| 1950年 |
球団創立は1950年まで遡ります。その年からプロ野球の2リーグ制がスタートするのに際し、参入球団として誕生したのが、国鉄スワローズです。 |
| 1950年 |
ヤクルト球団設立(国鉄・サンケイ時代の創設) |
| 1950-01-25 |
『国鉄スワローズ』として球団創立。同年途中に入団したエース・金田正一投手がチームをけん引しました。 |
| 1965年 |
経営権が産経新聞社に移り、翌66年には『スワローズ』から『アトムズ』に愛称が変更になるなど、大きな転換期を迎えました。 |
| 1965年 |
球団名を「サンケイアトムズ」に改める。 |
| 1966年 |
『スワローズ』から『アトムズ』に愛称が変更になりました。 |
| 1966年 |
チーム名を「サンケイアトムズ」に改める。 |
| 1968年 |
ヤクルト球団設立。アトムズのオーナーに松園尚巳氏(ヤクルト本社専務取締役)が就任。チーム名が「アトムズ」に変更。 |
| 1969年 |
チーム名を「ヤクルトアトムズ」に変更。 |
| 1969年 |
ID野球と黄金時代 |
| 1970年 |
ヤクルトが単独経営権を取得。 |
| 1970年 |
ヤクルト球団設立。1969-1970の期間にチーム名を「ヤクルトアトムズ」に変更。 |
| 1970年06月 |
三原脩監督就任。 |
| 1971年 |
イースタン・リーグで初優勝。若松勉外野手入団。 |
| 1971年 |
若松勉外野手、打率.329で球団初の首位打者。 |
| 1972年 |
荒川博監督就任。 |
| 1973-12-28 |
『スワローズ』の愛称が復活。 |
| 1974年 |
13年ぶりにAクラス(3位)入りを果たす。 |
| 1975年 |
広岡達朗監督就任。 |
| 1976年 |
球団創立以来初のリーグ2位。 |
| 1977年 |
リーグ2位。 |
| 1978年 |
創立29年目にして悲願のリーグ初優勝・日本一を達成しました。 |
| 1978年 |
日本シリーズで阪急ブレーブスを下し、初の日本一!球団結成29年目にして初優勝! |
| 1978年 |
球団結成29年目にして初優勝!(130試合68勝46敗16分、勝率.596) |
| 1978年 |
日本一 / リーグ優勝 |
| 1979年 |
7年ぶり3度目のイースタン・リーグ優勝(70試合42勝23敗5分、勝率.646) |
| 1980年 |
青木実外野手、34盗塁で盗塁王 |
| 1980年 |
松岡弘投手、防御率2.35で最優秀防御率投手 |
| 1981年 |
若松勉外野手、1500安打達成 |
| 1982年 |
「甲子園のアイドル」荒木大輔投手入団 |
| 1982年 |
大杉勝男内野手、現役を引退 |
| 1983年 |
中西太監督[代行] |
| 1984年 |
尾花高夫投手、後半戦11勝2敗3セーブとフル回転 |
| 1984年 |
土橋正幸監督 |
| 1984年 |
若松勉外野手、2000安打達成 |
| 1985年 |
7月4日の中日戦から伊東昭光投手、阿井英二郎投手、高野光投手で3試合連続完投勝利 |
| 1986年 |
関根潤三監督 |
| 1987年 |
ホーナー内野手入団、「ホーナー旋風」で台風の目に |
| 1987年 |
抑えの伊東昭光投手が18勝で最多勝獲得 |
| 1988年 |
パリッシュ内野手、本塁打王(42本)獲得 |
| 1988年 |
広沢克己内野手、パリッシュ内野手、池山隆寛内野手と合わせて93本塁打 |
| 1988年 |
通算打率.319の若松勉外野手、涙の引退 |
| 1989年 |
野村克也監督 |
| 1989年 |
チーム再構築の時代 |
| 1990年 |
野村克也監督が就任し古田敦也捕手が入団。 |
| 1990年 |
野村克也監督が就任。データ重視の「ID野球」を旗印に掲げ、チーム改革をスタート |
| 1990年 |
11年ぶりAクラス |
| 1991年 |
14年ぶり2度目のリーグ優勝! |
| 1991年 |
ハウエル内野手、首位打者(.331)とホームラン王(38本)の2冠獲得で、リーグMVP受賞 |
| 1991年 |
古田敦也捕手が、打率.316、30本塁打と貢献 |
| 1991年 |
飯田哲也外野手、33盗塁で盗塁王 |
| 1992年 |
14年ぶりのリーグ優勝を果たす。 |
| 1992年 |
14年ぶり2度目のリーグ優勝!(131試合69勝61敗1分、勝率.531) |
| 1992年 |
日本シリーズで西武に雪辱し15年ぶり2度目の日本一! |
| 1992年 |
神宮球場のファンの前で3度目のリーグ優勝!(132試合80勝50敗2分、勝率.615) |
| 1992年 |
古田敦也捕手がリーグMVP |
| 1992年 |
川崎憲次郎投手が日本シリーズMVP |
| 1992年 |
伊藤智仁投手が新人王獲得 |
| 1993年 |
神宮球場のファンの前で3度目のリーグ優勝!(132試合80勝50敗2分、勝率.615) |
| 1994年 |
4度目のリーグ優勝!(130試合82勝48敗、勝率.631) |
| 1994年 |
2年ぶり3度目の日本一! |
| 1994年 |
オマリー内野手、リーグMVPと日本シリーズMVPのダブル受賞 |
| 1994年 |
山部太投手、ブロス投手、石井一久投手、吉井理人投手、伊東昭光投手の5人が2ケタ勝利 |
| 1995年 |
4度目のリーグ優勝!(130試合82勝48敗、勝率.631) |
| 1995年 |
故障者続出に泣かされ再びBクラス |
| 1996年 |
4度目の日本一! |
| 1996年 |
球団初の完全独走Vで5度目のリーグ優勝!(137試合83勝52敗2分、勝率.615) |
| 1996年 |
古田敦也捕手、リーグMVPと日本シリーズMVPのダブル受賞 |
| 1996年 |
ホージー外野手、本塁打王(38本) |
| 1997年 |
球団初の完全独走Vで5度目のリーグ優勝!(137試合83勝52敗2分、勝率.615) |
| 1997年 |
川崎憲次郎投手、17勝で最多勝と沢村賞を獲得 |
| 1997年 |
再びBクラスで野村克也監督退任 |
| 1998年 |
若松勉監督 |
| 1999年 |
1999-2005 |
| 1999年 |
若松勉監督誕生 |
| 1999年 |
ペタジーニ内野手、本塁打王(44本)と打点王(112点)の2冠獲得 |
| 1999年 |
4位 |
| 2000年 |
日本シリーズで近鉄を破り、4年ぶり5度目の日本一 |
| 2000年 |
若松政権初V 6度目のリーグ優勝 |
| 2000年 |
V字優勝と伝統の時代 |
| 2001年 |
若松勉監督の下、日本一を達成。 |
| 2001年 |
若松政権初V 6度目のリーグ優勝 |
| 2001年 |
日本一/リーグ優勝 |
| 2001年 |
石川雅規投手、新人王(12勝9敗) |
| 2001年 |
ホッジス投手、17勝で最多勝 |
| 2001年 |
ペタジーニ内野手、本塁打王(39本)と打点王(127点)でリーグMVP |
| 2002年 |
球団史上2度目、3年連続Aクラス |
| 2002年 |
高津臣吾投手、セーブ&SPで日本新、最優秀救援投手(36SP)も獲得 |
| 2002年 |
ラミレス外野手、本塁打王(40本)と打点王(124点)の2冠 |
| 2002年 |
ドラフト一位ルーキーの高井雄平投手、プロ初勝利 |
| 2003年 |
球団初の4年連続Aクラス |
| 2003年 |
川島亮投手、10勝4敗で新人王 |
| 2004年 |
パ・リーグとの交流戦がスタート |
| 2004年 |
青木宣親外野手、202安打、打率.344で首位打者&新人王 |
| 2004年 |
若松勉監督が退任 |
| 2005年 |
古田敦也監督[選手兼任] |
| 2006年 |
チーム名に“東京”の名を冠し、『東京ヤクルトスワローズ』となりました。 |
| 2006年 |
チーム名をヤクルトスワローズから、東京ヤクルトスワローズに変更 |
| 2006年 |
古田敦也兼任監督誕生、強力打線でAクラス復帰 |
| 2006年 |
21年ぶり最下位 |
| 2006年 |
古田敦也兼任監督、現役引退&監督退任 |
| 2007年 |
高田繁監督 |
| 2008年 |
高田繁監督就任 |
| 2008年 |
館山昌平投手、自己最多の12勝、リーグトップの勝率.800 |
| 2008年 |
福地寿樹外野手、初の盗塁王(42盗塁) |
| 2008年 |
石川雅規投手、防御率2.68で最優秀防御率を獲得 |
| 2008年 |
高校ドラフト1巡目で入団の由規投手、巨人戦で初勝利 |
| 2009年 |
接戦を制して初のCS出場 |
| 2009年 |
館山昌平投手、16勝で最多勝投手 |
| 2009年 |
福地寿樹外野手、2年連続盗塁王(42盗塁) |
| 2010年 |
青木宣親外野手、2度目の200安打で3度目の首位打者(.358) |
| 2010年 |
バレンティン外野手、31本塁打で初の本塁打王 |
| 2010年 |
東日本大震災(3月11日)の影響で、2週間遅れで開幕 |
| 2010年 |
序盤から快進撃で初のファイナルステージ進出 |
| 2010年 |
リーグ連覇・新たな時代へ |
| 2011年 |
宮本慎也内野手が2000安打達成 |
| 2011年 |
2年連続CS進出 |
| 2012年 |
宮本慎也選手が通算2,000安打を記録。 |
| 2012年 |
2013-2015 |
| 2013年 |
6年ぶりのシーズン最下位 |
| 2013年 |
バレンティン外野手、日本新の60本塁打でMVPを獲得 |
| 2013年 |
小川泰弘投手、最多勝、勝率1位で新人王 |
| 2013年 |
宮本慎也内野手、現役引退 |
| 2014年 |
チーム打率リーグトップの.279を記録 |
| 2015年 |
真中満監督の下、01年以来14年ぶりとなるリーグ優勝を達成しました。 |
| 2015年 |
リーグ優勝 |
| 2016年 |
山田哲人内野手、2年連続トリプルスリー達成 |
| 2017年 |
小川淳司監督 |
| 2018年 |
セ・パ交流戦最高勝率球団に輝く |
| 2018年 |
ヤクルト球団設立50周年 |
| 2019年 |
OBによる「オープンハウス presents SWALLOWS DREAM GAME」を実施 |
| 2020年 |
20年ぶり6度目の日本一、セ・リーグ制覇、オリックスを破り日本一に輝く |
| 2020-08-23 |
対阪神12回戦に山田哲人選手が先発出場し、通算1,000試合出場記録を達成しました。 |
| 2021年 |
2年連続9度目のリーグ優勝・日本一、若き主砲村上宗隆選手が58年ぶりの日本選手最多本塁打記録を更新 |
| 2022年 |
リーグ3連覇、日本一奪還を目指すもリーグ5位のBクラス |
| 2023年 |
ヤクルト球団設立55周年 |
| 2024年 |
ヤクルト球団は2024年に球団設立55周年を迎える |