| 1872年 |
大倉喜八郎が大倉組商会を設立。機械類の貿易と建設業を併営。 |
| 1881年 |
日本初の電気街灯(アーク灯)を銀座2丁目の大倉組商会前に建設。 |
| 1882年 |
大倉喜八郎が当時の外務卿・井上馨の命を受け、鹿鳴館を建設。 |
| 1886年 |
大倉組商会から土木部門を分離して有限責任日本土木会社を設立(初の建設業法人)。 |
| 1917年 |
株式会社大倉組を設立(初の建設業株式会社)。 |
| 1925年 |
会社初の道路舗装工事として東京・半蔵門~麹町3丁目間を施工。 |
| 1946年 |
社名を大成建設株式会社と改称。 |
| 1958年 |
道路部を新設して道路整備事業部門を充実。 |
| 1961年 |
道路部が分離独立し、大成道路株式会社を設立。資本金1億円。本社を中央区銀座に、支社を大阪および札幌に置く。 |
| 1961年06月 |
大成道路株式会社は、道路工事、舗装工事、防水工事など、道路に関する工事の施工監理、工事用諸材料の製造販売などを営む目的で、1961年(昭和36年)6月に設立された。資本金は1億で、発行済株式20万株のうち18万8千株を大成建設が保有した。 |
| 1961年06月 |
設立初年度、「羽田空港エプロン増設工事」、「首都高速1号本町・鈴ヶ森間舗装工事」を完成させ、生産性向上と品質確保のため、アメリカ製路盤破砕機やドイツ・フェーゲル社製コンクリートスプレッダとフィニッシャ等を導入した。 |
| 1962年 |
大宮市に機械整備工場を開設。名古屋営業所を支社に昇格。翌年中部支社に改称。 |
| 1962年 |
“道路造りは国造り”という機運が国じゅうに満ち溢れていた中、機械による大型施工へのニーズが高まってきたため、埼玉県大宮市に機械整備工場を開設した。 |
| 1963年 |
仙台営業所を東北支社に昇格・改称。東京都中央区京橋3丁目に本社を移転。 |
| 1964年 |
江東区豊洲に技術研究所を開設。東京証券市場第2部に株式を上場。 |
| 1964年 |
東京オリンピック開催の年に東京証券取引所市場第2部に上場。同年に、東京都江東区豊洲に技術研究所を開設した。 |
| 1965年 |
日本で初めての高速道路である「名神高速道路」が開通し、当社は羽島・一宮間の舗装工事を担当した。 |
| 1966年 |
浦和市に機械工場を開設。福岡営業所を九州支社に昇格・改称。関東工事部を関東支社と改称。浦和市に技術研究所を移転。 |
| 1966年 |
ハーバーグリーン社製120t/hプラントを導入し、製造能力の向上を図った。 |
| 1968年 |
日本で初めての遮水壁による「大津岐ダム(福島県)」を完成させた。 |
| 1970年 |
東京証券市場第1部に指定替。大宮・浦和工場を閉鎖し、鴻巣市に鴻巣機械センターを開設。 |
| 1970年 |
大宮・浦和にあった機械工場を閉鎖し、埼玉県鴻巣市に最新鋭の設備を備えた機械センターを完成させた。 |
| 1971年 |
浦和市に最新設備を備えた技術研究所が開設。広島営業所を中国支社に昇格・改称。金沢市に北陸支社を開設(後に新潟市に移転)。 |
| 1971年 |
埼玉県浦和市に最新設備を備えた技術研究所が落成した。 |
| 1972年 |
光化学スモッグ等の大気汚染公害に対応するために、各合材プラントに公害対策装置を装備した。 |
| 1974年 |
「東北自動車道・矢板白河間」が開通し、当社はセメントコンクリート舗装を担当した。 |
| 1975年 |
わだち掘れに強いアスファルト改質材「TR-100」や全天候型テニスコート用舗装材「TDソフトカラー」などを開発した。 |
| 1979年 |
瀬戸大橋建設工事に参加し、特殊アスファルト・グース舗装を担当した。 |
| 1981年 |
高松支所を四国支社に昇格・改称。 |
| 1985年 |
子会社 (株)ボーを設立。 |
| 1986年 |
アメリカワシントン州に現地法人TAISEI ROTEC INC.を設立し、当社の路上表層再生工法(ヒートリフォーミング)の高い技術を活かし、ワシントン州のディアパーク空港走路補修工事、オレゴン州の州道213号補修工事等を完成させた。 |
| 1987年 |
当社として初めての大型建築工事の受注に成功した。瀬戸大橋の開通にあわせた「瀬戸大橋温泉会館やま幸新築工事」で、工期は7ヶ月と短く、各資材や作業員の不足などで難工事であったが、大成グループの一致団結により工期通り完成させることができた。 |
| 1991年 |
創立30周年記念事業として、鴻巣市に研修センターを新設、同所に技術研究所を移転。 |
| 1992年 |
社名を大成ロテック株式会社と改称。 |
| 1992年 |
創立30周年をむかえたこの年、社名を現在の「大成ロテック株式会社」と改称した。これは、新時代に向けて道路舗装の枠を超えた幅広い建設分野への事業拡大・強化を目指そうとする経営者及び全従業員の強い決意表明であった。 |
| 1992年 |
同年、従前から機械センターを設置していた鴻巣市の広大な敷地に、研修センターと浦和市から移転した技術研究所を収容する総合施設が建設された。これまで以上に充実した設備での研究開発と、大人数の長期技術研修が可能となったことから、当社の技術レベルのさらなる向上が図られ、施工品質・製品品質を高いレベルで維持することが可能となった。 |
| 1993年 |
関東支社を横浜支社、北関東支社、東関東支社、東京支社に分割。 |
| 1997年 |
東関東支社房総合材工場がISO14001認証を取得。東京支社がISO9002認証を取得。 |
| 2000年 |
中国北京市に合弁会社設立。北京路新大成アスコン有限公司を設立し、アスファルトの製造・販売事業を行う。 |
| 2001年 |
全支社でISO9001認証取得完了。 |
| 2002年 |
中国北京市に合弁会社設立。北京路新、北京市市政、当社、ニチレキの四社で北京路新大成景観舗装有限公司を設立し、特殊舗装工事を主体とした事業を行う。 |
| 2003年 |
東京支社、横浜支社、北関東支社の3支社を関東支社として統合。 |
| 2004年 |
ISO14001全社で認証取得。 |
| 2005年 |
当社とニチレキは合弁会社北京市市政一建設工程有限責任公司を設立。 |
| 2007年 |
ISO9001本社生産技術本部を含めた全社で認証取得。 |
| 2009年 |
大成建設株式会社の完全子会社化により東京証券市場1部上場を廃止。 |
| 2012年 |
東京都新宿区西新宿8丁目に本社を移転。 |
| 2014年 |
中国支社が四国支社と統合し、中四国支社に改称。北京路新大成アスコン有限公司の合弁事業を終了。 |
| 2015年 |
関東支社を北関東支社、南関東支社に分割。 |
| 2017年 |
平成29年(2017年) |
| 2018年 |
平成30年(2018年)国際支社を設立。大成建設グループの新シンボルマーク・スローガンを制定。グループ統一のシンボルへと刷新した。 |
| 2019年 |
令和元年(2019年)横浜支社を設立。北陸支社を北信越支社に改称。ベトナム社会主義共和国ハノイ市に子会社、大成ロテックベトナムを設立。 |
| 2021年 |
令和3年(2021年)創立60周年。 |
| 2023年 |
令和5年(2023年)当社と昭和瀝青工業は共同企業体東京乳剤センターを設置、乳剤事業を開始。 |
| 2024年 |
令和6年(2024年)加賀田健司氏、代表取締役社長に就任。 |
| 2025年 |
令和7年(2025年)福島県田村市に大成建設グループ次世代技術実証センター/田村を開設。 |
| 2026年 |
令和8年(2026年)埼玉県幸手市に大成建設グループ次世代技術研究所/幸手の本格運用を開始。 |