| 1890年 |
明治23年(1890年)に作成された別子銅山図 |
| 1890年 |
別子銅山の支配人であった広瀬宰平は洋式技術の導入など近代化を図る経営改革で生産量を飛躍的に伸ばすことに成功した。 |
| 1919年 |
1919年に住友本社が中心となって設立された大阪北港株式会社(その後、住友土地工務株式会社と改称) |
| 1919年 |
住友商事のルーツとなる大阪北港株式会社が設立された。 |
| 1919年12月 |
住友商事のルーツは、1919年12月に設立された大阪北港株式会社。大阪北港地帯の造成と隣接地域の開発などを行い、不動産経営に当たる。 |
| 1944年 |
1944年、株式会社住友ビルデイングを合併して、住友土地工務株式会社と改称。 |
| 1945年11月 |
1945年11月、日本建設産業株式会社と改称し、新たに商事部門への進出を図り、従来関係のあった住友グループ各社の製品をはじめ、各業界の大手生産会社の製品の取り扱いに従事することとなった。 |
| 1945年11月 |
日本建設産業株式会社と社名を改めて正式に商事部門への進出を決めた。 |
| 1946年01月 |
本店営業部を設置し、わずか32名の社員で商事部門への活動を開始した。 |
| 1949年 |
1949年、東京・大阪・名古屋の各証券取引所に株式を上場。 |
| 1950年 |
1950年、ボンベイ(現・ムンバイ)に初の駐在員を派遣。 |
| 1950年 |
1950年にボンベイ(現・ムンバイ)に初の駐在員を派遣 |
| 1950年 |
ボンベイ(現・ムンバイ)に初の駐在員を派遣した。 |
| 1952年 |
1952年にはニューヨークに米国法人を設立して、海外進出への布石を打った。 |
| 1952年 |
1952年、住友商事株式会社と改称。 |
| 1952年 |
1952年にニューヨークに米国法人を設立 |
| 1952年 |
1952年に社名を住友商事株式会社と改め |
| 1952年 |
ニューヨークに米国法人を設立し、社名を住友商事株式会社に改めた。 |
| 1955年 |
1955年、福岡証券取引所に株式を上場。 |
| 1960年 |
事業分野を広げ、大型プロジェクトや資源開発、新産業分野への取り組みを促進し、総合商社としての体制を整えた。 |
| 1970年 |
1970年、竹橋に新住友商事ビル竣工、大阪本社および東京本社の2本社体制とした。同年、相互貿易株式会社を合併。 |
| 1977年 |
1977年、「ビッグスリー&ベストワン」のスローガンを掲げ、経営分析資料に基づく総合評価でトップに、社会的評価で優位に立つことを目指す。 |
| 1978年 |
1978年、英文社名 SUMITOMO SHOJI KAISHA, LTD.をSUMITOMO CORPORATIONに改称。 |
| 1979年 |
1979年、営業部門制を導入。鉄鋼・機電・非鉄化燃・生活物資の4営業部門を設置し、分権化を促進。また、創立60周年を記念し“OPEN EYES ON ALL”(全てに目を開こう)を新スローガンとし、海外活動の強化や新分野開拓といった施策などを推進。 |
| 2013年 |
2013年、グローバルベースでの収益力強化につなげるため、海外広域運営体制をスタートした。 |
| 2017年 |
2017年、当社の成長と社会課題の解決を両立すべく、「社会とともに持続的に成長するための6つのマテリアリティ(重要課題)」を特定。 |
| 2018年 |
2018年には千代田区大手町に本社を移転した。 |
| 2019年 |
2019年、コーポレートメッセージ―Enriching lives and the world―を策定し、創立100周年を迎えた。 |