| 1918年04月 |
1918(大正7)年4月に鈴木商店に入社した。 |
| 1928年04月 |
1928(昭和3)年4月に「カネタツ海運合資会社」を設立した。 |
| 1942年04月 |
1942(昭和17)年4月に「船舶運営会」が設立された。 |
| 1944年 |
1944(昭和19)年に帝人の船舶部を同社と共同して設立した。 |
| 1944年09月 |
1944年9月から無事マルロの製造に着手した。 |
| 1945-08-15 |
國華産業海運株式会社創立趣意書 銘記すべき昭和二十年八月十五日大詔を拝して無条件降伏後の
我國は各界とも人心の動揺と虚脱状態との結果、特に経済界は未
曾有の変革期に当り果して再建日本可能なりや否やの疑懼の念あ
りたれども聯合国側ことに米国の好意ある占領政策により、日を
追って安定しつゝあるは感謝の外なきなり。然れどもポツダム宣
言の忠実履行と民主主義の徹底化は今後、我国民の重大なる責務
なりとす。 |
| 1946年12月 |
創立発起人 梶山 増吉
〃 大屋 晋三
〃 菊地 秋夫
〃 田中 秀夫
〃 源城 一夫
〃 佐藤 儀一
〃 長谷川 竹次郎
〃 石田 益 |
| 1947年 |
国華産業株式会社は、第二次世界大戦直後の混乱最中の1947年に事業を開始 |
| 1947年 |
1947(昭和22)年の創立時より、内航事業を主とした海運業に参画し、当初は苛性ソーダなどの無機薬品輸送、石炭輸送に携わった。 |
| 1947年03月 |
1947(昭和22)年3月、資本金19 万5,000円で独立海運会社・國華産業海運株式会社を設立した。本社を神戸市生田区に置いた。 |
| 1947年03月 |
神戸市生田区栄町 2 丁目 46 番地に國華産業海運株式会社を設立。資 本金 19 万 5,000 円 |
| 1947-03-03 |
1947(昭和22)年3月3日、海運業、損害保険代理業、商事業を事業目的とする「國華産業海運株式会社」として設立された。 |
| 1947-03-03 |
1947(昭和22)年3月3日創立以降、帝人への貢献として石炭をはじめとする緊急物資の輸送に勤しんだ。 |
| 1947-03-03 |
設立 1947(昭和 22)年 3月 3日 資 本 金 1 億円 主要株主 三菱ガス化学株式会社 株式会社辰巳商會 従業員数 67 名 (2018 年 3月末現在・含関連会社) 本 社 〒 100-0011 東京都千代田区内幸町一丁目 1番 7号 日比谷U-1 ビル 6階 TEL 03-3593-3663(代表) FAX 03-3593-2272 営業種目 海上運送業/貨物利用運送業/商事業 |
| 1947-03-03 |
海運業・損害保険代理業・商事を目的として国華産業海運株式会社を設立し、石炭・二硫化炭素・苛性ソーダ船の運航を始める : 本社を神戸市生田区(現中央区)に資本金195千円で開設 |
| 1948年11月 |
燻蒸事業に進出 大浜炭鉱株式会社特約店として石炭販売を開始 |
| 1949年01月 |
当社は帝人および関係会社の火災保険契約を引き受けるようになった。 |
| 1949年 |
石炭販売の自由化により帝人三原工場向けに月間700トンを納入 |
| 1949年08月 |
1949(昭和24)年8月に民間還元が指令されるまでの間、先の大戦後GHQ商船管理委員会にて日本船舶は統制されていた。 |
| 1949年11月 |
同年11月には山口県宇部地区の大浜炭鉱の特約店となり、帝人岩国工場および三原工場へ納入することに成功した。 |
| 1950年 |
石炭販売取扱数量、前年比 9,000トン増の 1 万 1,000トン 帝人、船舶部廃止 |
| 1950年03月 |
1950(昭和25)年3月まで海運統制が続いた。 |
| 1951年01月 |
帝人が当社の株式を取得、当社は関係会社としてその系列に入ると共に、石炭販売量、損害保険取扱高が飛躍的に増加し、企業としての基盤を固めるに至った。 |
| 1951年03月 |
資本金を100万円に増資 |
| 1952年 |
翌1952(昭和47)年には倍額増資に踏み切り、資本金を200万円とした。 |
| 1952年 |
大阪市北区に本社移転 |
| 1952年12月 |
同年12月に本社を大阪市北区中之島の江商ビル6階に移した。 |
| 1953年 |
1953年後半になると、石炭販売は、重油転換による消費減、デ フレ政策による金融引き締めにより、極端な買い控えが起こった。 |
| 1954年 |
1954(昭和29)年に社名を「國華産業株式会社」に改めた。 |
| 1954年 |
社名を当初の國華産業海運から現在の國華産業株式会社に変更した。 |
| 1954年 |
翌1954年になると、石炭不況はさらに悪化し、保険部門も取引先の経営合理化で減収を余儀なくされた。 |
| 1954年 |
国華産業株式会社に社名変更 |
| 1955年07月 |
当社が帝国人造絹絲株式会社(現・帝人株式会社)から3隻の船舶を購入し、レーヨンの原料である二硫化炭素など化学製品の海上輸送を開始した |
| 1956年 |
石炭と人造絹糸の原料輸送から始まった自社船運航による海運業は、わが国が石油化学工業を国産化する第1期計画がスタートした翌年の1956年からでした |
| 1956年 |
1956(昭和31)年に本格的に海運事業へ進出した。 |
| 1956年 |
当社が本格的に海運事業に取り組んだ1956(昭和31)年以降11年間の社長在任中に、当社の海運商権の基盤となる内外航メタノール輸送事業、特殊タンク船事業、汎用ケミカルタンカー事業を築き、今日まで半世紀以上にわたって継続する不動の事業を完成させている。 |
| 1956年 |
当社が、初めて船を購入し海運事業を開始したのは、創業9年後の1956(昭和31)年のことであった。最初に購入した既存船は、帝人からの木造機帆船帝人丸・徳丸・第二姫丸の3隻あった。 |
| 1956年 |
1956(昭和31)に小型鋼船1隻、木造小型機帆船2隻を帝人から購入し、帝人の人造絹糸原料を瀬戸内海で輸送したところから海運業を始めた当社が、全内航に加盟することは必定であった。 |
| 1956年 |
当社初の苛性ソーダ専用船竣工 三原出張所開設 |
| 1956年04月 |
当社が、創立当初からの念願であった海運事業に勇躍進出したのは1956(昭和31)年4月であった。 |
| 1956-04-04 |
帝人から「帝人丸」、 「徳丸」 、 「第二姫丸」 を買船、海運事業へ進出 三原連絡所を広島県三原市円一町 1834 帝人㈱ 三原工場内に開設 岩国連絡所を山口県岩国市日出町 2 番 1 号 帝人㈱ 岩国工場内に開設 商事部門、電線、耐火煉瓦売買を仲立 当社初の苛性ソーダ専用船 「第二帝人丸」を建造(後の「第二國華丸」) |
| 1957年01月 |
1957(昭和32)年1月、当社は資本金800万円に増資、第二姫丸を売船、新造船を計画するなど、人造絹糸原料の輸送を中心とする内航事業の基盤整備を進めた。 |
| 1957年11月 |
1957(昭和32)年11月、第二帝人丸に続き、当社建造の2番目の船となる、苛性ソーダ専用船「第一國華丸」を進水させた。 |
| 1958年04月 |
苛性ソーダ専用木造機帆船「第一國華丸」を建造、運航開始。119.31GT |
| 1959-04-07 |
苛性ソーダ専用船 「第五國華丸」を建造、運航開始。170.29GT 損害保険代理店資格(特 A 代理店)資格取得 |
| 1960年 |
1960年になってもまだ内航船腹量の3割が依然戦時標準船であった。 |
| 1960年 |
1960(昭和35)年建造の「國隆丸」、内航長距離新潟航路の事業を開始。 |
| 1960年 |
1960年代に入ってからはメタノールを含む有機化学品の輸送に進出すると共に、パイオニア精神を発揮して、世界初となる溶融無水フタル酸専用特殊タンク船、溶融カプロラクタム専用特殊タンク船、日本最初の溶融硫黄専用特殊タンク船を建造、就航させた。 |
| 1960年 |
当社初のケミカルタンカー「国隆丸」を竣工し、日本海航路に就航 |
| 1960年03月 |
1960年3月運航開始(國隆丸) |
| 1960年03月 |
1960 年3月に建造投入した「國隆丸」か ら続いたメタノール新潟航路は、27 年で終止符を打った。 |
| 1960-03-04 |
日本瓦斯化学工業株式会社(三菱ガス化学㈱の前身)と取引を開始、同社 の氷酢酸、メタノール輸送船 480.79GT 「國隆丸」 (汎用ケミカルタンカー) を建造、新潟航路に就航 資本金 2,000 万円に増資 |
| 1960-03-25 |
1960(昭和35)年3月25日、尾道造船株式会社にて竣工した「國隆丸」 |
| 1960年09月 |
3倍増の月産8,300t、国周丸を建造、就航させた |
| 1961年 |
1961(昭和36)年建造の「國昌丸」で内航長距離新潟航路の事業を継続。 |
| 1961年 |
日本瓦斯化学工業㈱(現三菱ガス化学株式会社)の資本参加により資本金50,000千円に増資 |
| 1961年09月 |
1961年9月運航開始(國昌丸) |
| 1961年09月 |
國隆丸を就航させた翌年の1961(昭和36)年9月には、この分野での第二船となる「國昌丸」を建造した。 |
| 1961-09-09 |
日本瓦斯化学工業㈱が、当社に出資 汎用ケミカルタンカー「國昌丸」を建造、運航開始。661.97GT 機帆船 苛性ソーダ専用船「徳丸」を売船。64.80GT 本社を大阪市北区堂島浜通り1 丁目 63 番地 渡辺橋ビルへ移転 資本金 5,000 万円に増資 この期より、決算期を毎年 10 月1 日から9 月30 日とする。 |
| 1961年10月 |
この年の10月、当社は資本金を5,000万円に増資すると共に、本社を大阪市北区堂島浜通りに移転した。また、日本瓦斯化学工業が当社株式を取得し、取引関係と共に資本関係を持つに至った。 |
| 1962年 |
1962(昭和37)年に開設した新潟出張所の初代所長となった菅原であった。 |
| 1962-03-09 |
新潟出張所を新潟県新潟市榎木町 5 日本瓦斯化学工業㈱ 新潟工業所内に開設 全日本海員組合と労働協約締結 二硫化炭素専用船「帝人丸」を建造、運航開始。187.68GT 二硫化炭素専用船「帝人丸」を売船 77.50GT 船主団体一洋会 加入 帝人、社名変更。帝国人造絹絲㈱から「帝人株式会社」に |
| 1964年 |
1964(昭和39)年建造の内外航併用船「国朋丸」で遠洋外航ケミカルタンカー事業を開始し、一洋会への加盟が必要だった。 |
| 1964年 |
「国朋丸」(内外航兼用ケミカルタンカー)竣工、外航に進出、「旺華丸」(世界初高温度溶融タンカー:無水フタル酸)竣工、「国周丸」(日本初の中温中圧方式アンモニアタンカー)竣工 |
| 1964年06月 |
1964年6月運航開始(國朋丸) |
| 1964年06月 |
(昭和39)年6月、当社は初の外航船「国朋丸」を建造、就航させた。国朋丸は、オーストラリア航路を主として、マレーシア、フィリピン、台湾、インドなどに日本瓦斯化学工業の輸出メタノールを海上輸送した。 |
| 1964年07月 |
時を同じくして1964年7月、当社は当時テトロン原料であった無水フタル酸を溶融状態で海上バルク輸送する、世界初の無水フタル酸専用特殊タンク船「旺華丸」を建造、運航を開始した。 |
| 1964年07月 |
1964(昭和 39)年 7月、尾道造船 で建造された国朋丸はジャイロコンパ ス、係船ロープのオートテンションな ど当時の最新設備を搭載した最新鋭 のタンカーでした。 |
| 1964年08月 |
1964(昭和39)年8月、当社は日本瓦斯化学工業の要請により内外液輸株式会社の債権債務を引き受け関係会社とした。 |
| 1964年08月 |
1964(昭和39)年8月、内航運送の円滑かつ適確な運営、輸送の安全を確保すると共に、内航海運業の健全な発達を図るため、「内航海運業法」および「内航海運組合法」、いわゆる内航2法が施行された。 |
| 1964年10月 |
1964年10月、当社は資本金を1億円に、さらに海運部門の第1次船腹増強計画を完了した。 |
| 1964年10月 |
倍増の同1万2,900tに設備が増強された |
| 1964年11月 |
当社は1964(昭和39)年11月、日本瓦斯化学工業のアンモニアを海上輸送するための専用特殊タンク船「国周丸」を就航させた。 |
| 1965-04-08 |
新保険代理店制度により、総合代理店の認可を受ける 内航海運業法施行により、内航海運業・内航運送取扱業登録 資本金 1億5,000 万円に増資 全国内航タンカー海運組合 中部支部加入 |
| 1965年10月 |
1965年10月、当社は資本金を1億5,000万円に増資した。 |
| 1966年10月 |
第一次船腹増強計画を完了 全国内航タンカー海運組合 薬槽船支部加入 |
| 1967年 |
1967年には千葉に世界最初の重油脱硫装置が完成し、副生硫黄の生産が開始された。 |
| 1967年 |
「英華丸」(世界初の溶融カプロラクタム専用船)竣工、「光華丸」(日本初の溶融硫黄専用船)竣工 |
| 1967年04月 |
1967(昭和42)年に開始されたが、同年4月には海上運送事業が登録制から許可制になり、整備効果は上がっていった。 |
| 1967年09月 |
世界初の高温度溶融カプロラクタム専用特殊タンク船「英華丸」を建造、就航 |
| 1967年09月 |
高温度溶融硫黄専用特殊タンク船初代「光華丸」を建造、就航 |
| 1968年 |
昭和四十三年(一九六八)不幸長逝(梶山増吉) |
| 1968年 |
東京事務所を東京都港区に開設 |
| 1969年 |
「由華丸」(ステンレスタンカー:高度品質管理船)竣工 |
| 1969年02月 |
1969年2月に渕上の後任に川崎汽船から岡田紀代蔵(後に当社取締役 在任中に日本 内航総連合会の国際海事対策委員・ 内航タンカー海運組合 IMO委員を 歴任)が入社。 |
| 1969年04月 |
1,872DWT(積載重量トン)の第 二國隆丸を建造、運航開始させた |
| 1969-04-04 |
汎用ケミカルタンカー「由華丸」を 建造、運航開始。321.69GT 汎用ケミカルタンカー「第二國隆丸」 を建造、運航開始。999.61GT 溶融無水フタル酸専用船「旺華丸」を溶融硫黄専用特殊タンク船に改造。 総トン数 199.87GT → 228.06GT、載貨重量トン数 224.00t → 287.27 |
| 1969年05月 |
溶融硫黄専用船に改造 |
| 1970年 |
1970年 の年末に新潟東港で休みとなり「国朋丸」と「國昌丸」の合同忘年会がおこなわれました |
| 1970年11月 |
2,051DWTの第二国昌丸 |
| 1973年 |
1973(昭和48)年に至って鉱山硫黄生産がゼロになってから、日本で生産される硫黄は、ほぼ全量が原油処理に伴い製油所から回収される副生硫黄となった。 |
| 1974年08月 |
2,179DWTの第二国朋丸 |
| 1974年09月 |
2,174DWTの第八国朋丸の運航を開始した |
| 1975年 |
資本金 2 億 5,000 万円に増資 |
| 1975年 |
定款変更 |
| 1975年 |
決算期を毎年 3 月31 日とした |
| 1975年 |
子会社、有限会社阿部海運設立 |
| 1975年 |
第 4 代取締役社長 日比健一就任 |
| 1975年 |
資本金250,000千円に増資、松山出張所開設 |
| 1975年04月 |
1975(昭和50)年4月には資本金を1億円増資し、2億5,000万円としている。 |
| 1975-10-01 |
第 37 期は 1975 年 10 月1 日から1976 年 3 月31 日までの 6カ月間に設定 |
| 1976年 |
当社が、この三菱ガス化学のメタノール河川配送事業を開始したのは1976(昭和51)年である |
| 1976年06月 |
第二光華丸の運航開始は1976年6月。 |
| 1978年 |
旧字体の「國」は1978(昭和53)年まで使用された。 |
| 1978年 |
第一長栄丸が河川運航を開始した2年後の1978(昭和53)年に、船主がメタノール輸送専用船「第 五長栄丸」を建造 |
| 1979年 |
1979(昭 和54)年に第一長栄丸を売船解撤してからは、1隻体制でのメタノール輸送が続けられた |
| 1980年 |
子会社、岩井海運有限会社設立 |
| 1980年 |
汎用ケミカルタンカー 「第八国昌丸」 を建造、運航開始。999.08GT |
| 1980年 |
汎用ケミカルタンカー 「第八長栄丸」 を建造、運航開始。96.56GT |
| 1980年 |
汎用ケミカルタンカー 「第八国朋丸」 改造 |
| 1980年 |
岩井海運有限会社設立 |
| 1980年03月 |
1980(昭和55)年3月末時点の当社の船隊は、社有船が14隻(合計1万 7,829DWT)、運航受託傭船が6隻(合計2,822DWT)であった。 |
| 1982-01-11 |
第八国朋丸は、1982(昭和57)年1月11日 01 時30分 中国寧波港に入港し、検疫錨地に投錨。 |
| 1984年 |
1984(昭和59)年にコンテナ積載船貨物事業の研究を開始し、他社運航船をチャーターしてトライアルを重ねながら、輸送のノウハウを蓄積していった。 |
| 1984年01月 |
第一紅丸の運航開始は1984年1月。 |
| 1984年 |
溶融硫黄専用特殊タンク船 「第一紅丸」を建造、運航開始。698.00GT |
| 1984年 |
海外派遣規程改訂 |
| 1984年 |
当社初、帆装ステンレスIMO TypeⅢケミカルタンカーおよびコーティングタンク船建造を決定 |
| 1984年 |
東京事務所を東京支店に格上げ |
| 1984年 |
シンガポール駐在員事務所開設 |
| 1984年 |
第八国朋丸をP.T.SuperinのPanama会社に売船し、チャーターバック実施 |
| 1984年 |
第八国昌丸乗組員一同による人命救助に対する善行賞授与 |
| 1985年 |
1985(昭和60)年にメタノール輸送を主体とした外航海運業を伸長した。 |
| 1985年 |
1985(昭和60)年からは、メタノール輸送を中心とする遠洋外航分野にも活躍の舞台を広げてきた。 |
| 1985年02月 |
1985(昭和60)年2月、世界的にも珍しいケミカルタンカー帆装船「帆洋丸」を建造し、運航を開始した。 |
| 1986年03月 |
当社は内航事業の強化のため、100%出資の子会社ケー・エス・マリン(KSM)を設立した。 |
| 1986年04月 |
光華丸の運航開始は1986年4月。 |
| 1986年04月 |
KSMへ「双華丸」、「硫華丸」を現物出資し、営業を開始した。 |
| 1986年06月 |
第二光華丸の運航終了は1986年6月。 |
| 1986年10月 |
新造船第1号とエチレングリコール専用船「マリン1号」を竣工させた。 |
| 1987年 |
マリン20号(1,947DWT)が建造された。 |
| 1987年03月 |
メタノール輸送主体の汎用ケミカルタンカー「マリン20号」の運航を開始。 |
| 1987年09月 |
第八国昌丸の運航終了(1987 年9月) |
| 1988年 |
1988(昭和63)年、運輸省海上技術安全局に設置された「メタノールディーゼル機関開発検討会」に参加し、企画と技術開発に尽力していた。 |
| 1988年 |
社内旅行(1988年・伊勢志摩) |
| 1988年05月 |
1988年5月に、 三菱ガス化学㈱新潟工業所における メタノール600系プラントが停止した。 |
| 1989年 |
「日昇丸」(内航コンテナ船)竣工 |
| 1989年04月 |
1989(平成元)年4月、一般貨物船「日昇丸」を子会社の日昇海運有限会社が建造、当社が定期傭船借りし、当社初となるコンテナ積載貨物船によるポリエステルフィルムチップ輸送航路、松山/日立航路を開設、運航を開始した。 |
| 1990年 |
1990(平成2)年には当社子会社の岩井海運有限会社が建造した「日進丸」を定期傭船借りした。この2隻体制により月間5航海を完結、帝人の販売増に伴う輸送需要を満たした。 |
| 1990年09月 |
サルファーメルコールの運航開始は1990年9月。 |
| 1990年09月 |
溶融硫黄専用特殊タンク船「サルファーメルコール」を建造した。 |
| 1991年 |
社内旅行(1991年・浅草) |
| 1991年01月 |
溶融無水フタル酸専用特殊タンク船「双和丸」の運航を開始した。 |
| 1992年 |
1992(平成4)年以降、わが国経済は個人消費や民間設備投資の落ち込みによる内需不振に加えて株式市場の低迷が続くなど、景気後退が一段と深刻化した。 |
| 1992年 |
創立45周年記念社員旅行。海運会社らしくコバルトブルーの海を満喫した。 |
| 1992年 |
さくら丸を建造した。 |
| 1992年07月 |
1992(平成4)年7月に子会社の有限会社阿部海運が建造した「さくら丸」を定期傭船借り、1隻専属運航としてポリエステルフィルムチップ輸送体制を確立した。 |
| 1993年 |
1993(平成5)年3月期決算において、売上高57億9,300万円(前期比13.7%増)、運航収益2億2,980 万円(同21.3%増)を達成した。 |
| 1993年01月 |
1,299DWTの「曹栄丸」を建造、運航を開始した。 |
| 1993年 |
第 6 代取締役社長 植松武彦就任 |
| 1993年 |
本社を大和堂島ビルへ引越 |
| 1993年 |
海外法人 KSK(PANAMA)CORP. 設立 |
| 1994年 |
新日硫丸 定期傭船借り、運航開始 |
| 1994年 |
TENSHIN MARU 定期傭船借り、運航開始 |
| 1994年 |
第八光華丸 定期傭船借り、運航開始 |
| 1994年06月 |
天信丸の運航開始は1994年6月。 |
| 1994年09月 |
第八光華丸の運航開始は1994年9月。 |
| 1995年 |
1995(平成7)年にはキプロス船籍船(後、KSK(P)船)「SULPHUR ESPOIR」を定期傭船し、合計3隻の大型外航溶融硫黄船団を主として、日本/中国航路に配船した。 |
| 1995年 |
SULPHUR ESPOIR 定期傭船借り |
| 1995年09月 |
SULPHUR ESPOIRの運航開始は1995年9月。 |
| 1996年 |
東京支店を東京本社に変更 |
| 1996年 |
EASTERN FELLOW 運航受託開始 |
| 1996年 |
知秀丸 海外売船、解撤 |
| 1996年 |
褒章規程一部改訂 |
| 1997年 |
創立50周年記念として社員旅行を実施(1997 年・北海道) |
| 1997年 |
徳山出張所を閉鎖 |
| 1997年 |
万代丸 定期傭船借り |
| 1997年 |
ISM 資格取得 |
| 1997年05月 |
1997(平成9)年5月にISMコードの認証資格を取得し た後 |
| 1997年12月 |
1997(平成9)年12月 に、当社がKSK(PANAMA)CORP.より購入し、当社社有船とし て内航船に転用した。 |
| 1998年 |
1998(平成10)年にはピークに達した。1998年の輸出量は、全体の52%に達している。 |
| 1998年02月 |
第一紅丸の運航終了は1998年2月。 |
| 1998年03月 |
内航タンカー・ケミカルタンカー運賃協定の廃止 |
| 1998年05月 |
内航海運船腹調整事業の廃止 |
| 1998年09月 |
紅進丸の運航開始は1998年9月。 |
| 1998年10月 |
第八長栄丸が1998(平成10)年10月に運航を終了 |
| 1999年 |
1999(平成11)年に事故・トラブル防止の方策として、社船を中心としたTPM(Total Productive Maintenance)活動を開始した。 |
| 1999年 |
第 7 代取締役社長 柾木久和就任 |
| 1999年 |
帝人㈱ 松山事業所(南地区)工場側業務受託 |
| 1999年 |
水島出張所廃止 |
| 1999年 |
船舶代理店業務を三菱ガス化学㈱関連会社 化学運 輸㈱に移管 |
| 1999年 |
内航船燃料購買政策変更 |
| 1999年 |
第一広輪丸 運航受託開始 |
| 1999年 |
ケミカルタンカー運賃協定廃止 |
| 1999年 |
内航タンカース ケール 発行 |
| 1999年 |
ISM 資格を義務づけ |
| 1999年 |
IMOが有機スズ系船底塗料使用 禁止の新条約制定で合意 |
| 2000年 |
第 8 代取締役社長 吉川弘明就任 |
| 2000年 |
就業規則改訂 |
| 2000年 |
育児・介護のための時間外労働の制限 |
| 2000年 |
早期退職船員の割増退職金設定 |
| 2000年 |
暫定措置事業のシンデレラプロ ジェクト追加融資決定 |
| 2000年 |
国交省、「次世代内航ビジョン」 まとめる |
| 2000年 |
内航初の電気推進船(SES ケミ カルタンカー)が竣工 |
| 2000年 |
パナマに新会社 M&K OCEAN S.A. 設立 |
| 2000年 |
KOHZAN MARU II 購入および売買契約締結 |
| 2000年 |
KOHZAN MARU II 運航事業商権譲渡に関する協定締結 |
| 2000年 |
KOHZAN MARU II 借受先、貸渡先傭船契約締結、運航開始 |
| 2000年 |
翔栄丸購入および売買契約締結 |
| 2000年 |
翔栄丸貸渡し先、三菱ガス化学㈱との定期傭船契約締結 |
| 2000年 |
翔栄丸 岩井海運㈲より定期傭船借り、運航開始 |
| 2000年 |
EISHU 定期傭船借り、運航開始 |
| 2000年 |
第二英明丸 を建造、運航開始 |
| 2000年 |
三菱ガス化学㈱ JV ベネズエラ メタノール輸送受注および輸送船、便宜置 籍のための PANAMA 新会社設立 |
| 2000年 |
JOSE BREEZE 改造工事 |
| 2000年05月 |
2000 年 5月、当社は内航汎用ケミカルタンカーの船槽内で、メタノール ガスに引火、爆発する事故を起こし た。このことを契機に再発防止対策 の策定、作業手順の確認など、厳 格に改革を実行した。同時にこの重 要局面に対し、全社を挙げての意識 改革に取り組んだ。海陸全社員が共 有するスローガンを作成したのだ。 |
| 2000年10月 |
KSMが当社に吸収合併された。 |
| 2001年 |
帝人㈱より三菱ガス化学㈱に株式譲渡 |
| 2001年03月 |
天信丸の運航終了は2001年3月。 |
| 2001-07-01 |
社内報「MY SHIP」2001年7月1日号 |
| 2001-10-01 |
2001(平成13)年10月1日、帝人が所有していた当社株式の50%を取得した。 |
| 2002年 |
2002(平成14)年度の最重要経営課題にISMの推進・船舶 予防保全システムの充実を掲げ、内外航の安全と環境品質の向上 に積極的に取り組んだ。 |
| 2002年 |
ベネズエラメタノール輸送事業は2002(平成14)年のスタート以来、2004(平成16)年度を除き赤字事業であった。 |
| 2002年 |
サウジアラビアよりのメタノール輸送に進出 |
| 2002年03月 |
2002年3月に「KOHZAN MARU Ⅱ」をサウジアラビ アメタノール輸送に投入 |
| 2002年10月 |
当社は2002(平成14)年10月、三菱ガス化学グループの中期経営計画「協創2005」策定に合わせ、やはり2003年度を初年度とする3カ年の「国華産業中期経営計画」を策定した。 |
| 2002年11月 |
光華丸の運航終了は2002年11月。 |
| 2003年 |
2003年に運航を開始した外航溶融カプロラクタム専用特殊タンク船。 |
| 2003年 |
2003年度を初年度とする中期経営計画「協創2005」の施策である提案営業の一環で大型化を進めるきっかけとなった船。 |
| 2003年 |
JOSE BREEZE 定期傭船借受け、運航開始 |
| 2003年 |
CHISHU 定期傭船借り、運航開始 |
| 2003年 |
YODOGAWA 購入 |
| 2003年 |
JOSE STREAM 定期傭船借り、運航開始 |
| 2003年 |
ベネズエラよりのメタノール輸送に進出 |
| 2003年09月 |
主要寸法(M) : 全長:64.80 巾:10.20 深さ:4.50 竣工年月: : 2003.09 |
| 2004年04月 |
2004(平成16)年4月に海外売船後チャーターバックし、極東の外航不定期汎用ケミカルタンカーマーケットに投入。 |
| 2004年05月 |
菱栄丸を建造、2004年5月に就航させた。 |
| 2005年 |
2005(平成17)年からベネズエラメタノール輸送(北米ガルフ/欧州航路)に当たっていた3万2,443DWT(積載重量トン)の大型ケミカルタンカー「JOSE BRIGHT」が、ロンドンに本拠を置くオイルメジャー・BP社の船舶要件に関する承認が取れず、ヨーロッパ向けに運航することができなくなった。 |
| 2005年 |
東京都港区虎ノ門に本社移転し事務所統合、「菱日丸」(過酸化水素水専用船)竣工 |
| 2005年09月 |
本社を大阪市西区江戸堀から東京都港区虎ノ門へ移し、業務の効率化を図った。 |
| 2005年10月 |
菱日丸(1,620DWT)を定期傭船運航開始した。 |
| 2005年11月 |
菱水丸(1,231DWT)を定期傭船運航開始した。 |
| 2006年02月 |
3,147DWTの石化ガス特殊タンク船「SAKURA HARMONY」を新造、就航させた。 |
| 2006年03月 |
同型の「SAKURA SERENITY」を新造、就航させた。 |
| 2007年 |
2007年度に は、大型の4万6,800DWTの新造汎用ケミカルタンカー「JOSE PROGRESS」を投入すると共に、船齢25年を超えていた既存船 JOSE BREEZEの更新建造を行った。 |
| 2007年 |
2007年にブルネイメタノール輸送に向けた船隊整備等について検討を開始した。 |
| 2007年 |
2007(平成19)年3月期決算では、売 上高で100億円の大台を突破、経常利益は2億7,197万円を記録し た |
| 2007年02月 |
モーダルシフト船「ひよどり」を建造、2007年2月に就航させた。 |
| 2007年04月 |
2007(平成19)年4月、三菱ガス化学が伊藤忠商事株式会社、Brunei National Petroleum Company(PB社)と の3社合弁で設立したBrunei Methanol Company(BMC社)が、 建設資金約4億ドルを投じて年産85万tのメタノールプラントを 建設、2009(平成21)年末に完工、2010(平成22)年4月に商業運 転開始を予定していると発表した。 |
| 2007-04-07 |
2007(平成19)年4月7日早朝、和歌山県すさみ町沖で日本船籍とカンボジア船籍の貨物船が衝突し、日本籍船の「第7永福丸」が沈没した。おりしも当社の「第八菱華丸」が、 その現場付近を航行中であった。沈没した第7永福丸から脱出し救命いかだで漂流していた乗組員3名を発見し、迅速な作業で無事救助した。 |
| 2007年07月 |
第二菱栄丸(1,853DWT)を建造、2007年7月に就航させた。 |
| 2007年10月 |
主要寸法(M) : 全長:79.97 巾:13.20 深さ:6.20 竣工年月: : 2007.10 |
| 2008年 |
2008年度通期では9億円近い経常損失を余儀なくされた。 |
| 2008年 |
「国朋丸」(電気推進式ケミカルタンカー)竣工 |
| 2008-03-01 |
第二秀華丸。内航汎用ケミカルタンカー。 2008年3月1日運航開始。 499.00GT、1,287.00DWT |
| 2008年06月 |
SAKURA SYMPHONYを運航開始。 |
| 2008年06月 |
電気推進船「国朋丸」を建造、2008年6月に就航させた。 |
| 2008年10月 |
主要寸法(M) : 全長:64.50 巾:12.00 深さ:5.00 竣工年月: : 2008.10 |
| 2008年12月 |
当社は2008(平成20)年12月、リーマンショック後の事業環境が急速に悪化する中で、「緊急対応策」を策定した。 |
| 2008年12月 |
2008年12月に「緊急対 応策」を策定 |
| 2009年 |
2009(平成21)年度中に実施した余剰船腹の売船および返船は次の通りである。 |
| 2009年 |
「JOSE PROGRESS」(当社最大船型)竣工 |
| 2009年02月 |
KOKUKA SANGYO SHIPPING CPRPORATION (KSS) 設立 |
| 2009年02月 |
メタノール専用汎用ケミカルタンカー「JOSE PROGRESS」 定期傭船借り、運航開始。外航 30,969.00GT |
| 2009年02月 |
過酸化水素水専用船 「双菱丸」 双和海運㈲より定期傭船借り。498.00GT |
| 2009年02月 |
外航石化ガス船 「Sakura Hermony」「Sakura Serenity」定期傭船契約締結 |
| 2009年02月 |
高温度溶融硫黄専用特殊タンク船 「KOYO MARU」 定期傭船借り。3,535.00GT |
| 2009年02月 |
メタノール専用汎用ケミカルタンカー「BANDAI Ⅴ」 定期傭船借り、運航 開始。2,950.00GT |
| 2009年02月 |
メタノール専用汎用ケミカルタンカー「BANDAI Ⅲ(SEA JOY)」 定期傭船 借受け、運航開始。2,826.00GT |
| 2009年02月 |
主要寸法(M) : 全長:182.03 巾:28.20 深さ:18.20 竣工年月: : 2009.02 |
| 2009年04月 |
2009年4月、100%出資の外航船舶管理会社Kokuka Sangyo Ship Management Company(略称KSCC、後にKSS)をフィリピン・マニラに設立 |
| 2009-04-01 |
2009(平成21)年4月1日付で、組織変更を行った。 |
| 2009年07月 |
2009年7月に、ニューヨークの親会社ともども倒産したが、当社はその対応として、管理会社変更に伴う重複支払いなど諸々の面で大変な苦労を経験した。 |
| 2009年09月 |
KOYO MARUの運航開始は2009年9月。 |
| 2009年12月 |
2009(平成21)年末に完工。 |
| 2010年01月 |
菱水丸(1,231DWT)が2010年1月まで運航していた。 |
| 2010年01月 |
同船は2010(平成22)年1月からトルコのドックに入れ、大幅な修繕を施すこととなった。 |
| 2010年 |
2010年度の外航部門の管理費負担前利益は2億5,500万円の赤字から3億2,400万円の黒字に転換した |
| 2010年 |
2010(平成22)年秋口には「国華産業・事 業再建計画」を作成 |
| 2010年 |
2010(平成22)年に策定し た「国華産業・事業再建計画」に基づいて、JOSE BRIGHTの売船を中心とする「負の遺産の処理」に取り組んできた。 |
| 2010-01-01 |
Schulte Marine Concept Limited (SMC) との建造監督契約締結 |
| 2010-01-01 |
「JOSE BREEZE」 売買契約締結 |
| 2010-01-01 |
メタノール専用汎用ケミカルタンカー「RAKIS」 定期傭船借り、運航開始。4,945.00GT |
| 2010-01-01 |
本社、虎ノ門から千代田区内幸町 1-1-7 NBF 日比谷ビルへ移転 |
| 2010-01-01 |
新造 499.00GT「第二英華丸」 定期傭船契約締結 |
| 2010-01-01 |
三原出張所閉鎖 |
| 2010-01-01 |
メタノール専用汎用ケミカルタンカー「JOSE BREEZE」 定期傭船解除 |
| 2010-01-01 |
汎用ケミカルタンカー 「第二英華丸」 ㈱安保商店より定期傭船借り、運航開始。499.00GT |
| 2010-01-01 |
船員陸上勤務制度発足 |
| 2010-01-01 |
汎用ケミカルタンカー 「和華丸」 ㈱安保商店より定期傭船借り、運航開始。498.00GT |
| 2010年 |
東京都千代田区内幸町に本社移転 |
| 2010年03月 |
2010(平成22)年3月竣工の汎用ケミカルタンカー「RAKIS」(6,269DWT) |
| 2010年03月 |
当社の2010(平成22)年3月期決算での売上高は135億3,600万 円、経常損失は5億7,200万円、当期純利益は6億4,400万円の赤字となった。 |
| 2010年04月 |
主要寸法(M) : 全長:185.93 巾:32.20 深さ:19.30 竣工年月: : 2010.04 |
| 2010年08月 |
2010(平成22)年8月に稼働を開始したベネズエラMETOR Ⅱ(年間 85 万t製造)の新プラントに合わせて建造、ベネズエラメタノール輸送に投入した「KOKUKA GLORIOUS」 |
| 2010年09月 |
主要寸法(M) : 全長:94.00 巾:18.00 深さ:9.60 竣工年月: : 2010.09 |
| 2010年10月 |
主要寸法(M) : 全長:185.92 巾:32.14 深さ:18.60 竣工年月: : 2010.10 |
| 2011年 |
2011年3月期は、売上高145億2,600万円、営業利益 2億3,800万円(前期は5億6,700万円の赤字)、経常利益3億1,700 万円(同5億7,200万円の赤字)を計上、事業再建に向けて好スター トをきった |
| 2011年 |
資本金100,000千円に減資 |
| 2011年02月 |
2011年2月から、「BANDAI Ⅲ」を |
| 2011年03月 |
2011年3月末までに当初計画通りの施策を実施、完了させた |
| 2011年03月 |
主要寸法(M) : 全長:132.40 巾:20.00 深さ:11.90 竣工年月: : 2011.03 |
| 2011-03-11 |
2011(平成23)年3月11日、宮城県沖の 太平洋海底を震源地とする東日本大震災が発生した |
| 2011年05月 |
2011年5月には被災地の顧客の在庫切れにより、千葉港から塩釜 港へ、流木や漁具などの漂流物を避けながら、メタノールを輸送したこともあった |
| 2011年07月 |
2011年7月から裸傭船でフィリピンに出した |
| 2011年08月 |
主要寸法(M) : 全長:170.00 巾:26.80 深さ:15.60 竣工年月: : 2011.08 |
| 2011年12月 |
2011年12月、内航船「第二英明丸」の機関室で火災が発生し、若い機関員1名を失うという悲しい事故があった。 |
| 2012-02-01 |
2012年2月1日より当該活動を開始する。他船については別途検討する。 |
| 2012年03月 |
2012年3月、BTM社所有の外航専用船「RAKIS」がベトナムにおいて、舵が利かなくなったことによる衝突事故を起こした。 |
| 2012年04月 |
双和丸(2012年4月運航終了) |
| 2012年04月 |
双和丸の運航終了をもって消滅した。 |
| 2012年04月 |
2012年4月、三井化学株式会社岩国大竹工場で火災事故が発生した。 |
| 2012年04月 |
2012年4月に無水フタル酸専用船「双和丸」(船 齢22年)を売船し、三菱ガス化学の輸送は、他社船に委ねた。 |
| 2012年08月 |
2012年8月から、BANDAI MARUをはじめとするBANDAIシリーズ4隻をショ クユタンカー株式会社に定期傭船貸しし、同社との定期傭船契約期間が満了となる2013年2月、BANDAI MARUおよびBANDAI Ⅱを韓国の船社に売船した。 |
| 2012年08月 |
2012年8月からは、電気推進船「国朋丸」を不定期汎用ケミカル タンカー航海傭船運航から昭和日タン株式会社向け定期傭船貸渡 しの運営に切り替えた。 |
| 2013年 |
船長 西原が海の記念日に「永年勤続 関東運輸局長賞」を受賞した。 |
| 2013年 |
2013(平成25)年には三菱ガス化学より2度目の金融支援を受け、採算上問題を抱えていた「SEA JOY」「BANDAI Ⅴ」「ACACIA」の減損処理を行うなど船舶、事業の整理を行い、ようやく安定経営に目途をつけた。 |
| 2013年 |
2013(平成25)年度連結決算では、連続赤字から脱して3億円の経常利益を計上するまでに漕ぎ着けた。 |
| 2013年 |
株式会社辰巳商會 資本参加 |
| 2013年02月 |
2013年2月、BANDAI MARUおよびBANDAI Ⅱを韓国の船社に売船した。 |
| 2013-02-02 |
「BANDAI MARU」「BANDAI Ⅱ」 海外売船売買契約締結 |
| 2013-02-02 |
「SAKURA SERENITY」 海外売船売買契約締結 |
| 2013-02-02 |
「SAKURA HARMONY」 海外売船売買契約締結 |
| 2013-02-02 |
松山出張所、松山市南吉田町から松山市西垣生町へ事務所移転 |
| 2013-02-02 |
コンテナ船 「ひよどり」 定期傭船解除 |
| 2013年03月 |
2013(平成25)年3月に25%に当たる当社の株式を三菱ガス化学から購入、2名の人材 を派遣して、当社経営陣に加わった。 |
| 2013年11月 |
2013(平成25)年11月に、三菱ガス化学の子会社エイ・ジイ・インタナショ ナル・ケミカル株式会社(AGIC)が松山工場の高純度イソフタル酸(原料メタキシレン)の生産を停止、 |
| 2014年 |
2014年度海陸合同非常訓練 |
| 2014年 |
2014(平成26)年度売上高は21億5,200 万円、管理費前利益は1億3,700万円となった。 |
| 2014年 |
Will 2014終了年度の当社連結売上高は126億6,650万円、営業利益は8 億6,400万円、経常利益は3億8,700万円となった。 |
| 2014-01-04 |
「Office365」導入 Server のデータセンター利用による仮想化 |
| 2014年04月 |
2014(平成26)年4月には帝人株式会社が松山事業所のパラキシレン装置を停止したことにより、大幅に輸送量を減少させることとなった。 |
| 2014年07月 |
2014年7月、BANDAI Ⅲから船名変更したSEA JOYとBANDAI Ⅴについても、同じ船社に売船し、近海ケミカルタンカーの売船を完了した。 |
| 2014年10月 |
2014年10月、同じ船社に売船し、近海ケミカルタンカーの売船を完了した。 |
| 2015年 |
2015年度海陸合同非常訓練 |
| 2015年 |
2015(平成27)年度を初年度とし、当社が70周年を迎える2017(平成)年度を最終年度とする3カ年の中期経営計画を策定した。 |
| 2015年 |
「国周丸」(LAG船)竣工 |
| 2015年05月 |
サルファーメルコールの運航終了は2015年5月。 |
| 2015-07-08 |
マイナンバー法対応に伴うシステムの導入 液化アンモニア専用特殊タンク船 「国周丸」 岩井海運㈲より定期傭船借 り。999.00GT 松山出張所を閉鎖 溶融硫黄専用特殊タンク船 「サルファーメルコール」 解撤 |
| 2015年08月 |
2015年8月に液化アンモニア専用特殊タンク船・新「国周丸」(1,321DWT)を就航させた。 |
| 2015年10月 |
2015年10月にカプロラクタム船「明秀」を輸送契約終了により売船し、残り2隻については同月から運賃値上げを実施した。 |
| 2016-03-03 |
会社規程改訂 「給与規程」「社宅制度規程」 オフィスコンピュータシステム 「SEA CAST Ⅱ」 導入 当社株主構成、三菱ガス化学と辰巳商會の比率が 50:50 となる 内航海運業法による海運仲立業許可を取得 安全運航管理支援サービス契約締結 |
| 2016-06-01 |
2016(平成28)年6月1日、当社は三菱ガス化学と辰巳商會の折半出資比率会社となった。 |
| 2017年 |
2017中期経営計画の推進。 |
| 2017年 |
2017(平成29)年度は、外航メタノール輸送事業が、円高とベネズエラ積みアメリカ向け、国内向けの輸送量の減少により若干の減収減益。高温度管理特殊タンク船事業では、カプロラクタム船・英秀の売船でやはり減収減益となった。しかし内航事業が、新アンモニア船「国周丸」の通年運航で増収増益となり、当社全体の連結売上高は118億5,100万円、経常利益3億2,500万円と、一定水準の収益を確保している。 |
| 2017-03-03 |
2017(平成 29)年 3 月 3 日に創業 70 周年 を迎えることとなりました |
| 2017-03-03 |
2017(平成29)年3月3日に創立70周年を迎えた。 |
| 2017-05-02 |
菱栄丸船内での表彰式。 |
| 2017年09月 |
2017(平成29)年9月現在で内航船14隻、外航船12隻、計26隻を運航しており、外航船12隻のうち4隻が溶融硫黄船である。 |
| 2017年09月 |
KOKA MARUの運航開始は2017年9月。第八光華丸の運航終了は2017年9月。 |
| 2017年09月 |
「KOKA MARU」。2017 年 9月に竣工した外航溶融硫黄専用特殊タンク船。最新の新造投入船。2,362.00GT、3,091.40DWT |
| 2017年09月 |
主要寸法(M) : 全長:170.00 巾:26.80 深さ:15.60 竣工年月: : 2017.09 |
| 2019年02月 |
創立70周年記念誌発行 |
| 2019年03月 |
主要寸法(M) : 全長:82.05 巾:13.60 深さ:7.00 竣工年月: : 2019.03 |
| 2020年 |
東京都港区新橋に本社移転 |
| 2020年11月 |
主要寸法(M) : 全長:99.12 巾:14.50 深さ:7.60 竣工年月: : 2020.11 |
| 2021年 |
2021年の国華産業のありたい姿
◦ 事故、トラブルゼロの安全、適法輸送で顧客の信頼を得る。
◦ 三菱ガス化学の貨物輸送を中心とし、市場環境の変化に柔軟に対応した事業拡張を行い、輸送量を2011年現在の5割増しとする。
◦ 売上高の拡大は追わず、安定した利益を出す体質とする。 |
| 2022年02月 |
主要寸法(M) : 全長:170.00 巾:26.80 深さ:15.60 竣工年月: : 2022.02 |