ヤクルト球団
1969-12-25
Japan
プロ野球の興行
〒107-0061 東京都港区北青山2丁目12番28号 青山ビル4階
495,000,000  (4 100 million)
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1950 球団創立は1950年まで遡ります。その年からプロ野球の2リーグ制がスタートするのに際し、参入球団として誕生したのが、国鉄スワローズです。
1950 ヤクルト球団設立(国鉄・サンケイ時代の創設)
1950-01-25 『国鉄スワローズ』として球団創立。同年途中に入団したエース・金田正一投手がチームをけん引しました。
1965 経営権が産経新聞社に移り、翌66年には『スワローズ』から『アトムズ』に愛称が変更になるなど、大きな転換期を迎えました。
1965 球団名を「サンケイアトムズ」に改める。
1966 『スワローズ』から『アトムズ』に愛称が変更になりました。
1966 チーム名を「サンケイアトムズ」に改める。
1968 ヤクルト球団設立。アトムズのオーナーに松園尚巳氏(ヤクルト本社専務取締役)が就任。チーム名が「アトムズ」に変更。
1969 チーム名を「ヤクルトアトムズ」に変更。
1969 ID野球と黄金時代
1970 ヤクルトが単独経営権を取得。
1970 ヤクルト球団設立。1969-1970の期間にチーム名を「ヤクルトアトムズ」に変更。
1970-06 三原脩監督就任。
1971 イースタン・リーグで初優勝。若松勉外野手入団。
1971 若松勉外野手、打率.329で球団初の首位打者。
1972 荒川博監督就任。
1973-12-28 『スワローズ』の愛称が復活。
1974 13年ぶりにAクラス(3位)入りを果たす。
1975 広岡達朗監督就任。
1976 球団創立以来初のリーグ2位。
1977 リーグ2位。
1978 創立29年目にして悲願のリーグ初優勝・日本一を達成しました。
1978 日本シリーズで阪急ブレーブスを下し、初の日本一!球団結成29年目にして初優勝!
1978 球団結成29年目にして初優勝!(130試合68勝46敗16分、勝率.596)
1978 日本一 / リーグ優勝
1979 7年ぶり3度目のイースタン・リーグ優勝(70試合42勝23敗5分、勝率.646)
1980 青木実外野手、34盗塁で盗塁王
1980 松岡弘投手、防御率2.35で最優秀防御率投手
1981 若松勉外野手、1500安打達成
1982 「甲子園のアイドル」荒木大輔投手入団
1982 大杉勝男内野手、現役を引退
1983 中西太監督[代行]
1984 尾花高夫投手、後半戦11勝2敗3セーブとフル回転
1984 土橋正幸監督
1984 若松勉外野手、2000安打達成
1985 7月4日の中日戦から伊東昭光投手、阿井英二郎投手、高野光投手で3試合連続完投勝利
1986 関根潤三監督
1987 ホーナー内野手入団、「ホーナー旋風」で台風の目に
1987 抑えの伊東昭光投手が18勝で最多勝獲得
1988 パリッシュ内野手、本塁打王(42本)獲得
1988 広沢克己内野手、パリッシュ内野手、池山隆寛内野手と合わせて93本塁打
1988 通算打率.319の若松勉外野手、涙の引退
1989 野村克也監督
1989 チーム再構築の時代
1990 野村克也監督が就任し古田敦也捕手が入団。
1990 野村克也監督が就任。データ重視の「ID野球」を旗印に掲げ、チーム改革をスタート
1990 11年ぶりAクラス
1991 14年ぶり2度目のリーグ優勝!
1991 ハウエル内野手、首位打者(.331)とホームラン王(38本)の2冠獲得で、リーグMVP受賞
1991 古田敦也捕手が、打率.316、30本塁打と貢献
1991 飯田哲也外野手、33盗塁で盗塁王
1992 14年ぶりのリーグ優勝を果たす。
1992 14年ぶり2度目のリーグ優勝!(131試合69勝61敗1分、勝率.531)
1992 日本シリーズで西武に雪辱し15年ぶり2度目の日本一!
1992 神宮球場のファンの前で3度目のリーグ優勝!(132試合80勝50敗2分、勝率.615)
1992 古田敦也捕手がリーグMVP
1992 川崎憲次郎投手が日本シリーズMVP
1992 伊藤智仁投手が新人王獲得
1993 神宮球場のファンの前で3度目のリーグ優勝!(132試合80勝50敗2分、勝率.615)
1994 4度目のリーグ優勝!(130試合82勝48敗、勝率.631)
1994 2年ぶり3度目の日本一!
1994 オマリー内野手、リーグMVPと日本シリーズMVPのダブル受賞
1994 山部太投手、ブロス投手、石井一久投手、吉井理人投手、伊東昭光投手の5人が2ケタ勝利
1995 4度目のリーグ優勝!(130試合82勝48敗、勝率.631)
1995 故障者続出に泣かされ再びBクラス
1996 4度目の日本一!
1996 球団初の完全独走Vで5度目のリーグ優勝!(137試合83勝52敗2分、勝率.615)
1996 古田敦也捕手、リーグMVPと日本シリーズMVPのダブル受賞
1996 ホージー外野手、本塁打王(38本)
1997 球団初の完全独走Vで5度目のリーグ優勝!(137試合83勝52敗2分、勝率.615)
1997 川崎憲次郎投手、17勝で最多勝と沢村賞を獲得
1997 再びBクラスで野村克也監督退任
1998 若松勉監督
1999 1999-2005
1999 若松勉監督誕生
1999 ペタジーニ内野手、本塁打王(44本)と打点王(112点)の2冠獲得
1999 4位
2000 日本シリーズで近鉄を破り、4年ぶり5度目の日本一
2000 若松政権初V 6度目のリーグ優勝
2000 V字優勝と伝統の時代
2001 若松勉監督の下、日本一を達成。
2001 若松政権初V 6度目のリーグ優勝
2001 日本一/リーグ優勝
2001 石川雅規投手、新人王(12勝9敗)
2001 ホッジス投手、17勝で最多勝
2001 ペタジーニ内野手、本塁打王(39本)と打点王(127点)でリーグMVP
2002 球団史上2度目、3年連続Aクラス
2002 高津臣吾投手、セーブ&SPで日本新、最優秀救援投手(36SP)も獲得
2002 ラミレス外野手、本塁打王(40本)と打点王(124点)の2冠
2002 ドラフト一位ルーキーの高井雄平投手、プロ初勝利
2003 球団初の4年連続Aクラス
2003 川島亮投手、10勝4敗で新人王
2004 パ・リーグとの交流戦がスタート
2004 青木宣親外野手、202安打、打率.344で首位打者&新人王
2004 若松勉監督が退任
2005 古田敦也監督[選手兼任]
2006 チーム名に“東京”の名を冠し、『東京ヤクルトスワローズ』となりました。
2006 チーム名をヤクルトスワローズから、東京ヤクルトスワローズに変更
2006 古田敦也兼任監督誕生、強力打線でAクラス復帰
2006 21年ぶり最下位
2006 古田敦也兼任監督、現役引退&監督退任
2007 高田繁監督
2008 高田繁監督就任
2008 館山昌平投手、自己最多の12勝、リーグトップの勝率.800
2008 福地寿樹外野手、初の盗塁王(42盗塁)
2008 石川雅規投手、防御率2.68で最優秀防御率を獲得
2008 高校ドラフト1巡目で入団の由規投手、巨人戦で初勝利
2009 接戦を制して初のCS出場
2009 館山昌平投手、16勝で最多勝投手
2009 福地寿樹外野手、2年連続盗塁王(42盗塁)
2010 青木宣親外野手、2度目の200安打で3度目の首位打者(.358)
2010 バレンティン外野手、31本塁打で初の本塁打王
2010 東日本大震災(3月11日)の影響で、2週間遅れで開幕
2010 序盤から快進撃で初のファイナルステージ進出
2010 リーグ連覇・新たな時代へ
2011 宮本慎也内野手が2000安打達成
2011 2年連続CS進出
2012 宮本慎也選手が通算2,000安打を記録。
2012 2013-2015
2013 6年ぶりのシーズン最下位
2013 バレンティン外野手、日本新の60本塁打でMVPを獲得
2013 小川泰弘投手、最多勝、勝率1位で新人王
2013 宮本慎也内野手、現役引退
2014 チーム打率リーグトップの.279を記録
2015 真中満監督の下、01年以来14年ぶりとなるリーグ優勝を達成しました。
2015 リーグ優勝
2016 山田哲人内野手、2年連続トリプルスリー達成
2017 小川淳司監督
2018 セ・パ交流戦最高勝率球団に輝く
2018 ヤクルト球団設立50周年
2019 OBによる「オープンハウス presents SWALLOWS DREAM GAME」を実施
2020 20年ぶり6度目の日本一、セ・リーグ制覇、オリックスを破り日本一に輝く
2020-08-23 対阪神12回戦に山田哲人選手が先発出場し、通算1,000試合出場記録を達成しました。
2021 2年連続9度目のリーグ優勝・日本一、若き主砲村上宗隆選手が58年ぶりの日本選手最多本塁打記録を更新
2022 リーグ3連覇、日本一奪還を目指すもリーグ5位のBクラス
2023 ヤクルト球団設立55周年
2024 ヤクルト球団は2024年に球団設立55周年を迎える
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