| 1908-02-15 |
DICの前身「川村インキ製造所」の創業。明治41年(1908年)に東京市本所(現墨田区)で創業。印刷インキの製造と販売を開始し、木版、石版、活版用のインキを製造。従業員は3人で、販売専門の外交員も委嘱。需要拡大に伴い、原料の顔料やワニスを購入し、練肉して製品化。売れ行きは好調。 |
| 1908-02-15 |
川村インキ製造所として創業(東京・本所) |
| 1908-02-15 |
川村インキ製造所として創業(東京・本所) |
| 1910年 |
地方需要の開拓を開始。 |
| 1912年 |
商号を川村喜十郎商店に変更。 |
| 1912年 |
1912(明治45)年 商号を川村喜十郎商店に変更 |
| 1915年 |
無機顔料の製造に成功。国内に導入されたばかりのオフセット印刷に着目し、1914年3月に本格的な営業印刷を開始。オフセットインキの研究に取りかかり、粘度や粒径、親和力の試行錯誤を経て、1915年にオフセットインキの製造に成功。これにより、オフセット印刷の普及に先駆けて対応。 |
| 1915年 |
1915(大正4)年 無機顔料の製造に成功。オフセット印刷に着目。オフセットインキの製造に成功。オフセットインキに関する文献や資料はほとんどなく、開発には多くの苦労が伴いましたが、オフセット印刷に最適なインキの粘度や、顔料の粒径、ワニスと顔料との親和力の強さなど、試行錯誤を繰り返しながら懸命に開発。1915年、ついに当社はオフセットインキの製造に成功しました。東京と大阪に百数十台を超える印刷機が普及し、オフセット印刷は急速に広まりました。 |
| 1919年 |
1919年に中国・漢口で代理店契約を締結し、海外進出を開始。 |
| 1919年 |
1919(大正8)年 海外への進出を開始(中国・漢口で代理店契約) |
| 1925年 |
有機顔料の自給生産を開始し、化学会社としての一歩を踏み出す。高品質の国産有機顔料の安定供給を目指し、石炭タール系の中間物を化学操作してレーキレッドDなどを製造。これにより、単なる加工業から印刷インキメーカーへ脱皮。 |
| 1925年 |
1925(大正14)年 有機顔料の自給生産を開始。自給開始により、当社は単なる加工業から真の意味の印刷インキメーカーへ脱皮すると同時に、化学会社としての第一歩を踏み出しました。 |
| 1931年 |
インドネシアに進出。 |
| 1931年 |
1931(昭和6)年 インドネシアに進出 |
| 1936年 |
ワニスの製造を開始。 |
| 1936年 |
1936(昭和11)年 ワニスの製造を開始 |
| 1937年 |
1937年に法人組織となり、商号を大日本インキ製造株式会社に変更。 |
| 1937年 |
1937(昭和12)年 法人組織となし、商号を大日本インキ製造株式会社として設立 |
| 1937-03-15 |
大日本インキ製造株式会社を設立(資本金100万円) |
| 1937-03-15 |
大日本インキ製造株式会社を設立(資本金100万円) |
| 1939年 |
北京出張所を開設。 |
| 1939年 |
1939(昭和14)年 北京出張所を開設 |
| 1940年 |
材料統制により、水性グラビアインキを開発。カゼインを苛性ソーダなどのアルカリに溶解し、アルコールやアラビアゴムを加えた独自の水性インキを完成。週刊グラフ誌「写真週報」の指定インキとして採用され、約10年間使用された。天然樹脂の代替材料の研究も進み、合成樹脂事業への展開のきっかけとなった。 |
| 1940年 |
1940(昭和15)年 厳しい材料統制により、独自の水性グラビアインキを開発。水性グラビアインキは、揮発油の統制が解除され、溶剤型グラビアインキが再登場するまでの約10年にわたって広く使用されました。 |
| 1945年03月 |
本店を本所から板橋(現・東京工場)に移転 |
| 1945年03月 |
本店を本所から板橋(現・東京工場)に移転 |
| 1949年03月 |
東京営業所(現日本橋本社)を開設 |
| 1949年03月 |
東京営業所(現日本橋本社)を開設 |
| 1950年 |
東京証券取引所に上場。 |
| 1950年 |
1950(昭和25)年 東京証券取引所に上場 |
| 1950年05月 |
株式を東京証券取引所に上場 |
| 1950年05月 |
株式を東京証券取引所に上場 |
| 1952年 |
1952年2月、Reichhold Chemicals Incorporated社との合弁により「日本ライヒホールド化学工業株式会社(JRC)」を設立。合成樹脂の用途は多岐にわたり、同社の設立は重要な一歩となった。 |
| 1952年 |
1952(昭和27)年 合成樹脂技術の発展を目指し、外資合弁会社を設立。1952年2月、当社とReichhold Chemicals Incorporated社の合弁による「日本ライヒホールド化学工業株式会社(以下、JRC)」を設立しました。 |
| 1954年 |
米Sun Chemical社との技術提携契約を締結。 |
| 1954年 |
1954(昭和29)年 米 Sun Chemical社との技術提携契約を締結 |
| 1957年 |
原料から最終製品までの一貫生産体制を構築。プラスチック成形・加工分野に参入し、建材やポリタンクなどの成形品への展開を図る。 |
| 1957年 |
1957(昭和32)年 合成樹脂製品の急速な進展に向けて、原料から最終製品までの一貫生産体制を構築。新たにプラスチック成形・加工分野へ参入し、原料から最終製品に至る一貫生産体制の構築を目指すことにしました。 |
| 1958年 |
戦後初の海外拠点として香港出張所を開設。 |
| 1958年 |
1958(昭和33)年 戦後初の海外拠点として香港出張所を開設 |
| 1959年 |
樹脂着色剤や改質剤の生産を本格化。 |
| 1959年 |
1959(昭和34)年 樹脂着色剤、改質剤の生産を本格化 |
| 1961年10月 |
株式を大阪および名古屋証券取引所に上場 |
| 1961年10月 |
株式を大阪および名古屋証券取引所に上場 |
| 1962年 |
JRCを吸収合併し、商号を大日本インキ化学工業株式会社に変更。オーストラリアのインキ製造会社へ技術供与。 |
| 1962年 |
1962(昭和37)年 JRCを吸収合併、商号を大日本インキ化学工業株式会社に変更。オーストラリアのインキ製造会社へ技術供与 |
| 1962年10月 |
日本ライヒホールド化学工業株式会社を吸収合併し、商号を大日本インキ化学工業株式会社に変更 |
| 1962年10月 |
日本ライヒホールド化学工業株式会社を吸収合併し、商号を大日本インキ化学工業株式会社に変更 |
| 1965年 |
シンガポールに駐在員事務所を設置。 |
| 1965年 |
1965(昭和40)年 シンガポールに駐在員事務所を設置 |
| 1966年 |
ニューヨークに駐在員事務所を設置。 |
| 1966年 |
1966(昭和41)年 ニューヨークに駐在員事務所を設置 |
| 1968年 |
石油留分を原料とした純国産エポキシ樹脂の製法を確立。1971年に生産開始。 |
| 1968年 |
1968(昭和43)年 印刷の指標となる、DICカラーガイドの販売を開始。1968年7月にオフセットインキによる特色サンプル641色と配合表をセットにした、本格的な色見本帳「DICカラーガイド」を完成させ、販売を開始しました。 |
| 1968年07月 |
1968年7月、色見本帳「DICカラーガイド」を販売開始。338色の印刷見本と配合表をセットにし、国内の印刷・デザイン界に大きな影響を与えた。 |
| 1969年 |
ポリスチレンの生産を開始。 |
| 1970年 |
高感度の感光性樹脂を用いた紫外線硬化型インキ「ダイキュア」を開発。浸透性のない材質への印刷や乾燥工程の改善に寄与。 |
| 1973年 |
寿命1万時間以上のネマティック型液晶を開発。液晶表示電卓「エルシーメイト EL-805」がシャープから発売され、液晶時代の幕開けとなる。 |
| 1978年 |
スピルリナ健康食品「リナグリーン」を発売。 |
| 1979年 |
米Polychrome社を買収し、印刷製版材料市場に進出。 |
| 1980年 |
PPSコンパウンドの生産を開始。シドニーに駐在員事務所を設置。 |
| 1982年 |
フッ素系消火薬剤を開発。 |
| 1985年 |
ソウルに駐在員事務所を開設。 |
| 1986年12月 |
Sun Chemical社のグラフィックアーツ材料部門を買収し、世界最大の印刷インキ・有機顔料企業となる。これにより、世界市場の約13%を占めるトップ企業に。 |
| 1986年12月 |
米国サンケミカル社のグラフィックアーツ材料部門を買収 |
| 1986年12月 |
米国サンケミカル社のグラフィックアーツ材料部門を買収 |
| 1987年 |
Reichhold Chemicals社を買収。 |
| 1987年09月 |
米国ライヒホールド社を買収 |
| 1987年09月 |
米国ライヒホールド社を買収 |
| 1989年 |
高機能中空糸膜の開発に成功。 |
| 1990年 |
川村記念美術館を開館。 |
| 1990年05月 |
川村記念美術館(現DIC川村記念美術館)を開館 |
| 1996年 |
ベトナムに駐在員事務所を開設。 |
| 1997年 |
家電・OA機器メーカーの要求に応え、再資源化可能なプラスチックを使用した両面テープ「ダイタック#8800CH」を開発。家電リサイクル法施行に向けて、剥離しやすく接着信頼性の高い製品を提供。 |
| 1999年 |
環境意識の高まりを背景に、植物油を用いたインキ「ニューチャンピオン ナチュラリス 100」を開発。乾燥性とVOC削減に成功し、「日経優秀製品・サービス賞」を受賞。 |
| 1999年12月 |
仏国トタルフィナ社の印刷インキ部門(コーツ)を買収 |
| 1999年12月 |
仏国トタルフィナ社の印刷インキ部門(コーツ)を買収 |
| 2001年 |
アジア・オセアニア地域の統轄会社としてDIC Asia Pacificを設立。 |
| 2002年 |
南通に印刷インキ・有機顔料用マザープラント、中山に塗料用樹脂プラントを建設。 |
| 2003年 |
中国地区の統轄会社として迪愛生投資有限公司を設立。 |
| 2003年 |
中国地区の統轄会社として迪愛生投資有限公司を設立 |
| 2005年 |
張家港に樹脂・樹脂着色剤プラントを建設。KPGから出資分を資本償還し、 Reichholdグループを売却。 |
| 2005年 |
中国・張家港に樹脂・樹脂着色剤プラントを建設 |
| 2005年 |
KPGから出資分を資本償還 |
| 2005年 |
Reichholdグループを売却 |
| 2005年09月 |
ライヒホールドグループを売却 |
| 2005年09月 |
ライヒホールドグループを売却 |
| 2008年 |
創業100周年を機に、商号を「DIC株式会社」に変更。 |
| 2008年 |
当社は、明治41年2月15日に印刷インキの製造および販売会社として創業し、今年創業100周年を迎えました。創業以来今日に至るまで、当社は印刷インキ、有機顔料、合成樹脂、機能製品、電子情報材料など、広く事業を展開してきました。また、いち早くグローバル化を推し進め、現在、世界約60カ国に事業を展開しています。 当社は、創業100周年を機に、今後より一層の成長発展を遂げるために「グループ化」「グローバル化」を強力に推し進め、事業構造、企業体質の変革の実現をめざします。このため、グループ企業の連携を一段と強化し、グローバルで認知される企業を目指すことを意図し、商号をこれまでの「大日本インキ化学工業株式会社」から「DIC株式会社」(ディーアイシー)としました。 これまで当社が培ってまいりましたブランド資産を継承しつつ、英文字表記とすることで、当社のイメージをグローバルに展開する国際企業という実態に近づけていきます。今後、「DIC」をコーポレートブランドとして積極的な業容拡大をはかっていきます。 |
| 2008年04月 |
創業100周年を機に、商号をDIC株式会社に変更 |
| 2008年04月 |
創業100周年を機に、商号をDIC株式会社に変更 |
| 2009年 |
ザ・インクテックと国内の印刷インキ事業を統合し、DICグラフィックスを設立。 |
| 2009年 |
ザ・インクテックと国内の印刷インキ事業を統合し、DICグラフィックスを設立 |
| 2009年10月 |
ザ・インクテックと国内の印刷インキ事業を統合し、DICグラフィックス株式会社を設立 |
| 2009年10月 |
ザ・インクテックと国内の印刷インキ事業を統合し、DICグラフィックス株式会社を設立 |
| 2010年 |
液晶カラーフィルタ用グリーン顔料「G58シリーズ」を開発。輝度とコントラストを向上させ、省エネルギー化に貢献。 |
| 2010年 |
地上デジタル放送への移行による薄型テレビの需要増やスマートフォンの普及が急速に進む中、当社は画期的な液晶カラーフィルタ用グリーン顔料「G58シリーズ」を開発。当製品は、従来の業界常識を打ち破り、顔料化学構造の中心金属を銅から亜鉛に替えたことで、輝度を格段に向上させました。さらに、同シリーズの最高グレード品「FASTOGEN Green A310」は、突出した輝度とコントラストを実現。従来と比べて少ないバックライト光量でも要求される画質レベルを再現できることから、数多くのLEDバックライト型液晶テレビやスマートフォン、タブレット、ノートパソコン等に採用。液晶ディスプレイの高画質化と省エネルギー化に貢献しています。 |
| 2012年 |
南通に環境対応パッケージ用インキのマザープラントを建設。オーストリア工場の建設やPPSコンパウンドの拡大も進める。 |
| 2012年 |
中国・南通に環境対応パッケージ用インキのマザープラントを建設 |
| 2012年 |
オーストリア工場の建設をはじめ、PPSコンパウンドの開発・生産拠点をグローバルに拡大 |
| 2014年 |
タイに印刷インキ技術センターを設立。 |
| 2015年 |
タイにポリマ技術センターを設立。 |
| 2015年 |
日本橋に本社新社屋「ディーアイシービル」が完成。 |
| 2015年 |
ダウジョーンズサステナビリティインデックスアジアパシフィックの構成銘柄に初採用。 |
| 2015年 |
日本橋に本社新社屋「ディーアイシービル」が完成 |
| 2015年 |
ダウジョーンズ サステナビリティ インデックス アジアパシフィックの構成銘柄に初採用 |
| 2016年 |
ブランドスローガン「Color & Comfort」を制定し、ブランディングを開始。 |
| 2016年 |
トルコにパッケージ用リキッドインキの新工場を建設。 |
| 2016年 |
ブランドスローガン"Color & Comfort"を定め、ブランディングをスタート |
| 2016年 |
トルコにパッケージ用リキッドインキの新工場を建設 |
| 2017年01月 |
太陽ホールディングスと資本業務提携(出資額249億円)。プリント配線板用のソルダーレジストなど次世代材料の開発を推進。 |
| 2017年01月 |
太陽ホールディングス株式会社と資本業務提携契約を締結 |
| 2017年 |
当社は2017年1月に太陽ホールディングス株式会社との間で、当社の持分法適用会社とすることを含む資本業務提携(出資額249億円)に合意し、同年2月に出資を完了しました。太陽ホールディングスは、プリント配線板用部材をはじめとする電子部品・半導体用化学品の製造販売に関する事業を行っています。特に、プリント配線板の製造に欠かせないソルダーレジストに関しては、世界トップクラスのシェアを誇っています。当社グループの基盤技術をベースとした素材開発力、同社が有するプリント配線板及びソルダーレジストのサプライチェーンを活用し、立体部品に回路を形成した成形回路部品などの次世代材料の開発を進めています。 |
| 2017年01月 |
太陽ホールディングス株式会社と資本業務提携契約を締結 |
| 2021年 |
ドイツBASF社の顔料事業(Colors & Effects事業)を買収。 |
| 2021年 |
ドイツBASF社から顔料事業(Colors & Effects事業)を買収 |
| 2021年06月 |
ドイツBASF社から顔料事業(Colors & Effects事業)を買収 |
| 2021年06月 |
ドイツBASF社から顔料事業(Colors & Effects事業)を買収 |
| 2023年 |
カナダPCAS Canada Inc.を買収し、半導体フォトレジストポリマ事業に参入。 |
| 2023年 |
カナダPCAS Canada Inc.買収(半導体フォトレジストポリマ |
| 2023年06月 |
カナダPCAS Canada Inc.買収(半導体フォトレジストポリマ) |
| 2023年06月 |
カナダPCAS Canada Inc.買収(半導体フォトレジストポリマ) |