| 1880年 |
服部金太郎が服部時計店(時計小売・修理の店)を創業。 外国商館から信用を得て大いに発展する。 |
| 1880年 |
服部金太郎が服部時計店(時計小売・修理の店)を創業。 |
| 1890年 |
アメリカから時計の直接輸入を開始。 |
| 1892年 |
小売業の成功を背景に、精工舎を設立。掛時計の製造を開始。 |
| 1892年 |
外国商館から信用を得て大いに発展する。 |
| 1894年 |
銀座4丁目角に店を移転し、時計塔つきの店舗を構える。 |
| 1894年 |
銀座4丁目角に店を移転し、時計塔つきの店舗を構える。 |
| 1895年 |
当社初の懐中時計「タイムキーパー」の製造を開始。懐中時計事業は赤字が続くも継続し、やがて市場を独占。 |
| 1895年 |
当社初の懐中時計「タイムキーパー」の製造開始。懐中時計事業は赤字が続くも継続し、やがて市場を独占。 |
| 1899年 |
目覚時計の製造を開始。 |
| 1905年 |
上海と香港に販売代理店を開設。 |
| 1905年 |
上海と香港に販売代理店を開設。 |
| 1909年 |
ビニオン自動旋盤機を自社開発し懐中時計の生産性を飛躍的に高める。翌年、懐中時計事業黒字化。 |
| 1913年 |
懐中時計からの変化を先取りし、国産初の腕時計「ローレル」を発売。 |
| 1913年 |
懐中時計からの変化を先取りし、国産初の腕時計「ローレル」を発売。 |
| 1915年 |
英仏から目覚時計90万個の大量注文を得る。 |
| 1917年 |
会社組織に改め資本金500万円の株式会社服部時計店となる。 |
| 1923年 |
9月の関東大震災で工場、店舗すべて焼失するも11月に営業再開。震災で焼失した修理預かりの時計の代償に無償で新品を進呈したことで確固たる信用を得る。 |
| 1923年 |
9月の関東大震災で工場、店舗すべて焼失するも11月に営業再開。震災で焼失した修理預かりの時計の代償に無償で新品を進呈したことで確固たる信用を得る。 |
| 1924年 |
セイコーブランドの腕時計を初めて発売。 |
| 1924年 |
セイコーブランドの腕時計を初めて発売。 |
| 1929年 |
懐中時計「セイコーシャ」国産初の鉄道時計に指定。 |
| 1930年 |
日本初のカメラ用シャッターの製造。 |
| 1932年 |
現在の銀座4丁目時計塔(現SEIKO HOUSE)が竣工。 |
| 1932年 |
現在の銀座4丁目時計塔(現SEIKO HOUSE)が竣工。 |
| 1934年 |
服部金太郎逝去。 |
| 1937年 |
工場精工舎のウオッチ部門を分離独立し、株式会社 第二精工舎を設立。(現セイコーインスツル株式会社) |
| 1937年 |
工場精工舎のウオッチ部門を分離独立し、株式会社 第二精工舎を設立。(現セイコーインスツル株式会社) |
| 1942年 |
第二精工舎の協力会社として諏訪に大和工業を設立(後に合弁会社となる)。 |
| 1947年 |
小売部門が独立し株式会社 和光となる。 |
| 1947年 |
小売部門が独立し株式会社 和光となる。 |
| 1949年 |
東京証券取引所に上場。 |
| 1949年 |
東京証券取引所に上場。 |
| 1953年 |
日本初のテレビコマーシャルを放映。 |
| 1956年 |
独自設計による腕時計マーベルを発売。 |
| 1959年 |
諏訪工場が独立し、株式会社 諏訪精工舎となる。(現セイコーエプソン株式会社) |
| 1959年 |
諏訪工場が独立し、株式会社 諏訪精工舎となる。(現セイコーエプソン株式会社) |
| 1960年 |
世界最高水準精度の「グランドセイコー」を発売。 |
| 1960年 |
世界最高水準精度の「グランドセイコー」を発売。 |
| 1964年 |
ポータブルクオーツクロック「クリスタルクロノメーター」を発売。東京オリンピック公式計時を担当、以降5大会で計時を担当。(札幌、バルセロナ、リレハンメル、長野、ソルトレーク) |
| 1964年 |
東京オリンピック公式計時を担当、以降5大会で計時を担当。(札幌、バルセロナ、リレハンメル、長野、ソルトレーク) |
| 1964年 |
1964 東京オリンピック
- 初めてオリンピック公式計時を担当
- 戦後復興と経済成長の時代、セイコーは社運を賭けて公式計時に名乗りをあげました。
- 当時スポーツ計時の経験がない中、画期的なストップウオッチ等の開発によって正式に公式計時に指名されました。36種類1,278個に及ぶ機器と、のべ172名の人員を動員して、大会の成功を支えました。小型水晶時計などの技術力が世界で認知され、国際的なブランドとして製品販売も世界的規模で拡大していく契機になりました。 |
| 1965年 |
国産初のダイバーズウオッチを発売。 |
| 1967年 |
ニューシャテル天文台コンクールで機械式腕時計の企業賞2位、3位を獲得。 |
| 1968年 |
ジュネーブ天文台コンクールで機械式時計の上位を独占。国産初のデスクトップコンピュータを発売。世界初の家庭用クオーツ掛時計を発売。香港に Hattori(H.K.)Ltd(現 Seiko Hong Kong Ltd.)を設立。その後世界各地に現地法人を相次いで設立。 |
| 1968年 |
ジュネーブ天文台コンクールで機械式時計の上位を独占。 |
| 1968年 |
世界初の家庭用クオーツ掛時計を発売。 |
| 1968年 |
香港に Hattori(H.K.)Ltd(現 Seiko Hong Kong Ltd.)を設立。 |
| 1969年 |
世界初のクオーツウオッチ「クオーツアストロン」を発売。5スポーツスピードタイマー6139(垂直クラッチ機構とコラムホイールを同時に搭載した世界初の自動巻クロノグラフ)を発売。 |
| 1969年 |
世界初のクオーツウオッチ「クオーツアストロン」を発売。 |
| 1970年 |
大阪万博で世界初の無線式電波時計を設置。アメリカに Seiko Time Corporation(現Grand Seiko Corporation of America および Seiko Watch of America)を設立。工場精工舎を分離し、株式会社 精工舎を設立。世界初のC-MOS IC搭載クオーツウオッチを開発。 |
| 1970年 |
世界初のC-MOS IC搭載クオーツウオッチを開発。 |
| 1971年 |
中山きよ子*が、女性初の現代の名工に認定。以来計26名の現代の名工を輩出。*株式会社 諏訪精工舎(現セイコーエプソン株式会社)所属 カナダにSeiko Time Corporation Torontoを設立。英国にSeiko Time (U.K.) LTDを設立。 |
| 1971年 |
中山きよ子*が、女性初の現代の名工に認定。以来計26名の現代の名工を輩出。*株式会社 諏訪精工舎(現セイコーエプソン株式会社)所属 |
| 1972年 |
ドイツにSeiko Time GmbHを設立。札幌オリンピックの公式計時を担当。 |
| 1972年 |
1972 札幌オリンピック
- 最初の冬季オリンピック公式計時
- セイコーは東京大会以降、スキーやスケートなど冬季競技の計時も手掛け始めます。
- 雪、氷、寒さなど過酷な自然条件の下でも高精度でタイムを測定できるよう、小型化、軽量化、耐寒性など各種の改良を加えて、札幌大会に臨みました。最低2系統の電気計時システムに加えバックアップとして手動計時2系統も取り入れ、万全の計時体制を敷き、この冬季大会においても、公式計時の重責を果たしました。 |
| 1973年 |
世界初の6桁表示デジタルウオッチを発売。 |
| 1973年 |
世界初の6桁表示デジタルウオッチを発売。 |
| 1974年 |
ブラジルにSeiko Time Ltd. Brazil を設立。 |
| 1975年 |
国産初の眼鏡プラスチックレンズを発売。国産初の飽和潜水ダイバーズウオッチ「プロフェッショナルダイバー600」を発売。水晶振動子、酸化銀電池を開発。 |
| 1975年 |
水晶振動子、酸化銀電池を開発。 |
| 1977年 |
竹岡一男*が技能五輪世界大会で優勝。以来計7名の優勝者を輩出。*株式会社 諏訪精工舎(現セイコーエプソン株式会社)所属 パナマにSeiko Time (Panama) S.A.を設立。 |
| 1977年 |
竹岡一男*が技能五輪世界大会で優勝。 |
| 1978年 |
中澤正英*が、技能五輪全国大会で優勝。以来計8名の優勝者を輩出。*株式会社 諏訪精工舎(現セイコーエプソン株式会社)所属 |
| 1978年 |
中澤正英*が、技能五輪全国大会で優勝。 |
| 1978年 |
セイコーワールドスーパーテニス(1978-1995) |
| 1978年 |
サッカーワールドカップ(1978、1982、1986、1990) |
| 1979年 |
オーストラリアにSeiko Time Pty. Ltd. を設立。 |
| 1979年 |
NHK杯国際フィギュアスケート競技大会(1979-現在) |
| 1980年 |
全仏オープンテニス(1980-1991) |
| 1981年 |
セイコー時計資料館(現セイコーミュージアム)を開設。 |
| 1981年 |
東京国際マラソン(1981-2006、2007以降東京マラソン) |
| 1982年 |
世界初のテレビウオッチを発売。小型サーマルプリンター事業に参入。 |
| 1982年 |
小型サーマルプリンター事業に参入。 |
| 1983年 |
音声時計「ピラミッドトーク」を発売。社名を株式会社服部セイコーとする。 |
| 1984年 |
日本初の大型からくり時計「マリオンクロック」を設置。全国的なからくり時計ブームの火付け役となる。 |
| 1984年 |
日本初の大型からくり時計「マリオンクロック」を設置。全国的なからくり時計ブームの火付け役となる。 |
| 1984年 |
ファウル判定装置 |
| 1984年 |
名古屋国際女子マラソン(1984-現在) |
| 1984年 |
東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント(1984-現在) |
| 1985年 |
外食産業用オーダリングシステムを開発。 |
| 1985年 |
外食産業用オーダリングシステムを開発。 |
| 1985年 |
パンパシフィック水泳大会(1985-現在) |
| 1985年 |
ワールドアスレティックスとのパートナーシップ契約 |
| 1986年 |
水晶発振モジュール用ICを発売。フランスにCGH(現Seiko France)を設立。 |
| 1987年 |
IAAF世界陸上ローマの公式計時を担当、以降継続して計時を担当。 |
| 1987年 |
IAAF世界陸上ローマの公式計時を担当、以降継続して計時を担当。 |
| 1987年 |
光波距離計(EDM) |
| 1989年 |
超薄・超高精度を実現したインテリア掛時計を発売。 |
| 1991年 |
スリットビデオ、超音波風向風速計 |
| 1992年 |
1992 バルセロナオリンピック
- 28年ぶりに夏季オリンピック公式計時を担当
- 各種競技の国際大会の計時支援を通じて経験と実績を積み重ね、1964年の東京大会から28年ぶりに夏のオリンピックの公式計時を担当しました。本大会において、スピーカー内蔵スターティングブロックや総合競泳システムを導入したほか、計測結果・集計結果をオンラインで総合的に管理する総合スポーツ運営システムを構築して、観客や視聴者に瞬時に結果を伝え、大会の成功に貢献しました。 |
| 1993年 |
(現セイコータイムクリエーション株式会社)を設立。 |
| 1994年 |
1994 リレハンメルオリンピック
- 22年ぶりの冬季オリンピック公式計時
- 札幌以来22年ぶりに冬季オリンピックの公式計時を担当しました。
- バルセロナオリンピックで導入した「総合スポーツ運営システム」をさらに進化させるとともに、簡単に確実な操作ができるよう専用操作盤を備えたタイマーなど、多くの機材を新規開発し、大会の成功に貢献しました。ノルディック複合団体金メダルやスキージャンプ団体の銀メダルなど、日本は5個のメダルを獲得しました。 |
| 1997年 |
1997 世界陸上アテネ
- 陸上競技用の新型機材導入を推進
- 陸上競技における新型機材導入を進め、1994年にはさらに精度を高めた短距離走の新型ファール判定装置を導入しました。そして1997年の世界陸上アテネではカラー化されたスリットビデオを導入し、判定の精度を高めることに貢献しました。 |
| 1998年 |
1998 長野オリンピック
- 26年ぶりの日本開催オリンピック
- 札幌以来26年ぶりに日本で開催された冬季オリンピックの公式計時を担当しました。
- ジャンプの飛距離測定を高速度カメラを利用して行うシステムなど、PCを活用したシステムを幅広く導入し、正確な計測だけでなく、計測データをいかに見せるかを意識した大会でした。スキージャンプの個人と団体の金メダル、スピードスケートなど、合計10個のメダルを日本は獲得しました。 |
| 1999年 |
世界初のスプリングドライブウオッチを発売。 |
| 1999年 |
ロード用トランスポンダー |
| 2002年 |
タイムスタンプサービスを開始。 |
| 2002年 |
2002 ソルトレイクシティオリンピック
- 3大会連続で冬季オリンピック公式計時を担当
- 1994年と1998年大会における実績が評価され、3大会連続で冬季オリンピックの公式計時を任されました。クロスカントリーとバイアスロンでは、オリンピックで初めてトランスポンダーを使用し、無線を利用して瞬時に各選手の通過タイムデータを提供するなど、最新の技術を導入しました。スキー距離男子複合においては、スリットビデオを通じた判定によって同着で2名の選手が銀メダルを獲得しました。 |
| 2003年 |
新型風向風速計 |
| 2004年 |
機械式腕時計を一貫生産する「雫石高級時計工房」を開設。 |
| 2005年 |
無水銀酸化銀電池を開発。 |
| 2005年 |
桜田守がウオッチ組み立てで黄綬褒章を受章。以来計9名の黄綬褒章受章者を輩出。 |
| 2005年 |
セイコーNPC株式会社を設立。 |
| 2005年 |
最古の脱進機構を再現した置時計「悠久」を発売。 |
| 2007年 |
第1回東京マラソンで公式計時を担当、以降継続して計時を担当。 |
| 2007年 |
2007 東京マラソン
- 第1回大会からオフィシャルタイマーを担当
- セイコーはエリートランナーと市民ランナー両方を支えるオフィシャルタイマーとして、東京マラソンを2007年の第1回大会以来継続して応援し続けています。また、コース沿いの和光のショーウインドウでメッセージを発信するなど、ランナーだけでなく、大勢のボランティアや観衆とも心をひとつにして大会を盛り上げています。 |
| 2009年 |
セイコーインスツル株式会社を経営統合。 |
| 2009年 |
2009 世界陸上ベルリン
- 男子100m走の世界新記録を計時 |
| 2009年 |
セイコーが世界陸上競技選手権で世界記録を計測した回数は36年間で30回になりますが、最も人々の記憶に残っているのは、ベルリン大会で記録された男子100m走の「9秒58」です。人類初の100m9秒5台となるこの記録は、同大会で記録された男子200m走の世界新記録「19秒19」と合わせ、未だに破られていません。 |
| 2010年 |
2010年から導入したビデオ距離判定装置(VDM)は、走幅跳や三段跳の距離測定をより正確化し、計測時間を短縮しています。 |
| 2011年 |
2011 セイコーゴールデングランプリ陸上 世界のトップアスリートが集う冠大会。セイコーはこの前身であるスーパー陸上の頃から冠スポンサーとして、またオフィシャルタイマーとして大会をサポートしています。 |
| 2012年 |
世界初GPSソーラーウオッチ「セイコー アストロン」を発売。 |
| 2013年 |
セイコーソリューションズ株式会社を設立。 |
| 2013年 |
2013年にはフルカラーLED化によって高い視認性を発揮するフィールドイベントボード、本大会ではトラックサイドクロックを導入し、競技会場全体に効果的な表示を行うことで、大会の盛り上げにも貢献しています。 |
| 2014年 |
“グランドセイコー”メカニカルハイビート36000GTM限定モデルがジュネーブ時計グランプリ プティット・エギュィーユ部門賞を受賞。 |
| 2017年 |
グランドセイコーを独立ブランド化。 |
| 2017年 |
超軽量・超小型の業務用モバイルプリンター MP-B20を発売。 |
| 2017年 |
2017 世界陸上ロンドン 先端の計時システムで大会の成功に貢献。1987年の第2回ローマ大会以降15大会連続の支援となった本大会も、トラック競技・フィールド競技・ロード競技のそれぞれで、先端技術を応用したさまざまな計時システムによって、大会の成功をサポートしました。 |
| 2018年 |
2018 Team Seiko結成 アスリートの挑戦をサポート。 |
| 2019年 |
IAAF世界陸上ドーハにて先端の計時システムで、中東初開催の世界陸上の成功に貢献。 |
| 2019年 |
MS系リチウム二次電池「MS621R」 世界初のリフロー実装対応、MS系リチウム二次電池を発売。 |
| 2019年 |
2019 世界陸上ドーハ 先端の計時システムで、中東初開催の世界陸上の成功に貢献。1987年の第2回ローマ大会以降16大会連続の支援となった本大会も、トラック競技・フィールド競技・ロード競技のそれぞれで、先端技術を応用したさまざまな計時システムによって、大会の成功をサポートしました。 |
| 2020年 |
AI型予兆予測サービス「LUiNa」をリリース。 |
| 2022年 |
セイコーミュージアムを銀座に移転し、「セイコーミュージアム銀座」として開設。 |
| 2022年 |
世界初の新機構搭載Kodo(鼓動)を発売。 |
| 2022年 |
和光本館の建物を「SEIKO HOUSE」(セイコーハウス)として再整備。 |
| 2022年 |
2022 新生Team Seiko発足 新たなアスリートが加わり、「Team Seiko」が生まれ変わりました。「Team Seiko」は、スポーツを通して人々に感動を届け、セイコーのグループパーパスの一端である“世界中が笑顔であふれる未来づくり”を体現するアスリートのチームです。 |
| 2023年 |
2023 世界陸上ブダペスト 日本代表オフィシャルスポンサーとしても支援。 |
| 2024年 |
社名をセイコーグループ株式会社とする。 |
| 2024年 |
「グランドセイコーミュージアム」をセイコーミュージアム銀座内に開館。 |
| 2024年 |
累計参加者数10,000人突破を機に、次世代育成活動「時育®」を始動。 |
| 2025年 |
2025 世界陸上東京 34年ぶりの自国開催となった本大会も、セイコーは1987年の第2回ローマ大会以降19大会連続でオフィシャルタイマーを務めました。本大会では、短距離種目において、レース中の選手一人ひとりの動きをAIで追跡し、ラップタイムやスピードなどのパフォーマンスデータをリアルタイムで計測・表示する「VTT(Video Track Tracking system)」が導入されました。またワールドアスレティクス主催大会としては初となる、本大会限定の「ファイナルラップベル」を制作。 |