| 1924年 |
第一号商品である「ゼンマイ仕掛けの赤い競走自動車」に続き、アルミ地金を素材に「AEROPLANE BREGUET」を製作、「飛行機の富山」として名声を確立します。 |
| 1924-02-02 |
1924年2月2日、創業者富山栄市郎がタカラトミーの前身となる富山玩具製作所を創設しました。 |
| 1924-02-02 |
創業者富山栄市郎がタカラトミーの前身となる富山玩具製作所を創設しました。 |
| 1930年 |
昭和恐慌による景気減退の中、「LOOPING PLANE」が大ヒットを記録し、製造者マークを尾翼に印字するなど異例の取り組みを行いました。 |
| 1950年 |
経済統制撤廃等による本格的な事業再開で製作された大型フリクション玩具「B-29」が国内外で大ヒットし、大型玩具輸出の先鞭をつけました。 |
| 1950年 |
素材・技術革新の波の中、オールプラスチック製玩具「スカイピンポン」を発売し、大ヒットに繋げました。 |
| 1950-09-17 |
1955年9月17日に、タカラの前身である佐藤ビニール工業所が設立されました。 |
| 1953-01-17 |
1953年1月17日、三陽工業株式会社として近代企業への道を歩み始めました。 |
| 1953-01-17 |
1953年1月17日には三陽工業株式会社として近代企業への道を歩き始め、 |
| 1955-09-17 |
1955年9月17日には、タカラの前身である佐藤ビニール工業所が設立されました。 |
| 1959年 |
1959年に創業時からの悲願であった販売会社富山商事株式会社を設立しました。 |
| 1959年 |
1959年には創業時からの悲願であった販売会社富山商事株式会社を設立。 |
| 1960年 |
国内外での生産拠点の海外進出を進め、香港、シンガポールに工場を開設し、米国ロサンゼルスに現地法人を設立しました。 |
| 1974年 |
創業50周年を迎えた1974年に二代目富山允就が社長に就任しました。 |
| 1974年 |
1974年、二代目富山允就が社長に就任。 |
| 1980年 |
1980年にHT研究室を設置。 |
| 1984年 |
1984年の店頭公開 |
| 1985年 |
1985年のプラザ合意による円高の進行で急速な経営危機に陥り、米国現地法人の売却、国内生産工場の閉鎖など抜本的な改革を実行。 |
| 1986年 |
1986年、経営体制の刷新により三代目富山幹太郎が社長に就任。 |
| 1986年 |
1986年の二部上場 |
| 1988年 |
1988年には玩具本業経営から複合多角経営へと転換を図り、幅広い層に向けた商品展開を行いました。 |
| 1989年 |
1989年には、トミー工業が(株)トミーを吸収合併し、商号を株式会社トミーに変更しました。 |
| 1991年 |
1991年には一部市場への指定替えを果たしました。 |
| 1997年 |
1997年には店頭公開 |
| 1999年 |
1999年には二部上場を果たしました。 |
| 2000年 |
2000年にウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパンと包括的ライセンス契約を締結しました。 |
| 2000年 |
2000年ウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパンと包括的ライセンス契約を締結。 |
| 2000年 |
2000年、佐藤慶太が社長に就任、拡玩具路線を提唱し、玩具の枠を超えた商品展開を積極的に進め、その企画・マーケティング力を活かし、次々と話題商品を提供し続けました。 |
| 2006年 |
2006年、タカラとトミーは互いの強みを最大限に発揮し、世界一の玩具メーカーを目指して合併し、「タカラトミー」が誕生しました。 |
| 2011年 |
2011年には米国玩具メーカーRC2(現TOMY Internationalグループ)を買収し、グローバル展開へのプラットフォームを確立。 |
| 2024-02-02 |
当社は創業100周年を迎え、6月には富山彰夫が社長に就任しました。新たに策定された「中長期経営戦略2030」の実現により、総合アソビメーカーを目指します。 |
| 2024年06月 |
2024年2月2日に創業100周年を迎え、6月に富山彰夫が社長に就任しました。 |