| 1919年04月 |
(株)東京會館設立 |
| 1920年04月 |
(株)東京會館設立 |
| 1921年11月 |
東京會館、本館竣工、開業 |
| 1922年11月 |
東京會館、本館竣工、開業 |
| 1922-11-01 |
1922年11月1日、時は大正デモクラシー、初代料理長 田中徳三郎がレシピを伝え、完成させた東京會舘の看板料理。東京會舘が創業した大正11年11月1日、そのわずか二週間後に行われた結婚披露宴の献立にもボンファムが登場していました。当時の献立には「舌比目魚洋酒蒸」と書かれています。まだ横文字も普及していない時代、フランスの有名レストランに伝わるメニューが味わえたのは画期的なことでした。 |
| 1922-11-01 |
東京會舘は開業しました。時は大正デモクラシー、誰もが利用できる人々が集う社交場を目指して設立されました。 |
| 1922-11-15 |
創業した大正11年11月1日のわずか二週間後に行われた結婚披露宴の献立にボンファムが登場していました。当時の献立には「舌比目魚洋酒蒸」と書かれています。 |
| 1927年04月 |
関東大震災(大正12年9月)により一時営業中断、本館建物復旧し営業再開 |
| 1934年11月 |
本館にて鮮魚介料理店「プルニエ」営業開始(日本初) |
| 1937年 |
昭和15年に八代目松本幸四郎さんが結婚披露宴を挙げました。 |
| 1940年 |
当時の上流階級の結婚式は、会社ぐるみ、家ぐるみで大がかりに行われるのが普通。初代本館の宴会場は一度に500のテーブルセットが組めるキャパシティを誇り、大勢の招待客を呼び、豪華な披露宴を、という風潮に東京會舘ほどマッチしていた場所は他にありませんでした。多くの方々が憧れたこの宴会場で、八代目松本幸四郎さんが結婚披露宴を挙げたのは、昭和15年のことでした。 |
| 1945年 |
戦後、GHQの接収を受け、「アメリカン・クラブ・オブ・トーキョー」として営業し、GHQの将校のためにカクテルが作られました。 |
| 1946年06月 |
(株)東京會舘と商号変更 |
| 1949年05月 |
東京証券取引所に上場(現在スタンダード市場上場) |
| 1950年 |
日本の洋菓子の祖として知られる、東京會舘初代製菓長の勝目清鷹が1950年頃、本場のモンブラン(白い山のデザート)をもとに日本人向けにアレンジした東京會舘発祥のシグネチャースイーツ。白い雪に見立てた生クリームの山の中には金色に輝く栗が隠れており、その味わいは70年以上変わらず、多くの方に愛され続けています。現在では、季節にあわせて、さまざまな味のマロンシャンテリーが登場しています。 |
| 1952年 |
東京會舘は民間で初めての皇族御宴会の栄誉を担い、1952年に開催された昭和天皇第四皇女順宮様と池田隆政氏のご披露宴会場に選ばれました。これを機に、多くの国賓をお迎えました。 |
| 1952年 |
皇族の御宴会の栄誉を担い、昭和天皇第四皇女順宮様と池田隆政氏の披露宴会場に選ばれました。 |
| 1955年 |
東京會舘で供される料理やスターシェフ、パティシエのプロの技術を惜しみなく伝授する場として、1955年に日本初の本格フランス料理スクール「東京會舘クッキングスクール」を開校。 |
| 1955年 |
日本初の本格フランス料理スクール「東京會舘クッキングスクール」を開校しました。 |
| 1956年 |
東京會舘発祥のシグネチャースイーツ「マロンシャンテリー」が誕生しました。 |
| 1956年10月 |
フランス菓子「ガトー」発売 |
| 1964年 |
1964年に東京五輪が開催された際には、東京會舘で3カ月間だけの限定レストラン「イル・ド・フランス」が開業。五輪観戦のため来日する人々に本格的なフレンチを広めたいと考えた、仏政府との取り組みでした。 |
| 1964年 |
東京五輪開催に合わせて、限定レストラン「イル・ド・フランス」が開業されました。 |
| 1968年03月 |
(株)霞が関東京會舘設立 |
| 1969年10月 |
(株)霞が関東京會舘を吸収合併 |
| 1971年 |
1971年に二代目本舘を新築。設計を担当したのは、モダニズム建築を牽引した谷口吉郎氏でした。ロビーには芸術家・猪熊弦一郎氏によるシャンデリア「金環」とモザイク壁画「都市・窓」を配置。色彩にこだわり抜いた演出でした。現在の三代目本舘においても、ロビーに「金環」をモチーフにしたシャンデリア、モザイク壁画が受け継がれています。 |
| 1971年 |
英国女王エリザベス二世陛下、フィリップ殿下歓迎午餐会が行われました。 |
| 1971年 |
二代目本舘が新築され、谷口吉郎氏が設計を担当しました。 |
| 1971年03月 |
(株)霞が関東京會舘設立 |
| 1971年12月 |
二代目本舘竣工、営業再開 |
| 1972年10月 |
(株)霞が関東京會舘を吸収合併 |
| 1974年12月 |
二代目本舘竣工、営業再開 |
| 1975年 |
1975年に英国女王ご夫妻をお迎えしたことも。おもてなしを担当したのは、1971年、ロンドンの駐英大使館で行われた昭和天皇主催のリターンバンケットを東京會舘から派遣され取り仕切ったバトラー岡野金作と、永井三郎シェフ。 |
| 1975年 |
英国女王御夫妻を迎えるためのレセプションが開催されました。 |
| 1975年 |
二代目本舘にて英国女王御夫妻をお迎えしました。 |
| 1982年10月 |
(社)如水会より委託を受け「如水会館」の営業を開始 |
| 1984年10月 |
千石ビル(製菓工場)竣工 |
| 1986年04月 |
静岡県御殿場 「経団連ゲストハウス」運営委託 |
| 1989年04月 |
静岡県御殿場 「経団連ゲストハウス」運営委託 |
| 1990年07月 |
アーバンネット大手町ビル「LEVEL XXI」運営受託 |
| 1990年08月 |
(株)世界貿易会舘の営業全部を買取り、「浜松町東京會舘」として営業開始 |
| 1992年10月 |
東京銀行協会ビル「銀行倶楽部」運営受託 |
| 1998年10月 |
東京銀行協会ビル「銀行倶楽部」運営受託 |
| 2008年03月 |
「霞が関東京會舘」閉鎖 |
| 2009年03月 |
静岡県御殿場 「経団連ゲストハウス」閉鎖 |
| 2011年10月 |
東京會舘食品(株)、千代田産業(株)を吸収合併 |
| 2012年11月 |
日本橋三越本店内 特別食堂「日本橋」運営受託 |
| 2013年 |
2013年、和食総調理長 鈴木直登 |
| 2013年11月 |
日本橋三越本店内 特別食堂「日本橋」運営受託 |
| 2014年10月 |
「スウィートプラザ帝劇ビル店」開店 |
| 2015年01月 |
本舘建て替えのため一時休館 |
| 2019年01月 |
三代目本舘営業再開 |
| 2019年 |
2019年、三代目となる本舘を新築。「NEWCLASSICCS.」をコンセプトに、新たなステージを歩み始めました。 |
| 2019年 |
2019年、調理本部長 外山勇雄がその名を並べました。 |
| 2019年 |
鈴木の代名詞ともいえる、すべての献立、工程を手作りにこだわったおせちは、その業績を称え、同年一冊の本として刊行されました。 |
| 2019年01月 |
本舘建て替えのため一時休館 |
| 2019年 |
三代目本舘が新築され、「NEWCLASSICCS.」をコンセプトに新たなステージを歩み始めました。 |
| 2022年 |
2022年に100周年を迎えました。 |
| 2022年 |
東京會舘は創業100周年を迎えました。 |
| 2022年11月 |
創業100周年 |
| 2023年 |
2023年日比谷にオープンした新店舗「Drape」 |
| 2023年 |
新店舗「Drape」が日比谷にオープンしました。 |
| 2023年03月 |
日比谷プロムナードビル営業所「Drape」営業開始 |