| 1890年 |
京都市に稲畑染料店を創業 |
| 1890-10-01 |
1890年(明治23年)10月1日に創業された。 |
| 1890-10-01 |
1890年(明治23年)10月1日 |
| 1891年 |
「IK」を商標と定める |
| 1893年 |
商号を稲畑染料店から稲畑商店へ変更する |
| 1894年 |
東京出張所を開設し、大阪の染料商として初めて関東に進出する |
| 1895年 |
毛斯綸紡織株式会社を創立する |
| 1895年 |
稲畑勝太郎らが発起人となって、毛斯綸紡織株式会社を創立する |
| 1896年 |
稲畑勝太郎自ら紡織技術の研究と機械設備購入のために単身で渡仏し、モスリンの製法を習得して帰国 |
| 1897年 |
稲畑 勝太郎、フランスから映画機械「シネマトグラフ」を持ち帰る |
| 1897年 |
本店を大阪市(現在地:大阪本社)に移転、京都店を支店とする |
| 1897-02-15 |
稲畑商店、日本で最初に映画を興行 - 1897年2月15日から2週間、稲畑商店は大阪難波の南地演舞場で、シネマトグラフという機械を用いて映画を上映しました。 |
| 1897-02-15 |
稲畑商店、日本で最初に映画を興行 - 1897年2月15日から2週間、稲畑商店は大阪難波の南地演舞場でシネマトグラフを用いて映画を上映 |
| 1897年05月 |
稲畑染工場を創立する - 1897年5月、大阪に稲畑染工場を設立して、最新技術を導入した染色加工業に進出しました。 |
| 1897年05月 |
稲畑染工場を設立し、染色加工業に進出 |
| 1908年 |
中国・天津に東華洋行を設立、これを稲畑商店天津支店として、販路を開拓する(1922年廃止) |
| 1908年 |
中国・天津に東華洋行を設立、稲畑商店天津支店として販路を開拓(1922年廃止) |
| 1918年 |
個人商店を法人化し、株式会社稲畑商店となる |
| 1918-06-10 |
1918年(大正7年)6月10日に設立された。 |
| 1918-06-10 |
1918年(大正7年)6月10日 |
| 1922年 |
稲畑 勝太郎、大阪商業会議所(現・大阪商工会議所)第10代会頭(~1934年)に就任する |
| 1922年 |
稲畑勝太郎、大阪商業会議所第10代会頭に就任 |
| 1926年 |
稲畑 勝太郎、日本染料製造株式会社の社長となる |
| 1926年 |
稲畑勝太郎、日本染料製造株式会社の社長に就任 |
| 1930年 |
名古屋出張所を開設する |
| 1930年 |
名古屋出張所を開設、東京支店の新社屋落成 |
| 1935年 |
稲畑染工場を東洋紡績株式会社(現・東洋紡株式会社)に譲渡する |
| 1935年 |
稲畑染工場を東洋紡績株式会社に譲渡 |
| 1937年 |
稲畑 太郎、第2代社長に就任する |
| 1937年 |
稲畑太郎、第2代社長に就任、ベルギー・ブリュッセルに出張所を開設 |
| 1939年 |
中国・上海、天津に出張所を開設する |
| 1939年 |
中国・上海、天津に出張所を開設 |
| 1940年 |
インドネシア・バタビヤ(現・ジャカルタ)、韓国・ソウル、中国・青島、奉天に出張所を開設する |
| 1940年 |
インドネシア・バタビヤ、韓国・ソウル、中国・青島、奉天に出張所を開設 |
| 1943年 |
商号を稲畑産業株式会社に変更する |
| 1943年 |
商号を稲畑産業株式会社に変更、インドネシア・ジョグジャカルタに出張所を開設 |
| 1944年 |
日本染料製造と住友化学工業株式会社(現・住友化学株式会社)の合併に伴い、当社は住友化学工業株式会社の染料、化学品、医薬品の特約販売店となる |
| 1944年 |
日本染料製造と住友化学工業株式会社の合併に伴い、当社は住友化学工業の染料、化学品、医薬品の特約販売店となる |
| 1946年 |
染料課を新設、戦時下の統制の撤廃により、染料の取り扱いを復活する |
| 1946年 |
染料課を新設し、戦時下の統制撤廃により染料の取り扱いを復活 |
| 1949年 |
モンサント社(現・モンサント・カンパニー)の塩化ビニル樹脂の取り扱いを開始する |
| 1949年 |
モンサント社の塩化ビニル樹脂の取り扱いを開始 |
| 1954年 |
戦災で焼失した大阪本社新社屋落成 |
| 1959年 |
機械金属部を新設し、これを機にフランス・アルザス社と織機の取引を再開する |
| 1959年 |
機械金属部を新設し、フランス・アルザス社と織機の取引を再開、ポリプロピレンを輸入 |
| 1961年 |
大阪証券取引所市場第二部に株式上場する |
| 1961年 |
大阪証券取引所市場第二部に株式上場、化学品から合成樹脂部門が分離独立 |
| 1962年 |
東京証券取引所市場第二部に株式上場する |
| 1962年 |
東京証券取引所市場第二部に株式上場 |
| 1963年 |
合板、ポリエステル化粧板など取扱商品が増え、化学品から建材部が分離独立する |
| 1963年 |
合板、ポリエステル化粧板など取扱商品増加、建材部が分離独立 |
| 1966年 |
医薬品部を医薬事業部と改組し、販売体制の強化・拡充を図る |
| 1966年 |
医薬品部を医薬事業部に改組 |
| 1969年 |
伊藤 英夫、第3代社長に就任する |
| 1969年 |
伊藤英夫、第3代社長に就任 |
| 1970年 |
本部制を採用し、染料・化学品・合成樹脂・機械の各本部を設置する |
| 1970年 |
本部制を採用し、染料・化学品・合成樹脂・機械の各本部を設置 |
| 1972年 |
稲畑 勝雄、第4代社長に就任する |
| 1972年 |
稲畑勝雄、第4代社長に就任 |
| 1973年 |
東京・大阪証券取引所第一部銘柄に指定される |
| 1973年 |
東京・大阪証券取引所第一部銘柄に指定、稲畑勝雄、ポルトガル名誉領事に就任 |
| 1974年 |
建材本部が発足する |
| 1974年 |
建材本部発足、シンガポールに駐在員事務所を開設 |
| 1975年 |
化学品本部内に食品部を新設、食品用コーンスターチや水産物を取り扱う |
| 1975年 |
化学品本部内に食品部を新設 |
| 1976年 |
シンガポールに戦後初の海外営業拠点となるInabata Singapore (Pte.) Ltd.を設立する |
| 1976年 |
シンガポールに海外営業拠点Inabata Singaporeを設立 |
| 1977年 |
化学品本部から食品部門が分離独立する |
| 1977年 |
化学品本部から食品部門が分離独立 |
| 1978年 |
シンガポールに山陽化工株式会社と合弁で樹脂コンパウンド製造のSanyo-IK Color (Pte.)Ltd.を設立する |
| 1978年 |
シンガポールに山陽化工と合弁で樹脂コンパウンド製造会社を設立、米国にInabata America Corp.を設立 |
| 1979年 |
当社の貿易を担当する海外本部を新設する |
| 1979年 |
海外本部を新設 |
| 1983年 |
東京支店を東京本社と改称し、両本社制を採用する |
| 1983年 |
東京支店を東京本社と改称、機械電子材料本部が発足 |
| 1984年 |
医薬事業部を分離し、住友化学工業株式会社(現・住友化学株式会社)との共同出資による住友製薬株式会社を設立する(現・住友ファーマ株式会社) |
| 1984年 |
住友製薬株式会社を設立、栄養補助食品販売の日本ビーエフ株式会社を設立 |
| 1986年 |
半導体検査装置製造の株式会社しなのエレクトロニクスを設立する |
| 1986年 |
株式会社しなのエレクトロニクスを設立 |
| 1987年 |
タイ・バンコクにSiam Inabata Co., Ltd.を設立する(現・Inabata Thai Co., Ltd.) |
| 1987年 |
タイ・バンコクにSiam Inabata Co., Ltd.を設立、樹脂コンパウンド製造のSIK (Thailand) Ltd.を設立、アイ・アンド・ピー株式会社を設立 |
| 1988年 |
マレーシア・クアラルンプールにInabata Malaysia Sdn. Bhd.を設立する |
| 1988年 |
マレーシア・クアラルンプールにInabata Malaysiaを設立、ガラス基板加工の武蔵野ファインガラスを設立、香港に稲畑産業(香港)有限公司を設立、ベルギーにInabata Europeを設立 |
| 1989年 |
英国・テルフォードにIK Precisionを設立、稲畑染色技研を設立、フィリピン・マニラに樹脂コンパウンドのS-IK Color Philippinesを設立、台湾に華稲股份有限公司を設立、マレーシアにColour Compoundを設立 |
| 1990年 |
フランス・パリにInabata Franceを設立、創業100周年を迎える、大阪本社新社屋完成、京都関西日仏交流会館の建設推進、創業者稲畑勝太郎のフランスとの交流歴史、インフレーションフィルム製造のApple Filmを設立 |
| 1991年 |
インドネシア・ジャカルタにPT. Inabata Indonesiaを設立 |
| 1993年 |
稲畑化成品株式会社を設立 |
| 1994年 |
マレーシア・ジョホールに樹脂コンパウンドのS-IK Color (M) Sdn. Bhd.を設立、大阪日本ポルトガル協会を設立 |
| 1995年 |
インドネシア・ジャカルタ近郊にPT. S-IK Indonesiaを設立、中国・東莞に山陽稲畑複合塑料を設立、中国・上海に上海稲畑産業貿易を設立 |
| 1996年 |
中国・上海に上海稲畑産業貿易を設立、タイ・サムットプラカーンに合弁会社を設立 |
| 1997年 |
タイ・アユタヤにゴム・シリコーン成型加工会社を設立 |
| 1998年 |
フィリピン・マニラにInabata Philippinesを設立、稲畑武雄が第5代社長に就任 |
| 1999年 |
事業を情報電子・住環境・化学品・合成樹脂・食品の5分野に再編 |
| 2000年 |
英国・ロンドンにInabata UKを設立、創業110周年記念事業としてカンボジア地雷除去支援金寄付、ISO14001認証取得 |
| 2001年 |
台湾に住友化学と合弁で液晶偏光板製造会社を設立、中国に高純度ガリウム製造会社を設立、メキシコに合成樹脂成型加工会社を設立 |
| 2002年 |
中国・大連に樹脂コンパウンド会社を設立、LED封止材事業の権利を買収、米国に水産物販売会社を設立 |
| 2003年 |
ベトナム・ハイフォンに樹脂コンパウンド会社を設立、執行役員制度導入 |
| 2004年 |
中国・東莞に樹脂コンパウンド会社を設立、中国・天津に貿易会社を設立 |
| 2005年 |
ISO9001認証取得、中国・広州に貿易会社を設立、タイ・バンコクにニトロセルロース製造会社を合弁で設立、稲畑勝太郎が第6代社長に就任 |
| 2006年 |
フランスのARDEAグループを買収しPharmasyntheseを設立、韓国・ソウルにInabata Koreaを設立、ポーランドにInabata Polandを設立 |
| 2007年 |
稲畑ファインテックを設立し染料事業を移管、中国に塗料原料加工会社を設立 |
| 2008年 |
メキシコにホイスト・クレーン販売会社を設立、ベトナム・ハノイにInabata Vietnamを設立、インド・ニューデリーにInabata Indiaを設立 |
| 2009年 |
メキシコに液晶用拡散・光学シート加工会社を設立、インドネシアにグリップテープ製造会社を設立 |
| 2010年 |
創業120周年を迎え、「経営理念」「目指す姿」「価値観」を新制定 |
| 2012年 |
事業を情報電子・化学品・生活産業・合成樹脂・住環境の5分野に再編、メキシコにInabata Mexicoを設立 |
| 2013年 |
ミャンマー・ヤンゴンに支店を開設、トルコ・イスタンブールに支店を開設、フィリピンに樹脂コンパウンド会社を設立、ブラジルに支店を開設、ベトナムにインフレーションフィルム会社を設立、ドイツに支店を設立 |
| 2015年 |
UAE・ドバイにInabata Europe GmbH Middle East (Branch)を開設する |
| 2015年 |
UAE・ドバイに支店を開設 |
| 2019年 |
情報電子・化学品・生活産業・合成樹脂の4分野に事業を再編する |
| 2019年 |
事業を情報電子・化学品・生活産業・合成樹脂の4分野に再編 |
| 2021年 |
オーストラリア・ブリスベンにInabata Australia Pty. Ltd.を設立する |
| 2021年 |
オーストラリア・ブリスベンに支店を設立 |
| 2022年 |
東京証券取引所の市場区分再編により、プライム市場に移行する |
| 2022年 |
東京証券取引所の市場区分再編により、プライム市場に移行 |
| 2023年 |
チェコ・プラハにInabata Europe GmbH, Czech Branchを開設する |
| 2023年 |
大五通商(株)、丸石化学品(株)をグループ会社化する |
| 2023年 |
チェコ・プラハに支店を開設、大五通商と丸石化学品をグループ会社化 |
| 2025年 |
カンボジア・プノンペンにBranch of Inabata Thai Co., Ltd.を開設する |
| 2025年 |
(株)佐藤園とマルカブ佐藤製茶(株)をグループ会社化する |
| 2025年 |
カンボジア・プノンペンに支店を開設、(株)佐藤園とマルカブ佐藤製茶をグループ会社化 |
| 2026年 |
コーポレートメッセージを策定する |
| 2026年 |
東京本社新社屋が完成(省エネ設計による環境配慮と最新の免震構造を採用) |
| 2026年 |
東京本社新社屋 |
| 2026年 |
会社沿革 |
| 2026年 |
IKロゴヒストリー |
| 2026年 |
創業者史料室 |
| 2026年 |
マンガで紐解く創業者の歴史「少年勝太郎」 |
| 2026年 |
コーポレートメッセージを策定、東京本社新社屋が完成 |