住友電気工業、タイ・バンコクで信号制御実証実験を受注 ↗
住友電気工業は、タイ・バンコクでプローブ情報を活用した信号制御の実証実験をGenius Traffic Systemと共同で行うことを受注しました。
1590年 : 蘇我理右衛門(住友二代目 住友友以の実父)、京都で銅吹き屋開業 : 後年、南蛮吹きを開発 : 南蛮吹きの図(鼓銅図録)写真提供:住友史料館 : 南蛮吹きの図(鼓銅図録) : 写真提供:住友史料館 : 南蛮吹き : 粗銅から銀を分離する技術で、純度の高い精銅を得ることができて銀も採集できた。南蛮人に原理を学んで開発し、同業者にも公開した。鉱山史上画期的な技術で、 蘇我理右衛門は、わが国銅精錬業の開祖となった。
蘇我理右衛門(住友二代目 住友友以の実父)、京都で銅吹き屋開業
1630年頃 : 住友家の初代 住友政友、京都で薬屋ならびに出版・書籍販売を : おこなう富士屋を開業 : 写真提供:住友史料館 : 写真提供:住友史料館 : 文殊院旨意書 : 住友家初代 政友が晩年、商人の心得を説いたもので、現在の住友事業精神の基盤となった。
住友家の初代 住友政友、京都で薬屋ならびに出版・書籍販売をおこなう富士屋を開業
1681年 : 住友三代目 住友友信 備中の吉岡銅山の採掘に着手 : 写真提供:一般社団法人 高梁市観光協会 : 写真提供:一般社団法人 高梁市観光協会 : 吉岡銅山 : 岡山県高梁市の吉岡銅山の経営は、別子銅山以前に着手。この地では今も住友電工焼結合金(株)が世界最大級の焼結部品工場を展開している。
住友三代目 住友友信 備中の吉岡銅山の採掘に着手
1690年 : 別子銅山発見
別子銅山発見
1691年 : 別子銅山開坑 : 写真提供:住友史料館 : 写真提供:住友史料館 : 別子銅山 : 吉岡銅山の支配人が対岸の愛媛県新居浜市に鉱脈があるとの情報を入手。それが世界有数の鉱山・別子銅山の発見・開坑につながった。
別子銅山開坑
1895年 : 日本製銅(株)設立
日本製銅(株)設立
1897年の創業以来、住友電工は豊かで夢のある未来の実現に向けて、イノベーションに挑戦し続けてきました。当時、ケーブルなど高級品は、そのすべてを輸入に頼っていました。そのような状態を憂いて、国のため、電線事業を開拓することを決意しました。銅線、硅銅線の製造から始まり、国産初の高圧地下送電線ケーブルの製造、世界最長の海底ケーブルの製造・敷設にも成功するなど、日本の産業の発展を支える役割を担いました。
1897年 : 住友家 日本製銅(株)買収
1897年 : <創業>大阪市北区安治川に住友伸銅場開設 : 写真提供:住友史料館 : 写真提供:住友史料館 : 住友伸銅場 : 大阪市福島区にあった日本製銅(株)の工場を買い受け、住友伸銅場を開設。それを機に、本社を工場正面南側の大阪市北区に設置。現在、住友伸銅場の跡地には、大阪市福島区野田にある中央卸売市場本場がある。
住友電工は1897年の創業以来、豊かで夢のある未来の実現に向けて、イノベーションに挑戦し続けてきました。
住友家 日本製銅(株)買収
大阪市北区安治川に住友伸銅場開設
住友電線製造所の開設により、電気事業の発展に対応し、電力用鉛被紙ケーブルの実用化に成功しました。
住友伸銅場が誕生し、住友電気工業株式会社の前身となった。
戦争は終わったものの、工場は数次にわたる空襲にあって惨憺たる状況でした。当時の別宮社長は、社員に対して今までの苦労をねぎらった後、「日本を文化国家として再建するためには、当社の製品はなければならないものであるから、企業の形態がどのように変わろうとも、少しでも製品を作って使命を達成しなければならない、とにかく生産一途に励むほかない」と告げました。電線のほかにも手持資材を利用して、ゴム長靴、電熱器、金網などの日用必需品や、鍬などの農具も製造しました。
戦争終結後、工場は空襲により惨憺たる状況となるも、社員は生産を続け、電線や日用品、農具などを製造した。
ジェーン台風は、1950年9月に大阪を襲った大型台風で、関西を中心に死者336人、被災者50万人、倒壊家屋1万5000戸の被害が出ました。当社大阪製作所の西工場も高潮で浸水し、出荷を待っていたインド向けアルミ架空送電線が冠水しました。水洗いすれば問題はない程度の軽微な被害でしたが、全量を製造しなおすという指示が下されました。「あくまでも良品を供給して信用を重んじる」という当社の伝統的な精神がここに表れています。
ジェーン台風により大阪製作所の西工場が高潮で浸水し、インド向けアルミ架空送電線が冠水したが、良品を供給するために全量を製造しなおす指示が下された。
国産化に成功したオイルテンパー線が登場した。
東海道新幹線に採用されたディビダーク式コンクリート枕木の開発が始まった。
東海道新幹線に採用されたディビダーク式枕木の納入が本格化し、空気ばねの研究も開始された。
シンコム衛星用パラボラアンテナが開発され、採用された。
大阪万博で動く歩道や電力ケーブル、交通ゲーム制御システムが活躍し、バスロケーションシステムの実験も開始された。
初の海外製造会社(タイ)設立。
1971年に実験計画が決定し、1972年6月から実験システムの設計・制作を開始、1973 年8月から1974年1月にわたり各機能の実験を行いました。
1972年6月から実験システムの設計・制作を開始。
1973年8月から1974年1月にわたり各機能の実験を行いました。
1974年1月にわたり各機能の実験を行いました。
世界最大規模の東京交通管制センターが完成し、光ファイバケーブルの製造も開始された。
Sumitomo Electric Copper Rolling Works Founded 1987。住友電気工業株式会社の前身、住友電線製造所の母体となった住友伸銅場が誕生しました。この年は、日清戦争(明治27~28年)後の起業ブームの反動で、不況が深刻になりつつありました。住友伸銅場の設立は、当時、経営難に陥っていた日本製銅株式会社を住友家が同年3 月に買収したのがきっかけとなりました。
住友電気工業は、タイ・バンコクでプローブ情報を活用した信号制御の実証実験をGenius Traffic Systemと共同で行うことを受注しました。
住友電気工業は、米国のKMX Technologiesと膜蒸留技術の共同開発に関する基本合意書を締結し、新たな水処理技術の製品化を目指す。
2021年7月16日付で、住友電気工業は組織改正と人事異動を実施し、新設部門や役員の異動を行った。
2021年7月16日付で、郷田靖氏がタイの子会社の社長から社長に就任し、榎並晃宏氏が同子会社の社長に異動したことが発表された。
住友電気工業のグループ会社アライドマテリアルは、国立研究開発法人QSTからITER用のタングステンモノブロックを35億円で受注し、核融合エネルギーの実用化に貢献する。
2021年7月26日に発表された住友電気工業の人事異動により、役員や部長クラスの役職者の異動が行われた。
住友電気工業は、ハイブリッド型展示会で新技術やソリューションを紹介し、ケーブル事業の新たな価値創造に取り組んだ。
住友電気工業は、BS4K放送対応・Android TV搭載のセットトップボックスの国内累計出荷台数が2021年5月に100万台を超えたと発表しました。
住友電気工業は、光路を拡大するレンズ構造を採用した新しい光コネクタ「AirEB™」を開発し、データセンターの配線作業負荷軽減に貢献します。
住友電気工業は、AI技術を搭載した世界最小・最軽量の融着接続機T-502Sシリーズを2021年6月に販売開始し、高性能と作業性を両立させた製品を提供します。