南海化学株式会社
Nankai Chemical Co., Ltd. 別名
1951-01-01
TYO
Japan
検量に関する事業
化学工業薬品の製造・販売
医薬品の製造・販売
農薬の製造・販売
化粧品・医薬部外品の製造・販売
食品添加物の製造・販売
化学工業薬品の研究開発および分析受託
産業廃棄物の収集・運搬・中間処理
塩の製造・加工・販売
貴金属・非鉄金属の販売・回収
精密機械器具・繊維機械・塗料設備・建築材料の販売
技術・製品の輸出入
設備装置のエンジニアリング・管理・メンテナンス
駐車場経営・不動産管理・倉庫業
経理・総務・人事の受託・代行
貨物運送
農畜水産物の研究開発・生産・加工・販売
発電事業・電気の供給・販売
大阪市西区南堀江1丁目12番19号 四ツ橋スタービル
杉岡 伸也
454,139,200  (4 億)
219 人
263 人
会社名
Group 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行等 株主等
杉岡 伸也
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group 親会社
A
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
南海化学グループ
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
如皋市四友合成化工有限公司
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
Group
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
銀行等
株式会社高知物流
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
株主等
グループ会社 親会社 子会社 得意先 仕入先 業務提携 銀行・融資・与信 出資・持分・株主
銀行等

139 件
日付概要
1872年 近代国家へ向けてようやく歩み始めた明治6年。現在の和歌山県有田市で、南海化学創業者の一人、小泉米蔵が田中善左衛門の次男として誕生した。
1896年 明治29年、大阪府堺市に硫酸晒粉株式会社が設立されると、実の兄である田中善吉が同社の支配人であったことから、兄の下で働きながら晒粉や硫酸などの製造法を学び、和歌山や堺の人脈も広げたのである。
1900年 明治33年 硫酸晒粉(株)時代
1902年 明治35年 バンクーバーにて
1904年 明治37年、日露戦争が勃発。政府は殖産興業の拡充と軍政の強化を図り、産業界に特需と起業ブームが起こった。
1905年 明治38年、紀伊製材会社を設立した米蔵は、新たな事業を模索していた。
1906年 1906年に南海硫肥株式会社が創業された。
1906年 南海硫肥株式会社創業
1906年 明治39年10月26日、地元和歌山の綿ネル産業の実業家や資産家をスポンサーに、晒粉・硫酸・肥料事業に経験のある小泉米蔵を支配人として、南海硫肥株式会社が設立された。
1906年07月 明治40年7月に晒粉製造事業を開始した。
1906-10-26 明治39年10月26日、南海硫肥株式会社が設立された。
1907年 和歌山市鼠島にてルブラン法によるさらし粉製造を開始した。
1907年 明治40年2月3日に株式の払い込み滞に伴い、南海晒粉株式会社に改称し、晒粉の製造・販売に特化した事業へと変更された。
1907年 和歌山市鼠島にてルブラン法によるさらし粉製造開始
1907-02-03 明治40年2月3日、減資・社名変更公告が出され、社名を『南海晒粉株式会社』に改称した。
1907年07月 明治40年7月に設備が完成し、「ルブラン式マンガン法」による本格的な晒粉製造事業を開始した。
1907年07月 明治40年7月、設備が完成し、ルブラン式マンガン法による本格的な晒粉製造事業を開始した。
1910年 明治43年に硫酸の自社製造と販売を目的とした硫酸工場の建設に着手し、明治44年に完成、操業を開始した。
1910年 明治43年、鼠島工場の手狭さから青岸に硫酸製造工場の建設を着手した。
1911年 和歌山市湊にて硝酸式硫酸の製造を開始した。
1911年 和歌山市湊にて硝酸式硫酸製造開始
1911年 明治44年、硫酸製造工場が完成し、生産を開始した。
1911年 明治40年2月に株式の減資と社名変更を行い、「南海晒粉株式会社」となった。
1911年02月 明治44年2月、青岸硫酸工場竣工記念が行われた。
1912年 大正9年に和歌山株取引所に株式を上場した。
1912年 大正元年(1912年)に南海晒粉は和歌山株取引所に上場した。
1913年 大正2年、硫酸第2工場を建設し、月産1,000トンの生産能力を持った。
1916年 大正5年、ネルソン式電解ソーダ事業会社として南海曹達株式会社を設立した。
1916年 大正5年、鼠島に日本除虫菊株式会社を設立した。
1917年 大正6年、由良染料株式会社の設立に参画し、医療用石炭酸や染料を製造した。
1918年 和歌山市小雑賀にてネルソン式電解によりか性ソーダ並びに塩化物の製造を開始した。
1918年 和歌山市小雑賀にてネルソン式電解によりか性ソーダ並びに塩化物製造開始
1918年 大正7年、富山県伏木に北海曹達株式会社を設立した。
1919年 大正8年、青岸にバレンチナ式硝酸工場を新設した。
1920年 大正9年、和歌山株取引所に株式を上場した。
1923年 大正12年、和歌山杉ノ馬場営業所を開設した。
1924年 大正13年(1924年)に南海硫肥株式会社の設立とともに、晒粉・硫酸・肥料事業を展開した。
1925年 土佐硫曹株式会社を設立した。
1925年 大正14年に土佐硫曹株式会社を設立し、ネルソン式電解設備を建設。代表取締役社長に小泉米蔵が就任した。
1925年 土佐硫曹株式会社を設立
1927年 昭和2年、日本除虫菊を合併した。
1928年 昭和3年、北島七兵衛が社長を辞任し、小泉米蔵が就任した。
1928年 昭和3年、土佐硫曹を合併し、現在の南海化学の原型となる和歌山と土佐の生産体制が出来上がった。
1933年 昭和8年、南海石油株式会社を設立した。
1937年 南海化学工業株式会社と改称した。
1937年 南海化学工業株式会社と改称
1938年 昭和12年に岐阜県大垣市の株式会社大垣製薬所と合併し、南海化学工業株式会社と改称した。
1939年 株式会社中山製鋼所に合併された。
1939年 株式会社中山製鋼所に合併
1939-10-26 南海硫肥株式会社が南海化学の前身として設立された。
1942年 昭和17年頃、南海化学は土佐硫曹株式会社と合併し、和歌山と土佐の生産体制が形成された。
1945-08-15 終戦を迎え、南海化学は戦時中の生産活動が停止し、戦後の復旧に向けて動き出した。
1946年04月 昭和21年、南海化学は中山製鋼所と分社化され、再建された。
1951年 南海化学工業株式会社として設立され、資本金は1,500万円となった。
1951年 南海化学工業株式会社として設立、資本金1,500万円
1954年 昭和31年に南海製紙株式会社を設立し、苛性ソーダや晒粉の販売に寄与した。
1954年 昭和29年頃から日本の景気が上昇し、南海化学も生産性向上とコストダウンに取り組む。
1959年 廃硫酸ばい焼による硫酸の製造を開始した。
1959年 廃硫酸ばい焼による硫酸製造開始
1962年 昭和37年、小雑賀工場で水銀法電解槽に全面転換した。
1965年 土佐工場において高度さらし粉の製造を開始した。
1965年 土佐工場において高度さらし粉の製造開始
1966年 昭和37年、土佐工場に水銀法電解槽を導入し、苛性ソーダの生産を拡大。
1973年 昭和37年に小雑賀工場の水銀電解工場が完成した。
1973年10月 昭和48年、オイルショックにより経営環境が厳しくなる。
1974年10月 昭和49年、中山保之社長が退任し、伴隆が新社長に就任。
1982年10月 昭和57年、土佐工場にIM電解槽を導入し、省エネと品質向上を実現。
1983年04月 昭和58年、南海製紙株式会社を設立し、苛性ソーダと晒粉の販売を拡大。
1983年05月 昭和57年に土佐工場にIM電解槽を導入し、品質向上と省エネを実現した。
1985年 研究開発部門の組織強化と有機製品開発に着手した。
1985年 研究開発部門の組織強化、有機製品開発に着手
1986年 和歌山工場にてか性ソーダ製法を従来の水銀法からイオン交換膜法に転換した。
1986年 和歌山工場か性ソーダ製法を従来の水銀法からイオン交換膜法に転換
1986年 昭和61年、大幅な組織改革が行われた。その狙いは、環境の変化や産業構造の変化に対応して経営基盤を確立するとともに、新技術、新分野への拡大、要員合理化、コストダウン、販売力の強化であった。さらに、独自性のある化学メーカーとして南海化学が発展していくために、研究開発部門の強化を図った。小雑賀工場に研究開発室を、土佐工場に研究開発土佐分室を設置。さらに、研究開発部のもと、第一研究開発室、第二研究開発室のほか、開発プロジェクト室を設置して陣容を強化した。設備面でも小雑賀工場に、最新の試験分析機器を有する研究総合センターを建設するなど、万全の研究開発体制を確立したのである。
1987年 有機塩素化合物(中間体)の製造を開始した。
1987年 有機塩素化合物(中間体)製造開始
1990年 資本金を2億700万円に増資し、研究総合センターを新設した。
1990年 資本金2億700万円に増資、研究総合センター新設
1991年 平成3年に経営の抜本的改革を開始し、工場の製造方法や営業のあり方を変革した。
1991年04月 平成3年、国内景気の下降により経営環境が悪化。
1994年 青岸工場にて水処理剤ポリ塩化アルミニウムの製造を開始した。
1994年 青岸工場水処理剤ポリ塩化アルミニウム製造開始
1996年 土佐工場にて60%高度さらし粉製造設備と塩素化イソシアヌル酸加工ラインを新設した。
1996年 土佐工場60%高度さらし粉製造設備新設 塩素化イソシアヌル酸加工ライン新設
1996年 平成8年からは、さらなる経営体質の強化を目指し、「レインボーブリッジ・プラン」に取り組んだ。その内容は「全製品の採算を最重視するとともに、顧客の立場に立った品質の良い製品を提供するモノづくりの基本を徹底し、各事業所が採算性を追求して、21世紀へ生き残れる企業へ変身する」というものであった。
1997年 塩素化イソシアヌル酸原体の製造ラインを完成させた。
1997年 塩素化イソシアヌル酸原体製造ライン完成
1998年 本社・小雑賀工場・青岸工場がISO-9002認証を取得した。
1998年 本社・小雑賀工場・青岸工場ISO-9002認証取得
1999年 本社・土佐工場がISO-9002認証を取得した。
1999年 本社・土佐工場ISO-9002認証取得
1999年06月 平成11年、池田和夫が社長に就任し、企業の再構築を進める。
2000年 資本金を3億300万円に増資し、小雑賀工場・青岸工場・土佐工場がISO-14001認証を取得した。東京オフィスを開設し、ポリ硫酸鉄の製造設備を新設した。
2000年 資本金3億300万円に増資 小雑賀工場・青岸工場・土佐工場ISO-14001認証取得 東京オフィス開設 ポリ硫酸鉄製造設備新設
2000年06月 平成13年に新5カ年計画「サンライズプラン」をスタートさせ、事業の選択と集中を推進した。
2000年06月 平成12年6月に池田和夫が社長に就任し、平成13年には、新5カ年計画「サンライズプラン」をスタートさせた。
2001年 平成13年には、新5カ年計画「サンライズプラン」をスタートさせた。
2001年04月 平成13年、「サンライズプラン」に基づく新5カ年計画を開始。
2002年 一般用塩の製造販売を開始した。株式会社エヌエムソルトを設立した。
2002年 一般用塩の製造販売開始 株式会社エヌエムソルト設立
2003年 土佐工場(本社含む)がISO-9001に品質認証を移行し、研究開発部門を分社化して株式会社南海化学アールアンドディーを設立した。
2003年 土佐工場(本社含む)ISO-9001品質/認証移行
2003年 土佐工場(本社含む)ISO-9001品質/認証移行 研究開発部門を分社化 株式会社南海化学アールアンドディー設立
2004年 株式会社山藤を子会社化した。
2004年 株式会社山藤を子会社化
2005年 青岸工場にポリシリカ鉄(PSI)製造設備を新設し、福岡オフィスを開設した。
2005年 青岸工場にポリシリカ鉄(PSI)製造設備新設
2005年 福岡オフィス開設
2005年 青岸工場にポリシリカ鉄(PSI)製造設備新設 福岡オフィス開設
2006年 富士アミドケミカル株式会社を子会社化し、グルコサミン・サプリメントの販売を開始した。
2006年 富士アミドケミカル株式会社を子会社化
2006年 グルコサミン・サプリメント販売開始
2006年 富士アミドケミカル株式会社を子会社化 グルコサミン・サプリメント販売開始
2010年 南海化学株式会社に社名を変更し、環境リサイクル部門を分社化してエヌシー環境株式会社を設立した。
2010年 南海化学株式会社と改称
2010年 環境リサイクル部門を分社化 エヌシー環境株式会社設立
2010年 南海化学株式会社と改称 環境リサイクル部門を分社化 エヌシー環境株式会社設立
2011年 富士アミドケミカル株式会社の営業部門を継承した。
2011年 富士アミドケミカル株式会社の営業部門を継承
2013年 南海グローバルケミ株式会社(SPC)が中山製鋼所の所有する南海化学株式の全株を取得し、青岸工場に水硫化ソーダ製造設備を新設、南海グローバルケミ株式会社と合併した。資本金は454,139,200円に増資した。
2013年 南海グローバルケミ株式会社(SPC)が中山製鋼所の所有する 南海化学株式の全株を取得
2013年 青岸工場に水硫化ソーダ製造設備新設
2013年 南海グローバルケミ株式会社と合併
2013年 資本金454,139,200円に増資
2013年 南海グローバルケミ株式会社(SPC)が中山製鋼所の所有する南海化学株式の全株を取得 青岸工場に水硫化ソーダ製造設備新設 南海グローバルケミ株式会社と合併 資本金454,139,200円に増資
2014年 和歌山工場に省エネ型複極式電解槽を導入した。
2014年 和歌山工場に省エネ型複極式電解槽導入
2018年 株式会社山藤を吸収合併し、京都支店を開設した。
2018年 株式会社山藤を吸収合併し、京都支店を開設
2019年 南海化学アールアンドディーを吸収合併した。
2019年 南海化学アールアンドディーを吸収合併
2020年 興南産業株式会社を吸収合併した。
2020年 興南産業株式会社を吸収合併
2023年 富士アミドケミカル株式会社の事業を終了し、南海化学株式会社が東京証券取引所スタンダード市場に上場した。
2023年 富士アミドケミカル株式会社の事業を終了
2023年 南海化学株式会社 東京証券取引所スタンダード市場へ上場
2023年 富士アミドケミカル株式会社の事業を終了 南海化学株式会社 東京証券取引所スタンダード市場へ上場
2025年 エヌシー環境株式会社を吸収合併した。
2025年 エヌシー環境株式会社を吸収合併
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1120001046120
商号又は名称南海化学株式会社
フリガナナンカイカガク
英語名
法人種別301
住所〒550-0015 大阪府大阪市西区南堀江1丁目12番19号
郵便番号5500015
都道府県コード27
市区町村コード106
国外所在地
国内所在地(都道府県)英語
国内所在地(市区町村等)英語
国外所在地(英語)
法人番号指定年月日2015-10-05
更新年月日2025-04-15
変更年月日2025-04-01
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
承継先法人番号
変更事由の詳細令和7年4月1日和歌山市湊1342番地エヌシー環境株式会社(8170001007004)を合併
最新履歴1
検索対象除外0
処理区分71
訂正区分0
商号又は名称イメージID
国内所在地イメージID
一連番号3986622
出典:国税庁法人番号公表サイト 基本3情報
1120001046120
法人番号1120001046120
商号又は名称南海化学株式会社
商号又は名称(カナ)ナンカイカガク
商号又は名称(英字)
登記記録の閉鎖等年月日
登記記録の閉鎖等の事由
登記住所大阪府大阪市西区南堀江1丁目12番19号
郵便番号5500015
都道府県大阪府
都道府県コード27
市区町村(郡)大阪市西区
市区町村コード106
番地以下南堀江1丁目12番19号
組織種別301
処理区分71
訂正区分0
状態
代表者名称代表取締役社長執行役員 杉岡 伸也
資本金454000000
従業員数213
企業規模詳細(男性)179
企業規模詳細(女性)46
事業概要
WebサイトURL
創業年
事業種目E:製造業
設立年月日
全省庁統一資格-資格等級
全省庁統一資格-営業品目
更新年月日2025-04-15
キー情報1120001046120
出典:Gビズインフォ(経済産業省)
2026-07-21 09:28 (Model: gpt-4.1-nano )
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