| 1884年 |
1885年に設立されたジャパン・ブルワリー・カンパニーの事業を引き継ぎ、1907年に当社は創立しました。 |
| 1884年 |
ジャパン・ブルワリー・カンパニー設立 |
| 1885年06月 |
麒麟麦酒株式会社の前身、ジャパン・ブルワリー・カンパニー(以下JBC)設立。のちにT.B.グラバーも重役をつとめる |
| 1888年05月 |
JBC、明治屋の磯野計と一手販売契約を締結し、ドイツ風ラガービールを「キリンビール」の商品名で発売 |
| 1899年11月 |
ジャパン・ブルワリー・カンパニー、ザ・ジャパン・ブルワリー・カンパニーに改組 |
| 1899年11月 |
ジャパン・ブルワリー・カンパニー、ザ・ジャパン・ブルワリー・カンパニー(以下同様にJBC)に改組 |
| 1907年 |
1907年に麒麟麦酒株式会社が創立され、ドイツ人醸造技師によるドイツ産原料を用いたビール醸造を行った「キリンビール」が本格的なドイツ風ビールとして市場から高い評価を受けました。 |
| 1907年 |
麒麟麦酒株式会社創立。1885年に設立されたジャパン・ブルワリー・カンパニーの事業を引き継ぎ、1907年に当社は創立しました。 |
| 1907年02月 |
JBCの事業を継承し、麒麟麦酒株式会社創立 |
| 1918年04月 |
神崎工場(のちのキリンビール尼崎工場)完成(1996年操業終了) |
| 1919年02月 |
「キリン黒ビール」発売(1998年製造終了) |
| 1923年05月 |
東洋醸造株式会社との買収契約成立、仙台工場(現・キリンビール仙台工場)発足 |
| 1923年09月 |
関東大震災により横浜山手工場倒壊 |
| 1925年09月 |
麒麟麦酒、本店所在地を横浜市山手町から横浜市神奈川区子安町字海道通に登記変更 |
| 1926年06月 |
横浜新工場(現・キリンビール横浜工場)完成 |
| 1927年01月 |
麒麟麦酒、明治屋との一手販売契約を解約、営業部を設置し販売を開始 |
| 1928年 |
清涼飲料へ事業を拡大し、「キリンレモン」を発売。透明な瓶で販売し、品質保持のため紙に巻いて出荷しました。 |
| 1928年 |
キリンレモン発売。清涼飲料へ事業を拡大。 |
| 1928年02月 |
麒麟麦酒、横浜工場内に清涼飲料工場完成 |
| 1928年03月 |
炭酸飲料「キリンレモン」発売 |
| 1928年04月 |
麒麟麦酒、本店所在地を横浜市神奈川区子安町字海道通から横浜市鶴見区生麦に登記変更 |
| 1932年02月 |
麒麟麦酒、横浜工場内に製薬所完成、酵母剤などを製造 |
| 1932年12月 |
「キリンスタウト」発売(2008年製造終了) |
| 1933年12月 |
朝鮮に昭和麒麟麦酒株式会社設立(1945年事業譲渡) |
| 1934年04月 |
昭和麒麟麦酒永登浦工場完成(1945年事業譲渡) |
| 1934年04月 |
大日本麦酒との共同出資により満州麦酒株式会社を設立(1937年事業譲渡) |
| 1936年11月 |
満州麦酒第二工場完成(1937年事業譲渡) |
| 1938年04月 |
麒麟麦酒、富田製壜工場完成(1992年ケイ・ワイ・シー株式会社に譲渡) |
| 1938年05月 |
麒麟麦酒、広島工場完成(1998年操業終了) |
| 1941年08月 |
麒麟麦酒横浜工場の物流を担う原酉運送店を改組し原酉自動車運輸株式会社(現・キリングループロジスティクス株式会社)設立 |
| 1941年10月 |
有限会社麟鳳商会(現・キリンエコー株式会社)設立 |
| 1943年 |
麒麟ビールの研究部門の歴史は1918年に研究部を設置したことから始まり、この年に研究部として独立し、麒麟科学研究所となりました。 |
| 1943年 |
麒麟麦酒、麒麟科学研究所(現・キリンホールディングス株式会社キリン中央研究所など)開設。 |
| 1943年03月 |
ビール銘柄商標廃止を決定、こののちラベルは「麦酒」に統一される |
| 1943年11月 |
麒麟麦酒、麒麟科学研究所(現・キリンホールディングス株式会社キリン中央研究所など)開設 |
| 1949年04月 |
ビアホールを経営する金港商会株式会社の株式取得 |
| 1949年12月 |
商標「キリンビール」を復活して販売開始 |
| 1963年 |
自動販売機で清涼飲料を販売する子会社を設立しました。 |
| 1963年 |
自動販売サービス株式会社(現・キリンビバレッジ株式会社)設立。 |
| 1972年 |
蒸留酒の自社製造を開始し、1974年に初の国産ウィスキー「ロバートブラウン」を発売しました。 |
| 1972年 |
キリンシーグラム株式会社(現・キリンディスティラリー株式会社)設立。蒸留酒の自社製造を開始。 |
| 1976年 |
食品事業に参入し、チーズやバターなどの乳製品を全国販売しました。 |
| 1976年 |
小岩井乳業株式会社設立。食品事業に参入。 |
| 1977年 |
北米ニューイングランド地方において、コカ・コーラ社のボトリング事業を開始しました。 |
| 1977年 |
KW Inc. (現・Coca-Cola Beverages Northeast)設立。北米ニューイングランド地方においてコカ・コーラ社のボトリング事業を開始。 |
| 1981年 |
2度のオイルショックを経てビール市場の成熟化が顕著になると、新たな経営体質づくりを目指し、1981年に「長期経営ビジョン」を策定しました。 |
| 1981年 |
長期経営ビジョン策定。医領域とヘルスサイエンス領域に進出。 |
| 1982年 |
キリンビール内での提案に基づき、バイオテクノロジーを切り口として医領域の研究開発を開始しました。 |
| 1982年 |
研究開発部新設。バイオテクノロジーを切り口として医領域の研究開発を開始。 |
| 1983年 |
キリンビール事業開発部健康食品チームが発足し、酵母などを利用した健康食品を検討するチームが結成されました。 |
| 1983年 |
株式会社キリンシティ(現・キリンシティ株式会社)が設立され、ドイツピルスナービールの伝統技『3回注ぎ』による樽生ビールの提供を行うビアレストランとして外食事業に進出しました。 |
| 1983年 |
キリンビール事業開発部健康食品チーム発足。酵母などを利用した健康食品を検討。 |
| 1983年 |
株式会社キリンシティ(現・キリンシティ株式会社)設立。外食事業に進出。 |
| 1984年 |
研究開発部で研究を進めていたエリスロポエチン(EPO)について、米アムジェン社との合弁会社を設立し、大量生産に成功しました。 |
| 1984年 |
キリン・アムジェン社設立。エリスロポエチン(EPO)の大量生産に成功。 |
| 1988年 |
「ラホヤアレルギー免疫研究所(現ラホヤ免疫研究所)」の設立を支援し、免疫の研究を進めました。 |
| 1988年 |
ラホヤ免疫研究所の設立を支援。免疫の研究に貢献。 |
| 1990年 |
麒麟麦酒株式会社より腎性貧血治療剤「エスポー」(EPO製剤)を発売しました。 |
| 1990年 |
腎性貧血治療剤「エスポー」(EPO製剤)を発売。 |
| 1998年 |
オセアニアへ進出し、LION NATHAN LTD.(現・LION PTY LTD)に資本参加しました。 |
| 1998年 |
LION NATHAN LTD.(現・LION PTY LTD)に資本参加。オセアニアへ進出。 |
| 2002年 |
米ケンタッキー州において1888年に誕生したバーボン「フォア・ローゼズ」の事業権を取得しました。 |
| 2002年 |
経済成長、人口増加が著しいフィリピンへ進出し、San Miguel Corporationに資本参加しました。 |
| 2002年 |
キリンビールの基盤技術研究所が、小岩井乳業株式会社および昭和女子大学大学院生活機構研究科と共同で、アレルギー症状を改善する「KW乳酸菌」を発見し、2022年に事業化されました。 |
| 2002年 |
Four Rosesの事業権を取得。米ケンタッキー州のバーボンを取得。 |
| 2002年 |
San Miguel Corporationに資本参加。フィリピンへ進出。 |
| 2002年 |
小岩井乳業と共同でアレルギー改善の「KW乳酸菌」を発見。 |
| 2006年 |
長期経営構想「キリン・グループ・ビジョン2021」を策定し、事業基盤の拡大と医薬事業の協和発酵工業との合併を進めました。 |
| 2006年 |
メルシャン株式会社を連結子会社化し、ワイン事業を傘下に収めました。 |
| 2006年 |
長期経営構想「キリン・グループ・ビジョン2021」を策定。協和発酵工業との合併により協和発酵キリン誕生。 |
| 2006年 |
メルシャン株式会社を連結子会社化。ワイン事業を傘下に。 |
| 2007年 |
キリンビールの医薬事業を承継し、キリンファーマ株式会社を設立しました。 |
| 2007年 |
キリンファーマ株式会社設立。医薬品の製造・販売を開始。 |
| 2008年 |
協和発酵工業株式会社のバイオケミカル事業を分社化し、協和発酵バイオ株式会社を設立しました。 |
| 2008年 |
協和発酵工業株式会社とキリンファーマ株式会社が経営統合し、協和発酵キリン株式会社(現・協和キリン株式会社)を発足させました。 |
| 2008年 |
協和発酵バイオ株式会社設立。バイオケミカル事業を分社化。 |
| 2008年 |
協和発酵キリン株式会社(現・協和キリン株式会社)発足。抗体技術を活用した医薬事業を立ち上げ。 |
| 2010年 |
「乳酸菌L.ラクティス プラズマ(プラズマ乳酸菌)」を発見し、免疫細胞を活性化させる乳酸菌の研究を進めました。 |
| 2010年 |
乳酸菌「L.ラクティス プラズマ」を発見。 |
| 2015年 |
協和発酵バイオのタイ現地法人、THAI KYOWA BIOTECHNOLOGIES CO., LTD.がアミノ酸生産工場を竣工し、2022年にHMOの生産設備も完成しました。 |
| 2015年 |
タイ現地法人、THAI KYOWA BIOTECHNOLOGIES CO., LTD.がアミノ酸生産工場を竣工。 |
| 2016年 |
長期経営構想「キリン・グループ・ビジョン2015」を2016年に新KV2021へと刷新し、コーポレートガバナンスの強化に取り組みました。 |
| 2016年 |
長期経営構想「キリン・グループ・ビジョン2015」を新KV2021へ刷新。 |
| 2016年 |
コーポレートガバナンス・ポリシー策定。 |
| 2017年 |
新KV2021の方針に則り、業績の低迷が続いていたブラジルキリン社を売却しました。 |
| 2017年 |
グループの独自素材である「プラズマ乳酸菌」の新ブランド「iMUSE」を発売し、2020年に免疫機能として初めて機能性表示食品として届出を受理されました。 |
| 2017年 |
ブラジルキリン売却。 |
| 2017年 |
「iMUSE」発売。プラズマ乳酸菌の新ブランドを展開。 |
| 2019年 |
長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」を策定し、社会課題の解決と持続的成長を目指す方針を打ち出しました。 |
| 2019年 |
乳酸菌原料を製造する拠点「iMUSE ヘルスサイエンスファクトリー」を新設し、2021年に免疫機能表示食品の生産能力拡大を行いました。 |
| 2019年 |
株式会社ファンケルに資本参加し、ヘルスサイエンス領域の提携を進めました。 |
| 2019年 |
長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」を策定。 |
| 2019年 |
キリングループCSVパーパス策定。 |
| 2019年 |
乳酸菌原料製造拠点「iMUSE ヘルスサイエンスファクトリー」設立。 |
| 2020年 |
「iMUSE」が免疫で日本初の機能性表示食品として届出受理されました。 |
| 2020年 |
「iMUSE」が免疫で日本初の機能性表示食品として届出受理。 |
| 2020年 |
株式会社ファンケルに資本参加。 |
| 2022年 |
「Lactobacillus paracasei KW3110(KW乳酸菌)」の開発と事業化が農芸化学会賞を受賞。 |
| 2023年 |
豪州企業Blackmoresを連結子会社化し、アジア・パシフィックにおけるヘルスサイエンスのリーディング企業を目指しました。 |
| 2023年 |
Blackmoresを連結子会社化。 |
| 2026年 |
次の100年も成長し続けるための長期経営構想「Innovate2035!」を策定し、人と技術の力でイノベーションを起こし続けるCSV先進企業を目指すとしています。 |
| 2026年 |
長期経営構想「Innovate2035!」を策定。 |