及川陽菜さん、国際作曲コンクールで佳作 ↗
セイコーグループの卒業生でサクソフォン奏者の及川陽菜さんが、国際作曲コンクールでHonorable Mentionを受賞しました。作品「Manhattan」はニューヨークの都市のエネルギーを表現し、彼女のアルバムにも収録されています。今後も音楽活動と成長を目指す意欲を示しています。
服部金太郎が服部時計店(時計小売・修理の店)を創業。外国商館から信用を得て大いに発展する。
八日巻掛時計。小売業の成功を背景に、精工舎を設立。掛時計の製造を開始。
銀座4丁目角に店を移転し、時計塔つきの店舗を構える。
当社初の懐中時計「タイムキーパー」の製造開始。懐中時計事業は赤字が続くも継続し、やがて市場を独占。
上海と香港に販売代理店を開設。
懐中時計からの変化を先取りし、国産初の腕時計「ローレル」を発売。
関東大震災で溶けた時計。9月の関東大震災で工場、店舗すべて焼失するも11月に営業再開。震災で焼失した修理預かりの時計の代償に無償で新品を進呈したことで確固たる信用を得る。
セイコーブランドの腕時計を初めて発売。
初のSEIKOロゴ時計。セイコーブランドの腕時計を初めて発売。
現在の銀座4丁目時計塔(現SEIKO HOUSE)が竣工。
工場精工舎のウオッチ部門を分離独立し、株式会社第二精工舎を設立。(現セイコーインスツル株式会社)
小売部門が独立し株式会社和光となる。
東京証券取引所に上場。
諏訪工場が独立し、株式会社諏訪精工舎となる。(現セイコーエプソン株式会社)
初代グランドセイコー。世界最高水準精度の「グランドセイコー」を発売。
初代グランドセイコーを発売。世界最高水準精度の時計。
東京オリンピック公式計時を担当、以降5大会で計時を担当。(札幌、バルセロナ、リレハンメル、長野、ソルトレーク)
1964 東京オリンピック 初めてオリンピック公式計時を担当。戦後復興と経済成長の時代、セイコーは社運を賭けて公式計時に名乗りをあげ、36種類1,278個の機器と172名の人員を動員して大会の成功を支えた。
1964 東京オリンピックで初めてオリンピック公式計時を担当。戦後復興と経済成長の時代、セイコーは社運を賭けて公式計時に名乗りをあげ、36種類1,278個の機器と172名の人員を動員して大会の成功を支えた。小型水晶時計などの技術力が世界で認知され、国際的なブランドとして製品販売も拡大した。
ジュネーブ天文台コンクールで機械式時計の上位を独占。
世界初の家庭用クオーツ掛時計を発売。
ジュネーブ天文台測定表。ジュネーブ天文台コンクールで機械式時計の上位を独占。
世界初家庭用クオーツ掛時計を発売。
香港にHattori(H.K.)Ltd(現 Seiko Hong Kong Ltd.)を設立。その後世界各地に現地法人を相次いで設立。
香港にHattori(H.K.)Ltd(現Seiko Hong Kong Ltd.)を設立。その後世界各地に現地法人を相次いで設立。
世界初のクオーツウオッチ「クオーツアストロン」を発売。
クオーツアストロン。世界初のクオーツウオッチ「クオーツアストロン」を発売。
IC搭載クオーツウオッチ36SQCを開発。
1972 札幌オリンピック 最初の冬季オリンピック公式計時。雪、氷、寒さなど過酷な自然条件の下でも高精度でタイムを測定できるよう改良を加え、万全の計時体制を敷いた。
1972 札幌オリンピックで最初の冬季オリンピック公式計時を担当。雪、氷、寒さなど過酷な自然条件の下でも高精度でタイムを測定できるよう改良を重ね、最低2系統の電気計時システムとバックアップの手動計時システムを導入し、万全の計時体制を敷いた。
世界初の6桁表示デジタルウオッチを発売。
6桁表示デジタルウオッチを発売。
水晶振動子、酸化銀電池を開発。
竹岡一男が技能五輪世界大会で優勝。以来計7名の優勝者を輩出。
中澤正英が技能五輪全国大会で優勝。以来計8名の優勝者を輩出。
1978年から1995年まで開催されたセイコーワールドスーパーテニスをサポート。
1978年、1982年、1986年、1990年のサッカーワールドカップで計時を担当。
1978 セイコーワールドスーパーテニス(1978-1995)、サッカーワールドカップ(1978、1982、1986、1990)
1979年から現在まで、NHK杯国際フィギュアスケート競技大会の計時を担当。
1979 NHK杯国際フィギュアスケート競技大会(1979-現在)
サーマルプリンターメカニズムに参入。
1980年から1991年まで、全仏オープンテニスの計時を担当。
1980 全仏オープンテニス(1980-1991)
1981年から2006年まで東京国際マラソンの計時を担当。
1981 東京国際マラソン(1981-2006、2007以降東京マラソン)
サーマルプリンターメカニズムに参入。
日本初の大型からくり時計「マリオンクロック」を設置。全国的なからくり時計ブームの火付け役となる。
1984年から現在まで名古屋国際女子マラソンと東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメントの計時を担当。
1984 ファウル判定装置、名古屋国際女子マラソン(1984-現在)、東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント(1984-現在)
外食産業用オーダリングシステムを開発。
1985年、ワールドアスレティックスとパートナーシップ契約を結び、180を超える大会を計時。世界陸上競技選手権は1987年ローマ大会以降16大会連続で公式計時を担当。
発注端末を開発。
1985 ワールドアスレティックスとのパートナーシップ契約。30年以上の歴史の始まり。セイコーは1985年からワールドアスレティックスと契約し、180を超える大会を計時。世界陸上競技選手権は1987年ローマ大会以降16大会連続で公式計時を担当。
ワールドアスレティックスとパートナーシップ締結。IAAF世界陸上ローマの公式計時を担当、以降継続して計時を担当。
1987年の第2回ローマ大会以降、世界陸上競技選手権の公式計時を担当。
1987 光波距離計(EDM)
超薄・超高精度を実現したインテリア掛時計を発売。
セイコータイムシステム株式会社(現セイコータイムクリエーション株式会社)を設立。
1992 バルセロナオリンピック 28年ぶりに夏季オリンピック公式計時を担当。スピーカー内蔵スターティングブロックや総合競泳システムを導入し、オンラインで結果を管理。
1992 バルセロナオリンピックで28年ぶりに夏季オリンピックの公式計時を担当。スピーカー内蔵スターティングブロックや総合競泳システムを導入し、オンラインで結果を管理した。
セイコータイムシステム株式会社(現セイコータイムクリエーション株式会社)を設立。
1994 リレハンメルオリンピック 22年ぶりの冬季オリンピック公式計時。新規開発の計測機材を導入し、大会の成功に貢献。
1994 リレハンメルオリンピックで22年ぶりの冬季オリンピック公式計時を担当。新たに総合スポーツ運営システムを進化させ、多くの新機材を開発。
1997 世界陸上アテネ 陸上競技用の新型機材導入を推進。カラー化されたスリットビデオや短距離走のファール判定装置を導入し、判定の精度向上に貢献。
1997 世界陸上アテネで、カラー化されたスリットビデオや新型ファウル判定装置を導入し、判定の精度向上に貢献。
1998 長野オリンピック 26年ぶりの日本開催冬季オリンピックの公式計時を担当。高速度カメラやPCを活用したシステムを導入し、正確な計測とデータ表示を実現。
1998 長野オリンピックで26年ぶりに日本開催の冬季オリンピックの公式計時を担当。高速度カメラやPCを活用したシステムを導入し、正確な計測と情報提供を実現。
世界初のスプリングドライブウオッチを発売。
スプリングドライブウオッチを発売。
タイムスタンプサービスを開始。
セイコーサイバータイム、タイムスタンプサービスを開始。
2002 ソルトレイクシティオリンピック 3大会連続で冬季オリンピック公式計時を担当。トランスポンダーを導入し、無線で選手の通過タイムを提供。
2002 ソルトレイクシティオリンピックで3大会連続の冬季オリンピック公式計時を担当。トランスポンダーを導入し、最新技術を活用。
2003 新型風向風速計
機械式腕時計を一貫生産する「雫石高級時計工房」を開設。
雫石高級時計工房を開設。機械式腕時計を一貫生産。
無水銀酸化銀電池を開発。
無水銀酸化銀電池を開発。桜田守が黄綬褒章を受章。セイコーNPC株式会社を設立。置時計デコール「悠久」を発売。
第1回東京マラソンで公式計時を担当、以降継続して計時を担当。
2007年から東京マラソンのオフィシャルタイマーを担当。エリートと市民ランナーを支援し、コース沿いのメッセージ発信も行う。
第1回東京マラソンで公式計時を担当。
2007 東京マラソン 第1回大会からオフィシャルタイマーを担当。コース沿いのメッセージ発信や大会支援を継続。
セイコーインスツル株式会社を経営統合。
2009 世界陸上ベルリン 男子100m走の世界新記録「9秒58」を計測。トラック・ロードレース用の新型トランスポンダーシステムを導入。
2009 世界陸上ベルリンで男子100m走の世界新記録「9秒58」を計時。トラック用・ロードレース用の新型トランスポンダーシステムを導入。
2011 セイコーゴールデングランプリ陸上 世界のトップアスリートが集う大会。ビデオ距離判定装置(VDM)を導入し、測定の正確性と効率化を実現。
2011 セイコーゴールデングランプリ陸上で、ビデオ距離判定装置(VDM)を導入し、測定の正確性と効率化を実現。
世界初GPSソーラーウオッチ「セイコー アストロン」を発売。
セイコーアストロンを発売。世界初GPSソーラーウオッチ。
セイコーソリューションズ株式会社を設立。
2013 大会にフルカラーLED化のフィールドイベントボードやトラックサイドクロックを導入し、競技会場の表示を強化。
ジュネーブ賞 グランドセイコーハイビートGMTがジュネーブ時計グランプリ プティット・エギュィーユ部門賞を受賞。
グランドセイコーを独立ブランド化。
グランドセイコーを独立ブランド化。モバイルプリンター MP-B20を発売。
2017 世界陸上ロンドン 先端の計時システムを導入。フルカラーLEDフィールドイベントボードやトラックサイドクロックを活用し、大会の成功に貢献。
2017 世界陸上ロンドンで、先端の計時システムを導入。フィールドイベントボードやトラックサイドクロックを設置し、大会の成功に貢献。
2018 Team Seiko結成 アスリートの挑戦をサポートするチームとして発足。
超軽量・超小型の業務用モバイルプリンター MP-B20を発売。
IAAF世界陸上ドーハにて先端の計時システムで、中東初開催の世界陸上の成功に貢献。
世界初のリフロー実装対応、MS系リチウム二次電池を発売。
IAAF世界陸上ドーハにて計時システムを担当。MS系リチウム二次電池「MS621R」を発売。LUiNa(ルイナ)をリリース。
2019 世界陸上ドーハ 先端の計時システムで中東初開催の世界陸上の成功に貢献。新たにサンドピットイベントボードを導入し、大会の盛り上げに寄与。
2019 世界陸上ドーハで、先端の計時システムを導入。サンドピットイベントボードなど新技術を採用し、大会の成功に寄与。
AI型予兆予測サービス「LUiNa」をリリース。
セイコーミュージアム銀座を開設。
セイコーミュージアムを銀座に移転し、「セイコーミュージアム銀座」として開設。
世界初の新機構搭載腕時計Kodo(鼓動)を発売。
和光本館の建物を「SEIKO HOUSE」(セイコーハウス)として再整備。
2022 新生Team Seikoが発足。アスリートの挑戦をサポートし、スポーツを通じて人々に感動を届けるチームとなる。
世界初の新機構搭載腕時計Kodo(鼓動)を発売。和光本館を「SEIKO HOUSE」として再整備。社名をセイコーグループ株式会社に変更。
2022 新生Team Seiko発足。新たなアスリートが加わり、スポーツを通じて人々に感動を届けるチームとして活動開始。
2023 世界陸上ブダペスト 日本代表オフィシャルスポンサーとして支援。
社名をセイコーグループ株式会社とする。
「グランドセイコーミュージアム」をセイコーミュージアム銀座内に開館。
累計参加者数10,000人突破を機に、次世代育成活動「時育®」を始動。
「グランドセイコーミュージアム」をセイコーミュージアム銀座内に開館。累計参加者数10,000人突破を機に、次世代育成活動「時育®」を始動。
2025 世界陸上東京で、短距離種目に「VTT(Video Track Tracking system)」を導入。大会限定の「ファイナルラップベル」も制作し、開催を盛り上げる。
2025 世界陸上東京 短距離種目に「VTT(Video Track Tracking system)」を導入。大会限定の「ファイナルラップベル」を制作し、日本の職人技と美意識を結集。
セイコーグループの卒業生でサクソフォン奏者の及川陽菜さんが、国際作曲コンクールでHonorable Mentionを受賞しました。作品「Manhattan」はニューヨークの都市のエネルギーを表現し、彼女のアルバムにも収録されています。今後も音楽活動と成長を目指す意欲を示しています。