Volkswagen Aktiengesellschaft
基本情報
- 所在地
- Berliner Ring 2, 38440 Wolfsburg
- 社長
- Oliver Blume
- 従業員数(単独)
- 従業員数(連結)
- 269,000 人
- 開始日
- 1937-05-01
- 終了日
サイト
事業内容
関連会社
| 会社名 | Group | 親会社 | 子会社 | 得意先 | 仕入先 | 業務提携 | 銀行等 | 株主等 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
| Bentley Motors Japan | ||||||||
| Ducati Japan Ltd. | ||||||||
| Porsche Japan KK | ||||||||
| Rivian and Volkswagen Group Technologies, LLC | ||||||||
|
|
||||||||
| Audi Japan KK | ||||||||
| Automobili Lamborghini Japan | ||||||||
| CARIAD SE | ||||||||
| Ducati | ||||||||
| Lamborghini | ||||||||
| Shanghai Volkswagen Automobile Co., Ltd. | ||||||||
| Shanghai Volkswagen Automotive Company Ltd. | ||||||||
| VAN Finance KK | ||||||||
| Volkswagen Financial Services AG | ||||||||
| Volkswagen Group Japan KK | ||||||||
| Volkswagen Group Japan KK (VGJ) | ||||||||
| Volkswagen Group Technical Representative Tokyo (VTT) | ||||||||
| Škoda Auto a.s. | ||||||||
| アウトウニオン | ||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
| ブガッティ | ||||||||
|
|
||||||||
| Lamborghini Japan | ||||||||
| アウトモビリ ランボルギーニ ジャパン | ||||||||
| ドゥカティジャパン株式会社 | ||||||||
| ベントレー モーターズ ジャパン | ||||||||
|
|
||||||||
|
|
||||||||
| SAIC(上海汽車工業総公司) | ||||||||
| 上海フォルクスワーゲン汽車有限公司 | ||||||||
|
|
||||||||
| Financial Services Japan LTD. | ||||||||
| German Federal Government | ||||||||
| Lower Saxony State Government | ||||||||
| Volkswagen Financial Service Japan KK (VFJ) | ||||||||
| Volkswagen Financial Services Japan | ||||||||
| ドイツ連邦政府 | ||||||||
| ニーダーザクセン州政府 | ||||||||
|
|
関連図
沿革
1953年に日本におけるフォルクスワーゲンの正規輸入、販売もこの時期に始まりました。
日本におけるフォルクスワーゲンの正規輸入、販売もこの時期(1953年)に始まりました。
1955年には、「ビートル」の累計生産が100万台に達し、次々に生産・販売の新記録を樹立していきました。
1955年に「ビートル」の累計生産が100万台に達し、次々に生産・販売の新記録を樹立しました。
1960年、フォルクスワーゲンは外国メーカーとしてはいち早く中国進出を果たし、SAIC(上海汽車工業総公司)との事業提携により、「上海フォルクスワーゲン汽車有限公司」を設立しました。
フォルクスワーゲンは株式会社(AG)となり、ドイツ連邦政府とフォルクスワーゲンが本社を置くニーダーザクセン州政府がそれぞれ株式の20%を保有することになりました。
「ビートル」の後継モデルとなる「ゴルフ」が登場し、新たな時代が開かれます。
1976 Golf I GTI
1984 Golf II GTI
フォルクスワーゲンは外国メーカーとしてはいち早く中国進出を果たし、SAIC(上海汽車工業総公司)との事業提携により、「上海フォルクスワーゲン汽車有限公司」を設立しました。
1986年 フォルクスワーゲンとリビアンは取引契約を締結し、新たな合弁会社「Rivian and VW Group Technology, LLC」を設立
フォルクスワーゲンヴェルクAGは、日本でのフォルクスワーゲンの輸入販売強化を目指し、フォルクスワーゲン 株式会社を設立。
フォルクスワーゲンAGによる日本での販売・サービスネットワークの構築を目指し、フォルクスワーゲン 株式会社が輸入権を取得。
フォルクスワーゲン 株式会社からフォルクスワーゲン アウディ 日本 株式会社(以下:VAN)に社名変更し、実質的な輸入販売を開始。
愛知県豊橋市にインポートセンター建設用地(178,000㎡)を取得。
日本でのオートローン、オートリース、クレジットカードの発行・運営、ディーラー向けファイナンス業務のためのファイナンス会社、バンズ ファイナンス 株式会社を設立。
1990年のベルリンの壁崩壊後にチェコのシュコダをグループの傘下に加えます。
1991 Golf III GTI
フォルクスワーゲン アウディ 日本インポートセンター(以下:豊橋インポートセンター)の起工式が行われ、同時にテンポラリーインポートセンターの操業を開始(年間処理能力1万台)。
専用埠頭にVAN初のフォルクスワーゲンを搭載した第1船が入港。
トヨタ自動車株式会社とフォルクスワーゲンAG及びVAN が日本におけるVWとAudiのディストリビューター契約を締結。
本社を東京都港区から愛知県豊橋市に移転。
豊橋インポートセンター完成(設備投資額270億円)。輸入車インポート施設として最大級。
豊橋インポートセンター本格操業開始(全体面積290,000㎡)。
販売拠点が100店舗を突破。
1993年に会長に就任したDr. フェルディナンド ピエヒの下、品質、生産性、収益力の向上を目指して様々な改革を実施。まったく新しい雇用体系として、世界に先駆けて「ワークシェアリング」を導入しました。
VAN東京事務所を五反田に開設。
フォルクスワーゲン ブランド単独累計輸入50万台達成(1953年以来)。
フォルクスワーゲン アウディ 日本 株式会社をフォルクスワーゲン グループ ジャパン 株式会社(以下:VGJ)に社名変更。
1998 Golf IV GTI
フォルクスワーゲン グループの累計生産1億台を達成
フォルクスワーゲン本社の所在地であるウォルフスブルグに「アウトシュタット(Autostadt=自動車の街)」がオープン。ここでは、フォルクスワーゲン グループ傘下の各ブランドのパビリオンがあり、それぞれの理念や、歴史、製品が展示されています。また、アウトシュタットは納車センターでもあります。毎年15万台近くのクルマが、アウトシュタットで納車されており、往路は電車で、復路は新車でのドライブを楽しむユーザーが数多くいらっしゃいます。
2002 Golf IV R32
21,517,415台目の「ゴルフ」がラインオフし、「ビートル」から生産台数の最も多いフォルクスワーゲンの地位を引き継ぎます。
最後となる21,529,464台目の「ビートル」がメキシコ工場で生産されました。
2004 Golf V GTI
2005 Golf V R32
2009 Golf VI GTI
2009 Golf VI R
2013 Golf VII GTI
2014 Golf VII R
2020 Golf VIII GTI
2021 Golf VIII R
ニュース
ニュースはありません。