| 1872年 |
近代国家へ向けてようやく歩み始めた明治6年。現在の和歌山県有田市で、南海化学創業者の一人、小泉米蔵が田中善左衛門の次男として誕生した。 |
| 1896年 |
明治29年、大阪府堺市に硫酸晒粉株式会社が設立されると、実の兄である田中善吉が同社の支配人であったことから、兄の下で働きながら晒粉や硫酸などの製造法を学び、和歌山や堺の人脈も広げたのである。 |
| 1900年 |
明治33年 硫酸晒粉(株)時代 |
| 1902年 |
明治35年 バンクーバーにて |
| 1904年 |
明治37年、日露戦争が勃発。政府は殖産興業の拡充と軍政の強化を図り、産業界に特需と起業ブームが起こった。 |
| 1905年 |
明治38年、紀伊製材会社を設立した米蔵は、新たな事業を模索していた。 |
| 1906年 |
1906年に南海硫肥株式会社が創業された。 |
| 1906年 |
南海硫肥株式会社創業 |
| 1906年 |
明治39年10月26日、地元和歌山の綿ネル産業の実業家や資産家をスポンサーに、晒粉・硫酸・肥料事業に経験のある小泉米蔵を支配人として、南海硫肥株式会社が設立された。 |
| 1906年07月 |
明治40年7月に晒粉製造事業を開始した。 |
| 1906-10-26 |
明治39年10月26日、南海硫肥株式会社が設立された。 |
| 1907年 |
和歌山市鼠島にてルブラン法によるさらし粉製造を開始した。 |
| 1907年 |
明治40年2月3日に株式の払い込み滞に伴い、南海晒粉株式会社に改称し、晒粉の製造・販売に特化した事業へと変更された。 |
| 1907年 |
和歌山市鼠島にてルブラン法によるさらし粉製造開始 |
| 1907-02-03 |
明治40年2月3日、減資・社名変更公告が出され、社名を『南海晒粉株式会社』に改称した。 |
| 1907年07月 |
明治40年7月に設備が完成し、「ルブラン式マンガン法」による本格的な晒粉製造事業を開始した。 |
| 1907年07月 |
明治40年7月、設備が完成し、ルブラン式マンガン法による本格的な晒粉製造事業を開始した。 |
| 1910年 |
明治43年に硫酸の自社製造と販売を目的とした硫酸工場の建設に着手し、明治44年に完成、操業を開始した。 |
| 1910年 |
明治43年、鼠島工場の手狭さから青岸に硫酸製造工場の建設を着手した。 |
| 1911年 |
和歌山市湊にて硝酸式硫酸の製造を開始した。 |
| 1911年 |
和歌山市湊にて硝酸式硫酸製造開始 |
| 1911年 |
明治44年、硫酸製造工場が完成し、生産を開始した。 |
| 1911年 |
明治40年2月に株式の減資と社名変更を行い、「南海晒粉株式会社」となった。 |
| 1911年02月 |
明治44年2月、青岸硫酸工場竣工記念が行われた。 |
| 1912年 |
大正9年に和歌山株取引所に株式を上場した。 |
| 1912年 |
大正元年(1912年)に南海晒粉は和歌山株取引所に上場した。 |
| 1913年 |
大正2年、硫酸第2工場を建設し、月産1,000トンの生産能力を持った。 |
| 1916年 |
大正5年、ネルソン式電解ソーダ事業会社として南海曹達株式会社を設立した。 |
| 1916年 |
大正5年、鼠島に日本除虫菊株式会社を設立した。 |
| 1917年 |
大正6年、由良染料株式会社の設立に参画し、医療用石炭酸や染料を製造した。 |
| 1918年 |
和歌山市小雑賀にてネルソン式電解によりか性ソーダ並びに塩化物の製造を開始した。 |
| 1918年 |
和歌山市小雑賀にてネルソン式電解によりか性ソーダ並びに塩化物製造開始 |
| 1918年 |
大正7年、富山県伏木に北海曹達株式会社を設立した。 |
| 1919年 |
大正8年、青岸にバレンチナ式硝酸工場を新設した。 |
| 1920年 |
大正9年、和歌山株取引所に株式を上場した。 |
| 1923年 |
大正12年、和歌山杉ノ馬場営業所を開設した。 |
| 1924年 |
大正13年(1924年)に南海硫肥株式会社の設立とともに、晒粉・硫酸・肥料事業を展開した。 |
| 1925年 |
土佐硫曹株式会社を設立した。 |
| 1925年 |
大正14年に土佐硫曹株式会社を設立し、ネルソン式電解設備を建設。代表取締役社長に小泉米蔵が就任した。 |
| 1925年 |
土佐硫曹株式会社を設立 |
| 1927年 |
昭和2年、日本除虫菊を合併した。 |
| 1928年 |
昭和3年、北島七兵衛が社長を辞任し、小泉米蔵が就任した。 |
| 1928年 |
昭和3年、土佐硫曹を合併し、現在の南海化学の原型となる和歌山と土佐の生産体制が出来上がった。 |
| 1933年 |
昭和8年、南海石油株式会社を設立した。 |
| 1937年 |
南海化学工業株式会社と改称した。 |
| 1937年 |
南海化学工業株式会社と改称 |
| 1938年 |
昭和12年に岐阜県大垣市の株式会社大垣製薬所と合併し、南海化学工業株式会社と改称した。 |
| 1939年 |
株式会社中山製鋼所に合併された。 |
| 1939年 |
株式会社中山製鋼所に合併 |
| 1939-10-26 |
南海硫肥株式会社が南海化学の前身として設立された。 |
| 1942年 |
昭和17年頃、南海化学は土佐硫曹株式会社と合併し、和歌山と土佐の生産体制が形成された。 |
| 1945-08-15 |
終戦を迎え、南海化学は戦時中の生産活動が停止し、戦後の復旧に向けて動き出した。 |
| 1946年04月 |
昭和21年、南海化学は中山製鋼所と分社化され、再建された。 |
| 1951年 |
南海化学工業株式会社として設立され、資本金は1,500万円となった。 |
| 1951年 |
南海化学工業株式会社として設立、資本金1,500万円 |
| 1954年 |
昭和31年に南海製紙株式会社を設立し、苛性ソーダや晒粉の販売に寄与した。 |
| 1954年 |
昭和29年頃から日本の景気が上昇し、南海化学も生産性向上とコストダウンに取り組む。 |
| 1959年 |
廃硫酸ばい焼による硫酸の製造を開始した。 |
| 1959年 |
廃硫酸ばい焼による硫酸製造開始 |
| 1962年 |
昭和37年、小雑賀工場で水銀法電解槽に全面転換した。 |
| 1965年 |
土佐工場において高度さらし粉の製造を開始した。 |
| 1965年 |
土佐工場において高度さらし粉の製造開始 |
| 1966年 |
昭和37年、土佐工場に水銀法電解槽を導入し、苛性ソーダの生産を拡大。 |
| 1973年 |
昭和37年に小雑賀工場の水銀電解工場が完成した。 |
| 1973年10月 |
昭和48年、オイルショックにより経営環境が厳しくなる。 |
| 1974年10月 |
昭和49年、中山保之社長が退任し、伴隆が新社長に就任。 |
| 1982年10月 |
昭和57年、土佐工場にIM電解槽を導入し、省エネと品質向上を実現。 |
| 1983年04月 |
昭和58年、南海製紙株式会社を設立し、苛性ソーダと晒粉の販売を拡大。 |
| 1983年05月 |
昭和57年に土佐工場にIM電解槽を導入し、品質向上と省エネを実現した。 |
| 1985年 |
研究開発部門の組織強化と有機製品開発に着手した。 |
| 1985年 |
研究開発部門の組織強化、有機製品開発に着手 |
| 1986年 |
和歌山工場にてか性ソーダ製法を従来の水銀法からイオン交換膜法に転換した。 |
| 1986年 |
和歌山工場か性ソーダ製法を従来の水銀法からイオン交換膜法に転換 |
| 1986年 |
昭和61年、大幅な組織改革が行われた。その狙いは、環境の変化や産業構造の変化に対応して経営基盤を確立するとともに、新技術、新分野への拡大、要員合理化、コストダウン、販売力の強化であった。さらに、独自性のある化学メーカーとして南海化学が発展していくために、研究開発部門の強化を図った。小雑賀工場に研究開発室を、土佐工場に研究開発土佐分室を設置。さらに、研究開発部のもと、第一研究開発室、第二研究開発室のほか、開発プロジェクト室を設置して陣容を強化した。設備面でも小雑賀工場に、最新の試験分析機器を有する研究総合センターを建設するなど、万全の研究開発体制を確立したのである。 |
| 1987年 |
有機塩素化合物(中間体)の製造を開始した。 |
| 1987年 |
有機塩素化合物(中間体)製造開始 |
| 1990年 |
資本金を2億700万円に増資し、研究総合センターを新設した。 |
| 1990年 |
資本金2億700万円に増資、研究総合センター新設 |
| 1991年 |
平成3年に経営の抜本的改革を開始し、工場の製造方法や営業のあり方を変革した。 |
| 1991年04月 |
平成3年、国内景気の下降により経営環境が悪化。 |
| 1994年 |
青岸工場にて水処理剤ポリ塩化アルミニウムの製造を開始した。 |
| 1994年 |
青岸工場水処理剤ポリ塩化アルミニウム製造開始 |
| 1996年 |
土佐工場にて60%高度さらし粉製造設備と塩素化イソシアヌル酸加工ラインを新設した。 |
| 1996年 |
土佐工場60%高度さらし粉製造設備新設
塩素化イソシアヌル酸加工ライン新設 |
| 1996年 |
平成8年からは、さらなる経営体質の強化を目指し、「レインボーブリッジ・プラン」に取り組んだ。その内容は「全製品の採算を最重視するとともに、顧客の立場に立った品質の良い製品を提供するモノづくりの基本を徹底し、各事業所が採算性を追求して、21世紀へ生き残れる企業へ変身する」というものであった。 |
| 1997年 |
塩素化イソシアヌル酸原体の製造ラインを完成させた。 |
| 1997年 |
塩素化イソシアヌル酸原体製造ライン完成 |
| 1998年 |
本社・小雑賀工場・青岸工場がISO-9002認証を取得した。 |
| 1998年 |
本社・小雑賀工場・青岸工場ISO-9002認証取得 |
| 1999年 |
本社・土佐工場がISO-9002認証を取得した。 |
| 1999年 |
本社・土佐工場ISO-9002認証取得 |
| 1999年06月 |
平成11年、池田和夫が社長に就任し、企業の再構築を進める。 |
| 2000年 |
資本金を3億300万円に増資し、小雑賀工場・青岸工場・土佐工場がISO-14001認証を取得した。東京オフィスを開設し、ポリ硫酸鉄の製造設備を新設した。 |
| 2000年 |
資本金3億300万円に増資
小雑賀工場・青岸工場・土佐工場ISO-14001認証取得
東京オフィス開設
ポリ硫酸鉄製造設備新設 |
| 2000年06月 |
平成13年に新5カ年計画「サンライズプラン」をスタートさせ、事業の選択と集中を推進した。 |
| 2000年06月 |
平成12年6月に池田和夫が社長に就任し、平成13年には、新5カ年計画「サンライズプラン」をスタートさせた。 |
| 2001年 |
平成13年には、新5カ年計画「サンライズプラン」をスタートさせた。 |
| 2001年04月 |
平成13年、「サンライズプラン」に基づく新5カ年計画を開始。 |
| 2002年 |
一般用塩の製造販売を開始した。株式会社エヌエムソルトを設立した。 |
| 2002年 |
一般用塩の製造販売開始
株式会社エヌエムソルト設立 |
| 2003年 |
土佐工場(本社含む)がISO-9001に品質認証を移行し、研究開発部門を分社化して株式会社南海化学アールアンドディーを設立した。 |
| 2003年 |
土佐工場(本社含む)ISO-9001品質/認証移行 |
| 2003年 |
土佐工場(本社含む)ISO-9001品質/認証移行
研究開発部門を分社化 株式会社南海化学アールアンドディー設立 |
| 2004年 |
株式会社山藤を子会社化した。 |
| 2004年 |
株式会社山藤を子会社化 |
| 2005年 |
青岸工場にポリシリカ鉄(PSI)製造設備を新設し、福岡オフィスを開設した。 |
| 2005年 |
青岸工場にポリシリカ鉄(PSI)製造設備新設 |
| 2005年 |
福岡オフィス開設 |
| 2005年 |
青岸工場にポリシリカ鉄(PSI)製造設備新設
福岡オフィス開設 |
| 2006年 |
富士アミドケミカル株式会社を子会社化し、グルコサミン・サプリメントの販売を開始した。 |
| 2006年 |
富士アミドケミカル株式会社を子会社化 |
| 2006年 |
グルコサミン・サプリメント販売開始 |
| 2006年 |
富士アミドケミカル株式会社を子会社化
グルコサミン・サプリメント販売開始 |
| 2010年 |
南海化学株式会社に社名を変更し、環境リサイクル部門を分社化してエヌシー環境株式会社を設立した。 |
| 2010年 |
南海化学株式会社と改称 |
| 2010年 |
環境リサイクル部門を分社化 エヌシー環境株式会社設立 |
| 2010年 |
南海化学株式会社と改称
環境リサイクル部門を分社化 エヌシー環境株式会社設立 |
| 2011年 |
富士アミドケミカル株式会社の営業部門を継承した。 |
| 2011年 |
富士アミドケミカル株式会社の営業部門を継承 |
| 2013年 |
南海グローバルケミ株式会社(SPC)が中山製鋼所の所有する南海化学株式の全株を取得し、青岸工場に水硫化ソーダ製造設備を新設、南海グローバルケミ株式会社と合併した。資本金は454,139,200円に増資した。 |
| 2013年 |
南海グローバルケミ株式会社(SPC)が中山製鋼所の所有する 南海化学株式の全株を取得 |
| 2013年 |
青岸工場に水硫化ソーダ製造設備新設 |
| 2013年 |
南海グローバルケミ株式会社と合併 |
| 2013年 |
資本金454,139,200円に増資 |
| 2013年 |
南海グローバルケミ株式会社(SPC)が中山製鋼所の所有する南海化学株式の全株を取得
青岸工場に水硫化ソーダ製造設備新設
南海グローバルケミ株式会社と合併
資本金454,139,200円に増資 |
| 2014年 |
和歌山工場に省エネ型複極式電解槽を導入した。 |
| 2014年 |
和歌山工場に省エネ型複極式電解槽導入 |
| 2018年 |
株式会社山藤を吸収合併し、京都支店を開設した。 |
| 2018年 |
株式会社山藤を吸収合併し、京都支店を開設 |
| 2019年 |
南海化学アールアンドディーを吸収合併した。 |
| 2019年 |
南海化学アールアンドディーを吸収合併 |
| 2020年 |
興南産業株式会社を吸収合併した。 |
| 2020年 |
興南産業株式会社を吸収合併 |
| 2023年 |
富士アミドケミカル株式会社の事業を終了し、南海化学株式会社が東京証券取引所スタンダード市場に上場した。 |
| 2023年 |
富士アミドケミカル株式会社の事業を終了 |
| 2023年 |
南海化学株式会社 東京証券取引所スタンダード市場へ上場 |
| 2023年 |
富士アミドケミカル株式会社の事業を終了
南海化学株式会社 東京証券取引所スタンダード市場へ上場 |
| 2025年 |
エヌシー環境株式会社を吸収合併した。 |
| 2025年 |
エヌシー環境株式会社を吸収合併 |