三井倉庫サプライチェーンソリューション株式会社
基本情報
- 所在地
- 〒103-0015 東京都中央区日本橋箱崎町19番21号 MSH日本橋箱崎ビル
- 社長
- 芳賀 丈治
- 資本金
- 1,550,000,000 (15 億)
- 従業員数(単独)
- 従業員数(連結)
- 開始日
- 2015-04-01
- 終了日
サイト
事業内容
関連会社
| 会社名 | Group | 親会社 | 子会社 | 得意先 | 仕入先 | 業務提携 | 銀行等 | 株主等 |
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| MS Supply Chain Solutions (Malaysia) Sdn. Bhd. | ||||||||
| MS Supply Chain Solutions (Thailand) Ltd. | ||||||||
| MS Supply Chain Solutions (Malaysia) Sdn.Bhd. | ||||||||
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関連図
沿革
堂島米会所が開設されました。米切手を売買するための米の保管証明書を発行し、世界初の公設先物取引所となりました。
シカゴ商品先物取引所が設立されました。
廃藩置県により、各藩の蔵屋敷は明治政府の所有となり、その後民間に払い下げられました。
三井両替店は、1876(明治9)年に日本初の私立銀行である三井銀行に改組されました。
現在の東洋紡の基礎となった大阪紡績が1882年に創業されたことをきっかけとして、紡績会社や精糖会社の設立ブームが発生。
大阪倉庫会社が設立されました。
日清戦争後の1895(明治27)年から紡績会社や精糖会社の設立ブームが発生。
米の保管料収入が低下し、繊維関係と砂糖の保管料収入が増加しました。
1900(明治33)年7月に三井銀行神戸支店小野浜倉庫(18,410㎡)が開業されました。
1907(明治40)年9月から大規模な第1期整備拡張工事が行われ、神戸の出入船舶対応のための港湾整備が進められました。
1909(明治42)年10月に東神倉庫株式会社として設立され
三井銀行から倉庫部が分離。明治42年10月11日「東神倉庫株式会社」として設立。
三井倉庫(東神倉庫)が横浜に進出し、横浜税関構内に事務所を設け、税関第一号レンガ造倉庫を賃借して営業を開始。
1915(大正4)年から神戸小野浜の埋め立てに取り組む。
1917(大正6)年に神戸に輸入する棉花の4割の荷捌きを神戸桟橋会社とともに担当することになり、神戸桟橋会社からのステベ業務も引き継ぐ。
東神倉庫(三井倉庫)が大阪倉庫会社を買収しました。
東神倉庫の大阪支店として営業を開始しました。
横浜は関東大震災前の1920(大正9)年に人口42万2938人の大都市に発展。
東神倉庫(現在の三井倉庫ホールディングス)東京支店の清崎昌雄は、名古屋港への進出を勧められる。
東神倉庫は名古屋支店のために3,770坪の土地を賃借。
倉庫4棟、上屋2棟の建設に着手し、日本棉花同業会と棉花取扱契約を締結。
名古屋出張所が営業を開始。
関東大震災後、横浜税関倉庫の火災被害を免れた三井倉庫は、震災直後の9月11日に横浜税関倉庫を生糸専門倉庫として再借入し、貿易の復興に貢献。
昭和30年頃の兵庫県神戸市にある小野浜倉庫の様子。
日本初のトランクルームは、三菱倉庫が1931年1月に設立した江戸橋倉庫に置かれた。
名古屋出張所が名古屋支店に昇格。
昭和17年3月に社名を「三井倉庫株式会社」と改称。
1941年11月に、三井倉庫は銀座松坂屋の地下室を借りて毛皮や骨董品などを保管するトランクルームを計画したが、資材難により実現しなかった。
社名を「三井倉庫株式会社」と改称。
社名を「三井倉庫」と名乗ることができる。
1942(昭和17)年3月には三井倉庫株式会社と改称され
船舶や港運業務も戦時統制の影響を受け、統制会社に吸収された。
1944年5月に、日本倉庫統制株式会社に倉庫営業のすべてを供出し、疎開家財保管を手がけた。
深夜から10日にかけての東京大空襲により、死者約8万4,000人、全焼家屋約26万7,000戸の大きな被害があり、東京では終戦までに合計122回の空襲があった。
広島に原子爆弾が投下され、14万人以上が死亡し、建物の約90%が全焼または全壊した。
長崎に原子爆弾が投下され、死者7万4,000人以上、建物の約36%が全焼または全半壊した。
日本政府はポツダム宣言受諾を連合国に通告し、GHQが占領政策を実行。
GHQの最大の目標は日本の非軍事化と民主化の推進。
終戦により、戦時統制の影響を受けた船舶の返還が進められるも、完全な返還には至らなかった。
アメリカ政府が「初期の対日方針」を公表し、産業上および金融上の大コンビネーションの解体を通じた経済の民主化を目指す方針を示した。
持株会社整理委員会が発足し、財閥解体が推し進められる。
第1次指定として三井本社、三菱本社、住友本社、安田保善社、富士産業の5社が指定される。
三井倉庫の戦災と接収の影響により、所有倉庫の一部が戦災被害を受け、GHQに接収された。
横浜支店の倉庫もGHQに接収され、借庫を利用して業務を継続した。
第5次指定までに83社が指定を受け、各企業は次々と清算された。
三井倉庫が制限会社解除の条件を満たし、解除報告書を提出。
東京証券取引所に株式を上場。持株会社制に移行、三井倉庫ホールディングス設立。
三井倉庫が資本金を増資し、株式を上場。
大蔵省が三井倉庫の制限会社解除を告示。
三井倉庫が東京証券取引所に上場。
株主数が1,462名に増加。
朝鮮戦争の勃発により、特需景気が発生し、日本の戦後混乱期を脱出。
株主数が2,864名に増加。
日本は高度経済成長期に突入。
「もはや戦後ではない」との認識が示され、戦後復興期を経て高度経済成長期に突入。
1957(昭和32)年9月に「大手町トランクルーム」を開設
1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災を教訓に、防災の日が閣議決定される。
三井倉庫は1963(昭和38)年に大阪支店三島倉庫を建設した。
三井倉庫は1964(昭和39)年に名古屋支店西春倉庫を建設した。
三井倉庫は1966年に自動車運送取扱事業に進出し、東京支店と横浜支店で事業登録を受けた。
三井倉庫は1967(昭和42)年に東京支店厚木倉庫を建設した。
三井倉庫は1968年に海上コンテナの運送を開始し、海上コンテナの輸送をきっかけに陸上運送も自営する方針を定めた。
三井倉庫は1969(昭和44)年に神戸支店と横浜支店で貨物自動車運送事業の免許を取得した。
1969(昭和44年)年からトランクルームに転換
三井倉庫は1971(昭和46)年に名古屋支店で貨物自動車運送事業の免許を取得した。
三井倉庫は1972年に門司支店で貨物自動車運送事業の免許を取得した。
高度経済成長期が終了。
三井倉庫の社内報『三井倉苑』の1974年の年頭の辞で、当時の竹内自益会長は、海外業者との提携による海外市場開拓の実効を挙げ、国際的規模をもった一貫流通業者としての体制を確立することを挙げている。
1974年5月に「国際部」が新設され、それまで海上業務部が所管していたロサンゼルス駐在員も国際部に移管された。
1974年10月にニューヨークにも駐在員を派遣し、国際業務を拡大した。
1976年1月に神戸支店の輸出課が「プラント輸出課」に改称された。
同年6月に従来の国際関係業務を担う「業務課」とともに、プラント取扱業務推進のための「プラント課」が国際部に設置された。
1977年12月に、営業面の強化と効率化のために本店機構を再編成し、輸出課などを抱える従来の海上業務部が国際部へと改称され、プラント課を抱える従来の国際部はプラント部となった。
1978年4月に、国際部が在来輸出取扱業務を拡大し、関連会社を含めた取扱量は増加した。
1978年11月に、オランダのVGL社と航空貨物の集貨および取扱代理店契約を締結し、国際複合輸送代理店を行う会社として、ロッテルダムにMitsui Soko B. V.を三井倉庫とVGL社の合弁で設立した。
1978年12月に、航空貨物の取扱業務を本格的に開始した。
1980年秋に、得意先が150社を超え、京浜地区における取扱件数は月間150件に及び、ロンドンやアムステルダムを中心としたヨーロッパ向け貨物を中心に業績は順調に推移した。
同年11月に東京支店(箱崎事務所)と名古屋支店(中川事務所)に航空貨物センターを設置し、通関業務を除いた現業部門の自営体制を確立した。
1982年4月に、IATAに対して航空貨物代理店の認可申請を行い、同年6月に日本で42番目のIATA航空貨物代理店として認可された。
1983(昭和58)年9月に完成した大手町センタービルの地下4階の一部を賃借して、新「大手町トランクルーム」を開設
1984年に、米国ロサンゼルス経由とシンガポール経由でのSea & Air Serviceを展開し、海外ネットワークを整備した。
国内貨物輸送量が約60億トンに達し、経済成長に伴う物流の変化が顕著に。
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から20年。
シーランド社は1999年にマースク・シーランド社に合併された。
シーランド社は2006年にマースク・ライン社に社名を変更した。
2009年10月に創立100年を迎えました
2011年3月11日に発生した東日本大震災から4年。
三井倉庫は三井倉庫ホールディングスに社名を変更し、持株会社制に移行。
2014(平成26)年10月には三井倉庫ホールディングスを持株会社とする持株会社制に移行
ソニーサプライチェーンソリューション株式会社のロジスティクス事業を三井倉庫ホールディングス(株)とソニー(株)の合弁会社に移管。社名を三井倉庫サプライチェーンソリューション株式会社とする。
2015.4.24に山藤竜太郎准教授による横浜市立大学の記録。
歴史コラム 戦時中編が掲載される。
三井倉庫は三井倉庫ホールディングスに社名変更し、持株会社制に移行。
令和7年5月に本店所在地を東京都港区西新橋3丁目から東京都中央区日本橋箱崎町に移転。
ニュース
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公的データ
国税庁・基本情報1010701024774
- 商号又は名称
- 三井倉庫サプライチェーンソリューション株式会社
- フリガナ
- ミツイソウコサプライチェーンソリューション
- 英語名
- 法人種別
- 301
- 住所
- 〒103-0015 東京都中央区日本橋箱崎町19番21号
- 郵便番号
- 1030015
- 都道府県コード
- 13
- 市区町村コード
- 102
- 国外所在地
- 国内所在地(都道府県)英語
- 国内所在地(市区町村等)英語
- 国外所在地(英語)
- 法人番号指定年月日
- 2015-10-05
- 更新年月日
- 2025-05-16
- 変更年月日
- 2025-05-14
- 登記記録の閉鎖等年月日
- 登記記録の閉鎖等の事由
- 承継先法人番号
- 変更事由の詳細
- 最新履歴
- 1
- 検索対象除外
- 0
- 処理区分
- 12
- 訂正区分
- 0
- 商号又は名称イメージID
- 国内所在地イメージID
- 一連番号
- 1326045
経済産業省・gBizINFO1010701024774
- 法人番号
- 1010701024774
- 商号又は名称
- 三井倉庫サプライチェーンソリューション株式会社
- 商号又は名称(カナ)
- ミツイソウコサプライチェーンソリューション
- 商号又は名称(英字)
- 登記記録の閉鎖等年月日
- 登記記録の閉鎖等の事由
- 登記住所
- 東京都中央区日本橋箱崎町19番21号
- 郵便番号
- 1030015
- 都道府県
- 東京都
- 都道府県コード
- 13
- 市区町村(郡)
- 中央区
- 市区町村コード
- 102
- 番地以下
- 日本橋箱崎町19番21号
- 組織種別
- 301
- 処理区分
- 12
- 訂正区分
- 0
- 状態
- 代表者名称
- 資本金
- 従業員数
- 250
- 企業規模詳細(男性)
- 151
- 企業規模詳細(女性)
- 113
- 事業概要
- 物流企画および輸出入業務・航空代理店業務・倉庫オペレーション手配業務
- WebサイトURL
- https://www.mitsui-soko.com/company/group/mscs/womens_careers/
- 創業年
- 事業種目
- T:分類不能の産業
- 設立年月日
- 全省庁統一資格-資格等級
- 全省庁統一資格-営業品目
- 更新年月日
- 2025-05-16
- キー情報
- 1010701024774