」の日本展開に向け、「株式会社ウールリッチジャパン」を設立し販売を開始
2017年 スポーツの振興に関する事業を推進し、すべての人がスポーツを等しく楽しめる共生社会の実現を目的とした「ゴールドウイン西田東作スポーツ振興記念財団」を設立
2018年 「ウールリッチ」が旗艦店を東京南青山に出店
2018年 「ゴールドウイン」が初の旗艦店を東京丸の内に出店
2018年 「日本環境設計株式会社」と循環型リサイクルシステム“GREENCYCLE”をリニューアル
2019年 三浦雄一郎氏(86歳)による、南米大陸最高峰アコンカグアの登頂およびスキー滑降への挑戦をサポート
2019年 渋谷区と“シブヤ・ソーシャル・アクション・パートナー協定”を締結
2019年 「カンタベリー」がラグビー日本代表2019年ジャージーを発表
2019年 「ゴールドウイン」が初の海外直営店をサンフランシスコに出店
2019年 “THE NORTH FACE LAB”を東京都渋谷区にオープン。“141CUSTOM”のカスタマイズサービスを展開
2019年 「ザ・ノース・フェイス」が構造タンパク質“Brewed Protein™”を使用したTシャツを発売
2019年 「ザ・ノース・フェイス」が構造タンパク質“Brewed Protein™”を使用したアウトドアジャケット“ムーン・パーカ”を発売
2020年 「ザ・ノース・フェイス」が山梨県北杜市と地域活性化に関する包括連携協定を締結
2020年 新会長に西田明男、新社長に渡辺貴生が就任
2020年 「ゴールドウイン」が構造タンパク質“Brewed Protein™”を使用したセーターを発売
2020年 アスリートをサポートするスポーツ関連分野、服飾・ファッション分野を学ぶ学生と創業の地・富山出身の学生の奨学援助を目的とした「ゴールドウイン西田育英財団」を設立
2020年 「ゴールドウイン」が国内2店舗目の直営店を原宿明治通りに出店
2020年 「ゴールドウイン」が海外2店舗目となる直営店をドイツ・ミュンヘンに出店
2020年 環境省と“国立公園オフィシャルパートナーシップ”を締結
2020年 アメリカ・サンフランシスコのサングラスブランド「サンスキー」の販売を開始
2020年 白石康次郎氏による2回目の“ヴァンデ・グローブ”挑戦をサポート
2021年 北海道・斜里町と“地域活性化に関する包括連携協定”を締結
2021年 「ザ・ノース・フェイス」が、スポーツクライミング日本代表にユニフォームを提供
2022年 子どもの成長とともに着られなくなった服。その多くがまだ十分に使える状態でありながらサイズアウトを理由に手放され、やがて廃棄されてしまう。そうした現実に向き合い、服の“その先”にある可能性を見つめ直す取り組みとして、2022年、サステナブル・レーベル「GREEN BATON(グリーンバトン)」を立ち上げた。本レーベルは、キッズ製品のリセールを通してファッションロス・ゼロを目指すもの。役目を終えた服を回収・買取し、リペアやアップサイクルを施したうえで、次に必要とする誰かへと “想いごと” つなぐ、新たな循環の仕組みだ。ローンチ時は、ザ・ノース・フェイスやヘリーハンセンのキッズアイテムからスタートし、現在ではジュニア用スキーウエアにも対象を拡大。これまで培ってきたリペアの技術に加え、製品のパーツを活用して新たなアイテムへと生まれ変わらせる「アップサイクル」にも取り組んでいる。リセール品は、グリーンカラーのジッププルやネームタグといったバトンのシンボルをあしらい、それぞれが新たなデザインが施された一点モノという新たな価値をまとって登場する。長く大切に使うという“ロングライフ”の考え方は、次代を担う子どもたちにこそ伝えていきたい価値観。「GREEN BATON」は、モノを大切にする心と責任を育む、未来に向けた静かで力強いアクションとなる。
2022年 2022年、ゴールドウインの未来を探求する実験的プラットフォーム、Goldwin 0(ゼロ)が始動した。これは、単なる新ラインではなく、従来の服づくりの枠を超え、自然・科学・技術といった多様な視点から、ゴールドウインの可能性を拡張する挑戦の場だ。コンセプトの核となるのは、“循環” “越境” “共創” という3つのキーワード。サステナビリティを軸に、循環型社会の実現と自然との共生を目指す。商品デザインでは、自然とのつながりや遊びから着想を得て、ブランドの強みである高機能と、創造性・アート性との融合を追求。その表現はファッションの枠を超え、視覚・音楽・空間など多分野に広がり、アートプロジェクトとしても注目を集めている。展開されるのは、メンズ・ウィメンズの垣根を越え、カテゴリーにも国境にもとらわれない機能的な衣服だ。より自由な発想を求めて社外デザイナーを起用し、23年からはポートランドを拠点とするヌー・アバスがクリエイティブディレクターに就任。ラグジュアリーメゾンからスポーツブランドまで、多彩な経験をたずさえて参加している。素材と生産工程にも徹底してこだわり、スパイバーのBrewed Protein™をはじめとする次世代素材を積極的に採用。Goldwin 0は、次代のゴールドウインを形づくる、価値創出のプラットフォーム。常識にとらわれない挑戦が、新たな未来を生み出していく。
2024年 2024年、ゴールドウインは、サステナブルを考慮したライフスタイルブランド オールバーズ(Allbirds)と日本国内における独占販売契約を締結した。オールバーズは16年、サンフランシスコで誕生。メリノウールの革新的なスニーカー「ウールランナー」で注目を集め、ヒマシ油インソールやサトウキビ由来のソール、ユーカリ繊維のニット素材など、自然由来の素材を活用したフットウエアを展開してきた。製品ごとのカーボンフットプリントの可視化や、オールバーズ社として「B Corp認証」を取得するなど、環境への先進的な取り組みは世界中で高く評価されている。提携の背景には、ゴールドウインが掲げる長期ビジョン「PLAY EARTH 2030」との高い親和性がある。PLAY EARTHは、スポーツの原点である自然の中での遊びに立ち返り、社会・環境課題のアクションを呼びかけるもの。オールバーズは、その想いをともに体現するパートナーといえる。加えて、オールバーズの製品設計における環境負荷削減・可視化やパートナーとの協創姿勢は、ゴールドウインの他ブランドとも強い親和性を持ち、モノづくりの新たな可能性を広げる存在でもある。ゴールドウインは、オールバーズとの出会いを通じて、環境負荷を抑えながらより豊かで持続可能なライフスタイルの提案を日本国内に広げていく。
2024年 2024年、海洋冒険家・白石康次郎氏は、単独・無寄港・無補給の世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」を完走した。 フランスのレ・サーブル=ドロンヌを出発し、全長60フィート(約18.3m)の外洋レース艇で補給も寄港もなく地球を一周するこのレースは、総航行距離45,000km、約80日間にわたる「世界一過酷なヨットレース」と呼ばれている。この偉業の裏には、ヘリーハンセンと白石氏の長年にわたるパートナーシップがある。二人三脚でのウエア開発は06年「ベルックス5オーシャンズ」から始まり、16年、20年の「ヴァンデ・グローブ」を経て、今回で4度目。いずれもヘリーハンセンが最先端のセーリングウエアで支えてきた。暴風雨や極寒、過酷な紫外線など厳しい自然環境に対応するため、白石氏のフィードバックをもとに「ゴールドウイン テック・ラボ」で徹底した研究開発を実施。3Dスキャナー、モーションキャプチャ、人工気象室でのテストを活用し、アンダーウエアまで含めたフルオーダーメイドのギアを完成させてきた。その仕上がりは、世界一周を共にしても破けない堅牢さと、船上での軽快な動きやすさを両立。レースごとに新たな要素を取り入れ、進化を続けている唯一無二のギアだ。ヘリーハンセンのウエアは、白石氏と共に極限の海に挑み、共に進化を続けている。
2024年 2024年、ゴールドウインは新たなコーポレートパーパス “人を挑戦に導き、人と自然の可能性をひろげる” を掲げた。このパーパスには、モノづくり・コトづくり・環境づくりを通じて⼈間の可能性を拡張し、自然をより豊かに育んでいくという姿勢が込められている。この想いを体現するため、コーポレートロゴを刷新。コーポレートロゴとブランドロゴを一体化し、国内外におけるプレゼンスをさらに高めることを狙いとしている。ロゴにあしらわれた雪の結晶のモチーフは、スキーとともに歩んできた歴史を象徴。挑戦を重ねて生まれる努力の積み重ねを示すと同時に、人と自然の調和や持続可能な未来への願いを表している。そして、一人ひとりが自らの中にある多様な結晶を育み、小さな一歩を重ねていくことで、より良い自然環境をつくる力へとつなげていく、そんな願いも反映されている。さらに、このパーパスを実現する拠点として、本社を東京・港区北青山に移転。スポーツの聖地・国立競技場に近く、青山や表参道という日本を代表するファッションシーンの中心に位置するこの環境で、世界に通用する新たなクリエーションを生み出し、グローバル企業としての発信力をさらに高めながら、未来に向けた挑戦を加速させていく。
2024年 23-24シーズンにはFISフリースタイルスキー・ワールドカップ男子モーグルで、日本人として初めて種目別総合優勝を果たし、その歴史的な功績が高く評価され、公益財団法人全日本スキー連盟(SAJ)主催のSNOW AWARD 2024で最優秀選手賞に輝いた。
2024年09月 2024年9月、ゴールドウインはファッションブランド、OAMC(オーエーエムシー)との協業によるカプセルコレクションを発表した。
2025年 25年には世界選手権で優勝を果たす。
2025年 創業の地・富山県に、自然と共生する未来型パーク「Play Earth Park Naturing Forest」の開発が本格化。
2025年 2025年、ゴールドウインの関西初となる旗艦店「Goldwin Kyoto」がオープンした。
2026-06-09 公益財団法人日本ラグビーフットボール協会設立100周年記念 「原点回帰」をテーマに“ストライプが生まれる前の白”を表現した代表ジャージー
2026-06-10 ゴールドウイン、創業の地・富山の水田由来カーボンクレジットを活用 国内事業所の残余排出を全量オフセット、地域農業にも循環
2026-07-03 アーティスト・GOMA個展「ひかりの世界 ―変わる世界、変わらないひかり―」を2026年7月3日(金)~7月28日(火)ゴールドウイン東京本社で開催
2027年 2027年に向けて、富山県南砺市に、未来のネイチャーパーク「Play Earth Park Naturing Forest(プレイアースパーク ネイチャーリング フォレスト)」の開発が進行している。
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3230001008974
商号又は名称株式会社ゴールドウイン
フリガナゴールドウイン
英語名GOLDWIN INC.
法人種別301
住所〒932-0112 富山県小矢部市清沢210番地
郵便番号9320112
都道府県コード16
市区町村コード209
国外所在地
国内所在地(都道府県)英語Toyama
国内所在地(市区町村等)英語210, Kiyosawa, Oyabe shi
国外所在地(英語)
法人番号指定年月日2015-10-05
更新年月日2024-02-15
変更年月日2022-04-13
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
承継先法人番号
変更事由の詳細令和4年4月1日東京都新宿区岩戸町4番地株式会社カンタベリーオブニュージーランドジャパン(2010601027819)を合併
最新履歴1
検索対象除外0
処理区分71
訂正区分1
商号又は名称イメージID
国内所在地イメージID
一連番号3064056
出典:国税庁法人番号公表サイト 基本3情報
3230001008974
法人番号3230001008974
商号又は名称株式会社ゴールドウイン
商号又は名称(カナ)ゴールドウイン
商号又は名称(英字)GOLDWIN INC.
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
登記住所富山県小矢部市清沢210番地
郵便番号9320112
都道府県富山県
都道府県コード16
市区町村(郡)小矢部市
市区町村コード209
番地以下清沢210番地
組織種別301
処理区分71
訂正区分1
状態
代表者名称代表取締役社長    渡辺  貴生
資本金7079000000
従業員数2451
企業規模詳細(男性)
企業規模詳細(女性)
事業概要企画・販売
WebサイトURLhttps://corp.goldwin.co.jp/about/actionplan
創業年
事業種目E:製造業
設立年月日
全省庁統一資格-資格等級
全省庁統一資格-営業品目
更新年月日2024-02-15
キー情報3230001008974
出典:Gビズインフォ(経済産業省)
2026-07-22 00:18 (Model: gpt-4.1-nano )
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